制裁正妻くわばら股間
「ピヴワーヌって、えと。なんだっけ?」
「ボクらの地方で言うペオーニエだよ」
「あぁー」
「シーナ君、私分かりません」
西と東がどれだけ離れていようと同じアインベッカー国である事に変わりは無い。俺とノニーは今ので分かるが本来タンカレー由来の吸血鬼ちゃんはそうもいかないご様子。仲間外れが嫌なのか、頬を膨らませて抗議の視線を向ける。
「聞いたことないか?あのー何だっけ……ハゲは爆薬くわばら股間、ダブルくわばら牛の皮。みたいな……ん?口と鼻?首と肩?」
「くくっ、どんな姿を表す言葉なんだいそれは」
「あ、分かりましたよ。正解はこうですね」
どんな様ってそりゃアンタこっちだって知ったこっちゃないけども、あれでもそんなんじゃ無かったっけ?
「"立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花"」
「そう、アビィが正解だね」
「ファック、惜しかったな」
「シーナ君はもう少しこう、自分の記憶に疑いを持って下さい。なんですかくわばら股間って」
いやほんとなんなんだろうなくわばら股間。
ん。まぁでも、勃てば雷落ちることもある……か。
「そんな事あるか?」
「あははっ、もうよしてくれよシーナ君」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
ふむ、まぁ仕方無い。何よりこの子達には肝心の勃つモンが付いてないんだ。ティべっちと話そうそうしよう。
「えと、どのお花ですか?」
「牡丹だね。正確に発音すればピヴワヌだったかと思うけど、彼女はそう名乗ったんだ」
「お前の店では入店と共に名を告げなきゃいけなかったのか。すまんな、最近知ったがどうにも俺は礼儀に疎いらしい。どうも、シーナ・ラーゼンですよしなに」
「あ、アビゲイル・ウィットビーです同じくよしなに」
「あはは、御丁寧にどうも。けれど気にしないでくれ。あの子は正確に言うと客では無かったからね」
「「???」」
俺とアビィが共に頭を捻り、ノニーはそれを見てくすりと微笑んでから言葉を続けた。
「ところで君達は、収穫祭に参加した事はあるかい?」
揃ってアビィと首を横に振る。
そんな姿がやはりどうしてもアホに見えてしまうのか、ノニーは含む様にまた笑った。
「そうか。いや、それならそれで構わないよ。ここべレンツで行われる収穫祭、運営の全ては僕ら街の人間が行ってるんだ。えと、これはつまり──」
「"よう脳ナシ"、ってか。ケケッ!文化盗用だぜ」
「そう、その通り。コリエタ国に取り込まれて尚、べレンツの人間はその現状に満足なんてしていない。ボクは元来外の人間だから、強くその意識が根付く事は今の所無いんだけどね」
「どういう意味です?」
「コリエタの西にはそういう"ご挨拶"があんのさ。いつだったか一昔前、まだべレンツがべレンツとして独立してた時代の話。コリエタは南西諸国に和平を持ちかけた」
仲良し小好しが手を取り合ってるアインベッカー南部のシードル以南。所謂平和主義国家が立ち並ぶ地域ではあるが、南西部となるとそれも少し話が変わってくる。
立地上そこから近所の"ナッツ"の影響か、それとも元々そういう風土なのか。周りの連中とは打って変わって血気盛ん。砂と喧嘩を食って、その合間に日焼けして生きてるみたいなゴロツキ共が身を寄せあって生きている。
当時から溢れんばかりのリーダーシップの向け所を模索していたコリエタはそちら側に和平を持ちかけ、その時手痛いしっぺ返しを食らったそうな。
"よう脳ナシ、痛みを感じる頭はあるか?"ってなもんで。
「コリエタ国は、その、嫌われ者なんですか?」
周辺諸国から相手にされないコリエタを不憫に思ったのか、なんとも形容し難い表情で口を開くアビィ。あれだな、あれに似てる。すげー好いてる男から受け止め切れそうにない性癖を暴露された時の。そんな顔してる。
"えと、あの……首を、ですか?それは普通の事なんでしょうか"ってあの時の。
「嫌われてる……うーんどうかな、そうではなくて……」
「"NOYFB"、アビィの方の言葉だぜ」
「あはは、そうそれだ。Fに関しては、流石は西と言ったところかな?」
「シーナ君、意地悪しないで下さいよう」
「"いいからほっとけクソッタレ"って事」
「あ、わかりました。ふむ、Fは余計ですね」
Fがあってこその西流さ。
ま、アビィはそのままいい子で育ちなさい。
