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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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『君主』④

 尊たちの暮らす『安全地帯』は、俯瞰図で表すと警察署の地図記号となっており、『×』の部分は四つの市街区を分ける役割を果たしている。

 これからむかうのは、その区のどこでもない。『×』の中心である。“『安全地帯』の唯一の王族である『君主』”が暮らす宮殿だった。


「やはりくさいな」

 黒塗りのリムジンに揺られながら、

「『安全地帯』のトップが、一介の学生を呼び出し、あまつさえこんな迎えまでよこすとは。ずいぶん張りこんだものじゃないか」

 そう言って、尊は車内に視線を巡らせる。

 薄暗い内装。天井には細かな照明が、まるで天の川のように輝いている。背の低いテーブルの上には年代物のワイン(瀬戸用だろうか)が置かれており、まるで高級ホテルのバーのようであった。

「おまえ、頼むから宮殿でそういうこと絶対に言うなよ」

「言われなくても分かっている。上司なら部下を信用したらどうだ?」

「おまえの場合、前科が多すぎるんだよ」

 まだなにもしていないのに、瀬戸は疲れたように息を吐いた。いままでの彼の苦労がしのばれる。朱莉は努めて明るい声で言う。


「で、でも、本当にすごい車ですね。ソファーもふかふかで、逆に落ち着かないし……」

「ただのこけおどしだ。権威には飾りがつきものだからな」

 言ったそばからこれである。瀬戸はあきれ果てた。一方、尊は数秒前の自分の発言など忘れたかのようにふんぞり返っていた。

「朱莉ちゃん、こういう車に乗るのは初めてかい?」

「はい。そんな機会ありませんでしたから。見るのも初めてです。学園長は?」

「俺かい? 俺は何回かあるんだ。知り合いにこんな車を持っているやつがいてね。よくドライヴにつき合わされたよ」

 そう言うと、瀬戸は窓の外に視線をむける。


「この状態になってからも何度かつき合わされたが、どうもこのあたりは慣れないな。居心地が悪い」

 窓の外に立ち並ぶのは、城のように大きな屋敷。ここは『安全地帯』で重要な役職に就く者たちが暮らす『帝都』と呼ばれる場所だ。彼らもまた、どの地区にも属していない。

『君主』の暮らす宮殿は、このさきにある。

「あの学園を立てたやつがなにをほざく」

「権威には飾りが必要だからな」

 瀬戸はそう言って、ニヤリと笑う。

「それに、昔からああいうオシャレなものが好きでね。俺が慣れないのは、『帝都(ここ)』の雰囲気さ」

「意外だな。貴様はこういうものも好きだと思っていたよ」

「もちろん、嫌いじゃないぜ。ただ、ここの雰囲気は好きになれないだけだ。あるだろ? そういうこと」

 しかし、尊はこれには答えずに鼻を鳴らしただけだった。


「お、どうやら、到着したみたいだな」

 瀬戸は庇の下から目的地を見る。

 三人の視線が一点をとらえた。




 宮殿。『安全地帯』の唯一の王族である『君主』が住まう神聖な御所である。

 約一万坪の敷地を誇り、舞踏会場、音楽室、図書館、接見室が設置され、宮殿で働く人数はおよそ五百名。さらに、『君主』一人の生活を補助するために五十名以上の侍従が住みこんでいる。

