悪魔との契約
昔、ちょびっと書いたことがあったものを引っ張り出してきて書き直してました。
悪魔となり、その生活を始めて一体どれだけの年月が経っただろうか?
周りの連中は子供のように無邪気に残酷な仕打ちを楽しんでいる。
ここではよく見る光景、俺たち悪魔に契約を求めてその代償を支払った者達の魂に報酬を払わせているのだ。魂を食うのは散々痛めつけてからという奴も多い。
悪魔との契約なんてものは、どんな形であれするべきじゃない。悪魔によっては死なせてなんてもらえないのだから。
俺は初めこそは物珍しさもありやってみるだけはやっていたが、あれは合わない悪魔には一切合わない。他人の不幸話は蜜の味とは言うものの、あれはたまにだから良いのだ。
それだけなんて面白いはずがない。面白いと思う奴はまさに悪魔だ。
まぁ、実際悪魔なんだがな。
そんなことを考えながらのんびりと寛いでいると足元へと魔法陣が浮かび上がってきた。
あーまた召喚か……。
正直面倒なだけだが、これも悪魔の仕事ではある。召喚に応じて契約を取り、願いを叶えて魂を奪う。ノルマを果たせば、残った魂は自由にしていい。それが悪魔の仕事であり、報酬でもある。
正直、報酬の魂に魅力を感じない者にとっては面倒なだけであるが、まだ今回のノルマは終わっていないので、仕方なく召喚に応じることにした。
それにしても、わざわざ召喚方法を広めているわけでもないのに、これだけ何度も何度も、多くの人間が同じ事を行おうとするものだ。それだけ、追い詰められている人間や、力に飢えた人間が多いということだろうか?
そして、召喚に応じた俺は転移する。召喚の儀式の場へと赴くために。
「……本当に現れるとはな」
召喚用の魔法陣に現れた俺を見て、術者の男は驚いた表情でそんなことを言った。
何をふざけた事を言っているんだ、この男は? 正しい悪魔召喚の儀式はそう簡単なものではない。こちら側から契約をさせるために簡易的な儀式でも呼ばれたふりをすることはあるが、この男の場合は違う。
この男は自発的に悪魔を呼ぶための儀式を行った。悪魔側の力を一切借りずにだ。そんなことは偶発的に起こることではないし、よほど念入りに、そして慎重に事を進めなければ成功などするはずがない。
そこまで苦労して召喚しておいてなんて言い様だ。その程度の気持ちなら帰らせてもらう!と言いたいところだが、そんなことをすれば上司の悪魔に怒られる。
だから仕方なく、仕事をすることにした。
「……願いは何だ?」
終わらせることをさっさと終わらせて帰ろう。
悪魔には悪魔のルールがある。
正しい手順によって召喚された場合は一切の拒否が認められていない。悪魔の内の誰が呼ばれるかは、その時の上司の気分次第で振り分けられる。ノルマが残っていればノルマのある悪魔に優先的に振り分けられるが……。
あ、今回のノルマ残ってたの俺だけだった……。
俺は絶望的に悪魔に向いていない。こういう時に実感する。
なんで俺、悪魔になんてなっちまったんだろうなぁ……?
ルールは悪魔側だけでなく人間側にも存在する。悪魔を召喚した人間は自らの魂を代償にして、願いを叶えてもらうという契約をする。契約には例外はない。契約は絶対だ。双方共にそれを破る事は許されない
そして悪魔が現れた時点ですでに契約は始まっている。召喚用の魔法陣はそれ自体が契約書代わりであり、発動させた時点でもう取り返しはつかないのだ。
俺は今まで数々の契約を交わし、召喚した者の願いを叶えて魂を奪ってきた。最初の頃は物珍しさもあって張り切っていたが、次第に飽きてしまった。
元々の目的は的外れであったため、何か他の目的を探してみたりもしたが人間が願う事は似たような事ばかりで面白味もなにもなかった。
そもそも契約として魂を奪っているが、それほど意味がある事ではない。あくまで代償として奪うだけで、それほど価値のあるものでもない。精々奪った魂は食事となる程度だ。ノルマ分だけは悪魔の世界の維持に使われているらしいが、その辺りは下っ端悪魔には教えてはもらえない。
悪魔は普通にしていれば死ぬことはない。魂を食わなくても生きてはいける。食事なんてものは魂よりも人間の食事の方が美味いだろう。悪魔には人間の食事を食べる事は出来ないんだがな……