「話を戻すね。今話した通り、そう。べレンツの事はべレンツ主導で行いたいんだよ、この街では。だからこそ収穫祭の運営、来賓者の護衛諸々をべレンツの自警団が担っている。そこから溢れた物を、コリエタ兵に。だが収穫祭を一ヶ月後に控えたある日、コリエタの兵士が2人殺された」
あぁ、そういやそんな話の最中だったな。
集中しろ、なにしろ俺の首がかかってる話だ。
「ここより東、デュラスへ向け3人の兵士が要請を聞き歩を向けた。無銭飲食を働いた帝国民を捕らえにね。店主の女性が直接彼らの元を訪れ、着いてきてくれとそう言った」
「その方が、ピヴワーヌさん?」
「いや、"ヘル某"と言う男性だったらしい」
「"名を告げなかった"のか?」
「あぁ、どうやらその様でね。3人を連れてデュラスへ戻った店主含めた街の人間の前であっても、彼は頑として口を開かなかったらしい。その後移送中、兵士の2人を手に掛けた」
「……んー?」
「ボクもこの辺りがよく分からないんだ。先日ここを訪れた客の一人がワインを煽りながら肴にしていてね。情報屋だと名乗っていたが。せめて彼が素面だったらと思うよ、すまないね」
そう言って困り顔。こうして眉を器用にハの字に象るノニー自身、その話が何処まで正確な物なのか判断が付いていないらしい。
「生き残った兵士がべレンツに戻りこう告げた、"ヘル某に襲われた2人は天照様の導きを手にする事が出来なかった。気を失っていた私がデュラスへ入った時には、彼らは既に非業の死を遂げていたのかもしれない"、と」
…………は?
「待て。"何人"だって?」
「これは本当に、何処までが正確な情報なのかは分からないんだけど、ボクが聞いた通りの言葉を伝えるね」
腕を組み、自らもその言葉を反芻するような素振りを見せ。
だがどうも、そのヘル某君やらペオーニエちゃんやらに関わるあれそれは、考えれば考えるだけややこしく。
「その情報屋がデュラスの民に聞き込みをした所、村の人間が口々に言ったそうなんだ。その、"気を取り戻して数時間後に村に入った兵士の顔"を見て」
考えれば考えるだけ。
「"どうして戻って来たんだ?"と」
「…………ハァ?」
馬鹿らしい。
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「ノニーさん、それだと……」
「あぁ、そうだよアビィ。数も辻褄もあったもんじゃない」
「どんだけ酔ってた?その情報屋は」
「2年前のこの時期に取れた赤を4杯、それからビールを2杯。けれどこちらの質問にはハッキリと答えていたよ」
煙を咥えて足を組み、ぽっけに片手を突っ込んで天を仰ぐシーナ君。立ち上る紫煙の中に移ろい行く様々な感情も乗せたように。再び顔を前に向けた時にはなんとも形容し難い表情を携え話の場に戻って来ます。
「ファックだ……けったくせぇ事ありゃしねぇ……」
「うん。話半分に聞いていたんだけど、少しね」
お二人がこうして頭を抱えている要因は、恐らく一重に"情報屋の言葉が真実だった場合"です。そうなってしまうと確かに、今回の件は一筋縄ではいきそうも有りません。
異能的、ないしは魔法的な何かが関わっていると見て間違い有りません。
理を外れる事柄とは、頭を使えば使う程損をしてしまいます。
とまぁ、これはシーナ君からの受け売りですけど。
「ノニーさん、どうしてその"ヘル某さん"の一件が例の"牡丹さん"との事に関わっていると?」
「あぁ、それなんだけどね。この一件を耳にしてから数日後、自警団務めのボクの友人が遣いを寄越した。何やら独り言を呟きながら戸を開いた彼女が客には見えなかったのでね。何用かな?とボクは聞いた」
「独り言ですって。シーナ君のお仲間ですね」
「俺そんな多いか?」
多いですとも。
少なくとも貴方の独り言を巡って、この世界に1人私の師匠が誕生しちゃうくらいには。
「"カフゥの遣いで来た。それだけで伝わると聞いている"と彼女は答えた」
「…………ん?」
「どういったご要件だったんでしょう」
何やら頭を抱え始め再び思考の海に溺れる彼を尻目に、ノニーさんに詳細を求めます。あ、ほら。今も零してますよ独り言。
「収穫祭の集金だよ。街の人間だけで運営の全てを賄うと言ったね、まぁこれはきっと"貴方達の手は必要無い"という意思表明の様な物だと思うんだけどね。コリエタに対する」
「ほほう」
「お金を渡して、それから彼女に聞いたんだ。見たことの無い顔だったから、"カフゥの友達なんだね。何処から来たんだい?"と。そうすると彼女は再び何かを呟いて、頬を赤らめこう答えた」
息を含み、けれども潤いは感じ辛い特徴的なノニーさんのお声は、ここでやや音を落とします。
