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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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第四章 ”稀代のテロリスト”②

「なん……だと……?」


 しぼりだすような声は、やはり間の抜けたものだった。

「聞こえなかったのか? 老人は都合が悪くなると、耄碌したふりをするから困る」

「ふざけるな!」

 尊の態度はいやおうなしに人の神経を逆なでする。

「こいつが『君主』本人だと!? そんなことありえない! 証拠は!? 証拠はあるのか!?」

 大声でわめきたてる朝桐。尊は煽るだけ煽っておいて、うるさそうに顔をしかめて舌打ちする。仕方なしに、瀬戸が言う。

「ありますよ」

「なに?」

 朝桐は素っ頓狂な声を出すと、目をパチクリさせる。


「鬼柳ちゃん。教えて差し上げて」

 上司の命をうけた律子が一歩前に出ると、よくとおる声で、一字一句刻みつけるように言う。

「美神朱莉の体には、幼いころについた痣があります。個所は背中。数センチほどのものです」

 朝桐は思い出す。いままで『君主』は、すべて”背中が露出しているドレス”を着ていた。

 先日の式典では、『君主(あかり)』は、”背中が露出していないドレス”を着ていた。

「その少女が美神朱莉であるならば、背中に痣があるはずです。しかしなかった場合、そのお方は『君主』ということになります」

 焦ったように、朝桐は棒に括りつけた“罪人”の服を引っぺがす。雪のように白い、肢体があらわになる。その背中には、

 痣が、なかった――。


「バ、バカな……」

 呆然とする朝桐は、不意にした足音にはじかれたように振りかえった。

「だ、だれだっ!?」

 質問に答える者はいなかった。

 だが答えを聞くまでもなく、その人物が何者なのか、朝桐は理解することができた。できてしまった。

 色素の薄い髪に、同年代の少女と比べるといささか小柄に見える身体。

 こいつは……。

「――美神、朱莉――?」

 なぞるように、ポツリとつぶやく。


「さて、それはどうかな。こいつの背中に痣があれば、そういうことになる。あとになって、あの痣は偽装だなどとわめきたてられては面倒だ。朱莉、貴様の貧相な体が役に立つときが来たんだ。見せてやるがいい」

「またそういう……」

 律子から軽蔑の視線を受け、朱莉からはあきれた目で見られるも、尊ははやくしろというだけだ。さすがに文句を言いたいところだが、状況が状況なのだから仕方がない。朱莉は服を脱ぐと朝桐に背中を見せつける。

 そこには、たしかに、痣が、あった。

 絶句している朝桐に、尊はおもしろそうに笑う。

「見たとおりだ。こいつの背中に痣があり、そいつにはない。愚鈍な貴様でも分かるだろう。テロリストは、貴様自身ということだ」

 斬りつけるような尊の言葉に、朝桐はただ立ち尽くす。

 そんななか、朱莉はひそかに冷や汗をかく。


 昨日、電話を終えたらしい尊は西園寺とともに『君主』の部屋に戻ってきた。絶対に戻ってこない……というか戻ってくるなと思っていた朱莉は驚き、『君主』は素直に喜んだ。

 そしてその場で、彼はこう言ったのだ。

(――「朝桐をハメる。貴様らにも一芝居うってもらうぞ」――)

 今日の計画を聞かされ、言われるまま『君主』と入れ替わったのだった。

「な、なぜだ……」

 やがて、朝桐は独り言のようにつぶやいた。

「なぜ、こいつと『君主』が入れ替わっている!? これではまるで、私を罠にかけるために入れ替わっていたようではないか! だいたい瀬戸! 今回の取引を持ち掛けてきたのは貴様のほうなのだぞ!? それを違うとはどういうつもりだ!? 貴様との通話は録音してあるんだ……それが公になれば貴様も」

