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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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第四章 ”稀代のテロリスト”①

「これはいったいどういうことなんですか!? 私がいったいなにしたって言うんです!」


 さるぐつわが外された瞬間あげられた抗議の声に、朝桐はうるさそうに顔をしかめた。

 ホテルの廊下で身柄を拘束されたあとは、両脇を抱えあげられるようにして外に止めてあった車に強引に押しこまれ、そのまま連行された。住民たちが、遠巻きに怯えるように見ていたのを覚えている。手錠と猿轡をかけられたのはその途中だ。

 窓の外に見えたのは、見せつけるかのような大きな門。そして周りを取り囲む城壁だ。門を通ってから車が止まるまでも、ずいぶん時間がかかった。かなり広大な敷地を持つ建物のようである。

 おそらくここは――。


「ここは私の屋敷でね」

 朝桐は新しいおもちゃを見せびらかす子供のような、自慢げな口調で言った。

「どうせ瀬戸から聞いているだろう? 玄武地区で逮捕された犯罪者は、すべてここで『シュトラーフェ』による尋問を受け、私によって裁かれる。どうだね、居心地は?」

 どうと訊かれても、コンクリートで四方を固められた窓のない部屋。中央にはスチール製の机が一つと、それを挟んでパイプ椅子が一脚ずつ向かい合っているという質素な空間だ。その内の一つに無理やり座らされたわけだが、こんな状況では感想など言えるはずもない。


「どうやら、お気に召さなかったようだな」

 睨むような視線をうけて、朝桐は大仰に肩をすくめてみせる。

「では、無駄話はやめにして、さっそく本題に入ろうか」

「これはなにかの間違いです! 私はやましいことなんてしてません! まして、『君主』さんを暗殺しようだなんてそんな……」

 ふたたび抗議の声をあげると、たちまち後ろに控えていた男に頭と肩を押さえられてしまう。

「残念だが、きみがテロリストということはすでに分かっているんだ。言いわけは見苦しいぞ」

「そんな……」

 なおも食い下がろうとすると、朝桐は物乞いに小銭でも恵むかのように、茶封筒を放って見せる。


 そこから出てきたのは、数枚の写真だった。隠し撮りしたと思われる、先日の式典での『君主(あかり)』の写真。そのほかにも『忠臣隊』の服を着た尊と西園寺の写真。

 そして、ルーズリーフに記されていたのは、当日の警備状況、それに応じた暗殺方法などを記したもの――以前、小清水の自宅から発見されたとして、西園寺から見せられたものだった。


「先日の式典で、爆弾騒ぎを花火と偽っただろう? あれが何者かのリークによってバレてしまったそうだ。まあ、バラしたのは、なにを隠そうこの私なのだが」

 朝桐は当然のことのように言う。

「テロ事件を隠していたことで、中央省の信頼は失墜。警備担当者は責任を取らされる羽目になった。そうなれば、やつは必ずわれわれに接触すると踏んだ。

 私の思ったとおり、やつは取引を持ちかけてきた。分かるね? 事態を鎮圧するためには、“生贄”がいる」

 朝桐は笑みを浮かべたまま続ける。

「つまり、体よく責任をかぶってくれる人間……君が必要になった。

 これが君の寮の部屋から出てきたそうだよ。我々に情報をリークした人物の名を教えようか? 瀬戸征十郎さ。

 彼は前々から、外務省の利権の一部をほしがっていてね。そこで、『安全地帯』唯一の王族、絶対的であって象徴的な存在である『君主』暗殺事件のスケープゴートとして、君を選んだのだ。この契約が成立したのち、外務省はその利権の一部を彼に渡す手はずでね。もっとも、簡単にくれてやるつもりもないが……代わりにわれわれは、鬼柳律子の身柄を要求した。あまり期待していなかった研究に成果を出した女だ。瀬戸の下で飼い殺しておくより、私の下で働いたほうが彼女も喜ぶだろう」

