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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
3/168

柊尊という少年②

「この大バカ者っ‼」

 学園長室に入った尊を、開口一番怒鳴りつけたのは律子だ。現在は仕事中のため、メガネを外し、コンタクトをつけている。白を基調とした『騎士団』の制服を着ており、今朝はこの上からエプロンをつけていたので、非常に奇妙な格好だった。

 尊が校舎に入った瞬間、まるで見計らったかのように校内放送で呼び出しをうけた。理由はもちろん、登校中の出来事だ。

 騒ぎの通報と同時に、そのまえに行われていた“いざこざ”について苦情をうけたのである。

「やかましい。いい大人がみっともないぞ」

 尊は煩わしそうに顔をしかめる。

「ねぇ、私何度も言ったわよね? くれぐれも問題は起こさないでねって」

「あの二年生のことを言っているのか? あれは正当防衛だ。俺の行く手を阻んだアレが悪い」

 上級生をアレ呼ばわりし、ソファーにふんぞり返って座る姿からは、反省している様子など微塵もない。どうして怒られているのか、本当に分からないといった様子だ。

「携帯機器をいじって往来の邪魔をするのは、歴とした道路交通法違反よ。知らないなんて言わないわよね?」

「道路交通法違反ね。あのでかい図体が動いているほうがよほど往来の邪魔になっていると思うがな。邪魔だなんだと言っている連中に限って、一番人の邪魔になっていたりする。人を貶めることにかまけているせいで、視野が狭まっているのだろう。そもそも、さきに絡んできたのは向こうだぞ。俺には怒鳴っておいて、アレはお咎めなしか?」

 律子は深くため息をつく。

 もともと、律子は新入生挨拶を尊に任せるつもりはなかった。入試試験において、最も優秀な成績を収めた者がするのが決まりだが、尊にさせればただですまないことは火を見るより明らかだ。だから律子は、別の者に――例えば次席に――と打診したのだが、学園長は問題ないだろうと取り合わなかったのだ。その結果がこれなのだから、まったく目も当てられない。

「安心してちょうだい。あの上級生にも厳重注意はするから。まあ、それはもういいわ。『フレイアX』は倒したみたいだし、それと相殺してあげる」

「フン、大バカ者と言うなら、その件のほうだろう。今朝の事件と言い、たるんでいるんじゃないのか、副団長」

「あら、ごめんなさいね、小隊長」

 ニッコリと怖いくらいの笑顔を作ってやるが、もちろんこの少年には効果はない。

 今朝、ニュースが報道していた事件も、怪物――『フレイアX』が城壁を超えて侵入してきたというものだった。その事後処理も終わらぬうちに、さらなる侵入を許したことになる。いまごろ関係者は、上を下への大騒ぎだろう。

「短い間に二度も侵入を許すとは。これではどちらが『安全地帯(あんぜんちたい)』でどちらが『危険区域(きけんくいき)』なのか分かったものではないな。このままでは、いずれ住民からも不安や不満の声が上がるだろう。そうなれば、『騎士団』のメンツも丸つぶれだな」

「他人事みたいに言わないでちょうだい。あんたもその一員なのよ……いま、城壁の内側と外側で厳戒態勢を敷いてるわ。これ以上、ここで勝手なまねはさせない」

 尊は、二度あることは三度あると言うがな、と不吉なことを言い、

「それで、征十郎(せいじゅうろう)はどうした。いちおう学園長なんだろう? まさか、仕事をしているわけでもあるまい」

 尊はちらりとデスクに目をやる。色の深い、重厚感のあるアンティークものだ。この部屋はデスクだけでなく、ソファーやチェア、時計、灰皿にいたるまで、すべてアンティークもので揃えられている。それはこの部屋の主である瀬戸(せと)の趣味によるものだが、壁に飾られた数枚の絵画は、すべて瀬戸によって書かれた風景画だ。彼曰く、『絵描きが趣味』と言うのは女受けがいいからとのこと。そのわりに、律子はこの絵にはちらりとも目をやらないし、評判もあまりよくないのだが、幸いと言うべきか、瀬戸本人はそのことに気づいてはいない。

