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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
27/168

”『安全地帯』建立十五周年記念式典”③

 式典は一階にある大ホールにて行われる。


 ここは毎月行われる舞踏会でも使われるため、招待客にとってはなじみのある場所なのだが、今日はすこし、物々しい。

 床に敷かれた高級感のある絨毯。天井に輝くシャンデリア、絵画や調度品などといったものも、多くの人の目に触れる場所なだけあって、ずいぶんとはりこんでいるようだ。

 ラウンドテーブルの上には料理が並べられ、壇上ではオーケストラがクラシック音楽の“G線上のアリア”を演奏している。中庭に面している大窓が開け放たれているため、時折流れこんでくる夜風が心地いい。


 ホールに入ってすぐ、給仕に渡されたワインを口に含み、瀬戸はそれとは分からぬよう顔をしかめた。

(チッ。やっぱ外れ年か……)

 この舌触りと香り、おそらくロマネコンティだろうが、やはり当たり年とはまるで違う。

 しかし、ボトルのラベルを見ると当たり年の物になっている。ということは……

(奥で詰め替えやがったな)

 それ以外に考えられなかった。理由は言うまでもなく、予算削減。尊に語った理由からだ。ワインは当たり年と外れ年では、その価値はまるで違う。文字どおり、桁が違うのだ。なんなら、このワインよりも、当たり年のラベルのほうが価値が高いくらいである。

 たしか、ボトルの史上最高額は、日本円で約一億七千七百四十万だったか。べつにそこまでとは言わないが、どうせならそれなりのものを出してほしいものだ。


 とはいえ、立場的にも、尊に言った言葉から考えても、顔にも口にも不満をだすわけにはいかない。

 円卓に飲みかけのワインを置くと(式典で使われるグラスは、持ち主が分かるようグラスマーカーが付けられている。いま付けられているのは十二星座を模したものだった。色違いの物を含めて人数分用意されている)、秘書に話しかける。

「大丈夫か、丹生ちゃん?」

「は、はい。大丈夫です……」

 とは言うものの、あまり顔色は優れない。

 無理もない。もともと引っ込み思案だというのに、過去のトラウマのせいで、人混みが極端に苦手なのだ。そこにくわえて、先日の出来事……本来なら、連れてくるべきではなかった。

 無理はしなくていいと念をおしたが、数々の有権者たちや、中央省で警保局長まで務める瀬戸が出席するのに、その秘書の自分が欠席では瀬戸の顔がつぶれてしまう、という彼女なりの思いやりだ。結局、丹生は行くと言ってきかなかった。


 腕時計に目をやる。まだ『君主』入来まですこし時間がある。

 そろそろ報道もはじまっているころだろう。もっとも、彼らに出席の権利はないので、宮殿の外からの報道になるが。

(やれやれ、さっさと終わってほしいものだな)

 瀬戸がそう思ったところで、予定が変更になるわけではない。

 仕方ない。すこしでも気を紛らわすために外の空気でも吸ってくるか。と、丹生を連れて中庭に出ようとした瀬戸に、

「おや、瀬戸警保局長。君も来ていたのか」

 そう声をかけられ、思わず舌打ちをしそうになる。


「舞踏会にもほとんど顔を見せない君とここで会えるとは思わなかったよ」

「やあ、朝桐(あさぎり)さん。どうもご無沙汰しております」

 声をかけられたときには盛大に顔をしかめておいて、振りかえるまでには社交用の笑みが張りついていた。それができたのは、普段からあの少年に鍛えられているおかげに他ならない。と言って、到底感謝する気持ちにはなれないが。

「先日はどうも」

 様々な意味が込められているであろう言葉を、朝桐と呼ばれた男はフンと鼻で笑い飛ばす。

 瀬戸よりも頭二つほど小さい小男だ。

 先日、『元老院』に呼ばれたさい、瀬戸はこの朝桐から、律子の件を蒸し返されるという嫌がらせをうけた。それは朝桐が瀬戸を嫌っているからであり、同様に、瀬戸も朝桐のことが嫌いだった。


