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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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 ”『安全地帯』建立十五周年記念式典”④

「これはいったいどういうことだっ!?」


 応接間に酒匂の怒鳴り声が響き渡った。

 いまこの場には、酒匂のほかに、尊、瀬戸、丹生、『君主』、西園寺の姿がある。


「貴様、大口をたたいておいてこの体たらくはなんだ!? くそっ、だから私は最初からこいつに警備を任せるのは反対だったのだ‼」

 まるで決壊したダムのように、罵声が口をついて出る。

「この責任をどうとるつもりだ!?」

 顔を真っ赤にしてがなり立てる酒匂。対する尊はじつに涼しげな表情で言う。


「心配するな。貴様が心配しているようなことにはならん」

「……先日言っていたな? “もし失敗するようなことがあれば詰め腹を切って詫びる”と! その覚悟はあるのか?」

 酒匂の脅しを、尊は鼻で笑いとばす。

「当然だ。ではそのまえに、この事件を解決しておくとしよう」

「言いわけなら聞く耳は持たんぞ」

「ショックで耄碌したか? 俺は“解決する”と言ったんだ」

「解決だと? これは小清水の仕業だろう?」

「フン、だから貴様はバカだというんだ。だが安心しろ。そんな貴様でも分かるように説明してやる」

 この期に及んであざ笑うかのような物言いに、酒匂は一瞬狼狽する。


「では、まずはおさらいから始めようか」


 今回の事件は、宮殿に“式典において『君主』を暗殺する”旨が記された、犯行声明文が送られたことに始まる。

 犯人と目されているのは、小清水という事務室室長。

 動機は、十五年前、『アドラスティア』の信者であった家族が『フレイアX』となり、殺害されたため。

「そもそも、動機自体に無理がある。こんなものはただのこじつけだ。百歩譲って、『安全地帯』ではなく、『騎士団』を恨んで征十郎を狙うというならまだ分かるんだがな」

 そう言って、わざわざ一度瀬戸に視線をやる。


「何者かが、小清水とか言うやつに罪を着せ『なにか』を企んでいる。それはすぐに分かった」

「だが、やつは実際に姿を消しているんだぞ?」

「今回の事件で、怪しい人間は二人いる」

 尊は酒匂の言葉を無視し、話を続ける。にらみつけられるも、やはり気にした様子はない。どころか、その反応を楽しんでいるようですらあった。

「仮に、貴様の言うとおり『危険区域』の人間がテロを起こそうと考えていても、声明文を出すためには、宮殿の、それも毎日送られてくる文書を検閲できる立場にいる人間に仲間がいる、と考えるのが妥当だ。

 小清水という事務室室長。そして酒匂、貴様だ。小清水が失踪してから検閲している貴様なら、問題なく文書を紛れ込ませることもできるだろう。考えてみれば、もっとも怪しいのは貴様なわけだ」


「わ、私が犯人だと……?」

 つぶやくように言い、

「ふざけるな! 貴様、自分がなにを言っているか分かっているのか!? だいたい、会場が暗転したあと、私は殴られて気を失っていたのだ! それにあの場にいたのは『君主』ではなく美神朱莉ではないか! どうして私に彼女を殺すことができる!?」

「そうさわぐな」

 尊はまるでハエを追っ払うようにうっとうしそうに手を振り、


「心配するな。あれが貴様の仕業でないことは分かっている。あれをやったのは俺だ」


「な、なんだと……?」

 突然の自供に酒匂は素っ頓狂な声を出し、つぎの瞬間にはプルプルと震え始めた。

「貴様! ふざけているのか!?」

 尊を指さし糾弾したかと思うと、今度はその矛先を変える。

「瀬戸! さっきから、なにを黙っている! これは上司である貴様の責任でもあるんだぞ!」

「まあ、落ち着いてください。まずは話を聞こうじゃありませんか」

 微苦笑を漏らすと、瀬戸は視線を尊にうつす。酒匂は歯をかみしめ、しかし結局は尊をにらみつけた。


「さて、どこまで話したか……ああ、朱莉を殺ったのと酒匂を殴り飛ばしたのが俺というところまでだったな」

 口を開こうとした酒匂だが、反抗したところでムダなことだと悟ったのだろうか、結局は口をつぐんだ。

「動機だが、べつに本物の『君主』を殺す必要はない。なぜならテロ自体が、貴様の目的ではないからな」

 尊は一度言葉を区切り、斬りつけるかのような口調で言う。


「貴様の目的はただ一つ。小清水をテロリストにすることだ」


 しばし呆然としていた酒匂だが、唐突にわれにかえると、

「バカな! そんなことをしていったいなんになる!? 私にどんな得があるというのだ!?」

「小清水がテロを起こすのは、『フレイアX』となった家族を殺されたから、だったか? これが動機だろう?」

「なに……?」

「たしかに小清水の家族は『アドラスティア』の信者であり、故に『フレイアX』となって、『騎士団』に処理されたのだろう。だが、家族を殺されたのは小清水だけではない。貴様も、いうことだ」