 そんな、いまこの部屋に最もいなければならない人物なのだが、

「いたわよ。さっきまではね。まったく、ちょっと目を離したすきに……」

 律子はイライラした様子で言う。

『フレイアX』の侵入事件以外にも考慮せねばならないこともあるし、そのうえ上司の尻拭いなどたまったものではない。

「とにかく、これ以上騒ぎを起こさないでちょうだい。これからはケンカを売られても無視すること。いいわね?」

「断る。なぜこの俺が格下相手に気を使わねばならん」

 この少年はどうしてこうなのだろう。もう十五歳なのだから、もうすこし節度ある言動を心掛けてほしいものだ。

「だまってれば美形なのに、もったいないわねぇ……」

 ため息まじりに律子は言う。

 スラリと伸びた長い脚に、目鼻立ちのすっきりした整った顔立ち。雪のように白い髪。左目は伸びた前髪で隠れており、線が細く、遠目に見ると女に見える。首から下げられた塗装の剥げたロケットも、なかなか趣がある。ありていに言えば、『美少年』の部類に入るであろう。

 にもかかわらず、彼に近づく人間がいないのは、性格に多大な欠陥を抱えているからにほかならない。

「……ま、そういうつもりなら別にいいんだけど……その代わり、(ゆい)ちゃんに会う時間も機会も減ることになるわよ?」

 唯、と言う名前を聞いた途端、尊は押し黙ってしまう。やがて忌々しそうに言う。

「フン、まあいいだろう。当面はおまえの意見を尊重してやる」

 呆れたような顔で尊を見る律子だが、やがてもう一度ため息をついた。

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。分かってると思うけど、ここではあなたも一生徒なんだから、くれぐれも勝手なまねはしないように」

「善処しよう。もっとも、俺は普通にふるまっているつもりなのに、自分勝手と解釈されるようだから、保証はできないがな」


 中央省(ちゅうおうしょう)付属(ふぞく)騎士団(きしだん)士官(しかん)学園(がくえん)。通称、騎士団養成学園。それが、尊が入学した学園だ。

 この学園は、その重要度の高さなどから、かなり広い敷地が与えられている。

 周囲を円状に石壁で囲い、中には土を敷いた広いリングがある。そこに、尊を含む新入生たちが集められていた。中心のリングは低く、外に行くほど高くせりあがった形状は、まるでコロシアムのようであった。

 ここは学園の敷地内にある、演習場である。

「全員集まったようですね。あらためまして、実技最高責任者の鬼柳律子です」

 律子は士官候補生たちを見渡して言った。

「知ってのとおり、ここは十五年前のウイルス蔓延により誕生した、『フレイアX』と戦う『騎士団』を養成する学園です。あなた方の役目は、『フレイアX』が跋扈する『危険区域』から外れた、ここ『安全地帯』を守護し、ひいては『危険区域』を『フレイアX』から解放することにあります」

 いまの律子からは、さきほどまでの砕けた態度はまったく感じられない。その引きしめられた表情と佇まいには、一分の隙もない。

「早速ですが、これから実技指導を行います。模擬戦闘をしますので、成績の近いもの同士でペアを組んでください。今回は、まずは体の動かしかたを知っていただきます」

 律子の説明が終わると、士官候補生たちは張り出された表を見ながらペアに分かれていく。

「律子」

 そんな中、一人だけまったく違うことをする候補生がいた。

「律子」

 人混みから外れ、教官を呼びすてるその姿は、否応なくほかの候補生たちの視線を集めることになる。

「おい、聞いているのか、ファッションメガネ」

「だれがファッションメガネよ!」

 はぁ、と律子はため息をつく。その態度からは、さきほどまでの凛とした騎士のような態度が崩れている。

「教官、と呼びなさい。柊士官候補生」

「ようやく返事をしたな。さっさと、俺をこの演習から外せ」

「は?」

「聞こえなかったのか? 俺をこの演習から外せと言ったんだ」

「……あんた、いい加減にしないと吊るすわよ。お願いだから問題を起こさないで。言うことを聞いてちょうだい」

「べつに問題は起こしていないだろう。こんなくだらんことに、俺をつき合わせるなと言っている」

 その言葉に不快感を覚えたのは、律子だけではない。尊とおなじ立場である、騎士団士官候補生たちもだ。不遜な発言をし、不真面目とも取れる態度の候補生が、教官であり現役の騎士団員、それも副団長と懇意にしている、と言う事実が、彼らを怒りとも嫉妬ともとれない奇妙な感情へと誘うのだ。