 現在、『安全地帯』にある四つの地区。その内の一つの地区長がこの朝桐という男であり、『元老院』を構成する四人の有権者の一人でもある。

 白髪の目立つ頭に、どこか人を見下したような卑しい顔。まったく、この連中は昔からそうだ。

「よくお似合いですよ、それ」

 と、朝桐の着ている燕尾服をさす。

 親しげな顔で言う瀬戸に、しかし朝桐は露骨に顔をしかめる。

 その理由を、もちろん瀬戸は知っている。朝桐は洋服が似合わないのだ。そのため、彼は基本的に和服しか着ない。


 しかし、式典の招待状には『男は洋服』、『女はドレス』着用と義務付けられていたために、なくなく着てきた、というところだろう。

 その襟には、これ見よがしに赤いバッチがついている。これは『安全地帯』の最高司法機関である『元老院』のみがつけることを許されたバッチだ。

「誉め言葉とうけとっておこう」

 ぶっきらぼうに言ったあと、瀬戸の後ろにいる丹生に目をむけた。


「おや、たしかそのお嬢さんは君の部下だったね?」

「ええ。彼女は丹生静香。私の秘書です」

 紹介をうけ、丹生はちいさく会釈をする。

「そうそう、そうだったな。久しぶりに見たよ。君はたまに見かけても一人だからな」

 丹生は瀬戸の秘書に着任した最初の年、顔合わせのために舞踏会に出席しているが、それ以降はあまり公の場には出ていない。それは丹生をあまり人の多いところへは連れて行かないという瀬戸なりの気づかいなのだが、なにを思ったのか、朝桐はにやにやしている。


「丹生さん、私は朝桐です。よろしく」

 右手を差し出すも、丹生はなかなか手を取ることができない。

 もっとも、朝桐とて最初から握手が目的なわけではない。丹生の状況を分かっているから、それを瀬戸への嫌がらせに使っただけだ。

「朝桐地区長。そちらは?」

 瀬戸は丹生を隠すように一歩前に出ると、努めて笑顔で問いかける。

「ん? ああ、私の秘書だよ。名は白瀬」

 今度は朝桐の後ろにいた人物が一歩前に出る。

 灰色のドレスを着た女性だった。長い髪をアップにしており、表情が硬く、落ち着いた印象をうける。

「白瀬と申します。以後、お見知りおきを」

 無機質な声であいさつすると、最初からプログラムされていたかのようにお辞儀をする。まるでロボットのようであった。彼女の整った容貌と相まって、妙に作り物めいており、すこし不気味に思える。


「初めまして白瀬さん、瀬戸です。朝桐さんには、いつもお世話になっております」

 尊が見たらまた文句を言いそうなやりとりに、瀬戸も内心うんざりしていた。そんな瀬戸の心の内を見透かしたように、朝桐は言う。

「まあ、君はあまりこういった場には来ないのだから、いい機会だろう。楽しんでいったらどうかね?」

「楽しむ、ですか……」

 瀬戸の口元がわずかに皮肉な形にゆがむ。


「そう言われましても、こう物々しくてはね。アレ、あなたの私設軍隊『シュトラーフェ』でしょう? こう言ってはなんですか、白けますよ」

 会場には、『君主』を守護する『忠臣隊』だけでなく、朝桐の私設軍隊まで警備に参加している。そのため、とても物々しい。

「それは済まない」

と朝桐は肩をすくめ、

「私から『君主』にお願いしたのだ。“式典の警備に参加させてほしい”とね」

 したり顔で言う朝桐に、瀬戸は思わず吹きだしそうになる。


 要するに、『君主』に恩を売りたかっただけのことだ。

 犯行声明文が届いただけあって、会場に入る際の身体検査は徹底していた。煙草のためのライターはもとより、ネクタイピンや万年筆など、およそ武器になりえるものはすべて没収されている。なにも仕込まれていないことが分かると、腕時計は返してもらえた。声明文の存在は公表されていないので、あまり強くはでれないらしい。