「な、なにを……」

「ああ、勘違いするな。なにも貴様の家族が『アドラスティア』の信者だと言っているわけじゃない。殺したのは、小清水だ。違うか?」

 酒匂は答えない。尊は続ける。


「征十郎が言っていただろう。貴様は、ウイルス蔓延前の世界では外務省に所属していたと。そして貴様は、自分でこう言った。“外務審議官を小清水とともに務めていた”と」

 外務審議官。

 事務次官に次ぐポストであり、歴任後に事務次官に就任するケースが極めて多い、言わば“出世コース”の一つだ。

「“どちらがつぎの事務次官か”、貴様らはそれで争っていた。まあ、なんとも不毛な争いというほかない。だが、その不毛な争いの犠牲になったのが、貴様の家族ということだ」

 懐から数枚の書類を取り出し投げてよこす。


「その資料にはこう書かれている。“車が崖から転落したことによる事故死”。だが、これが何者かに仕組まれた“必然”だったとしたら? 小清水が貴様を殺そうとして、車のブレーキに細工をする。それとは知らずに貴様の家族が乗り、死ぬ」

「……推測の域をでていない。あまりくだらんことを言うと名誉棄損で……」

「律子」

 酒匂の言葉をさえぎるようにして、尊は一人の女の名前を呼ぶ。

 それを合図としたように、扉を開け、『騎士団』の制服を着た鬼柳律子と、その律子に支えられながら一人の男が入室する。


「な、なんだ貴様は!? いったい、なんの権限があって……」

「さわぐな、と言ったはずだ」

 尊は冷めた視線で酒匂を見る。

「その女が、いまから貴様が犯行を認めやすくする手伝いをしてやる」

「なんだと……っ!?」

 怪訝な顔をする酒匂だが、つぎの瞬間、その表情が一変する。


 律子に支えられていたのは、テロ容疑をかけられ、現在行方不明となっていたはずの小清水の姿だったのだ。目はくぼみ、頬はこけており、先日見た写真とはまるで別人のようになっている。

「そいつは貴様が罪を着せ、自宅に監禁していた生き証人だ。小清水といったな。貴様にいくつか訊きたいことがある。Yesの場合は首を縦に、Noの場合は首を横にふれ」

 椅子に座らせられた小清水はコクリとうなづく。


「では一つ目。十五年前、貴様は外務省に所属していたな?」

 小清水は首を縦にふる。

「二つ目。事務次官の座をめぐって、酒匂との間には確執があったな?」

 数秒の間をおいて、コクリ、とうなづく。

「三つ目。貴様を拉致監禁したのは酒匂か?」

 ふたたび首が縦にふられる。

「四つ目。十五年前、酒匂の車に細工をしたか?」

 その問いに、答えはすぐには帰らなかった。小刻みに震え、明らかに答えることをためらっている。


「とっとと答えろ。まあ、答えないというのであればそれでもかまわん。このまま貴様を公安に引き渡すだけだ。あとは連中がどうとでもするだろう」

 吐き捨てるように言った尊は、律子に小清水を連れて行けと顎先をふった。すると、小清水は焦ったように必死に体をよじらせ、何度もうなづいて見せた。

「フン、最初からそう答えればいいんだ。いちいち手間をとらせるな」

 わざとらしくため息をつき、笑みを浮かべて酒匂を見る。

「見たとおりだ。これで貴様の動機ははっきりしたな。そして貴様は、小清水に罪を擦りつけるために、偽装工作を施した。小清水のパスワードで情報を検索したのも、むろん貴様だ。さて、なにか反論はあるか?」


 しばらく呆然としていた酒匂だが、やがてうつむくと小刻みに震え始める。

「……いつからだ……いったい、いつから私が犯人だと……」

 歯ぎしりをしながら言った。

「最初からだ」

 尊はなんでもないことのように言った。

「ここで貴様と初めて会ったときから、貴様が犯人だということは分かっていた」

「なんだと!? ウソをつくな! そんなはずは……」

「貴様言っていたな。“当日は『危険区域』の人間が式典に乱入してくるかもしれない”と。それに、貴様の話は、すべて『危険区域』の連中のみで、小清水は関係していなかった。まるで、小清水が殺されることを前提としているようだった。

 計画が完了した後で小清水を殺すつもりだったのだろう? 言い分としては、“いままで甘い汁をすすっていた報復”といったところか。貴様が犯人だと分かったから、俺はあのときすぐに帰ったんだ。あれ以上いたところで時間のムダだからな」