「俺は『騎士団』の小隊長だぞ。いまさらこんなことをしてなんになる。時間のムダだ」

「ここは騎士団養成学園よ。私は教官で、あなたは候補生なの。どんな立場であれ、ここでは私に従ってもらうわ」

「それがムダなことだと言っている。俺の実力はおまえも知っているはずだ。こいつらでは眠気覚ましにもならん」

 候補生たちがざわめきだす。尊の傲岸不遜な態度に対し、候補生たちの不快感と不満が頂点に達しようとしていた。

「……あのね」

 そして律子の我慢も限界に達し、血管が破裂しそうなほどに膨れ上がったときだ。

「いい加減にしろッ‼」

 候補生の中から突然声が上がった。

 その一人が歩み出る。

 腰まで伸びた髪をポニーテールにしてまとめている少女だった。それほど身長は高くないものの、背筋はピンと伸び、引きしめられた顔は大人びた表情を作るのに一役かっている。白を基調とする制服は、彼女によく似合っていた。

「さきほどから黙って聞いていれば……教官に対しても我らに対しても無礼が過ぎるぞ!」

 指をさし糾弾されるも、当の本人は涼しい顔だ。

「フン、無礼か。俺の常識の中では、人を指さすことは無礼ということになっている。ところで、なんの用だ? というか、貴様だれだ?」

 尊の物言いに一瞬鼻白むも、少女は負けじと続ける。

「私は華京院凛香(かきょういんりんか)だ! おまえのさきほどからの態度は、明らかにこの学園や『騎士団』を侮辱している! 私はそれに苦言を呈しているのだ!」

「華京院……だと? だれだ……?」

 後半の言葉は律子に対する質問だ。彼女は呆れた目で見つつも、ため息まじりに教えてやる。

「華京院凛香。実技試験二位のあんたのクラスメイトよ。そのくらい覚えときなさい」

「フン、昨日の今日で名前など覚えられるか。で? その二位が俺になんの用だ」

「さっきから言っているだろう! おまえのその態度が気に入らないと言っているのだ!」

「ほう、で?」

「いますぐその態度を改めるべきだ!」

「フン、この俺に態度を直せと?」

「そうだ!」

 ようやく話が進んだ。まだなにもしていないのに疲れてしまった。

 秘かに息を吐く凛香だが、

「断る」

 と言われたことでそれを飲みこんだ。

 なにを言われたのか分からず、ポカンとした顔で尊を見ている。

 この少年はいったいなにを考えているのか、あるいはなにも考えていないのか。どうしてここまで不遜な態度がとれるのか、凛香にはすべて理解不能であった。

「話はすんだか? なら俺は帰る」

「帰るなっつってんでしょうが!」

「なぜだ?」

「なぜでもよ!」

 このままだと堂々巡りになると思った律子は、説得をあきらめ、無理やりとどまらせようとする。

「俺はムダなことはしたくないんだ。帰らせてもらうぞ。さらばだ教官」

「こ、こ、この……」

 さすがの律子もこれには眉をピクピク動かすだけで言葉が出てこない。

 仕方がない。いままでは本人のために言わなかったが、このままでは埒があかない。律子が伝家の宝刀を抜こうとしたそのとき、

「柊尊! 私と決闘(デュエル)しろ‼」

 そう言うと、凛香は腰に差したサーベル形の『銀狼』を抜き、切っ先を尊に向ける。

「私が勝ったら、いままでの発言をすべて撤回してもらう!」

「フン、この俺と決闘だと? やめておけ。そのほうが身のためだ」

「なんだと……?」

 凛香は周囲に聞こえそうなほど歯ぎしりをした。

「私が女だからか……?」

「なに?」

「私が女だから、そんなことを言うのか……?」

 その言葉が予想外だったのか、尊はつまらなそうに鼻を鳴らし、白けたような視線をむける。いままでそっぽをむいていたくせに、受けて立つとでも言いたげに正面から凛香を見すえる。ただ見られているだけなのに、凛香は身動きがとれないどころか、視線を外すことさえ敵わなかった。