 会場内の警備もすべて取り決めがあるため、本来であればほかの警備という“不確定要素”を取り込むべきではない。

 のだが……どうせ朝桐がしつこく食い下がったのであろう。下手に無下にすると、面倒なことになりかねない。朝桐はすこし特殊なのだ。


「『君主』は快く承諾してくださった。なに、『シュトラーフェ』がいるからには、なにがあろうとも『君主』をお守りして見せるさ」

 ところで、と朝桐はすました顔でホール内を見回す。

「君の組織……『騎士団』だったか? 彼らはいないのかね? てっきり、警備に参加するものと思っていたのだがね」

「しませんよ」

 と笑って見せ、

「しかしご心配なく。なにも問題はありません」

「? どういう意味かね?」

 眉をひそめる朝桐。


 しかし、その質問に瀬戸が答えることはない。早々に話を切り上げ、丹生とともに中庭に行こうとしたそのとき、

「瀬戸さん、朝桐さん」

 ふたたび声をかけられた。

 すると、今度は朝桐がいやそうな顔になり、逆に瀬戸は笑顔になる。

「お二人がそろっているなんて、ずいぶん珍しいですね」

「どうも碓氷(うすい)さん。なに、偶然会いましてね。ちょっと、世間話を」

 碓氷と呼ばれた男は、そうでしたか、と微笑む。

 すらりとした長身。きれいにセットされた髪に柔和な笑み。年齢は若く、今年で二十五歳になる。

 彼の襟にもまた、『元老院』のバッチがつけられていたが、朝桐と違って嫌味な感じはしない。弁護士のような安心感がある。


「……私はこれで失礼する」

 さきほどまでの態度がウソのように、朝桐はさっさとその場から離れ、一礼すると、白瀬も追っていく。

「おや、逃げられてしまいましたか」

 特に残念そうでもなく、碓氷が言った。

「ひょっとして、お邪魔でしたか?」

「いやいや、このタイミングで来てくれて助かりましたよ。大丈夫か、丹生ちゃん?」

「は、はい……」

 緊張の糸が解けたように息を吐く丹生。やはり、まだ本調子ではないようだ。もっとも、本調子のときもいまと大して変わらないのだが。


「お役に立てたならよかった。お久しぶりです、丹生さん。そのドレス、よくお似合いですよ」

 ニコリと微笑む碓氷は、『安全地帯』の四つの地区の一つ『朱雀地区(すざくちく)』の地区長を務めており、『元老院』の一人でもある有権者だ。

 朱雀地区は尊たちが暮らす地区でもあり、その敷地内には中央省や騎士団養成学園も設置されている。

もともとは彼の父が地区長と『元老院』を務めていたが、去年他界したため、いまは彼がその後を継いでおり、とある事情から、碓氷と朝桐は仲が悪い。


「あ、ありがとうございます……」

 瀬戸と碓氷の父、正文(まさふみ)は旧知の仲だった。その関係で、丹生も碓氷親子には面識がある。

「どうです、地区長の仕事は? もうなれましたか?」

「とんでもない。いろんな人に助けられながらなんとかやっています。なかなか思うようにはいきませんね」

 苦笑いで肩をすくめ、近くを通りかかった給仕にグラスとワインを持ってこさせる。

「丹生さん」

 グラスを手渡すと、静かにワインを注ぎ始める。

「ご存知ですか? アルコールは胃壁からすぐに血中に吸収されるので、気を落ち着かせることができるのです。むろん、飲みすぎると毒になりますがね」

 そんな効果はないはずだが、これは丹生を安心させるためにブラシーボ効果を狙っただけだろう。


「ほほう、ボルドーですか」

 ラベルを見ると、瀬戸は得心したようにうなづいた。ラベルは当たり年の物だが、これも中身はどうせ外れ年の物だろう。

 余談だが、ボトルやラベルを隠し、味を鑑定するブラインド・テイスティングは、瀬戸の特技の一つだ。

