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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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『君主』③

 放課後、尊と朱莉は瀬戸から呼び出しをうけた。

 朱莉はてっきり石壁を壊した件だと思っていたが、どうやら違う案件らしい。


「いったい、なんの用だ? 俺は貴様と違って忙しいんだがな」

 放課後に軽々しく呼び出しをうけた尊は不機嫌さを隠そうともせずに言った。

 ソファーに深く腰かけ、テーブルの上に足を乗っけている男を見て、瀬戸は苦笑する。

「柊くん。お行儀悪いよ?」

 朱莉に横からたしなめられても、尊は鼻を鳴らすだけで態度を改めようとしない。

「気にしなくていいぞ、朱莉ちゃん。いつものことだ。それより、どうだい? この部屋は」

 対面に座った瀬戸が、両手を広げて訊いてくる。

「えっと、なかなかおしゃれな部屋ですね」


 騎士団養成学園の学園長室は、デスクやチェア、ソファー、灰皿に至るまでそのすべてがアンティーク物でそろえられている。それはすべて、この部屋の主である瀬戸の趣味によるものだ。

「そうだろう? 俺も結構気に入っているんだ」

 壁にかけられた風景画は、瀬戸によって書かれたものだが、それに対する反応は芳しくないものだった。


「繰り言はいい。忙しいと言ったはずだ。さっさと本題を話せ」

 尊が帰ろうとしたまさにそのとき、放送で呼び出されたのだ。普段なら無視して帰るところだが、今朝の一件がある以上、そういうわけにもいかなかった。

 しかし、唯との時間を奪われたため、彼はいますこぶる機嫌が悪いのである。

「それは悪かったな。今朝のことも含めて、話したいことがあったんだ」

「フン。貴様の言葉を聞けば俺は納得するんだったな。ぜひ聞かせてもらおうか」

 傲岸不遜に言い放ち、挑戦的な眼差しをむける。

「分かってるよ。そのつもりで呼んだんだからな。朱莉ちゃん、君も聞いてくれるかな?」

「はい。私にとっても、大事な話だと思うので……」

 神妙な顔でうなづく朱莉。場に重い空気が立ちこめそうになるも、尊の貧乏ゆすりによって一瞬で霧散した。


「理由は三つある」

 と瀬戸は指を三本立てて、

「一つは、今朝尊には言ったな。中央省の組織運営において、どっちが主導権を握ってるのかを知らしめるため。まあ、これはおまけみたいなもんだ。やつらはもう死に体。なにもできないだろう。

 二つ目。保釈の条件として出した幹部たちの告発だが、これで引き出したのは防衛省幹部の名前だけ。それ以外のものは引き出していない」


「だからなんだ? それ以外にも関わっているやつでもいるのか?」

 瀬戸はパチンと指を鳴らし、

「そのとおり。黒幕はべつにいるってことさ。正確には、元事務次官である三雲を唆し、研究の資金提供をしていたやつがな」

「フン、黒幕ねぇ……で、それと保釈がどうつながるんだ」


「分からないか? 資金提供してたってことは、そいつにもなんらかの見返りがあったってことだ。だが、もう防衛省にそんな力はない。かと言って、警察側にすり寄ってくることもしないだろう。そこで鬼柳ちゃんだ」

 瀬戸は人差し指を立てて続ける。

「鬼柳ちゃんのあの卓越した洗脳術。アレを独学でやったとは考えづらい。だれか、叩きこんだ人間がいるってことだ。そしてそいつは、鬼柳ちゃん自身も洗脳していた。つまり、五年前の『フレイアX』の件も、先日の件も、洗脳されて起こしたことだった」

「だったらどうした? 上昇酌量の余地があるとでも言うつもりか?」

「違ぇよ。黒幕がいるっていう根拠を示しただけだ。そうつっかかるな。それに……警察と防衛省、その両方に利用されている人間。食いつくとしたら、ここだと思わないか」

「つまりあの女はエサか」

「ま、そういうことだ」

 肩をすくめて笑って見せ、

「その黒幕は、五年前におまえと唯ちゃんを襲った『フレイアX』の製作にも、資金援助をしているはずだ。どうだ? おまえにとっても利用価値のある人間だろ?」


「フン、まあそんなところか。いまの連中にそんな力はない。資金援助をしているパトロンがいるのは当然のことだ」

 などと尊が言わなかったのは、分かってるなら話は早いと仕事を押しつけられることが目に見えているからだ。もっとも、言わずとも結局は押しつけられるのだから、忌々しいことこの上ない。しばらく瀬戸を見ていた尊だが、

「まあいい。利用価値があるなら、骨までしゃぶりつくすだけのことだ」

 つまらなそうに吐き捨てた。


「あのー……」

 遠慮がちに挙手したのは朱莉だ。

「なんだ貴様、いたのか。ずっとしゃべらないから帰ったのかと思ったぞ」

 出鼻をくじかれた朱莉は苦笑いだ。ここで尊に反応しては話がすすまないことを知っている瀬戸は、朱莉に言う。

「なんだい、朱莉ちゃん?」

「えっと……その資金を提供してたって人ですけど、鬼柳教官に訊いたりはしないんですか?」

 素朴な疑問、と言った様子の朱莉を尊はいつものように「バカめ」と鼻で笑い飛ばした。

「知っていたところで、話すはずがないだろう。早々に、それも自分から切り札を切るバカがどこにいる?」

 なるほど。言いかたはともかく、言われてみればもっともだ。


「じゃあ、最後の三つ目だ。研究に資金提供をしていたやつだが、防衛省の関係者ではない場合、鬼柳ちゃんは交渉材料にもなる。ウイルスを改良した薬品を試験投与の段階までもっていったのは鬼柳ちゃんだからな。財布役になってたやつなら、喉から手が出るほどほしいだろうさ。納得してもらえたか?」