「違う。おまえが女だからじゃない。俺が相手だからだ」

 それに、と一度言葉をきり、

「自分の思い通りにならないたびに、女だからか、などとのたまうようであれば、おまえは『騎士団』には向いていない。おまえこそ『騎士団』を侮辱しているんじゃないのか?」

 ハッとしたような顔になる凛香だが、尊の白けた顔は変わらない。もう興味はないとばかりに、わざとらしく肩をすくめてみせる。

「まあ、いい。せっかくだ。相手になってやる」

律子にちらりと視線をやり、

「構わないな? 成績の近いもの同士で演習をやるんだろう? 俺は一位でこいつは二位。数字的には近い。もっとも、実力は雲泥の差だが」

 一言も二言も多い少年を、UMAでも見るかのような目で見る律子。

 つぎに尊と凛香を交互に見ると、深いため息をついた。

「許可します。ただし、最初に言ったとおり、これは演習よ。危険だと判断したらすぐに止めるから。いいわね?」

「好きにしろ」

「華京院さんも、いいかしら?」

「……はい。構いません」

 そうして、決闘の時間がやってきた。


「ではこれより、柊尊と華京院凛香の決闘を執り行います!」

 審判役の律子の声と同時に、観客である候補生たちからも歓声が上がる。その内容は主に、凛香に対する声援だ。

 当然と言うべきか、尊を応援する者はいない。まさに四面楚歌と言った状況だが、声にだして罵倒する者がいないだけましと言える。あるいは、それをすれば、尊と同レベルになってしまうという懸念がストップをかけているのかもしれない。

 リングの中央では尊と凛香が向き合っている。

「さきほどの約束を忘れるなよ。私が勝ったら、教官と我らに対する無礼な発言を撤回しろ」

「戯れるな、小娘。貴様ごとき、俺の敵ではない」

 喋るたびに撤回する言葉を増やしていく少年。

 不毛な戦いだ、と律子が思ったのも無理はない。

 だが、これもいい機会かもしれない。これから三年、このメンバーで共に学んでいくことになるのだ。遅かれ早かれこうなっていただろう。自分の目のまえで起きてくれただけマシだ。

「構え!」

 凛香は腰をかがめ、左手の親指で鞘から刀身を押し出すと、右手で柄をにぎった。

 しかし、尊はなにもしない。ただそこに突っ立っているだけだ。その態度が、さらに凛香と候補生たちの神経を逆なでた。


「決闘、開始!」


 合図と同時に凛香が動く。

 サーベルを地面に走らせながら、一気に距離をつめると、尊に斬りかかった。

 少女の細腕からは信じられないほどの斬撃があびせられるも、最小限の動きで難なくかわされる。対象を失った刀が空を裂き、わずかに地面を斬りこむ。

 すぐに追撃を加えるも、やはりそれもかわされる。

 実技試験が二位なだけあって、凛香の動きは流れるようだ。それをかわす尊の動きは、遠目に見るとダンスを踊っているようにも見える。

 だが、

「どうした、その程度なのか?」

 一方で、凛香にはムダな動きもあった。さきほどから、大きく振りかぶると、必ず切っ先を引きずるか、地面にめり込ませるかをしている。いまもそうだ。最小限の動きで攻撃した後に、必殺となる斬撃を叩きこもうとすると、切っ先が埋もれる。サーベルを抜いて、追撃を加えるも、今度は踏み込みが浅かったようだ。心なしか、斬撃も小振りな気がする。

「さきほどから、大きな動きをするときは剣先を引きずっているな。その武器は、おまえに合っていないんじゃないのか? そんな小枝一本満足に振り回せないやつが、実技試験二位とは……ほかの連中も程度が知れる」

