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プロローグ
そこは日常、あるいは、そこから一歩外れた世界だった。
空には暗雲が立ち込め、かつて天に届かんばかりの高さを誇っていた高層ビル群は見るも無残に朽ち果て、無理やりこの世に留めるかのようにツタがからみついている。倒れた木々も裂けた大地も、まるで時間が止まったかのような錯覚を覚える。
そうでないことを証明するかのように、『ソレ』はグルルと低いうなり声をあげた。四足歩行にもかかわらず、身の丈が人間の倍はある。巨大な体は黒い体毛に覆われ、血走った赤い目は少年の背に隠れた少女をとらえている。『ソレ』は一匹ではなかった。じつに十匹の『ソレ』が、少年と少女を取り囲んでいる。
絶体絶命の窮地におちいり、思わず身を震わせる。少年がではない。『ソレ』――黒い猛獣がだ。
――まずい。
理性など持ち合わせていないはずの『ソレ』の本能が告げていた。コイツは危険だ。いますぐ、ここから去るべきだ。さもなくば……。
抱いた感情をふり払うかのように、『ソレ』は雄たけびを上げた。
つぎの瞬間、十匹の『ソレ』が一斉に少年たちに飛びかかった。