「"イザラで部屋住みだった私は、恋に生きる為に屋敷を捨てた"、と」
「え?」
「流石はペオーニエ、頭の中までお花畑か」
「こらシーナ君、悪口はいけませんよ」
いつの間にやら航海を終えたシーナ君を去なし、次いで響くはノニーさんのお声。
ですがやはりどうやらここの辺りに納得がいっていないご様子、お声も然る事乍ら、表情からもそれが見て取れます。
…………ふむぅ成程、これは演技に使えるかもしれませんね。後で鏡の前で練習しましょう。
「それだけ告げて、恥じらうように彼女はこの場を後にした。……だけど、おかしいんだよ」
「まだ足りんな」
「いいや、足りるよ」
シーナ君をカウンター越しに捉え、ノニーさんは更に告げます。
「ボクの出身はイザラの隣の名も無き村。この店の開業資金を貯める為にイザラでも長く生活した。確かにあそこには、他と比べて小さいが屋敷は有る。けれど、けれどね。あの屋敷は男家系、女性の部屋住みが居たなんて話は聞いた事が無いんだ」
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「……お花畑は今何処に?ソイツ取っ捕まえてある物ない物着せちまえば俺の首と胴体がサヨナラするなんて最悪の事態にゃならねぇ」
「それが、もうこの街にはいないんだ。集金で集めた金の一部と共に消息を絶った。この店に来てから数日後だったかな。カフゥが聞いた限りはタンカレーへ向かうと言っていたそうなんけど、いやはやかなり彼女も怒ってたね」
「アホしか居ねぇのかよこの街は」
「自警団もコリエタ兵もきちんと警備はしていたようなんだけどね。いつの間にやらもぬけの殻だった、書き置きだけを残してね」
「……ねぇねぇ、シーナ君」
「なんだい、アビィちゃん」
目の前のノニーに聞かれたくないのか、どうやってもこの距離だと聞こえちまうと思うんだけど、極力小声で囁くようにしてアビィは俺に質問を寄越した。
そんな姿を眺めて微笑み、きちんと聞こえないフリをしてやるノニーの器のデカさね。モテるよお前。
「あのですね、結局の所今の話なんですが。どうしてヘル某さんの話と関わっている事になるんでしょう。関係無い様に思えてなりません」
「ふむ」
確かにノニーの告げた2つの事件は何処をとっても滅茶苦茶で、共通している事と言えば発生時期くらいなもの。
だがだからこそ、この2つは入り組み絡まり合った事象なのだと言う説明にもなってしまう。
今回の場合大事なのはその"発生時期"と。
「"辻褄が合わないって辻褄が合ってる"」
「はぁ」
この2つ。
「所謂魔法とか、異能とか。そういう滅茶苦茶が孕んでるんだとしたら、こうして支離滅裂に躍起になってしがみつく2つのこの事件に、手癖の悪い何処ぞのお花畑が関係してると考えたって不思議じゃない」
「ふむぅ」
付け加えるなら、ノニーがヘル某君の話を聞いた情報屋。
間違い無くその話は真実なんだ。それを裏付けるだけの信頼を顔も知らない情報屋に置いてる訳じゃないが、これは以前フーバーとの話を聞いた時に思ったアレだな。"不可侵どうこう"って。
誰よりも卑しい生き方だが、彼らは真実を手にそれを歩む。そうしなければ、自らが敷いた不可侵を犯してしまうから。
「けれど、全くの無関係だという可能性を捨てられないのが今回の件の肝だね」
「だりぃなぁ……」
だがだからと言って、必ずしも関わりあってるとは言えない。
ノニーの言う通り、ただ滅茶苦茶で。ただ支離滅裂な2つの事件が時期を同じくして別々に起こってしまっている可能性が有る。
あぁーあーこれだから魔法とか異能とかが苦手なんだ。
彼らの事を深く理解していないが故に、果たして何処まで魔法異能で説明が付いたしまうのか。そこの辺りが分からない。
「では、どうしてそのヘル某さんの方を追わないんですか?話を聞くに、殺しを行ったのは間違い無く彼でしょう」
「顔も名前もロクに知らない消息を掴めない殺人犯と、それに関わっているかもしれないお花畑。探偵は俺。さぁ、アビィの答えは?」
「シーナ君はすけこまし」
「うむ、半分は正解だ」
後はただ、こっちの方がまだ楽そうってとこで。
「今の話、一応覚えとく」
「すまないね、あまり力になれなくて」
控えめだな。俺ならこの情報をダシにキックバック云々の一悶着を起こしてやる所なんだが。
そんな慎ましやかなノニーの今後の生を危惧し、歳上らしく1つ助言でもしてやろうかと、口を開いた。
煙に乗って音になったそれは。
「ノニーよ。あんまり謙虚過ぎん──」
「ああああああ!!!!シーナいたあああああ!!!!」