 つまらなそうに吐きすてる尊。

そのまえで、凛香はゆっくりと顔を上げる。前髪に隠れて見えなかった顔が、静かに笑みの形をつくった。

 勝ち誇ったかのように一言、

「それはどうかな?」

 凛香がサーベルを振るった瞬間、四方から尊めがけてサーベルがおそう。

それは、いままで凛香がサーベルを引きずっていた場所、あるいは、切っ先をめり込ませた場所からきたものだった。

「!」

 尊は高く跳躍してそれをかわす。左足からは、黒い靄のようなものが出ていた。眼下で四本のサーベルが激突すると、粉々に砕け散り、それは黒い靄となって霧散していく。

 まだ攻撃は終わらない。かわされたことに凛香が驚いたのはほんの一瞬。続いて十本近いサーベルが飛んできたのは、尊がまだ空中にいるときだ。

 そのうち一本をつかむと、残るサーベルを器用に切り落としていく。

「フッ、いいのか? そんなことをして」

 不敵に口を弧に歪める凛香。サーベルを振るうと、それを合図としたように、グニャリとゆがんだ刀身が、蛇のようにのたうち尊の右腕をからめとった。

 闘牛士が優雅に鞭を振るうかの如く、凛香はサーベルを一線、『銀狼』に命令を出す。

 すると、サーベルの動きに合わせて、尊まで動きだした。右腕に巻きついたサーベルが尊を動かしているのだ。

 一直線にサーベルを振るえば、尊もそれに合わせて空中から落下する。思い切り地面に叩きつけられ、衝撃で土煙が舞う。

 観客席から感嘆の声とざわめきが漏れるも、それはすぐに聞こえなくなる。

「なるほどな」

凛香も、ほかの候補生たちも息をのんだ。数秒前、空中から落下したはずの尊が、無傷でそこに立っていたのだ。

「ば、バカな……」

 驚きに目を見開く凛香に、尊は感情の宿っていない低い声で告げる。

「それが貴様の『銀狼』の能力というわけか」

『銀狼』には、その数だけ、それぞれ能力が存在する。

 十五年前、新たに発見された物質――『ダークマター』を元に造られた武器、『銀狼』。その能力は、『ナノマシン』によって得られ、制御されているものだ。

「斬りこんだ個所に『ダークマター』を植えつけ、そこから引き出す能力か。本体を離れても手動で操ることができるとは便利だな。昨日支給されたばかりの『銀狼』をもうそこまで使いこなすとは、まずは褒めてやろう」