 朝桐は卑しく笑う。

「分かるかね? 君はあの男に売られたのだ」

 勝ち誇ったかのように言う。


 しかし、朱莉が犯人でないことは朝桐も分かっている。あの式典の場には朝桐もいた。そして、警備を買って出たことから、当日の警備状況も知っている。

 つまり、朱莉と『君主』が入れ替わっていることを知っている数すくない一人だ。

 状況的にも、現実的にも、朱莉があの場で『君主』暗殺を実行することは不可能だ。

 朝桐の言葉どおり、朱莉はスケープゴートにされたのだろう。瀬戸のではない。朝桐のだ。

『君主』暗殺を企てたテロリストとして、朱莉の名は大々的に発表される。それが“玄武地区”の『シュトラーフェ』によって明らかとなったとあれば、玄武地区での朝桐、ひいては『安全地帯』での地位もうなぎのぼりだ。先日の宮殿での失態が帳消しになるどころか、おつりがくる。それと引き換えに、外務省の利権の一部を要求したのだろう。


 ――ひどい話だなあ。

 思わず心中でつぶやいた。

 最初から最後まで、なにもかもが仕組まれたデキレース。

 その“生贄”に選ばれたのが、美神朱莉というわけだ。

「君の名は、今日の昼間にも会見で公表されるはこびだ。処遇に関してだが、きみは明日の早朝処刑される。当然だ。なにしろ、不敬罪及び、国家反逆罪……“稀代のテロリスト”だからな。ま、悪く思わないでくれたまえ」

 一方的に話していたと思ったら、急に能面のような無表情になって顎さきをふる。

 それだけで『シュトラーフェ』は朝桐の意をくみ取ったらしい。力任せに椅子から立ち上がらせ、両脇をがっちりと固めてそのまま引きずっていく。

「ちょ、ちょっと痛いですっ! はなしてっ! 離してください!」

 必死の抗議も聞き入れられることはない。

 けっきょく、地下牢に投獄されてしまうのだった。




 処刑当日……すなわち翌朝の六時まえ、“稀代のテロリスト”は朝桐邸の処刑場にて、鉄の棒に縄で括りつけられていた。

「さて、では六時丁度に刑を執行する。せめてもの情けだ。なにか言い残したいことはあるかね」

 ここにいたのが尊であれば、“人生最後に聞くのが型どおりのセリフとは”などと言った皮肉を飛ばすことだろう。

 だが、わざとなにも言わずに、ゆっくりと首を横にふった。

「……いいえ。ありません」

「そうか」

 自分で訊いておいて、朝桐はどうでもよさそうに吐き捨てた。

 ふと、ご丁寧に設置されている時計に目をやる。針が時をうっている。あと十数秒で、刑の時間だ。


「……構え!」

 朝桐の号令で、数名の『シュトラーフェ』が一斉に銃を構える。

「心配するな。彼らの腕はたしかだ。痛みは与えない。一瞬で終わる」

 介錯のつもりなのだろうか、“慈悲”の言葉を放ってニヤリと笑う。

「う……」

 て、と終末の言葉を打ち破るように、

「待て」

 という短い、しかしその場にいるだれもに届く自信に満ち溢れた、ともすれば傲岸不遜な声が聞こえた。


「何者だ!?」

 声のしたほうへ視線を巡らす。

 そこに立っていたのは……。

「貴様は……柊尊……? なぜ貴様がここに……」

 髪の白い、皮肉な笑みを浮かべた少年――学生の身でありながら『騎士団』の小隊長でもある中央省幹部。

 騎士団養成学園の制服を着た少年がそこにいた。昨日ついていたシミが見えたらないところを見ると、ホテルで染み抜きでもしてもらったのか、あるいは新しく持ってこさせたのだろうか。

