モバイルバッテリー
学生において「忘れ物」とは、人との親密度が測られるイベントである。
八口宗谷は教室で呻いていた。
「充電が…ない…」
画面には、残り5%と表示されている。理由は至って簡単、ゲームのやり過ぎだ。いつもならモバイルバッテリーを持っているのだが、今日に限ってバッグに入っていなかった。
弱々しい声で向かいでゲームしている友人に聞いてみる。
「広司、モバイルバッテリーかしてくれないか…?」
広司と呼ばれた男子は、画面から顔を上げずに応じる。
「いいけど、お前機種違うから使えないだろ。」
「あ。」
「この教室でお前と同じ機種使ってるやつ、珍しいんじゃないか?」
「うう…」
「まぁ、色んな人に聞いてみるんだな。」
隣で本を読む友人に聞く。
「優斗、モバイルバッテリーを貸し…
「悪い、今使ってる。」
食い気味に返事がくる。
「そんなぁ…」
その後教室中をあたってみたが、皆持っていないか使用中だった。
「くぅ…今日は乙女座3位だったのに…」
テレビの占いに恨み言をいう。
「筋違いもいいところだな。」
優斗からの鋭い突っ込み。うなだれるしかない。
「それに、その占いはあながち間違いじゃないとおもうぞ。」
「え?」
優斗の含みのあるセリフ。
「そういや、あいつ持ってるんじゃないか?」
そういうと、広司は教室の隅でノートに何やら書き込んでいる女子を指した。
「いや、でもあいつは…」
彼女、串田さんは、宗谷が苦手としている人だった。以前はよくゲームの話をしていたのだが、いつからか、目を合わせるのが恥ずかしくなり、変に意識してしまうようになっていた。
「仕方ない…聞いてみるか…」
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「串田さん。」
名前を呼ばれ、顔をあげる。
「な、何?八口くん。」
少し声がうわずってしまっただろうか。前はよく話していたのに、最近は何となく恥ずかしくてあまり話していなかった。
「あのさ、モバイルバッテリー…かしてくれない?」
「いいよ。」
なんだそんなことか、と落胆した自分に驚く。なら、私は彼と何が話したいのだろう。
モバイルバッテリーを手渡す。
「串田さんさ、あの…マリスマ5買った?」
「あぁ、買ったよ。八口くんも買ったの?」
八口くんの顔が明るくなる。彼はわかりやすくてかわいい。
「うん!それでさ荒野ステージの…」
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「宗谷と串田、 上手くいったみたいだ。」
廊下でガッツポーズをする二つの影。広司と優斗である。
「あいつら、どう考えても両想いだもんな。」
「二人の幸せのために、必要なことだ。」
二人は、訳知り顔でうんうん、とうなずく。
真実はこうだ。広司と優斗がバッテリーを隠し、串田に借りさせることで会話の糸口とする。
「クラス中に、宗谷にバッテリー貸さないでくれって頼んだ俺らを褒めて欲しいものだね、まったく。」
「まぁいいじゃんよ、優斗。あいつらあんなに楽しそうだぜ。」
「最近、妙に意識しあって話してなかったもんな。」
「おまけに自覚なしときた。」
「ところで広司くん、このモバイルバッテリー、どうします?」
優斗がおどけた口調でたずねる。
「リア充ウザいし、ちょっとからかってやるか。」
「ほう。具体的にどうするので?」
「串田のバッグに突っ込む。」
ニヤリとする二人。一揉め起きそうな予感である。