俺とお前と苦悩とビンタ
「何か、申し開きは?」
「果たして何か俺が今申し開いたとして、この事態が好転する事は有るのだろうか」
「男性とは斯くも言い訳がましい生を歩むものと、私の母が良く仰ってました。それに習うべきでしょう」
「ふむ、アビィママはきっと美人だったろうな。お前に似て」
「そんな美人な娘を好きなだけ抱いておいて、女性と見れば色を振り撒き続けるすけこましな男性がこの世にはいるそうで」
「なんて野郎だ。ビンタしてやれ」
「名を、シーナ・ラーゼンと申しまして」
「サイコーだな。抱き締めてやれ」
「では、歯を食いしばって下さいませ」
「ハハハ、抱き締められるのを待つだけの俺が一体全体どうしてそんな真似を──」
「とりゃっ」
「いっってええええ!!!!!」
▲▼▲▼▲▼▲▼
「あぁー!団長おつかれさまー!」
「事はうまく進んだか?コッコよォ」
「一切合切モチのロンだよ!」
「よしテメェら!荷を積み込めェ!」
「「「アイアイサー!」」」
相変わらず声がデカく、んでもってこの謎の活力の出処が分からない。
元気良く返事をした連中は、デカいのがデカい荷を。ちっちゃいのがちっちゃい荷を抱えてえっさほいさと舞台小屋を目指す。
「ラーゼン君、そっちを持ってくれ」
「イヤデース」
「ティベリオ、放っておきなさい。この男はまだ自らの置かれている状況を飲み込めていないのよ。どうせその内に仕事をくれと泣きついてくるわ。私たちはそれを足蹴にする時を待てばいいのよ」
「それもそうだねルィンヘン。グルゴ!来てくれ!」
「アイヨー!」
トールキンが何やらバカでか過ぎる荷を肩に担いで潜って行ったあれが舞台小屋だろうか。 いやはやしかし、まぁ相当に客入りを見込んでるんだろうな。どっかの街で見たもんより数倍人が入るだろう。
外観だけで見てざっと……キャパ200そこそこって所だろうか。
「ほらほら!手伝わないならどいとくれ!ラエルノア、数は合ってるのよね?」
「あぁ。ミリアと私が持ってるこれで最後だ。ほら、シーナ邪魔だからあっち行って!」
担いだ荷でどつかれる様にして吹っ飛ばされ、蹌踉めく俺は突然降ったその暴威に逆らう事はせず、視界は上下ひっくり返った。
方々で飛び交う劇団員の声を聞いて、日の暮れた空を眺め。
どうしてただ働かないだけの人間に対して世界はここまで冷たくなれるのかと煙を咥えて一考する。
働かないだけだぞ?ただそれだけだぞ?
不条理だなぁ、世の中。
「シーナ!アビィちゃんは?」
「おぉー、答えてやるからそうやって無邪気に俺を踏み付けるのをやめたまへ」
「あら!これは失敬!」
世の真理に到達しようかという程に思考を巡らせていた俺を悪気無く踏み付け、何がそんなに楽しいのか分からないがにこにこ笑顔でぴょこんと跳ねる。
頭頂部に、自身の髪と同じ胡桃色の耳の付いた少女は、だが聞けば俺よりも幾つか歳は上だそうな。
「よっ、と。久しぶりだな、"マップタツ"ちゃん」
「誰の事?」
「自覚無ぇのか……ヤバいなお前」
「ねぇーアビィちゃんはー!私仲良くなりたかったんだよー!」
「分かったから揺らすな揺するなゲロ吐くぞこら」
言葉を受けて、耳と尻尾がぴくんと弾かれた様に揺れる。
これまた失敬と俺から離れてくれた少女を眺め。
「あぁーアビィなぁ……」
「シーナ君……助けて下さぁい……」
声のした方に振り返る。
「あらら。アビィちゃん窶れちゃった?」
「私、絶対無理ですよ……」
ヘロヘロと荷馬車から降りて来た彼女は。
力無く俺に寄り掛かりその言葉を持って活動停止を宣言した。
「……どしたの?」
「いや、俺もよく知らないんだけどさ」
両腕で撓垂れ掛かる彼女を抱き止め、2日前の事を思い出す。
いつもよりも青白く疲弊したアビィを抱え、コッコと並んで小屋を目指して。
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「──………ん?聞き間違いか?」
「目も悪けりゃ耳も悪いのかァ?いいやあんちゃん、今言った通りさ」
2日前、俺の顔面を何の躊躇いも無く吹っ飛ばした邪神との会話。
なんとか意識を取り戻した俺を先ず迎えてくれたのは、ただならぬ瘴気を纏いブツブツとひっきりなしに何やら唱え続けるアビゲイルだった。
その様があまりにも気味悪く、それでいてあまりにも不憫に思え声を掛けた。どうした相棒、少し見ない間に呪術使いにでもなったのかと。すると彼女は数拍置き、たった一言俺に告げた。