 侵入者を捕えた瞬間、たちまち『シュトラーフェ』たちが襲い掛かってくる。

 が、

「フン、バカめ」

 軽く、まるでうちわでも仰ぐかのように『銀狼』をふる尊。たったそれだけで、『シュトラーフェ』たちはゼンマイの切れた人形のように倒れ伏した。


「な……っ」

 目を丸くする朝桐に追い打ちをかけるように、視界はさらなる人物たちをとらえていく。

「どうも、朝桐さん。こんな早朝から働き者ですな。いやいや、あなたの勤勉さには、まこと頭が下がります。おや、こんなところで寝ている方々が。ひょっとして、昨夜は宴会でもしましたか? いけませんねぇ、飲みすぎは。酒は飲んでも飲まれるな。常識ですよ」

「どう見ても違うでしょう。というか、そう思われるのなら、すこしは見習ってくださいね」

 騎士団養成学園の学園長であり、中央省警保局長を務める瀬戸征十郎。

 学園にて、実技最高責任者であり、『騎士団』の副団長を務める鬼柳律子。

 いるはずのない人間が三人も一堂に会している。

 いや、柊尊がいるのはまだ分かる。いまやつは、玄武地区の視察中だ。それでも、勝手に自分の屋敷に入られたことは誠に遺憾であるし、もちろん予定では朝桐邸の視察は含まれていないはずだが、それでもまだ分かる。

 だが、瀬戸は? 律子は? いったいいつの間に……いや、そもそもどうやって入った?


 四つの地区はそれぞれ高い塀で囲まれ、特に玄武地区は門のまえに武装させた『シュトラーフェ』二名を配備し、塀の頂上には管制塔を置き、電流のオマケつきの有刺鉄線まで張り巡らされている。

 その徹底ぶりから、瀬戸が皮肉で“十字路”と呼び始めたくらいなのだ。

 なのに、なぜ――。

「私が開けさせたんですよ」

 瞠目する朝桐に答えを与えたのは、瀬戸でも律子でも、まして尊でもない。

 仕立てのいいスーツを着た、すらりとした長身。きれいにセットされた髪に、柔和な笑みを浮かべる青年――。

「碓、氷ッ……!?」

 自身とおなじ『元老院』であり、朱雀地区地区長である男だ。


「おはようございます、朝桐さん。しかし、朝からずいぶんと物々しいですね。それに無礼だ。そんな物騒なものを女性にむけるなんてね」

「貴様……いったい、どういうつもりだ……?」

 朝桐が殺意をにじませた声で言う。

 対する碓氷はさわやかな笑顔で応じる。

「瀬戸さんに頼まれたんですよ。緊急事態だから、玄武地区に入れるよう口をきいてくれってね。ああ、門番の二人ですが、抵抗してきたので公務執行妨害で逮捕しましたのであしからず」

「なに……?」

「あなたもご存じでしょ? 『元老院』での取り決めは、欠席者がいても過半数の賛同がとれれば承認できる」

「それがどうした! ここは私有地だぞ! 勝手に入っていいとでも思っているのか!? それに、公務執行妨害だと!? 貴様ら、いったいなにを言って……」

「いや、ですからね、申しあげたでしょう? 緊急事態なんですよ」

「なに……?」

 眉をひそめる朝桐に、今度は瀬戸が言う。


「“緊急事態”。すなわち、玄武地区にて無辜の人命が危険にさらされている、ということです」


「貴様ふざけているのか? いったい、なにを言っている!?」

 朝桐はいらだった調子で声を荒げるも、瀬戸は一切動じることなく、むしろそのほうがやりやすいとばかりにこう続けた。


「まったくの無実の人物……しかも『君主』が殺害されたとあっては、大問題ですからね」


 その言葉に、朝桐は虚をつかれたような顔になる。

 なんだ? こいつはいま、なんと言った?

「朝桐さん。いまからあなたを、不敬罪、及び、国家反逆罪で逮捕します」

「は……?」

 よほど予想外の言葉だったらしい。朝桐はぽかんと口を開け、間抜けな状態のまま固まってしまう。

「おや、まだお分かりになりませんか? では、もうすこしかみ砕いて申しあげましょうか」

 瀬戸は仕方がないというような口調で、こう続けた。


「つまり、あなたがいま処刑しようとしていたのは、美神朱莉ではなく、『君主』本人だということです」

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