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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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『君主』②

「二分の遅刻だぞ柊尊! 気がたるんでいる証拠だ!」


 尊が教室に入った途端、声をあげた者がいた。シュッと背筋の伸びた、凛とした印象をうける女生徒だ。

 この女生徒、とある理由から最近ことあるごとに尊に食って掛かっているのだが、

「黙れ負け犬」

 よせばいいのに、当の本人が火に油をぶちまけるものだから、余計に食って掛かってくるという悪循環が生じていた。

「だ、だれが負け犬だ!? 撤回しろ!」

「俺に勝てたら撤回してやる」

「なら、私と決闘(デュエル)しろ!」

「何度も言わせるな。負け犬の遠吠えに耳を貸すほど、俺はお人よしじゃない」

「な、な、な……」

 尊に突き付けた指をプルプルと震わせる。まさに怒りで声も出ないといった様子である。


(あれてるなぁ……)

 いまや恒例となった光景を横目で見ながら、美神朱莉(みかみあかり)は苦笑した。毎度のことながら、この二人の争いは不毛な戦いでしかないと思う。

 そう思いつつ尊を制止しないのは、それも仕方のないことだと思っているからだ。かくいう自分も最初は動揺したのだから、人のことは言えないという考えが彼女にストップをかけていた。

「そこまでよ華京院(かきょういん)さん」

 元凶である人物――律子が教壇から声をあげた。その瞬間、尊の顔面が盛大にしかめられる。

「HRをすすめますから、座りなさい」

「は、はい。申しわけありません……」

 叱責された女生徒――華京院凛(りん)()は、借りてきた猫のようにおとなしくなる。


「柊士官候補生、遅刻は厳禁よ。あなたもはやく座ってちょうだい」

「いちいち命令するな。貴様に言われるまでもなくそのつもりだ」

 一方、尊は苛立ち気に吐き捨てると、つかつかと大股で歩き、イスに腰を下ろしてふんぞり返った。

「で、どうして遅れたのかしら?」

「なんでもない。もとより貴様には関係のない話だ」

「そうはいかないわ。教官として、理由くらいは訊いておかないとね」

 フン、とすべてを拒絶するかのように鼻を鳴らす尊。

「時間がおしているんだろう? とっととHRを進めたらどうだ、教官」

 そう言うと、なにもかも気に入らないとばかりに、足を組んで目をつむるのだった。




 本日最初の講義は実技演習だった。

 士官候補生たちは次々に教室を出ていく。凛香が出て行ったのを横目で見て、尊は朱莉に言う。

「おい」

「? なあに?」

 尊の上から目線の言葉にも、朱莉は笑顔でかえす。

「訊きたいことがある。貴様、アレを見てどう思った?」

 アレ、というのが律子を指していることはすぐに分かった。そして、こういった質問が来るであろうことも、予想していた。


「……時間がないから、答えから言うね」

 と前置きし、

「私は、鬼柳教官を許すよ」

 尊の眉が顰められた。

 怒りや嫌悪感、そういった感情が渦巻いているように見える。


「学園長がね、最初に教えてくれたんだ。“近日中に釈放されるから”って。だから私、鬼柳教官が出てくるのを待ち伏せて言ったの。『みんなに謝ってください。それですべて許します』って」

 尊はなにも言わなかった。朱莉は続ける。

「あの人はちゃんと謝ってくれたよ。『実験体にしてごめんなさいね』っていう謝りかたは、ちょっとアレだったけど……でも、孤児院まで行って手を合わせてもくれたから……だから私は、あの人を許す。

 それに、あの人はただの実行犯で、指示してた人はべつにいるんでしょ? だったら、鬼柳教官ばかり責めても仕方ないかなって……」


 そのとき、会話を断ち切るように荘厳な鐘の音が鳴り響いた。講義開始の予鈴である。

「行こう、柊くんっ! 講義に遅れちゃう!」

 そう言って駆けだす朱莉。

 結局、尊が口をはさむことはなかった。




 そもそも、尊はこの学園に通う気などなかったし、その必要もないのだ。学園長で尊の上司でもある瀬戸が、権力を行使して半ば強引に入学させたに過ぎない。


 いわゆる“コネ”というやつだ。だからといって、尊が正規の方法では入学できないから、“コネ入学”をしたのではない。彼は実技と筆記試験において優秀な成績を収め、見事『主席』の座を手に入れた。瀬戸がしたのは、願書の提出期限が過ぎているところを無理やりねじ込んだだけだ。

 それは、人目につく場所において自分を監視するため、だということなど、尊は最初から気づいている。だから、それはもういい。問題は、入学してからと言うもの、最愛の妹である唯とともに過ごす時間も格段に減ったことだ。それ以前に、仕事で拘束されることも多く、時間に融通を聞かせることも難しくなっていたのだ。


 瀬戸に入学させられた(と尊は思っており、事実その通りでもある)学園の正式名称は“中央省付属騎士団士官学園”。通称、騎士団養成学園だ。

 この学園は、十五年前に起きた未曽有の事故……それに伴って設置された機関だった。

 十五年前の事故によって日本国中に蔓延した未知のウイルス『フレイア』。そのウイルスに感染し、怪物『フレイアX』となり果てた人間を討伐するために結成された組織――『騎士団』。

