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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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柊尊という少年③

 ――言いすぎよ。

 というのは、模擬戦が終わった後、律子に言われた言葉だ。

 凛香を守った行為については評価されたものの、そんなこと尊にとってはどうでもいいことだ。彼にしてみれば、律子の尻拭いをしてやった程度の認識でしかない。

 放課後、このときをどれほど待ち望んだことか。期待に胸を躍らせ、ある少女のもとへと向かう。その両手には、持ちきれないほどの紙袋がある。

 あの少女と会うことは、尊にとって最上の楽しみだ。もはやそのために生きていると言っても過言ではない。

 現在、日本国はウイルス蔓延によって誕生した、『フレイアX』の存在により、大きく分けて二つの地区に分かれている。尊たちの暮らす『安全地帯』と呼ばれる区域は、俯瞰図であらわすと警察署の地図記号となっており、『×』の部分は十字路と呼ばれ、四つの市街区を分ける役割も果たしている。

『安全地帯』を囲む高い城壁は、およそ千平方キロメートルに及び、住民の数は約九百万人。門は四つあり、うち二つの門番を『騎士団』が勤め、二十四時間体制で侵入者を固く阻んでいる。

 駅へと続くこの道は、日の出から夜まで、人通りが途切れることはない。

 春先の、まだ日差しの強い夕刻。石畳の道を歩く尊の顔は、すこしゆるんでしまっている。時おり、すれ違う人たちが不気味そうに見るも、当の本人はどこ吹く風だ。

 仕事帰りのサラリーマン、下校中の学生。だれもかれもが、“日常”の中で暮らしていた。


 しかし、それはじつにあっけなく、まるで太陽が東から昇り西に沈むかのように、いとも簡単に打ち砕かれた。


 それは突然だった。

 すこし離れた場所から、なにかが崩れる音、一泊置いて人々の悲鳴が聞こえてくる。

 今朝と似た騒ぎに、尊は顔をしかめる。

 すこしずつ近づいてくる悲鳴。やがて『ソレ』が姿を現した。

『フレイアX』。十五年前のウイルス蔓延によって誕生した、怪物。

 日本を“鎖国”に追い込んだ元凶。

 身の丈の二倍はある四足歩行の化け物。血走った赤い目が獲物を選別するように動き、生々しい獣臭が鼻孔を刺激する。

 人々が悲鳴と共に逃げ惑うなか、尊は冷めた目で『フレイアX』を見た。

 ――二度あることは三度ある。

 今朝、学園長室で自分が言った言葉を思い出し、心中で鼻を鳴らす。尊は回れ右してその場を去ろうとするも、

「お、おい、あんた! その制服……あの『騎士団』を育ててるっていう学園の生徒なんだろ!? なんとかしてくれよ!」

 一人の男が尊につかみかかってきた。

「俺には家族がいるんだ! 子供だってまだ小さい! こんなところで死ねないんだよ!」

 必死に助けを求める男に、しかし尊は白けた視線をむけるだけだ。

 士官候補生と言っても、実戦経験のある生徒はすくない。仮に『フレイアX』と遭遇しても、対処できる生徒は決して多くはない。素人に武器をもたせても、いざ不審者と遭遇した際、それを正しく使える者はほとんどいない。それと同じだ。

 もっとも、そんなこと、男は知る由もないし、尊は『騎士団』の小隊長を務めているため、『フレイアX』の一匹や二匹、倒すことはたやすいのだが。

「フン、情けない話だな。守るべきものがあるにもかかわらず、哀れにも他人にすがるとは」

 男は身を震わせる。『フレイアX』を恐れてではない。尊の感情のこもっていない能面のような顔に、その目にわずかに宿っている侮蔑の色にたいしてだ。

「な、なんだよその目は……」

 震える声で抗議するも、尊の表情も、目も、変わることはない。

「貴様、なぜ自らの力で抗おうとしない?」

「え……?」

「死にたくないのならば、自分で抗えばいいだろう。それこそが、己の能力を証明し、生きる意味を示す最上の手段なのだ。それを放棄し、他人にすがるなど、無能の証明にほかならない。そんなことだから、こんな愚かな行動ができるのだ」

 男はもはや息をすることさえかなわなかった。

 助けを求めただけで、まさかこんなことになるとは。

「まあいい。俺は無能の尻拭いはごめんだ。貴様のも、『騎士団』のもな。そんなくだらんことのために、ここにいるわけじゃないんだ」

 言いたいことだけ言うと、尊は本当にその場から去ろうとする。

 しかし、今回もまた、『フレイアX』がエサに選んだのは、尊だった。やはりそれは、不運と言うほかない。

「フン、今日はまた、よくからまれる日だな」

 尊は白けた視線を、男から『フレイアX』へと移す。


 一蹴り。たった一蹴りで、『フレイアX』は絶命した。


 尊のスラリと伸びた長い足。その細い足のいったいどこからそんな力が出ているのか、わずか一撃で、まるで息をするかのごとく、人々の恐怖の対象である『フレイアX』は、まるで糸の切れた人形のように、その場に倒れこんだ。

 衝撃で周囲が振動し、『フレイアX』からは、黒い靄のようなものがまるで煙のように立ち上る。

 異様な光景に恐れをなしたのか、男は悲鳴を上げて走り去った。

「フン」

 逃げる背中に一瞥だけくれてやるも、さきほどのことも、『フレイアX』のことも忘れたかのように、尊はその場から去ろうとする。

 そのときだ。

 予想だにしていない出来事が起き、尊は思わず足を止めた。

『フレイアX』は、黒い靄とともに跡形もなく消え失せる。それ自体はもう何度も見た光景だ。

 尊が驚いたのは、そこではない。

 風に吹かれ、ロウソクの火のように消えた黒い靄のなかに、うつぶせで倒れている少女を見たからだ。

 いったいどうなっているのか考えようとして、

(まあいい。はやく唯のもとに行かなければ)

 考えるのをやめた。

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