『邪魔をするなら出て行ってください』
あれ実は、結構キた。
心がギュッてなった。
唯一の拠り所を失ってしまった失意の俺は、荷馬車を降り、その足で団長の元へ。
どうせ俺が気を失ってる間にこいつが何か吹き込んだに違いない。なんせこの男は邪神なんだ。そうだ、そうに違いない。
ぶつけ所のないモヤモヤを邪神の所まで持って行って、んでもってそれを丸ごと投げ返され。
消化不良を起こした俺を哀れむ素振り無く扱う邪神が、中々に興味深い言葉を告げたんだ。
「"舞台に出る"?」
「アァ、そうさ」
「うちの子はきちんと許可したのか?あまり追い込んでやらないでくれ、瞳の虹彩が欠片も無かったぞ」
いや、元々あの子無いんだけども。
にしても冷たい瞳だった。ショックだった。
「二つ返事でオーケーを貰った。"文無しの彼を養う為に、甘んじて"。だとさ」
「いい女だなぁ」
「アァ、テメェにゃ惜しいよィ」
どういう会話の流れなのかは知らないが、俺が発端なのは明白である。
「ケツんとこを手直ししてな。嬢ちゃんにもこれから稽古をしてもらう事になる」
「ほほうそれはそれは。いいじゃない、面白そうじゃない」
きっと舞台映えするだろうな。
なにより美人だ。隠れてコソコソさせとくのは惜しい。
「だろゥ?」
「あぁ、なにより俺が楽ってのが最高だ」
あの時は、そんなくらいにしか思っていなかった。
はい、以上。
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「えぇー!アビィちゃんも出るんだ!いいじゃん!」
「な、いいよな」
「シーナも出たら?」
「馬鹿言うもんじゃない」
「あれ、ほらっ!てぃべてぃべとの"アレ"結構良かったよ!」
「てぃべてぃべ」
あの時に俺も台本を確認してやれば良かった。
アビィが疲労と過度な寝不足に死んだ様に堕ちた時にチラッと読んだがなんせセリフが多過ぎる。
が、それを脚本家の元まで持って行ってうちの子にこんな大変な役をやらせんじゃあない!なんて言ってみろ。
藪から蛇と邪神と聖天使が揃って俺に何かしらの仕事を押し付けてくるに違いない。
そう思った聡明なマネージャーはせめて身体だけは壊すんじゃないよと優しく彼女の頭を撫で。セリフを覚えるのに躍起になってる彼女を思い、それと同時に睡眠学習って言葉があったなと思い出し。適当なページを開いて彼女の顔に覆い被せ、目を閉じたのであった。
「いいなぁー私もなぁー」
「出ないの?稽古してなかった?」
「出るには出るけどね!セリフが中々覚えられんのですよ。よって私はセリフ少ない端っこの役」
「向き不向きってもんがある。"マップタツ"は誰よりも礼儀に長けてて営業には持ってこいだって愛しの親父が言ってたぜ。与えられた仕事に従事するそんな姿は素晴らしいじゃないか」
礼儀を重んじる奴がどうして無邪気に俺の顔面を踏み付けたのかは今はもうどうだっていい。
「シーナに言われちゃお終いだ!」
「ハハ、馬鹿言うもんじゃない」
耳元でスヤスヤと寝息を立てるアビィをよっこらせと背負い直し、そんなこんなで舞台小屋へと辿り着いた。
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「よし、設営は明日までに終わらせよう。大道具班はいつもの通り迅速安全を心掛けてくれ」
「あいよ!」
「それから近隣住民への宣伝だが、これもいつもの通り女性陣にお願いしようか。コッコ、君が先導してくれ」
「はーい!」
「それから──……」
幅……間口って言うんだっけ?大体30mくらい。奥行は20m。
客席でそれを眺める俺とその隣で俺に寄っかかって深い眠りにつくアビィを除いた残りのメンバーがひしめき合う様に並び、こちらに背を向けたてぃべてぃべことティべっちが各人に的確な指示を投げる。
「……んにゅ。ふぁ……」
「ん、よく眠れた?」
のそのそと、いつもと比べて目の開き切らない相棒はその辺りで目を覚ました。ぼんやりきょろきょろ辺りを見回し大きく欠伸を。弛緩しきったその表情が段々といつもの無表情なそれを纏い、先ずはお礼から告げる彼女は本当にいい女だ。
「……運ばれました?ありがとうございます、その。ちょっと疲れてまして」
「はいお疲れ様。今日はゆっくり休むといい」