「利用価値のあるあいだはな」

 鼻を鳴らして吐き捨てた尊の目のまえに、突然なにかが放り投げられた。それはコインほどの大きさのボタンだった。

「なんだこれは」

「鬼柳ちゃん保釈のさいに、『元老院』が小型爆弾と発信機をつけろって言ってな。鬼柳ちゃんつけてたろ? 黒いチョーカー。あの中にそれが内蔵されてるんだが、それはその爆弾を起動させるスイッチだ。おまえが持て」

「フン」

 つまらなそうに一瞥したかと思うと、なんの躊躇もなく、まるで部屋の明かりでもつけるかのように、尊はボタンを押した。


「ちょっ……」

 驚きのあまり言葉が出ない朱莉。

 金魚のように口をぱくつかせる。い、いま、ボタンを押した……?

「……ダミーでよかったぜ」

 呆れたように瀬戸が言った。尊に対してというよりは、尊の行動を予測できてしまった自分自身に対してといった様子である。

「だ、だみー……?」

 朱莉はいまだ状況が呑みこめない。瀬戸が苦笑交じりに説明する。

「そ。そいつは偽物。本物はこっち」

 そう言って、スーツの内ポケットからさきほどとおなじものを取り出す。


「そ、そうだったんですか……もう、ビックリさせないでよ……」

「貴様が勝手に驚いたんだ。それに、偽物と分かっていたから押しただけのこと。俺がそんなことするはずがないだろう」

 四つの疑り深い視線をうけ、尊はつまらなそうに舌打ちする。

「で、話は終わりか? なら帰らせてもらう」

「待て。話はまだ終わってない。どうしても頼みたいことがあるんだ」

「断る」

「そうはいかない。重要な仕事なんだ。是が非でも参加してもらう」

 “仕事”と言う言葉に、尊はわずかに眉をひそめた。そう言われては、彼は従うほかない。そういう“契約”なのだ。


 観念したように、一度舌打ちをすると、

「なら、なぜ朱莉(こいつ)もいるんだ。小間使いにでもするのか?」

「なんでそうなる……」

 あきれた視線をむける瀬戸だが、当の本人はもう興味をなくしたらしく、出されたコーヒーに口をつけていた。

「先方が朱莉ちゃんをお望みなのさ」

「私を?」

 朱莉は不思議そうに目を瞬かせ、

「ほう、物好きもいたものだな」

 尊はこれ見よがしに鼻で笑い飛ばす。


「つっかかるなよ。話がすすまん。唯ちゃんに会えなくなってもいいのか?」

 妹の名前が出たとたん、この少年は借りてきた猫のようにおとなしくなる。心なしか、瀬戸はすこし気を張り詰めているようにも見えた。

「ここからさきの話は部外秘だ。絶対に口外するな。朱莉ちゃんも、いいかな?」

 緊張感のある声色に、朱莉は生つばを飲みこみながらうなづくも、

「いいからさっさと話せ。回りくどいのは貴様の悪い癖だと今朝も言ったはずだ。認知症でも発症したか?」

 貧乏ゆすりを交えて言う尊のせいで、それも霧散してしまった。


「今回の仕事の依頼主は、『君主(くんしゅ)』だ」

 瀬戸の神妙な面持ちと声色を聞いても、

「ほう」

 尊の反応はそれだけだった。

「おい、もっと驚けよ。俺がバカみたいだろ」

「なら問題ないだろう」

「どういう意味だ」

 どうやら気力がそがれたらしい。瀬戸はソファーに寄りかかってため息をついた。


「あ、あのー……」

「なんだい?」

「今朝のニュースでも聞きましたけど……『君主』? って、いったいどういう方なんですか……?」

 聞きなれない単語に、朱莉は怪訝な顔になる。

「ああ、朱莉ちゃんは『安全地帯(こっち)』に来たばかりだから知らなかったな」

と瀬戸は言った。

「『君主』は『安全地帯』にとって、絶対的であり象徴的な存在。唯一の王族のことだ」

「王族……」

「現在の国政を一手に担っている『安全地帯』の最高主権者さ」

「その人が、私を呼んだんですか……?」

「ああ。“ぜひお願いしたい”。そうおっしゃっていたよ。つい昨日、直接俺に電話が来てね。いや、驚いたよ」


「フン、なら俺は行く必要はないだろう。帰らせてもらう」

「ダメだ。おまえも来い」

 本当に帰りそうになる尊を、瀬戸は単純作業でもするかのように呼び止めた。

「それも『君主』の命令なのか?」

「いや、これは俺からの頼み事だ。さっきも言ったろ? 仕事だよ。いいから、文句言わずに黙ってついてこい。それで石壁を壊した件はチャラにしてやる」


 当然のことながら、あのことは瀬戸にも伝わっていたらしい。朱莉は肝を冷やすも、尊はなぜか肩をすくめただけだ。

 そのとき、タイミングを見計らったように、学園長室の扉がノックされた。

 瀬戸は立ち上がり、ポールハンガーにかけてあった中折れ帽子をかぶると、二人にむかって言う。


「迎えも来たみたいだ。さあ、われらが『君主』さまのもとに行くとしようぜ」

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