「ええ。ボルドーは酸味と甘みが溶け合ったその繊細な味わいから、“ワインの女王”とも称されますからね。いまのあなたにとてもお似合いです」

 思わぬ言葉に、丹生は耳まで真っ赤にしてうつむいた。

「おや、困りましたね。ひょっとして、私のほうがお邪魔かな?」

 瀬戸が口をへの字にして言った。ちいさな笑いが起き、ようやく空気が明るくなったそのときである。

 いままで壇上でクラシックを演奏していたオーケストラが、演奏を中止し横にはけた。

 照明が調節され、ホール内を照らすのはうっすらとした明かりとシャンデリアのロウソクのみとなる。

 瞬間、


 シン、


 と、場が静まりかえった。

 あまりの静けさに、静まりかえった音が聞こえたと錯覚したほどだった。さきほどまで、何事もないように無駄話に興じていた者共も、一斉に壇上に目をやる。

 まるで宇宙空間のように一切の物音がしない異様な空間――その彼らの視線のさきに、“彼女”は現れた。

 後ろに西園寺、そして尊。その後ろに酒匂を含めた数名の従者を引きつれ、悠然と歩をすすめる少女。

 朱莉――いや、『君主』の入来である。


「ようやくお出ましですか」

 碓氷がポツリと言った。

 瀬戸は目を細める。さて、ここからだ。

 壇上をすすむ『君主』を、招待客たちはどこか物珍しそうな視線で見る。

『君主』が公の場に姿を現すことは、まずない。宮殿にこもり、『安全地帯』が出来たときから、その政治を一手に担う最高主権者であり、カリスマ。そうした存在としてしか認識していない、というのが、ほとんどの者たちの本音だろう。

 そんな『君主』を間近に見ることのできる、最初で最後のチャンスかもしれないこの式典は、すくなからず彼らの好奇心をくすぐるに違いない。

 もっとも、


(その初めて間近で見る『君主』が影武者だとは、夢にも思わねぇだろうな)

 瀬戸はわずかに唇を皮肉な形に歪める。

 その滑稽さにではない。『君主』に付き従い、守護する『忠臣隊』に扮した少年の心中を察したからだ。尊も一応はプロ。いまのところ顔には出していないものの、考えていることは手に取るように分かる。


 ――とんだ茶番だ。


 そう思っているに違いない。

 だが、実際そのとおりだと瀬戸は思う。今日列席している者のなかに、本気で『安全地帯』を祝おうなどと思っている人間がいったい何人いるのか、分かったものではない。

 どいつもこいつも、『君主』に恩を売ろうと考えている者ばかり。朝桐がいい例だ。

 もっとも、アレの場合は余計に滑稽だが。

 壇上を三分の一ほどすすんだところで、酒匂たちは足を止め、片膝をついて頭を垂れる。


(朱莉ちゃんも口ではああ言っていたが、今日のためにだけにいろいろと叩きこまれて辟易してるだろうよ。なにかご褒美を考えとかないとな……)

 その『君主(あかり)』が、壇上の中央に設置された祭壇を上っていく。尊と西園寺は祭壇へはすすまず、一礼するとその姿勢のまま数歩下がる。


(尊が唯ちゃん以外にあんな格好をするとは、写真に撮っておきたいね)

 思わず吹き出しそうになるのをこらえ、瀬戸は一同と視線をおなじくする。

 祭壇を登り終えた『君主』は、玉座のまえに立ち一同を睥睨する。

 だれもが固唾をのんで見守るなか、ゆっくりと、口を開く。


「昨今」

 と発せられた言葉は、朱莉の声にもかかわらず、まるで初めて聴いたような違和感があった。

 ホール全体をやさしく包みこむ、鈴の音のような不思議な感覚。『君主』のそれとよく似ている。

 まさか、しゃべりかたまで練習させられたのか……と、朱莉に同情してしまう。


「『フレイアX』との戦いは、日に日に加速しております。そのなかで、『安全地帯』が『安全地帯』として機能するべく、いまこの瞬間も『騎士団』による戦闘が行われている。そして私は、政治に専念してまいりました。