 五十を超える来客用室も用意されているものの、通常は朱莉のような一学生は門をまたぐことはおろか、近づくことすら許されない場所である。


 したがって、

「すごい……」

 などという率直な感想が思わずでてしまっても、それは致しかたないことだった。

「ずいぶん庶民的な感想だな。こんなことでいちいち驚けるとは、人生楽しそうでうらやましい限りだ」

 広大な敷地のなかを音もなくすすむリムジン。朱莉としては、もう二度とできないであろう体験を楽しみたいのだが、終始冷めた顔をしている少年がそれを許さない。


 朱莉が正面広場に建立された、豪華な服装の女性型の記念碑をほめても、

「唯のほうが美しい」と言うだけだ。

 朱莉はため息をついて、窓の外の景色を楽しむことにした。

 やがて、リムジンは音もなく停止する。ほどなくして、ドアが開けられた。

「お待ちしておりました。瀬戸さま、柊さま、美神さま」

 エプロンドレスに身を包んだ五人の女性が、しずかにお辞儀をする。

「『君主』がお待ちです。どうぞこちらへ」

 中心の女性が言うと、荘厳な正面玄関の扉が開かれ、一同は中に足を踏み入れた。


 感想を口にだすのはやめようと誓った朱莉だったが、グランドエントランスに入った瞬間、思わず感嘆の声をあげてしまう。

 目を引くのはレッドカーペット。上品な絵画とブロンズ像。左右には、一列に整列したメイドと執事が出迎えてくれた。

 ずいぶんと大仰な出迎えだが、メイド曰く、

「そのようにせよとのお達しです」とのことだった。

 金メッキの手すりが印象的な階段を上り、二階の廊下を抜けると、とある一室に行きついた。

「こちらでございます。どうぞ、お入りください」

 豪華な装飾が施された扉が開くと、広大な空間があらわになった。白を基調とした、金と黄色の家具で飾られた部屋である。

「こちらで少々お待ちください。『君主』はすぐに参られます」

「フン、人を呼び出しておいて待たせるとはな。いいご身分だ」


 尊の言葉に、瀬戸が息をのむ様子が伝わってきた。しかし、聞こえているのかいないのか、五人のメイドはそれぞれ一礼し、退室していった。

「おい、おまえ俺の話聞いてなかったのか?」

「『君主』のまえで言わなければいいのだろう? そうピリピリするな。取って食われるわけでもあるまい」

「不敬罪で首はねられても知らないぜ」

「その場合、私たちもやられちゃいそうですね……」

 朱莉は苦笑いだ。そう言いつつも、部屋を興味深そうに見まわしている。

「あまりジロジロ見るな。みっともないだろう。俺たちの品位まで疑われる」

「もう遅ぇよ」

 瀬戸があきらめたように言う。


「やっぱり、おまえを連れてきたのは間違いだったかもしれない」

「そうか。ちょうどいい。なら、俺は帰らせてもらう」

「よくない。ちょっとジッとしてろ」

 そうして、いつもの押し問答が始まろうとしたときだ。ふたたび扉が開け放たれた。

「お静かに願います」

 さきほどのメイドが、厳かな声で言った。

「参られました」

 横によけると、恭しく一礼する。


 数秒の間をおいて、一団が入室した。

 その瞬間、場の空気が張り詰めるのを朱莉は肌で感じた。

 先頭を行くのは、白いドレスに身を包んだ女性だ。頭にはティアラを乗せ、胸元にはネックレスをつけている。ただし、ヴェールをつけているために、表情をうかがうことは叶わない。

 彼女に一歩下がってついていくのは、赤を基調とした制服に身を包んだ四十代後半と見える男性。腰には一振りの刀を下げており、鋭い眼光は揺らぐことなくまえを見据えている。その隣には片目がねをかけた初老の男性。さらにその後に、十人のメイドが控えていた。


「急にお呼び立てして申しわけありません。ようこそ、宮殿へ。歓迎いたします」

 ヴェールの下から、声が発せられる。思っていたよりもかなり若い。

 柔らかく、それでいて芯の通った強さがあり、しかし、どこか少女らしさを含んだ鈴のように不思議な余韻を残す声。


 顔を見ずとも分かる。

 彼女が、『君主』だ。


「お会いできて光栄です。(わたくし)、中央省警保局長の瀬戸征十郎と申します」

 帽子を取り、瀬戸は頭を垂れる。

「み、美神朱莉ですっ! えっと、その……お招きくださりありがとうございます!」

 緊張しているのか、上ずった声で自己紹介をする。

 本来ならば、このままつつがなくすすむはずだ。が、それをさせない男が一人いる。

「フン、わざわざ人を呼びつけ、待たせた挙句に顔を隠してのご登場とはな。さすが、高貴なお方は器が違うと見える」


 その瞬間、比喩ではなく場の温度が三度は下がった。赤い制服の男性やメイドが白い目で見てくるのが頭を下げていても分かる。二人は頭を下げたまま、石造のように硬直した。

「貴様……」

 声質的に初老の男性だろうか、叱責の声が上がりそうになる。そのまえに瀬戸が尊を叱りつけようとした、そのときだった。


「申しわけありません。準備に手間取ってしまったものですから」

 柔らかな声が降ってきた。機先を制された形となり、男性は頭を下げ、瀬戸も引き下がるしかなくなる。

「ご無礼をお許しください。では、私から自己紹介をさせていただきますね」

 その言葉に、二人のメイドが音もなく近寄ると、顔に下げられていたヴェールを静かに上げる。

 同時に、尊が驚いたような空気を発した。

 ――なんだ?

 気になった朱莉は、頭を下げたまま、ほんのすこし顔を動かす。

「!」

 そして、視界に入った顔を見て、思わず息をのんだ。

「私は『君主』。この、『安全地帯』における政治を行っている者です。今日は、皆様にお願いしたいことがあり、ご招待致しました。どうか、よろしくお願い申し上げます」


 ヴェールの下から現れた『君主』の顔は、朱莉と瓜二つだったのだ。

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