 そう言われても、褒められている気などまったくしない。

「だが、それだけだ。俺には届かん。いい機会だ。この俺に挑戦することが、いかに愚かなことかをその身に刻みつけてやろう」

「ッ! なめるな!」

 叫びに呼応し、『ダークマター』がまるで沸騰した鍋にふたをしたように、止めどなく溢れ出る。凛香の感情を表すようなその光景は、やがて数十本ものサーベルに姿を変えた。

「待ちなさい、華京院さん! それ以上はあなたにも危険が及びます!」

 いつも冷静な律子が焦ったように声をあげるが、

「問題ありません! この程度……」

 強気な態度とは裏腹に、一瞬言葉につまる凛香だが、迷いを断ち切るかのように言う。

「構えろ、柊尊!」

 だが、尊はなにもしない。腰に差してあるものは、飾りだとでもいうように、驚くでもなく、自分を取り囲む刀を見ている。

「この期に及んで、構えないつもりか?」

「その必要はない。それとも、貴様の目には、俺が隙だらけに見えるのか? もしそうなら……程度が知れるな」

 その言葉で、凛香の感情は、文字通り爆発した。

「ッ‼ いいだろう、ならばそのまま果てるがいい‼」

 ちぎれんばかりの勢いで『銀狼』を振る凛香。はたして、それに『銀狼』は答えた。

 空中を浮遊する、およそ半分のサーベルがくるくると回転しながら、尊の逃げ道を封じるかのように動く。

 一瞬、まるで時が停止したかのようにすべてのサーベルが動きをとめる。

つぎの瞬間、半分のサーベルが尊に襲いかかった。

 この状況においても、尊のやることは変わらない。最小の動きで、すべての攻撃をかわす。その余裕さが、凛香をさらなる攻撃へとかりたてる。

凛香が『銀狼』を振るうと、一度はかわしたサーベルが尊を追撃する。

「フン、バカの一つ覚えか」

 さきほどと同じように、尊はその常人ではおよそ考えられない脚力で跳躍する。

 サーベル同士が激突し、粉々に砕け散る。ここまでは、さっきも見た光景だ。が、今回はそれでは終わらなかった。

「ああああああああっ‼」

 まるで身を裂くかのような叫び声をあげると、凛香は『銀狼』を下から上へと一線する。

 すると、砕け散ったサーベルの破片が霧散することなく、そのまま尊を攻撃したのだ。そのおよそ半分は、すでに形を失い、黒い物質へと変化している。

 つまらなそうに鼻を鳴らす尊だが、まだ終わりではなかった。破片と形を失った物質が、尊だけではなく、凛香にも襲いかかったのだ。

「‼ しまった……!」

「華京院さんっ!」

 律子が声をあげ、観客席からも悲鳴が上がる。

 しかし、さすが副団長と言うべきが、彼女の行動は早かった。『銀狼』から紫電がはぜると同時に一振り、放たれた紫電がおよそ半分の破片を消し去る。

 空気中に漂う微量の電気を操る。律子の『銀狼』――『雷剱(らいけん)』の能力である。

「くっ!」

 それでも、すべてを消すには至らない。律子が歯ぎしりをしたときだ。いままで決して抜かなかった尊が、『銀狼』を抜刀した。同時に、鈍い硬質な音が聞こえる。尊が『銀狼』を振るい、かけらをすべて叩き落としたのだ。

 そして、それは凛香を切り刻まんと迫っていた欠片に激突し、黒い霧となって霧散していく。

「なっ……」

 凛香が驚きに目を見開いている間に、尊はさらに『銀狼』を一線。すると、『銀狼』から独立した漆黒の斬撃が、空中に残るサーベルをすべて消し去った。

「終わりだ」

 短い死刑宣告とともに、空中(・・)を(・)蹴って(・・・)降下(・・)する(・・)と(・)、勢いそのままに凛香を押し倒すように覆いかぶさり、顔面の横に『銀狼』を突き刺した。

 だれもが固まるなか、言葉を発したのは尊本人だった。

「なにをしている律子。さっさと勝利者である俺の名を宣言するがいい。高らかにな」

 一切空気の読めていないその発言のおかげで、全員が我にかえることができた。

「勝者、柊尊ッ!」

 それでも律儀に宣言し、その後、すぐさま凛香にかけよる。

「華京院さん、大丈夫!? ケガは……」

 心配そうに凛香の体を確認する律子。苦しげに胸をおさえながら、凛香は顔をそむけたまま言う。

「……大丈夫、です」

「フン、これで気がすんだか? 約束通り、俺は帰らせてもらうぞ」

 そんな約束はしていないはずだが、もうすべては終わったと言わんばかりに、尊は身をひるがえしてその場を去ろうとする。それを呼びとめたのは凛香だ。

「ま、待て……」

 乱れた息を整えながら、問いかける。

「なぜ、私を助けた……?」

「フン、勘違いするな。べつに貴様を助けたわけではない。演習中に候補生になにかあれば、困るのは俺たちなんだ。これ以上の面倒事はごめんだ。貴様を救ったのは、単なる結果論に過ぎない」

 歩き去ろうとした尊だが、足を止めるとゆっくりとふり返り、『銀狼』を凛香の制服のバッチ――『騎士団』がつけているものを模して造られたそれに、まっすぐ狙いを定めた。

 射すくめられたように、身動き一つとることができない。

「貴様、なぜ無茶をした?」

 尊は顔色一つ変えず、底冷えするような低い声で言った。

「あの様子では、一度に操れる本数は十三本程度が限度なのだろう? それをあの程度の挑発に乗り、一時の感情に身をまかせてバカげた行為に及んだ。そんな貴様が、この俺に偉そうに説教を垂れるとは片腹痛い。無礼が過ぎるぞ小娘」

『銀狼』を下げると、静かにその場を立ち去る。

 金縛りが解けたのは、尊の姿が見えなくなってからだ。

 それを見計らったかのように、校舎から荘厳な鐘の音が聞こえてくる。

 それは、授業終了を告げるとともに、模擬戦の決着を示す音となった。

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