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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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玄武地区④

 店をでた朱莉は、開口一番こう言った。


「やっぱりこういうときは、ショッピングが一番だと思うんです」

「ショッピング……お買い物ですか?」

「はい。せっかくここまで来たんですから、玄武地区でしか買えないものを買ったほうが思い出になるじゃないですか!」

 もっともらしいことを言っているが、朱莉もまだ『安全地帯』に来たばかりで遊びかたがよく分からないため、前回唯とともにやったことを繰りかえそうとしているだけなのは秘密である。

 視界の端で尊が鼻で笑った気がしたが、そんなことを気にしていてはなにもできなくなってしまう。口を開こうとしたらしい尊だが、西園寺に何事かを言われると、舌打ちをし肩をすくめて引き下がる(これは想像だが、普段瀬戸や律子、自分が言っているようなことを言われたのだろう)。朱莉はその隙に続ける。


「行きましょう、『君主』さんっ! 適当にお店を見て歩くのも、楽しみの一つですよ!」

『君主』の手を引いて歩きだす。

 しばらく歩き、二人が入ったのはとある洋服店だった。

 そこで売られていたのは、ティルトンというらしい衣装である。他の地区と差別化するために、朝桐が作らせたものだと、今朝読んだ書類に書いてあった。

「このお洋服、初めて見ました」

「私もです。なんだか、宮殿の人たちが着てた服に似てますね」

「それは当店の一番人気の商品なんですよ」

 若い女店員がニコニコと話しかけてくる。彼女は店で売られているティルトンを身にまとっていた。


「ひょっとして、お客様は双子なんですか?」

「あ……」

『君主』は一瞬返答に窮した。そのすきに朱莉が笑顔で言う。

「はい、そうなんです! 今日はおそろいのお洋服を買おうと思って……」

「まあ、それは素敵ですね! それでしたら……」

 といったん奥に戻りなにかを持ってくる。

「こういうのはどうですか?」

 おなじ服を二着持ってきてくれたらしい店員は、それを一着ずつ二人に渡す。

「ぜひ、着てみてください。お二人ともとってもかわいらしいですから、きっと似合いますよ!」

「ありがとうございます」

 服を受けとった朱莉は、

「く……一緒に着よう? いいでしょ?」

 一度『君主』と言いかけ、それと気づかれぬよう言葉をつづけた。

「は……う、うん」

 いつもとおなじように返事をしようとした『君主』も、勢いに押される形でうなづき、二人は試着室に入る。


「では、試着室へどうぞ。分からないことがあったら聞いてくださいね」

 ニコニコと笑いながら、二人を試着室に案内する。

 店内にかかる曲の合間に布切れ音が聞こえ、時折店員が二人に着方をレクチャーする。

 そうして数分後、民族衣装――ディアルドンに身を包んだ二人が姿を現す。

「どうかな?」

 前開きで襟ぐりの深い短い袖なしの胴衣。襟を深く刳ったブラウス。かかとまでを覆うロングスカートに色鮮やかなエプロンという装である。


「とってもよくお似合いです!」

 店員が条件反射のように言った。

 朱莉は礼をかえすも、もともと訊いた相手は『君主』であった。彼女は数秒の間を置き、

「うん、とってもよく似合ってる、よ……」

 となれない口調でほめた。

「ありがとう! あなたもよく似合ってるよ」

 と『君主』の手をとってほめる。


『君主』の装いも基本は朱莉とおなじものだったが、彼女の胴衣はコルセットのような、胸を強調するものとなっていた。

 そこに気づいた朱莉は、ほんの一瞬複雑な表情を作るも、すぐに笑顔に戻り、

「もう、かわいいんだから、もっと笑って。ね?」

 すこし迷った様子を見せたものの、やがて『君主』は天使のような微笑みを見せる。

「うん。お姉ちゃん」

 その笑顔に、朱莉だけでなく店員までもがきゅんとした表情になる。一方の『君主』は、しまったという顔になる。

「ご、ごめんなさ……」

「よしよし、いい子だ! お姉ちゃんうれしいよ!」

 謝罪を制するように、朱莉は『君主』を抱きしめた。


「ちょ……ちょ……」

 突然のことに、顔を真っ赤にして、壊れたラジオのようにおなじことを繰りかえす。

「あ、ごめんなさい……つい」

 朱莉も正気に戻ったらしい。

 自分がしていたことを思い出すと、とたんに顔を真っ赤にしてしまう。

「まあ、とっても仲がよろしいのですね!」

 店員にそう言われて、二人は余計に恥ずかしくなってしまう。

 それから会計を終えるまで、満足に顔をあげることさえかなわない朱莉と『君主』だった。




 店を出ても、二人はまだろくに顔をあげることさえできなかった。

 顔をあげようとして、ふと目が合いまたうつむく。そんなことを、さっきから何度も繰りかえしている。

 なぜあんなことをしてしまったのか、自分でもよく分からない。

 ただ、目のまえの少女がたまらなく愛しく、自分にってとても大事な存在のような、そんな気がしたのだ。


「あ、あの……さっきは申しわけありませんでした……」

『君主』がうつむいたまま言った。

「その……お姉ちゃん……なんて言っちゃって……」

「そ、そんなのいいですべつにっ! 私こそ、その……急に抱きしめちゃったりして……」

 二人はまたおなじタイミングで目を合わせて、鏡移しのように慌てて下をむく。

「その、なんていうか……すっごくかわいいなって思ったら、つい……」

 下手に言いわけをしたためか、朱莉はさらに恥ずかしくなって顔を赤くしてしまう。

『君主』も“かわいい”と言う言葉に照れたのか、やはり顔を赤くする。


 それからしばらく、気まずい沈黙が続く。

 なんだか、このまま解散してしまいそうな雰囲気すらある。

 ええい、こんなことではダメだ。決めたではないか。この少女を楽しませると。『安全地帯』を案内してくれた唯のように、自分だって、この少女に……!


