さらばベイルよ永遠に
「こんばんは」
「こんばんは……?……親は何処にいるの?」
「さて、ククッ!何処ぞで"身動き取れん"様にでもなっとるんじゃないかの。クククッ!!」
「……?まぁ、きちんと大人と動きなさいよ。外は夜だし治安も良くないんだから。って私が言うのもおかしな話だけどね」
「おぉ、励めよ。自警団の鳥の娘よ」
「娘って……。そう言えば貴方どこの子?ローブを脱い──」
「クククッ!!では、これにて」
「あ、ちょっと!…………うーん」
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「……そう言えば、あの子遅いわね」
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「あ、忘れる所だったわ。はいこれ、今日のお給料」
「ふむ、有難く頂こう」
22時を回り、私は仕事を終え帰宅したカフゥに連れられ西へ。
この時間にも関わらず、だがやはりそこは商人街。一角には様々な明かりが灯り、酔いどれ達や店員の発する声は騒音として耳をつく。
ここはなんという店だったか、この辺りで一番威勢良く客引きをする店員に馴れ馴れしく手を引かれ、だが出てきた料理はどれもしつこくない口当たり。
ある程度口にし、そんな最中カフゥに手渡された給料を仕舞う。
「破格の払いよ、感謝してよね」
「貴方には世話になりっぱなしだ。本当に済まない」
「いいのよ、長い目で見ればこっちの方が安上がりだわ」
『まっことその通りじゃな。してぬしよ、妾は食い足りんぞ。肉を追加で頼もうではないか。払いは娘じゃ、憂う事は無い』
少し黙っていろ。こんな話の最中にそんな無遠慮な事出来るものか。
私は良家の息子である。その名に恥じぬ生を歩まねばならんのだ。
『今は娘じゃがな』
「黙っていろ!!!」
「ねぇピヴワーヌ、貴方誰に向かってそんな口きいてるわけ?」
「あ、いや!違う!こ、これはその……アレだ!」
「例の、両親に対する怒りって奴?」
「そう!それだ!」
「大変ね。"どこが"、とは言わないけど」
「は、はは……」
そう言うカフゥは、まるでそのどこかに思い当たる節でもある様に2度3度こめかみの辺りを人差し指で叩く。
ええいテンコめ、次要らぬ口を挟んでみろ。
私の力で貴様の喧しい口なぞ2度と開けないようにしてやるからな。
『おぉー怖い怖い。ならばちと黙ろうかのぅ〜』
フッ!分かれば良いのだ分かれば。
「良ければ医者を紹介するわよ?」
「い、いや……そこまでは」
「貴方が詰所に来る少し前にね、自警団に街の人間から通報が合ったの。"赤髪のオッドアイの女がブツブツと何やら零しながら、かと思えば突如高笑いを始めて街を闊歩している"って。ねぇ、ピウワーヌ。貴方もきっと辛いんでしょうけど、もう少し周りの目を気にして生きなさい」
「…………はい」
それもこれも貴様のせいだぞテンコめ。
………………。
お、おい何か言ったらどうだ。
おい!
『喧しいぞ"ヘル某"よ』
「ぐぬぬぬぬ……!!!」
「……ねぇ、やっぱり医者に生きましょう。私の知り合いに腕の良いのがいるから。ね、悪い事は言わないから」
「あぁ……違う。違うんだこれは……」
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「済まない、手洗いに行ってくる」
「はいはい行ってらっしゃーい」
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──やって来てしまった。
今まで生きてきて、ここまで苦痛に塗れた時間があっただろうか。
いや、無い。
扉に鍵を掛け、今置かれている状況を冷静に分析する。
うむ。
…………うむ。
『毎度便器を前に何を思考しておる。はよ済ませんか』
「黙っていろ。それどころでは無いのだ」
心を落ち着け、深呼吸を。
『便器を目の前にして深く息を吸うなど余程の変態じゃなぬしは。童貞拗らせて性癖が歪んでしまったんじゃな』
「黙っていろ!!!」
『ククッ!便器を相手取ってそこまで見事な罵声を上げるのもぬしくらいじゃろうて』
「…………」
お、落ち着け。落ち着くんだ。
そう、ここはトイレ。トイレなのだ。
生き物が生活する上で必要な排泄行為を行う場所であって、狐を相手に『テンコじゃ』……テンコを相手に声を荒らげる為の場所では無いのだ。
『思考をするなら用事を済ませてからにせい。いい加減漏らしても知らんぞ』
「わ、分かっている…………」
街での評判も知らず知らずの内に地に落ち、あまつさえ恩人に頭を心配され医者を勧められる始末。
その上便器に罵声を浴びせそのまま漏らすなぞ、生き恥なんて言葉では生温い。
死だ。社会的な死が私を待つ。
「ふぅー……」
大丈夫だ、落ち着け。
私は女、ピヴワーヌという一人の女。
今はレゾンデートル、レヴナントの息子ではなく、ピヴワーヌという娘なのだ。
恥じらう事など何処にも無い。
尿意を催し、それに対する適切な処置を施すのみ。
もう一つ息を吐き、スカートの下のショーツに手を掛ける。
くっ、大体この服装や下着はなんなんだ。こ、こんな……こんな女々しい下着なぞ……下着なぞ……!!
「な、何故生温かいのだ……ッッ!!!」
『ぬしが履いとったからな』
膝の辺りまで降ろし、だが見るな。極力見るな、ベイルよ。
──あぁ、しかし。
──なんなのだこの香りは。
いやいや気を確かに持て。どこからか立ち込める女の色香を堪能している場合では無いしそんな性癖は私には決して存在しない。
だが急がなければ、決壊する。それだけは避けねばならん、それだけは……!!
「ひっ……!」
露出した肌をひやりとした外気が撫で、尿意と共に身体を刺激する。
思いがけず鳴る喉奥から、私では無い、か細い女の声。
だ、ダメだ落ち着け。
私は、ベイル・レゾンデートル。
私は賢き、ベイル・レヴナント。
何も気にすることは無い。
用を済ませ、カフゥの元まで帰るのみだ。
「落ち着け……大丈夫だ……」
便座に腰を下ろし、目を閉じ。
そう、そうだ。抗う事など何も無い。
出し切って、出るだけ。
出し切って……出るだけ……。
『誰の何処から何が出るんじゃ?』
それは、だからピヴワーヌという女の股から──。
「にょわああああああああああああ!!!!」
『クハハハッ!!!叫んだ!!にょわあああ!!!あーっはっははははは!!!!』
くそ!くそ!くそ!!
だがこれ以上……くそっ!!!
「あっ、ダメ……限界ッ……!」
そうして耳を付く、か細く震える女の声は。
『のう、ぬしよ』
「な、なん……ンっ!」
それは、天から降った思し召しにも似た。
『提案なんじゃが』
済んだ鈴の音が掻き消してくれた。
『妾一旦出ようか?』
「…………ハッ!!!」
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「──っと。では外におる故、のんびり済ませてくると良い」
「あぁとっとと出て行け限界だ!」
「後悔するなよー」
「そんな物は無い!!!」
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だが、その時"私"は忘れていた。
「ふ、ふぅ…………うむ。うむ!よしテンコ、戻って来い」
ここは。
「……おい、テンコ。じ、冗談は、よせ…………」
この場所は。
「………………テンコ?」
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「私は、死ぬのか…………ッッ!?!?」