「黙れ」

 駄々っ子のようにわめきたてていた朝桐だが、尊の海の底を思わせる低く冷たい声に、思わず身を震わせる。


「いまから貴様にも分かるよう、順を追って説明してやる」

 恩着せがましいくせに、面倒くさそうなのを隠そうともしない。

「先日式典で起こった事件……俺はあのときから黒幕の存在には気づいていた」

「アレも私の仕業だというのか? 知らんぞ私は! あれは酒匂とかいう宮殿の事務員が犯人だろう!?」

「その酒匂だが、以前は外務省勤務で、外務審議官を務めていたそうだな」

 外務審議官。

 事務次官に次ぐポストであり、歴任後に事務次官に就任する“出世コース”の一つ。

「そして、いぜん貴様は外務省で事務次官を務めていた」

「それがなんだ! 今回の話とどう関係がある!?」

「その貴様が酒匂の耳元で、例えばこうささやく。“私に協力すれば、きみを事務次官に推薦しよう”」

 朝桐はハッとした顔になり、尊は唇を皮肉な形に歪めて続ける。

「だが、俺の介入により、計画は頓挫してしまった」

 瀬戸と律子が不満げな雰囲気を発しているのに気づきつつ、尊は言う。


「酒匂の奥歯に毒を仕込んだのも貴様だな。計画がバレたさいの……『ダークマター』を使っての緊急避難用とでも言って仕込んだのだろう。計画は見事失敗し、そして、貴様は新たな計画を講じた。それが今回の茶番ということだ」

 尊は喉の奥でせせら笑い、

「まったくご苦労なことだ。『元老院』での発言力を高めるために、ここまでやるとはな」

 朝桐は絶句した。

 もう、すべて見抜かれている。

 だがなぜだ? なぜ、こいつがそれを知っている? それは、『安全地帯』の最重要機密のはずだ。

 動揺を隠せない朝桐の視界の端で、瀬戸がニヤリと笑う。

 ――まさか。しゃべったというのか? アレを……。


「貴様……」

 信じられないといったように睨みつける。アレは、『安全地帯』のなかでも最高機密の一つであり、限られた人間しか知りえない。それを口外したというのか……?

 瀬戸は軽く肩をすくめて見せると、

「なに、秘密というのはバレるためにあるんですよ」

 などとうそぶいて見せる。

「黙れ! 痴れ者がッ! 自分がなにをしたのか分かっているのか!? 碓氷、まさか貴様もしゃべったんじゃないだろうな!?」

「まさか。僕はなにも」

 碓氷はさも驚いたように言う。二人の態度は朝桐をさらに焦燥させる。


「ど、どういうこと……?」

 完全に置いてけぼりをくらった朱莉が、不思議そうに訊いてくる。

「“『君主』は『安全地帯』の最高主権者であり、絶対的であって象徴的な存在”」

 尊が一般的な認識を述べる。

「だが、実際はそうじゃない。『君主』は、なんの権限も持っていなかった。『安全地帯』の政治を一手に行っているというのも偽りだ。そして、『君主』という“虚構のカリスマ”を創り、裏で操っていたのが、『安全地帯』の最高司法機関――『元老院』というわけだ。そうだな?」