 そんななか、今日という日を皆様とともに迎えられたことを、とても喜ばしく思います。

 どうか皆様、本日は心行くまでお楽しみくださいませ」


 静まりかえる会場。その静寂を崩したのは、だれからともなく発せられた拍手だった。それは見る見るうちに伝染してゆき、会場は喝さいの渦に包まれる。

 間近で聞いた『君主』の“勅諭”に、心躍らされたのか、招待客たちはヴェールに包まれた『君主』の顔を見、拍手を続けるのだった。




 それからとくに異常が起こることはなく、式典は予定通り順調にすすんだ。

 四人の地区長によるスピーチ、招いた芸人による芸の披露、オーケストラによる演奏など順調にプログラムを消化していき、式典も佳境に入ったそのときだった。

 オーケストラが演奏を終え、指揮者が招待客たちにむかい一礼し、拍手の音がやんだその一瞬。その瞬間を狙いすましたかのように、


 ドオンッ‼


 だれの耳にもはっきりと、その音は聞こえた。

 静寂は、ほんの一瞬だった。

「きゃああああああっ!?」「なんだいまの音は!」「爆発音だ‼」「爆弾!? いったいどういうことだ!?」「警備はなにをやっている!? なにが起こっているんだ!?」

 突如起こった異常事態だが、問題はそこだけにとどまらない。会場全体が、大きく揺れている。つまり、爆発は宮殿内で起きたということだ。


 そう考えている間に、事態はさらに悪化する。

 照明が消え、室内を照らすのはロウソクの頼りない(とも)りのみとなる。

 続けて、数回の轟音が列席者たちの耳に届く。

 と、なにかが一陣はしり抜け、ロウソクの火も消えてしまい、室内は完全な暗闇となる。

「こ、今度はなんだっ!?」「いったい、なにが起こってるんだ!?」


 唐突に視界を奪われ、会場内はパニックとなる。したがって、彼らが一斉に出口や中庭に押し寄せたのは仕方のないことと言える。

「皆さま、押さないで! 冷静に行動してください!」

 冷静になれと言われて冷静になるくらいなら、最初からパニックになどなっていないだろう。けっきょく、警備の者を押し出す形で、まるで雪崩のように会場から出ていく。


「瀬戸さん……これはいったい……」

 緊迫した声を出す碓氷。

「大丈夫か、丹生ちゃん」

 顔面を蒼白にした丹生は、無言で何度もうなづいた。

「くっ。これはいったい、なんの騒ぎだ。なにが起こっている!?」

 暗闇に目が慣れてきたのか、朝桐がイラついた様子で瀬戸に詰め寄る。

 無理もない、と瀬戸は思う。朝桐は自分から「式典の警備に参加させてくれ」と『君主』に打診したのだ。にもかかわらず、何者かによる攻撃を許してしまった。彼の面目は丸つぶれであろう。

 内心ほくそ笑みながら、しかし表情を崩すことなく諭すように瀬戸は言う。


「さて、私にもまだ。それより朝桐さん。ここにいる暇があるなら、来賓の方々の安全を確保したほうがいい。せっかく部下を引きつれてきたんだ。使わない手はない。『君主』は『忠臣隊』の方々にお任せしましょう」

「分かっている。いまそうしようとしていたところだ」

 こんなときにまで見栄を張る朝桐を、瀬戸は一週回って評価している。

「そうでしょうとも」

 大人の対応をする瀬戸。この姿をあの少年に見せたいものだ。もっとも、見たところで鼻で笑うだけな気もするが。

 朝桐が『シュトラーフェ』を引きつれ、ホールを出ようとしたときだった。予備の電気が入ったのか、照明が復活した。


 ポタ、ポタ……というなにかが滴る音が、妙に大きく聞こえた。ゆっくりと、その音がした方向を見る。

 そうして、目に飛び込んできたものは――。

『‼』

 “それ”を見て場の空気は一瞬で張り詰める。


 彼らの目に飛び込んできたものは、玉座に腰かけたまま、首元を一突きにされている『君主(あかり)』の姿だったのだ……!

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