 文字どおり、その『騎士団』を『養成』するための『学園』なのだが、そもそも尊には、この学園に通う理由がない。


「では、これより実技演習を始めます」

 四列に並んだ士官候補生たちをまえに、律子が言った。

 彼女は騎士団養成学園における実技最高責任者でもあった。

 中心のリングは低く、外に行くほどせりあがった形状。周囲を円状に石壁で囲まれた、まるでコロシアムのようなそこは、実技演習のために作られた競技場だった。

 先日、とある事情で決闘が行われた場所でもある。


「今日は、あなたがたがどこまで『銀狼(ぎんろう)』を使いこなせるかを見せてもらいます」

『銀狼』とは、『フレイアX』を討伐するために作られた専用の武器である。

 彼ら士官候補生たちの視線のさきには、人型の的がいくつか設置されていた。

「どのような攻撃でもかまいません。『銀狼』の攻撃を、あの的に当ててください。当たった数と個数によって評価をしますが、あまりそのことは気にせず、本来の力をだせるようがんばってください」

 ならば言わなければいいものを。

 もっとも、この実技演習はそれが目的なのだろう。

 プレッシャーをうけると、人は本来の力がだせなくなってしまう。視野が狭まり、それは結果的に取りかえしのつかない失敗を生むことにもなりえる。それをわざと与えることで、慣れさせようという魂胆だろう、と朱莉は思っていた。


 彼女は士官候補生、ではない。この学園唯一の文官候補生である。

 ある持病を持ち、体の弱い彼女は、激しい運動を禁じられていた。


 彼女に与えられた仕事は、候補生たちの実技記録だった。

 だれが何点とったかのみならず、なにができてなにができないのか、それを見極めることまで要求された。それを相手に伝える必要はないというのは、自分で気づかなければ意味がないということだろう。

 朱莉にやらせるのは、観察力などを養うためといったところか。

 候補生たちはつぎつぎに実技を行っていく。うまく攻撃を直撃させられる者もいれば、かすらせただけの者もいる。そもそも、攻撃が届かない者もいた。

 そしてつぎは凛香の番だ。


「ふっ!」

 しなやかにサーベル形の『銀狼』をふって切っ先で地面を切りこみ、返す刀で指揮者のような優雅さでふりかえすと、切りこまれた個所からサーベルが飛び出てすべての的を斬りつけた。その傷は、すべておなじ位置についている。

「どうだ、柊尊! 私も日々成長しているのだ!」

 したり顔で振りかえる凛香だが、話をふられた少年は暇そうに耳をほじっている。


「なんだ。あくびをしていて見ていなかった。もう一度やってくれないか」

「き、貴様というやつは……」

 眠そうに言う尊に切っ先をむけると、それでもめげずに続ける。

「いいだろう! 何度でもやってやる! そのかわり、つぎこそはちゃんと……」

「結構です。下がりなさい、花京院さん」

「はい……」

 律子に言われてすごすごと引き下がる。

 尊もこうだとみんな助かるのだが、と朱莉は一人思う。


「柊士官候補生。最後はあなたの番よ」

「フン、とんだ茶番だな。やるまでもなく、すでに結果は見えている」

「いいからやりなさい。あなた一人だけ特別扱いはできません」

「そうだ、柊尊! さんざん人をコケにしよって! おまえの力を見せてみろ!」

「柊くん、やってくれないと評価できないから困るんだけど……」

 三人から催促され、ほかの士官候補生たちからも非難がましい視線をうけ、尊はくだらなそうに肩をすくめ、

「まあいい。そこまで言うならやってやる。ただし、覚えておけ。やれと言ったのは貴様らだぞ」

 と意味深なことを言う。


「いいからはやくしてちょうだい」

「フッ。自信がないのか? 私のあとでは仕方ないだろうが、結果が振るわなくても私はおまえのようにバカにしたりしないから安心しろ」

「がんばってね、柊くん」


 三者三様の声援(?)をうけ、尊は軽く、ほんの軽く『銀狼』を一振りした。

 瞬間――。

『銀狼』から独立した漆黒の斬撃が、すべての的を一瞬で粉々に砕き、それだけではとどまらずに数メートル離れた石壁に激突し、それおも粉々に砕き去った。

 およそ三分の一が消し飛んだ石壁を見て、しかし一同はぽかんとするしかない。

 候補生たちはもちろん、律子でさえも唖然としている。


『銀狼』は、十五年前に地球に飛来した隕石に付着していた物質――『ダークマター』によって作られ、『ナノマシン』という微粒子で制御されているものだ。

律子の一件で、彼の『銀狼』は破壊されている。もともと彼が使っていたのは、『銀狼』とは名ばかりの鈍らであった。いまは、新しく支給されたものを使っている。『ダークマター』が強い『銀狼』ほど強い力を持っているが、尊はその体の左半分をウイルス『フレイア』に浸食されている。その力が合わさって、尊は生身の人間ではおよそ体得できない力を持っているため、そもそも武器など必要ないのだ。

 さらに彼は、候補生たちが目指す『騎士団』で小隊長を務めている。

 のだが……。


「ちょ、ちょっとあんた! なに壊してるのよ!?」

 いちはやくわれにかえった律子が上ずった声を出す。

「貴様がはやくやれと言ったんだ」

 尊は悪びれるどころか、なにを言っているとでも言いたげだ。

「壊せなんて一言も言ってないわよ!」

「そ、そうだぞ、柊尊! こ、これは……ひどいぞ!」

 凛香は混乱しているらしい。自分でもなにを言っているのか分からないといった様子だ。

「さきに言っただろう。やれと言ったのは貴様らだ」


 尊はやはり悪詫びた様子など微塵も見せない。どころか、すこしすっきりした顔をしているようにも見える。

(やつあたり、かなぁ……?)

 朱莉はそんなことを思いつつ、

 尊の“できないこと”の項目に、『手加減と我慢』と記すのだった。

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