 尊が問いかけたのは朝桐ではない。

『君主』だ。

 彼女はちいさくうなづく。

「はい。私は世間の皆さまが思っていることは、何ひとつしておりません。それはすべて、『元老院』の方々がなさっています」

「つまり、『君主』というのは、『安全地帯』を安定させるために創られた“楔”ということだ。まったくバカバカしい。要は単なる立憲君主制だろう。とんだ肩透かしだな。

 それともう一つ、そいつらの名誉のために言っておこうか。『君主』の秘密について、そいつらはなにもしゃべっていない。賢明な俺は自分でたどり着いたんだ」


「それがなんだ……」

 朝桐は震える声で言う。

「それと今回のことがどう関係する!? 貴様、このことを外で言ってみろ、こちらにも考えがある!」

「ほう」

 と尊はさも驚いたように言った。

「貴様でも物事を考えるとは頼もしいかぎりだ。そうやって、俺の負担を減らしてくれるとじつに助かる。征十郎、貴様もそう思わないか?」

 しかし、当然というべきか返答はない。瀬戸はなんとも形容のしがたい表情をしていた。


 尊は肩をすくめ、

「さて、話を続けよう。たしかにいまのままでは、茶番の意味はない。だが、貴様が行動を起こす理由があったとしたらどうだ?」

 尊は意地悪く、もったいぶった言いかたをする。朝桐の反応を見て楽しんでいるのだ。

「そもそも、『君主』の選抜基準はなんだ? 異常な状況下のなか、“カリスマ”が必要となった。その小娘がどうやって選ばれたのかは知らんが、例えば地区長の娘。あるいは関係者や、地区の人間を『君主』とすることで、『元老院』でもっとも強い発言力を持つことができる。それはすなわち、そいつ自身が『君主』となることだ。だから貴様は、そこの子娘を殺し、新しく『君主』をたてることで、自らの地位をより強固なものにしようとしたんだ」


「しかし、相手が相手だ。正攻法では太刀打ちできない。そこで、すこし変則的な手をとることにしたんです」

 瀬戸が人差し指を立てて言った。

「あなたは『安全地帯』の利権を握るのに必死になっていましたからね。餌をたらせば、必ず食いついてくると踏みました。

 餌……つまり、式典での“記念花火”がウソであることをあなたには最初から知っていてもらう。そうすれば、あなたは必ずそれをリークして、われわれを潰しにかかるだろうと確信したのです。

 そのうえで、美神を犯人に仕立て上げて、今度はあなたに情報をリークする。思ったとおり、あなたは美神を……ああいや、『君主』を拘束した」

「バカは扱いやすくて助かるよ」

 余計な一言をつけ加えたのは、もちろん尊だ。

 さっきの言葉どおり、尊は黒幕の存在に気づいていた。

 そして、ソレの処理を瀬戸に押しつけられることも計算していた。

 だから布石を打った。

 瀬戸が言ったとおり、“知ってはならないことを知ってもらう”、という布石を。


 二人の言葉に、もはや朝桐は眩暈のする思いだった。

 言葉どおりなら、式典の時点で、あるいはそれ以前から、尊と瀬戸は『黒幕』である朝桐に気づいており、すでにこの場面を思い描いていたことになる。

(ば、バカな……)

 そんなことが……そんなことが可能なのか……?

 呆然自失となった老人の耳に、自信に満ち溢れた少年の声が届く。

「ところで……」

 瀬戸のすこし静かにしてろ、という無言に圧力を無視して、尊はふと思い出したように言った。

「デマで事件をごまかし、それがバレて事件が公になり責任問題に発展する……おや、最近似た事件を見た気がするな。はて、いったいなんだったか……」

 ちらりと律子に視線をやって、わざとらしく考えるふりをする。

「ああ、思い出した。元防衛省が『ダークマター』を軍事利用しようとして、結果的に死に体になった目も当てられない事件じゃないか」

 瀬戸と律子、朱莉からも白い目で見られながら、尊はポンと手をうつ。


「じつは、あの事件にはまだ不透明な部分があってな。

 まず一つ目は、警備だ。『フレイアX』はあらかた処理したとはいえ、ならず者もうろついているあの場所で、自給自足まで行える場所など格好の餌食だ。まして、女子供しかいないなど、“どうぞ襲ってください”と言っているようなもの。分かりやすいように、結論から提示してやる。『シュトラーフェ』を使って警備させていたのだろう?