だが悪魔にも義務というか、ノルマがあるのだ。最低限、ノルマ分だけは召喚に応じなければならない。そうしなければ、上位の悪魔によって処罰を与えられる。一度だけ背いてみたけれど、それはもう酷い目にあった。
あの上司は本当に悪魔だ。
まぁ、種族的にも悪魔で間違っていないけれど。
悪魔の中の悪魔とでも言うべきか。
だから今日も、そんな退屈なだけのノルマを果たすためだけの召喚だと思っていた。
さて、今回の人間はどんな自分勝手な願いを叶えろと言うのだろうか? そんなことを考えながら男の願いを待つ。
「お前の悪魔の力を俺に寄越せ!」
男はそう願いを告げた。契約はすでに始まっていて、悪魔と人間の双方ともに拒否権はない。もうこれは実行する以外の方法はない。
なるほど、そうくるか。悪魔の力を手に入れ、自由自在に自身の願いを叶えようという魂胆だろう。絶大な力が欲しいのか、誰かを助けたいのか、もしくはもっと別の何かか。まぁ理由なんてものはどうでもいいか。
俺はその願いを叶えるしかない。そしてその願いを叶えた瞬間に俺は悪魔としての力を失い、魂を回収していく方法はなくなる。
よく考えたものだ。契約の抜け穴だとでも思ったのだろう。実際のところ、それを実行すれば俺は間違いなく悪魔の力を失い、男の目論見通り俺の悪魔の力は男の物となる。
だが、召喚され契約が始まった以上はどんな願いでも叶える義務がある。それが悪魔のルールだ。たとえ、魂を回収できないとしてもだ。
「いいだろう。その願い、叶えてやる」
俺はそう告げる。俺自身、悪魔としての生活に飽き飽きしているんだ。ここで悪魔の力を失っても俺としては何も支障はない。むしろ望むところである。
力を失えば悪魔ではなくなり、ノルマから解放されるのだ。
だから、契約に則って俺は男の願いを叶えた。
「ふははははっ! 手に入れた! 悪魔の力を手に入れたぞ!」
男は、俺の悪魔の力を手に入れ、喜びに満ち溢れていた。今頃は人間が持ち得ない強力な力で漲っているのだろう。まぁいい、勝手に喜んでいればいいさ。
逆に俺は力が抜けていき、完全に悪魔の力を失った。もう魂を回収する力もない。
だが、俺としてはそれこそ望んでいた展開である。これで俺自身の過去の過ちを清算出来たのだから。
だから、これは俺からの礼であり、これからの男に対する忠告だ。
「一つ、教えておいてやるよ。悪魔の力を手にした瞬間、お前は悪魔になった。そして、悪魔は自分の願いを叶えることは出来ないぜ」
「なんだと!?」
まるで予想外だったのか、俺の言葉を聞き、男の表情は険しい物へと変わっていく。
さっきの反応だと、悪魔の力を使い悪巧みでも考えていたのだろう。思惑が外れたな。
悪魔には人間の願いを叶える力はあっても、自身の願いを叶える力はない。そして悪魔の力を得た人間は悪魔となる。
――――そう、昔の俺のように。それがかつての俺の過ち。
「ありがとよ。これで俺はようやく人間に戻れた。まさか俺と同じことをする馬鹿な人間がいるとは思わなかったよ」
悪魔となった男は、俺のその言葉を聞き、愕然としていた。
残念だったな、お前の目的は何一つとして達成される事はない。俺自身がそうだったからな。精々、終わりのない退屈なだけの日々を過ごすがいいさ。あぁ、ノルマはあるか。
「悪魔から悪魔の力を得ること、それが悪魔になる条件だ。おかげで俺は悪魔の呪縛から解放された。悪魔なんてものはお前が思っているほどいいものじゃないぜ。それに悪魔との契約は安いものじゃない。それが魂の代わりのお前が支払う代償だよ」
男は俺のその言葉を聞き、頭を抱えてしまっていた。おそらくはあの悪魔の上司が新たな悪魔を迎えにやってくるだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。俺はようやく悪魔から解放されたんだ。
「悪魔より悪魔らしい、そんなお前には悪魔は向いているのかもな」
そんな捨て台詞と残し、俺はその場を立ち去った。
少なくとも馬鹿なことをした過去の俺は悪事のために願ったわけではない。だから悪魔業は苦痛でしかなかった。だが、それも遥か昔に済んだことだ。気にしても仕方がない。
なによりも、久しぶりの人間の姿である。悪魔になってからは食べられなくなった人間の料理も思う存分に堪能できる。長い年月が経ったために見知らぬ物も多くある。
悪魔になって初めて知ったことではあるが、苦しいことや悲しいことも多いが人間の方がずっと楽しいものなのだ。