何処ぞの無礼な猫の叫声によって掻き消された。
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「おいコッコ、てめぇ自慢の礼法はどうした。ノックをしなさいノックを」
「それどころじゃ無い!」
「あぁー……お前もどうだ?珈琲が美味いぜ?」
「馬鹿シーナ!私が折角貰った仕事だったのに!団長カンカンでシーナ死んじゃうから!」
「アビィ、俺死んじゃうんだってさ」
「致し方ないかと」
「こんな所で何してたの!」
「見て分からんか、いや実はその仕事の件で──」
「ご覧の通り、すけこまし君は仕事ほっぽって女性を口説いてました」
「あぁーやめてー最後まで言わせてー」
「アビィちゃんがいるのになんて事してんの!団長にちんちん潰してもらうから!ねぇバンデムこっち来て!シーナいた!」
「馬鹿言うな!命より大切なんだよちんちんは!おぉバンデム助けてくれ!頼む後生だ!」
「………………」
「おい聞けバンデム待て俺のちんちんが危ないんだ!!クソッ、てめ離せこのクソゴリラがァアア!!…………ああッ!!成程今なんだな!!くわばら股間!!くわばらこかああああん!!!」
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やに騒々しい、けれど、嫌悪感は抱かなかった。
嵐の去ったこの場には、2人。
ボクと、君。
君は一体彼にとってどんな存在で、彼にとって君はどんな存在なんだろう。
本来緊迫したってお釣りの来るこんな場で、けれどボクも君も、必要以上に高鳴らす事は無かった。
「お、驚いた……あははは!シーナ君はああいう人間なんだね」
「ガッカリしました?彼はすけこましで、サボり魔で。私の旅の相棒です」
「ふむ……。いいや、素敵な一面だなと改めて彼への想いは深まるばかりだよ」
「むっ」
少し、意地悪だったかな。
ボクの言葉が気に食わないのだろう。
何と言おう。
……うん、そうだね。
まるで気難しい男の書いたバラードでも聴いた様に、かな。そんな風な表情で彼女はボクに視線を向ける。
それ程に、難解な表情だった。あまり、感情を映さないんだろう、彼女は。
「ボクを怒らないのかい?」
「当然です。元来ああいう方ですから、慣れっ子です」
「へぇ。よく理解してるんだね、彼の事」
「…………私はですね、ノニーさん。本当に、貴方に対して怒りだとか、なんだとか。そういった感情は抱いていないんです」
丁寧な所作でティーカップを傾け、不健康そうな青白い肌はまだほんの少しだけその場を揺蕩う湯気を纏った。
その奥に、虹彩の無い特徴的なワインレッドが佇んでいる。瞳の中には確かに彼女の言う通り、怒りや嫉妬なんて感情は帯びているとは思えない。
「あぁ……アビィ。君は、凄いね」
「お褒め頂き光栄です」
それは、"余裕"なんだね。
事こういった際に、ボクなんて存在は彼女にとっては取るに足らないモノなんだ。いくら彼が違う女性と肌を合わせようとも、彼女はそれを眺めてはきっとこんな表情を浮かべ、彼の前では柔和で優しげな表情で。そうして彼に寄り添って。
凄いね、ボクより歳下に見えるけど。よく出来た女性だ。
「私はこれからの生を、彼の気ままに揺蕩う事を"選びました"」
「けれどそれには、確固たる裏付けが必要だ。ねぇアビィ。教えてくれないかな、どうして君はそこまで彼の事を……いや。どうして君は、"彼が帰って来てくれる"と信じているんだい?」
ほんの少しだけ。
彼女の瞳は色を纏った。
虹彩の無い仄暗い朱の瞳の奥で、ほんの少しだけ。
揺らめく様にして、何かが揺れた気がしたんだ。
強かな女性だ。
あぁ、君は今。
微笑んでいるじゃないか。
その時に、あぁ、本当に。
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ボクがその時に。
「簡単な事です、ノニーさん」
"思い出せてさえいれば"。
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"誰かに似ているな"、なんて。
そんな朧気な記憶を辿ってさえいれば。
結果だけ見れば、くくっ。
彼ならきっと、"意趣返しみたいなモンだろ"とでも言うのかな。
あぁ、羨ましいよ。
アビゲイル、君が。
あはは。
いい歳して、ボクもダメだね。
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「彼は"私の相棒"ですから」
「くくっ。ボクの負けだよ、アビィ」