 それともう一つ、あれだけ大規模な実験を、多数の既得権益をとられた組織が単独で行えるとも思えない」

 そこで一度言葉を区切り、

「貴様だな?」

 斬りつけるように言った。


 そもそも、日本が“鎖国”という道を選んだのは、『ダークマター』を様々なことに応用できれば、外交において圧倒的優位に立てるためだ。

『銀狼』という武器は完成したものの、アレは使い方を間違えればわが身を裂く諸刃の剣だ。

 ――『銀狼』だけではいずれ限界が来る。

 すでに『騎士団』内でも、それが危惧されている。朝桐はそこに目をつけた。

 防衛省側と手を組み、“知能を持った『フレイアX』を創りだす”という研究で“パトロン”となった。

 研究が成功すれば、名実ともに地位は約束されたようなもの。それを狙ったのだ。


「貴様は“財布”となって、資金提供をした。まったくバカなやつだ。よく金をどぶに捨てる気になるな」

「なぜ、そんなことまで……」

「簡単な話だ。防衛省が研究を成功させて面白く思わないのはだれか? 考えるまでもなく、そこのナルシスト……警察側の人間だ。連中と手を組んで、警察を中央省の支配者側から引きずりおろして、自らがその位置に立つつもりだったのだろう? そこまで強い承認欲求を持てるとは……バカは気楽でうらやましい」

 息も絶え絶えな朝桐に、尊はスラスラと答えてやる。

「今回の茶番。そして、前回の騒動。この二つの事件の黒幕は朝桐、貴様だったということだ」

 朝桐はがっくりと、膝からその場に崩れ落ちる。

「『君主』暗殺テロも、ふたを開ければくだらん官僚のくだらん利権争いだったというわけだ。黒幕が引き起こした事件が、前回の事件とおなじ方法で幕引きを迎える。フン、なんとも皮肉ないい話じゃないか」

 そう言いながら、尊は心底つまらなそうだった。


 朝桐の世界がぐらつく。もはや立っていることすら困難だった。いま彼を支えているのは、つまらない意地だけだ。

 今回の計画は、すべて自分が作ったものと思っていた。だが、それは大きな間違いだった。朝桐は計画など立ててはいない。彼は最初から、尊と瀬戸の作ったシナリオをなぞっていただけだったのだ。

「でも、いつの間にそこまで調べてたの……?」

 朱莉が不思議そうに訊いてくる。

「ホテルでだ」

 尊は端的に言った。

「征十郎に必要な書類を見せるように言って、また用意させ、今日のことを計画した。その途中で貴様に呼びだされたことで、ずいぶん中途半端なところで中断するハメになったがな」

 朱莉は最初なんのことだが分からず、やがて思い当たるとあっと声を上げた。

 西園寺とともに尊を呼びに行ったとき、こう言っていた「俺は忙しかったのだがな」と。

 てっきりあれは単なる皮肉かと思っていたが、どうやら本当に忙しかったらしい。


「ご、ごめんね……まさか本当に仕事中だったなんて……」

「気にしなくていいぜ、朱莉ちゃん。普段の行いが悪いこいつに原因がある。残ったことは俺がやっといたから、なにも問題はない」

 尊は不機嫌そうに舌打ちをすると、

「いつまでくだらん話をしているつもりだ? とっととそいつを連れていけ。俺の気が変わらんうちにな」

 と朝桐を顎さきで指す。

 朝桐が手を貸した実験は、結果的に唯を傷つけてしまった。尊がそれを快く思っていないのは当然のこと。このままでは半殺しにしかねない。そう思って、事前に『絶対に朝霧に手をだすな。出したら、休暇はやらん』と念を押しまくったのだ。たしかに、はやく連れて行ったほうがいいだろう。