 ウソつけ、その理由は半分もねぇだろ。と思った瀬戸だがなんとかこらえることができた。


「さて、仕上げだ。朱莉、もういいぞ。出てこい」

 いったいいつからいたのか、一人の少女が歩みでる。

 その少女は――。

「美神、朱莉――ッ!?」

 さきほど、喉元を一突きにされた状態で発見された朱莉がそこに立っていた。血まみれのドレスを着た状態で、喉元にも血の跡が見える。


「な、いったい……」

 唖然とした様子で朱莉を見る酒匂。対する尊はバカにしたように鼻を鳴らす。

「なんだその反応は? まさか貴様、俺が本当に朱莉を殺したとでも思っていたのか?」

 つまらなそうに続ける。

「今回俺に課せられた任務は、“速やかに事件を解決する”こと。だから言ったんだ。“式典当日に解決してやる。代わりに、俺のすることには一切口を出すな”とな。証拠に、こいつらはさきほどから言葉を発していないだろう? 貴様と違い、言われたことをする程度の脳はあるということだな」

「そんなこと私は一言も……」

「当然だ。犯人に計画を口外するバカがどこにいる?

 そうして今日の計画を立てた。騒ぎを起こし、列席者たちを会場からどかしたうえで朱莉……ああいや、『君主』殺害を偽装する。その赤いのは血のりだ。少々お粗末だが、もともとが茶番のようなもの。この程度がふさわしいだろう」

 尊は喉の奥でせせら笑う。

「つまり、この場にいる貴様以外は、今日起きることをすべて知っていたということだ。でなければ、ショックングな死体を見た丹生が意識を保っているわけがないからな」

 丹生に視線をむける。もっとも、いまだ顔面は蒼白になっているので、十分ダメージはくらっているようだが。

「さて、俺からは以上だ。せっかくだ。あらためて反論があれば聞いてやる。貴様らももう、しゃべっていいぞ」

 と、軽く手をふって見せる。


「やれやれ、われながら高くはりこんだな」

 自嘲気味に言ったのは瀬戸だ。

「どうだ西園寺。言ったとおりの結果になっただろ?」

「……ええ。話を聞いたときは、どうなることかと思いましたが……」

「私はとても有意義な時間を過ごされていただきました。朱莉さんとも仲良くなれましたし」

『君主』は楽しそうに言うと、今度は朱莉の手をにぎって申しわけなさそうな顔になる。

「でも、ごめんなさい。こんな役を背負わせてしまって……」

「い、いえ、気にしないでください……! 私はただ、柊くんの言いなりになっていただけですし……」

 朱莉は恐縮したように手をふる。


「まさか、こんなにうまくいくなんてね」

「フン、当然だ」

 律子の言葉に、尊はなんでもないように鼻を鳴らす。

 言葉のとおり、彼にとってはどうということはない当然の結果だ。

「さて、長居は無用だ。とっとと引き上げるとしようか。どうやら、そいつもそろそろ限界なようだ」

 疲れきった顔をしている丹生は、

「だ、大丈夫、です……」

 と、ふらふらしながら答える。


「全然大丈夫じゃないでしょう。ほら、すこし座ってなさい」

 律子は椅子を持ってきて丹生を座らせてやる。

「あ、ありがとうございます、先輩」

 いままでとおなじように、丹生は申しわけなさそうに言った。

 尊はそれを横目で見てから、

「律子。さっさとそいつを連れていけ」

 がっくりとうなだれ、一言も発することができずにいる酒匂を顎さきで指す。


「征十郎。これで文句はないな? 俺は唯のもとに行かせてもら……」

 その言葉を最後まで言い終えることはできなかった。

「ぐ……っ!?」

 いままで一時停止ボタンを押されたかのようにじっとしていた酒匂が、突然目をむいて苦しみだしたのだ。

 皮がえぐれ、血が出ることもいとわずに喉をかきむしり、口をぱくつかせる。


「フン、持病の発作でも起こったか? 後期高齢者は医療費が安くて気軽に病気になれるからうらやましいよ」

 尊の皮肉にも、酒匂はただ苦しそうに口をぱくつかせるだけだ。

「金魚のモノマネか? なかなかうまいじゃないか。どれ、貴様の雄姿をこの俺が直々に記録してやる」

 そう言いながら、懐からスマートフォンを取りだしたときだった。


「待て尊! 様子が変だ」

 瀬戸がめずらしく焦った声を出す。

「鬼柳ちゃん! 救急車を……」

 しかし、瀬戸の言葉も途中で途切れることとなる。

 苦しげにもがいていた酒匂が、口から泡を吹いてその場に倒れたからだ。


 生死など、確認するまでもなかった。

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