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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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エピローグ②

  尊たち三人は病室にむかって歩いていた。


 体の傷自体は『ダークマター』によってもう完全に回復している。彼の入院理由は“極度の疲労”で、それを唯が心配して聞かなかったのだ。それよりも、唯のケガのほうが気になる尊である。


「唯、体はもう痛まないのかい?」

「はい。わたしはもう大丈夫です」

 にこりと笑ったあと、すこし怒ったように言う。

「それよりも兄さん、点滴をはずして病室をでるなんて、いったい、なにを考えてらっしゃるんですか? ホントにびっくりしたんですから」

「……征十郎に誘われただけだよ。やつも言っていただろう?」

「ウソばっかり。瀬戸さんは、病人を無理やり連れだすような人じゃありません」

 妹からの思わぬ評価に、尊は心中で舌を鳴らす。やはり、妹の口から自分以外の人間を評価する言葉がでるのが気に食わない。

 それからしばらく沈黙が続いた。ふいに、尊が立ち止まる。


「兄さん?」

 唯は不思議そうな顔で振りかえる。朱莉も立ち止まると尊を見た。

「唯……おまえは、俺のことをどう思っている……?」

 彼にしては本当に珍しく、探るような、不安そうな言葉だった。

「……律子さんに言われたことを、気にされているんですか?」

 心のうちをすべて見透かしたように、唯は慈愛に満ちたほほえみをうかべる。


「兄さん。わたしは生れてから、兄さんのことを嫌ったことなんて、一瞬だってありません。いつもわたしのことを考えてくれていて、そのくせに不器用な兄さんのことが、わたしは大好きです」

 胸のまえで手をにぎると、壮麗に笑う。

「ただ、兄さん。もっとわたしのことも頼ってください。わたしだって、いつまでも兄さんに守られてばかりじゃない……兄さんのお役に立ちたいんです。兄さんのためなら、わたしはなんだってしますから。それがわたし、“柊唯”なんです」

 尊に歩み寄ると、その手をぎゅっとにぎる。

「だから、これからはもう、わたしに隠しごとはしないでくださいね」


 まっすぐに自分を見てくる妹の目は、いまも昔も変わらない優しげできれいな瞳だった。しかし、そのなかにはたしかな強さも宿っていた。

 妹は……唯は、もう守られているだけの存在ではない。自分と対等の存在として見て、頼ってほしいのだ。


 朱莉が以前感じた違和感は、それに対する不満だった。

 そして、さきほど尊が病室で感じた『申しわけない』という気持ちも、それが理由だった。

 自分はもっと、唯に甘えてもよかったのだ。

「ああ、わかった。約束するよ」

 コクリとうなづくと、唯はニコリと笑ってくれる。つられて尊も笑いかえした。


「あ、あの~……」

 朱莉が言いにくそうに声をかけてくる。

「廊下でずっと見つめ合われると、恥ずかしいんだけど……」

「ならば、とっとと失せろ。頼んでいてもらっているわけではない」

 なぜ、いちいちこういう言いかたをするのか、また唯に注意されるが、悪びれた様子など皆無であった。


「このあいだのこと謝ろうと思ってたのに、その気なくなっちゃった……」

 ため息まじりに言う朱莉に、

「このあいだのこと?」

 当事者である少年は、心の底から不思議そうな顔をしている。

「いや、えっと、このあいだ一緒に出かけたとき、ちょっと言い合いになっちゃったじゃない?」

「フン、そんなことがあったかもな」

 自分にとっては結構大きな出来事だったのだが、この少年にとってはなんでもないことだったらしい。なんだかショックだ。

 もっとも、あまり驚いていないところを見ると、予想していたことのようだが。


「で、それがなんだ」

「言いすぎたかなって、思ってたんだけど……」

 不満そうな顔で続ける朱莉。

 だが、かえってきた言葉は予想を裏切るものだった。

「そんなことはない」

 えっ、と拍子抜けしたように、素っ頓狂な声を出してしまう。

「言ったはずだ。初対面より好印象だとな。あのときの貴様の言葉が、本当の貴様と言うことだ」


 本当の自分。

 瀬戸から聞いた孤児院の正体。最初はショックだった。だが、時間が経つにつれて自分の心の整理がついてきた。

 あそこは、たしかに自分の居場所だった。たとえ偽りの姿だったとしても、経営者は優しく、子供たちは本当の妹のようで、その日々はまだ自分の中に残っている。

 瀬戸が朱莉を学園にねじ込んだのは、防衛省側の不祥事を隠ぺいするためだったのだ。


 しかし、それを察しても、瀬戸を恨もうなどとは思わない。どころか、尊たちと仲を深めるきっかけをくれたことを、感謝している。

 なにがあっても、人を心の底から憎むことはできない。

 きっと、それが“美神朱莉”と言う人間なのだろう。


「柊くん。私、決めたよ」

 それは、以前からずっと思っていたことだった。思っていながら、心のどこかで諦めていたことでもあった。

「私、『騎士団』に入る。『騎士団』に入って、私が『危険区域』の人たちを守るよ」

 朱莉の目には確固とした覚悟が宿っている。フン、と鼻をならす尊だが、それはいつものバカにしたものとは違い、どこか満足したような様子だった。

「俺もいちおう言っておくことがある」

 そう言うと、尊は朱莉に背をむけ続ける。

「あのとき貴様がかけた言葉……どうやら、バカでも役に立つことがあるらしい。とりあえず、礼は言っておく」


 ひょっとして……いま、お礼を言われたのだろうか? 礼は言っておくといっておきながら、なにかとても失礼なことを言われた気がするのだが。

「クスッ。兄さんは照れているんですよ」

「唯、兄さんは照れてなどいないよ。貴様も勘違いするなよ。ただ、借りを作るのが嫌なだけだ」

 背をむけたまま言う尊。なんだか妙にかわいらしく見え、笑ってしまう。

「なにが可笑しい」

「ご、ごめん。でも、おかしくて……」

 尊に睨まれても、朱莉の笑いは止まらなかった。つられて、唯まで笑いだす。

 忌々しそうに、やはり朱莉にのみ舌打ちをすると、尊は一人で歩きだしてしまう。そのあとを、唯がついていく。

 そして、一度止まって言う。


「とにかく、礼は言ったぞ。恩に着せようなどと思わないことだな、朱莉」

 弾かれたように尊を見る。

 いまなにか、衝撃的なことがあったような……名前を呼ばれた?

 同年代の異性にはじめて名前を呼ばれた感想は、なんだかくすぐったかった。

 だが、悪くはない。そう思った。

「待ってよ、柊くんっ!」

 ここが、新たな自分の居場所なのかもしれない。


 朱莉は、笑顔で尊たちの後を追うのだった。

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