 しかし、それまでうつむいていた朝桐が、

「ク、ククククク……」

 こもった笑い声を漏らし始め、

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ‼」

 狂ったように笑う。

「そこまでお見通しとは、恐れ入ったよ」

 朝桐の表情には、傲慢な笑みが浮かんでいる。玄武地区で最初に会ったときとは似ても似つかない。いや、これが彼の本当の顔なのだろう。

「で、どうするね。私を逮捕するのか? そんなことをすれば瀬戸、貴様も道連れだぞ。さっきも言ったが、あの通話は録音されているのだからね」


 したり顔で語る朝桐。尊と瀬戸は顔を見合わせると、

「ハハハハハハハハハハハハ‼」

 と声を合わせて笑い始める。

「な、なにがおかしい!」

 ダルマのように真っ赤な顔で怒る朝桐を見ても、尊と瀬戸は笑うのをやめようとしない。

 やがて瀬戸が笑いをこらえながら言う。

「いやいや、申しわけない。ただ、余計なことはなさらないほうがいい。それがあなたのためだ」

「なんだと? どういうことだ?」

「貴様訊いてばかりだな。すこしは自分で考えたらどうだ?」

 あざけるように言われ、唇をかみしめながらも朝桐は頭を働かせる。

 ――いったい、なんだというのだ? さっき瀬戸はなんと言った? “余計なことはしないほうがいい”、“それがあなたのためだ”。どういう……。


 つぎの瞬間、朝桐は頭を殴られたような衝撃に襲われる。

「まさか……貴様……報道したのか……?」

 聞いたことがある。中央省は“持ちつ持たれつ”の関係で懇意にしているテレビ局があると。外務省にも、そういった局が存在する以上、それはほぼ間違いない。

 その局に、例えばこう頼む。

 “テロリストを逮捕するために、一芝居うってほしい”。

 つまり瀬戸は、“朝桐をハメるために、わざと取引の電話を持ちかけた”。そう報道するように、局に手を回した。その報道がされている以上、『安全地帯』の住人たちはそれを周知の事実として認識している。むろん、通話の録音も公表しているに違いない。

 いまさら朝桐が釈明したところで、もうすべて遅い。

 朝桐はテレビの放送も一応チェックさせていた。それで知らないということは、いままさに報道されている最中なのだろう。

 その考えを裏付けるかのように、屋敷のなかから『シュトラーフェ』が顔を青くして走ってくる。

 ――やたれた。

 歯ぎしりをする。悔しさで視界が揺れる。

 これからどうなるか分かっているのに、どうすることもできない。こんな屈辱はじめてた。


「ほう、ヒントなしでそこまでたどり着くとはな。存外バカではないらしい。腐っても元官僚か。

 だが、所詮は欲におぼれたハイエナ。貴様ごときがこの俺を出し抜こうなど、千年はやい。すこしは身の程をわきまえるがいい」

 偉そうに吐き捨てると、

「賢明な貴様ならもう分かっているな。万策尽きた、というやつだ。昨日はいろいろと世話になった。礼と言ってはなんだが、今日からは冷や飯をごちそうしてやる」

 今度は一転して、意地の悪そうな笑顔で言う。

「連れていけ」

 と短く律子に命じる。

 が、

「ま、待て。いまは『元老院』で取り扱っている議題があったはずだ。不逮捕特権を行使する! 議論が終了するまで、何人といえど私を拘束することは……」

 哀れにもまだ権力にしがみつこうとする朝桐。

「残念ですが」

 碓氷が憐憫の眼差しをむける。

「あなたはもう、ただのテロリストです。『元老院』の権限を使うことは許されません」

「ええ。そのとおりです。ちなみに、これがあなたの逮捕状」

 瀬戸は背広から一枚の紙を取りだすと、それを開いて見せる。

「ば、バカな……」

 最後の砦をあっけなく打ち破られ、朝桐はもはや息をすることさえ叶わない。

「そういうことだ。観念するんだな」

 尊があざけり笑う。もう言いかえす余裕すらない。


 だが、このまま終わるわけにもいかない。こんな屈辱を味わわされたまま終われるものか……! 朝桐のなかで、どす黒い感情が増幅してゆく。

 律子が朝桐を拘束しようと歩をすすめたときだった。

「舐めるな……ッ!」

 朝桐は声を張りあげる。

「この私を逮捕するだと!? 笑わせるな! 貴様らの好きになどさせるものか! 『シュトラーフェ』! 『君主』を拘束しろ!」

 主の命に従い、『シュトラーフェ』が一瞬の間に『君主』を捕えてしまう。

「『君主』さんっ!」

 思わず声を張りあげる朱莉だが、尊は冷めた目でその無意味な抵抗を見た。


「どこまでも哀れなやつめ……すぐに済ませろ」

「なに? なにを言っている……? そうだ、貴様! 柊尊! 貴様昨日、この私をずいぶんコケにしてくれたな! “独裁者気取りの天然記念物”だと!? ふざけおって! 覚悟しろ! ただではおかんぞ‼」