「そうはいきません。後でシーナ君も手伝って下さい、間というかなんというか。どうにもこうにも上手くいかないんです」
そんな事俺に聞いたってしょうが無いと思うけど、世界さえ冷たくあしらうだけだった俺を頼ってくれたんだ。いいよ、宿に着いたら相手してあげる。
「はぁ……。私、向いてないと思いませんか?」
「ん?あの団長がお前を指名したんだ。んな事ないさ」
「そうでしょうか……」
アビィが台本を貰って直面した問題は2つ。先ず第一にセリフが覚えられない。予期していた物より数倍の分量だったらしく寝る間も惜しんで反復練習。
いやはや可哀想に。俺のせいだけど。
「余計なモンはほっぽって、入り込むといいらしいぞ。いつか聞いた」
「それが出来ないから苦労してる訳なんですよ」
「さいですか」
んでもって第二に、この女優。どうにもこうにも役の心情が捉えられない様で。まぁ最近まで人と関わる事が無かったんだ、やれってのが土台無理な話。
いやはや不憫でならない。俺のせいだけど。
「これからどうするんですか?」
「いや知らん、ティべっちから俺達にも指示があると思うけど」
「ふむ」
そうして俺の肩に寄り掛かるのを止め、2人してティべっちの背中を眺める。
「長かった様な、短かった様な。もう終わるな」
「私も終わりたかったんですがね」
「俺も役を貰えりゃあよ、まぁ、俺の分まで頑張ってくれ」
「嘘ですね。シーナ君ならきっと逃げ出しますよ」
「むっ、失敬な。アビィをここまで苦しめたんだ、俺だって心は痛んでる」
「ふむ、いいですね。では無理言って団長様にもう一役追加してもらえないか頼んでみましょう」
「アビィは相棒の恥ずかしい姿を望むのか?」
「いえ、きっと私の相棒はその魅力ある艶やかな演技で客の心を魅了してくれるに違いありません」
うむ。悪い気はしないな、ここまでこの子に言われて。
だがまぁそれとこれとは話が別だ。
「……っと、よし。じゃあ各自本番に備え尽力しよう!」
「「「アイアイサー!」」」
あの返事なんとかなんねぇのかな。
「終わりましたかね」
「みたいだね。おーいティべっちー!俺らどうすんのー!」
三々五々に劇団員が散りゆく中、ティべっちの背中に声を掛ける。振り向く彼にも若干の疲労が見て取れるが、そのくらいで陰りを見せる男じゃない。
いいね、額に汗して頑張る男はモテるらしいよ。
「あぁすまないね。今の指示は聞いていたかい?」
「ところがどっこいこれっぽっちも。宿は?」
「4番街に取ったよ、後で案内しよう。あぁ、おはようアビゲイル、よく眠れたかい」
「えぇ、ティベリオさんもご苦労様です」
壇上を軽やかに飛び降りて、2人の元へやって来る。
馴れ馴れしさなんて欠けらも無い所作でアビィを一撫で。
「アビゲイルも明日からの稽古に参加してもらうよ。順調かい?」
「えと、それが中々どうにも……」
「あはは、初めての舞台だ。大丈夫、きっとうまくいくさ」
「アビゲイル!ちょっとこっち来てー!」
別段楽観主義者という訳ではないそんな彼の発する声は、だがアビィの背中を押すにはもう少しばかり足りてない様に思えてならない。
何故なら言葉を受けた彼女の表情は曇りを晴らす事は無く、ミリアからのご指名に肩を落としたまま溜め息混じりにフラフラと歩き出したからだ。
「うむ……大変そうだね」
「しっかりケアしてやってくれよ先輩」
「元はと言えば君のせいだろう」
「"あんなモン"吹っ掛けてきたてめぇらのせいだ」
「全く口が減らないね……」
「生まれも育ちも悪いんだ」
「よく知ってるよ。僕と同じさ」
そんな風に笑い合って、肩を竦めたティべっちから俺も指示を受ける。
「じゃあ、ラーゼン君は団長の元へ」
「いいけど、どこいったん?」
そういえば。
コッコと並んでこの舞台小屋に入ってから、いつの間にやらあのデカブツは姿を消した。
「小屋を出てから北に少し行った所に居るはずだよ。人と会ってるんだ、君を呼んでおけと」
「ほーん。んじゃ行ってきますからアビィをよろしく頼んだよー」
「引き受けた」
互いに背を向け、小屋を出る。
人と会ってるって、はて。
コッコがそこら辺りの連中へは頭を下げた後だろうし、うーん。
そんな事に頭を捻り、一路北へ。
舗装された道に歩みを乗せ、帳の降りた夜を眺め。
そうして。
そうして、俺はその数分後。
▲▼▲▼▲▼▲▼
一目散にトンズラこいて。
アビィに頬を引っぱたかれるハメになる。




