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看板娘、頑張る  作者: 相川イナホ
13/42

某日某刻

『ボス』より本部からの伝達


   引き続き対象を監視せよ


『カエル頭』より報告


   対象の動きがなさすぎる。指示を仰ぎたい。


 『ボス』の指示


   了解した。『蜜集め』を派遣する



 孤児院を一人の女が訪れる。

 その女は、そのような場所へ訪れるにはいささか違和感がありすぎた。

 赤い唇。美しすぎる顔。

 たおやかすぎる身体つき。

 姿恰好こそ庶民と遜色ない服装をしているが、返ってそれが見るものに違和感を際立たせた。


 

 「ああ、姉さん達が連れてきた娘ね。泊まっていた宿が泥棒に入られたという子は…

もうここにはいません。」


 警戒心で顔を強張らせて、マザーの下で孤児達の世話をしているシスターは答えた。


 「…忘れ物を届けたいのですか?申し訳ないのですけど、姉さん達のお仕事もキャンセルされたとかで、行先に心当たりはないです。それから多分それいらないって言われると思いますよ?泥棒に触られて気持ち悪いって言っていましたから。では」


 どうみても、あの少女には似合わなそうな薄いストールを見てシスターは訪問してきた女に答えた。


 「院長先生は?」

 

 「マザーも今日は大司祭様とのお約束で出ております」


 「そう、大切そうなものだから届けてあげたかったのだけど」

 

 何の気もなさそうに女は言った。

 でも、それを聞いたシスターの胸には何ともいえない不快感が広がった。


 圧をかけられていたのだと腑に落ちたのは、女が孤児院の敷地を出ていってからの事だった。



 「いやだわ。本当に来た」


 2、3日前、孤児院出身の冒険者となった「姉たち」に連れられて泊まっていった少女の不思議なお願いをシスターは覚えていた。




 少女は、自分が出発した後、誰が訪ねてきても行く先も自分の事も聞いていないから知らないと答えて欲しいというものだった。実際、姉たちの仕事の依頼主であるとは聞いていたが、他に用事が出来たとの事で、その仕事をキャンセルした後の予定も聞いていない。

 

 

 「私の様子を聞きにきた人がいたら、それが男性であっても女性であっても老人でも子どもでも答えないで欲しいの。シスターさん達に嘘をつかせるには忍びないから、本当に何も言わないで行くね。

 お世話になりました。また機会があったら寄らせて頂きます。ありがとうございました」


  そのお願いに、事件にあってナーバスになっているのであろうと、マザー達は頷いたのだった。

 彼女は出入りに、教会側の出入り口を利用するほどの徹底ぶりだった。

 何かに警戒しているようでもあった。


 知らない事を知らないと言うだけだ。別に大したお願いをされた訳じゃない。

 少女は孤児院のお仕事を手伝ってくれたし、子ども達とも遊んでくれた。


 だから、あのどこの誰とも名乗らない、あの妙な威圧感を与えてきた女に、例え知っていたとしても答える義理もないだろう。


 「それに、あのストールって、どうみても、あの人自身のものよね」


 女が、少女の忘れ物だと言って見せてきたあのストールは、色といいデザインといい。少女のものというよりはそれを持ってきた女のものと言う方が、誰しも納得できるだろう物だった。


 「何か、危ない目にあっていなければいいけれど」


 シスターは少女に女神の加護を祈らずにはいられなかった。







 孤児院を出ていった女は、少女の忘れ物だと言ったはずのストールを、自らの頭にかぶせ、顔を半分覆った。

 そうすると、女の冴え冴えする美貌はいくらか人々の目から、隠され埋没する。

 女は、周囲の視線が自分に集まっていない事を確認すると、待ち合わせである店に入った。

 店にはすでに待ち合わせである男がいて、食事をしていた。

 男は、当然のように女が自分の席に座るのを黙って受け入れた。


 「…もっと地味に装ったらどうだ」

 「私の存在が派手なのよ。しかたないでしょう?」


 女はその翡翠の瞳に人を見下す尊大な光をたたえて言った。


 「そもそも、私では適任とは言い難い仕事だわ、『カエル頭』」

 「俺が行った方がよかったか。よほどの人手不足のようだ。それでどうだった?」

 「対象はもういなかったわ。どうやってあそこを出たのかしら、荷物もあったはずなのに」

 

 女は神経質そうに指でトントンとテーブルを叩いた。


 「私に相応しい仕事をさせてくれるって言ったわ。ねぇこれが、誰でもできるようなこれが私に相応しい仕事なの?これなら魔物討伐の方へこっそりついて行った方がよっぽどマシだったわ」


 「それが出来るか?『蜜集め』。出来ぬからわれらについたのだろう?」

 「『蜜集め』ね。そりゃ必要なら生まれもったコレも使うのもやぶさかじゃないけれど。私がソレを求めていないのは知っているでしょう?」

 

 コレと自分の美貌をさして女は言った。女と生まれたからには誰もが羨むそれを、女は内心疎ましくすら思っていた。


 「誰もかれも表面しかみない。そんな人ばかり」

 「恵まれた者の言いぐさだ。それは」


 『カエル頭』は苦笑した。彼からしたら、女の身分は彼とは違いすぎて普通は口もきけないような相手だ。


 「主から伝言だ。『蜜集め』は引き続き、楽園に潜み情報を収集しろ」


 「…わかったわ、でもいざという時は私を使ってくれるのでしょう?」

 「契約を交わした最初に言った通り、約束は違えない」


 「ならいいわ」


  女は男のテーブルに運ばれてきた果実酒をぐいっとあおった。



  男はそれを微苦笑して見つめる。


 「なんで私は私に生まれてきたのかしら…」


 自分の暗い心の淵を見つめる女には、男の苦い思いには気がつかない。


 (そんな事を考える事すら俺らには赦されていないというのにな。まったくこの女の呑気さには…腹がたつ)


 男は食事を終えると給仕を呼び、女の分も合わせて支払うと立ち上がった。


 女とは違い、男の動作は誰の視線も、注意を惹くような事はなかった。


 「また連絡する」


 女はひらひらと手を軽く振った。もう行けという事らしい。


 

 「さてと、いささか綺麗すぎる出発に首を傾げたくなるが、相手は素人のはず。いや?もしかして違う勢力が絡んでいるのか?」


 独り言をつぶやきながら店を出た後の『カエル頭』にそっと近づくものがいた。


 

 「ギルドにはりこめ、乗合馬車もだ。門の衛兵にでも鼻薬をかがせろ」



 それだけの命令を受けたその相手は頷きすらせず彼の傍を離れた。


 女とは違い、見る者が見たら、その道のプロだと思う事だろう、ぬけめのない洗練された行動だった。



 「兎狩りだと思っていたら相手が兎の巣穴にいた穴熊だったという事もある。注意する事にしよう」


 しかし、『カエル頭』が迅速に次の策を指示しても、少女はすでに王都を出ており、兎も穴熊も彼の網にはかからなかった。


 しかし、彼には焦りがなかった。網にかからなければ、足跡を手繰ればよい。


 「さて獲物は何だろうな」


 男はうっそりと笑った。



 




 


 


 

 


 


 

 




 


 


 

書きたてほやほや

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