「『君主』さんっ!」

「は、ひゃいっ……!」

 気後れしてはダメだと、勢いに任せて『君主』の手をつかむ。完全に隙をつかれた『君主』は素っとん狂な声を出した。

「な、なんれしょう……?」

 しまった、とここにきて朱莉は後悔する。勢いに任せたはいいものの、深いことはなにも考えていなかった。

 ど、どうしよう……と慌てて周囲に視線を巡らす。

巡らせて、いぜん唯とともに出かけたさい、尊が言っていた言葉を思い出した。

 唯とのデート(?)のコースを、尊が一人で決めていると思ったと指摘したとき、彼はこう言った。


(――「フン、そんなことをしてなんになる? 俺は唯と出かけているんだ。なら、二人でどこに行くかを相談するのは当然のこと。むしろ、それが醍醐味というものだ」――)


 ――そうだ。

 私はこの少女に、楽しんでもらいたい。笑顔になってもらいたい。望んでいるのは、ただ、それだけだ。

「朱莉さん……?」

 急に黙りこくった朱莉を心配したのだろう。『君主』が顔を覗きこむようにして名前を呼ぶ。

「『君主』さん!」

「は、はいっ!」

「どこか、行きたいところはないですか?」

 はじかれたように返事をする『君主』。対する朱莉は、いつもの調子を取り戻した声で言う。

「もしも、行きたいところがあるのなら、そこに行きましょう? 私、どこでもおつきあいしますから!」

『君主』は、しばらくキョトンとした顔で朱莉を見ていたが、やがて笑顔になると、

「はいっ!」

 大きくうなづいた。

 朱莉と『君主』は手を取りあって、玄武地区を歩きだす。

 地区全体に立ちこめている重い空気も、二人の周りだけとても明るくなっているような、そんな気がした。


「朱莉さん、あのお店に入ってみましょう?」

 楽しそうに、はじめた会ったときからは想像もつかない無邪気な子供のような笑みで、朱莉の手を引き店に入っていく。

 店に入るたび、物珍しそうに商品を手に取り、朱莉に勧めたり購入したりしている。朱莉に伊達眼鏡をかけられて笑う姿も、子供そのものだった。


 ある店に入ったとき、朱莉はこう提案した。

「よかったら、これを一緒に買いませんか?」

 朱莉が『君主』に渡したのは、二つ重ねると真ん中の模様が月になるタイプのペアリングだった。

「今日の思い出に、これを指にはめませんか?」

 渡された指輪を大事そうに握ると、『君主』はふわりと微笑んだ。

「はいっ……!」

 楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。




 歩きつかれた二人は、すこし休もうということでベンチに腰かけた。

 噴水の周りを取り囲むかのように置かれたベンチ。まばらに人は見かけるも、やはり地区の状況が状況だからだろうか、座っている者はいなかった。

 どの者も、逃げるかのようにいそいそと歩いている。


「なんか、いっぱい買っちゃっいましたね」

「そうですね……すこし買いすぎちゃったかも……」

『君主』と朱莉は反省したように言った。朱莉は先日の件で瀬戸からそれなりに謝礼をもらっていたし、『君主』が欲しがるものは西園寺がすべて購入してくれた。

「でも、私すっごくたのしかったです。こんなに楽しいの生まれて初めて……」

 胸のまえで手をにぎって『君主』が言う。

「私、こうやって街を歩いて、なんでもないような話をして……そうすることが、夢でした。それが叶うなんて、本当に夢みたい……」

「『君主』さん……」


 朱莉はほんのすこしまえまで『危険区域』で過ごし、『安全地帯』でもその違いに驚くことが多い。

 しかし彼女は、『安全地帯』にいながら、生まれてからを宮殿で過ごし、こうして外にでることさえなかったのだ。朱莉自身、十歳までは孤児院という一種の閉鎖空間で過ごしてきた。それを思うと、やるせない気持ちになってしまう。


「『君主』さん、か……」

 と自嘲気味につぶやく声が耳に届く。

 視線を移すと、すぐ近くに『君主』の顔があった。自分とおなじ顔なのに、なぜかすこしドキッとしてしまう。

「朱莉さん……うぅん、お姉ちゃん。お願いがあるの」

「? ど、どうしたんですか……」

 いつになく真摯な目に、朱莉は動揺したように言う。


「私の名前を、考えてほしいの。『君主』なんていう記号じゃなくて。私の、世界で一つの……私だけの名前……」

「え……」

 予想外の言葉に、思わず間の抜けた声が出る。

「ダメ……?」

 しかし、すがるような視線をむけられては、断れるはずもなかった。

「うん。分かった。お姉ちゃんに任せなさい! 世界一素敵な名前を考えてあげる!」

「ありがとう」

『君主』は目を細めて言った。


「ごめんね、お姉ちゃん」

 紡がれたのは、耳を澄ましていないと聞き取れないような、とてもか細い声だった。

「すこしだけ、こうさせて。目を覚ましたら、いつもの私に戻ってるから。だからいまだけ……お願い……」


 ゆっくりと目をつむると、朱莉の肩に寄りかかって静かに寝息を立てる。

 朱莉はゆっくりと、起きないように気を配りながら自分の膝へと寝かし、やさしく、愛しげに髪をなでるのだった。

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