 プッと吹きだしたのは瀬戸である。一同から見られ、瀬戸は慌てて咳払いをした。

 朝桐はますます顔を真っ赤にして、

「なにをしている!? さっさと道を開けろ! さもなければ、貴様らの大事な『君主』の命は……」

「それはともかく」

 と尊は軽い口調で言った。

「罪を認めたとみていいのか?」

「ふん、そうだよ。すべてこの私が仕組んだことだ! 前々から『君主』の座は狙っていた。だから式典の騒ぎに乗して、殺してやろうと思ったのさ! そのために酒匂を抱きこんだ。やつとはいつも文書でやり取りをしていたが、なかなか優秀だったよ。失敗するまではな! 所詮、やつは人の上に立つ器ではないということだ。

 この私こそが! 上に立つべき存在なんだよ! 貴様らなどとは違うのだ‼」

 朝桐はまるで駄々っ子のように、声のかぎりに喚き散らす。


「さあ、こいつを殺されたくなかったら、はやくそこを」

 陳腐な脅し文句だが、それすら最後まで言い切ることはできなかった。『君主』を捕えていた『シュトラーフェ』が、糸の切れた人形のように、その場に倒れこんでしまったからだ。

「な……おい! どうした!? いったいなにがブッ!?」

 最後が可笑しくなってしまったのは、何者かによって朝桐が殴り飛ばされたからだ。すぐに『シュトラーフェ』が駆けよって助け起こし、残りの『銀狼』持ちの何人かは襲撃者にむかっていく。

 しかし、彼らの攻撃は一撃も届くことなく、その場に倒れ伏してしまう。一切ムダのない、極限まで洗練された動き。

 その剣技に、朱莉は思わず見惚れてしまう。


「西園寺っ!」

『君主』が笑顔でその名を呼ぶ。対する西園寺も笑顔で応じる。

「お怪我はありませんか、『君主』?」

「はい。大丈夫です」

 いつも通りの会話をする二人を、

「き、貴様ッ! なにをしている!? だれに手をあげたか分かっているのか!?」

 鼻を押さえながらくぐもった声で糾弾する男がいた。

「それはこちらのセリフです。ご自分がいまなにをなさっていたのか、お分かりにならないあなたではないでしょう」

「……ッ! 黙れ! こうなれば、貴様もろとも葬ってくれる! 二人仲良く死ぬがいい‼」

 朝桐の怒号をうけ、二人を抹殺せんと『シュトラーフェ』が迫る。


「! 柊くんっ! 二人が……」

 尊に助太刀するよう求めるも、彼はなにもしようとしない。代わりに、瀬戸が答える。

「心配いらないぜ、朱莉ちゃん。よく見てな」

 そう言ってニヤリと笑う。半信半疑、心配そうに目をやると、朱莉の視線のさきで、西園寺は腰を低く落とし、腰に差していた刀の柄に手をかける。

 すると、つぎの瞬間――。

『シュトラーフェ』たちは、スイッチを切られたかのように、倒れた。


「な、な――?」

 あまりにもあっけない最後に、朱莉は拍子抜けしてしまう。

 それは彼女だけではない。なにが起こったのかを理解できず、朝桐は目を白黒させるしかない。ただ一つ確実なのは、もうこの場に、彼の味方はだれ一人としていないということだ。

「終わりだ。朝桐」

 すべてのカードを失った朝桐は、脱力したのか、その場にしりもちをついてしまう。

 尊は軽く『銀狼』を降り、返す刀で朝桐の頭を峰でぶっ叩いた。

「べっ!?」

 間抜けな声をだし、朝桐は気を失って倒れこむ。

 その衝撃で、襟につけられた『元老院』のみがつけることを許された赤いバッチが地面に落ちる。


 それは、事件解決を示すと同時に、“玄武地区”が独裁者から解放された瞬間でもあった。

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