死ねない女
「ラインヒルデ様、そろそろご出立のお時間で御座います」
「分かっているわ。1週間だったかしら、"お坊ちゃん"はなんて?」
「"恙無く"との事」
「そう。相変わらず面白味の無い男ね。……なに?いいわよ」
「……では、失礼ながら。……ラインヒルデ様とあの男の関係上、致し方ない事かと」
「度が過ぎると言っているのよ」
「はッ!申し訳御座いません!……では、馬車を通してきますので」
「はぁ、"皮肉なものね"」
「"退屈過ぎて死んじゃいそう"」
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私は呪った。
生まれた家を呪った。
いつかこの広大な世界と相対し、それを余す事無く触れ合うそんな生を望んだ。
"そうすればきっと、いつかは出逢えると思っていた"。
けれど、立場がそれを許さなかった。
西の豪傑にさえ"苛烈"と称されるこの生き様は、そのせめてもの意趣返しに他ならない。
私を取り巻く、生の息吹への。
生者の瞳を呪った。
持ち合わせたそれの使い方を誤り、生者の瞳は真実を曇らせる。生きる意味さえ見誤ってしまった"生者の生"は。どれも退屈で、眇々たる物と評す事さえ憚られる。
"私は探し続けていた"。
けれど……いや。"奇術師"や"狂信者"からすれば、ただ楽なのだろう。
見通しを誤った者達はすべからく自らの指針を見失う。耳元で囁き、さぁこちらへと。そうして1人、また1人と先導者が手を引けば。
他は羨むのだ、その様を。
私の力を呪った。
私は、先導者にはなれなかった。"この力"を持ってせいぜい、"扇動者"。
皆を絆し、皆を絡めとり。
"その中に、貴方がいるのならと言い聞かせた"。
そうして手に入れた現状は、望んだ物とは違っていた。
だが私には、馬鹿馬鹿しい。この馬鹿馬鹿しい猿芝居を続ける以外に方法を知らない。
あの時呪われた、私には。
そうしていつからか、私は。
"呪われた私を呪う様になった"。
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『おかしな事を言うね、君は』
おかしな男だと、そう思った。
"自分の事を"を棚に上げ、よくそんな世迷言を吐けるものだとある種感心してしまう程だった。
『別に出来ない事は無いさ。"何でもあり"の範疇だからね』
そう言うと男は、大きく伸びを。
丘から見下ろす広い世界を、けれど。まるでそれさえをも、些事に過ぎない"事柄"でしか無いのだと、そんな瞳をしていたのだ。
『あぁ、構わないよ。だけど君はいつかこう思う筈だ』
そんな姿が、滑稽に見えた。
あの時私は笑ったのだ。そんな風な口を利く彼が、創造主にしか見えなかったからだ。
『"私の生は願いでは無かった"と』
思えばあの言葉は、暗示していたのだ。
広大で、けれど、生きながらに目にする事の出来るそれら全ては、面白味なんて言葉とは無縁の物でしかないのだと。
……あぁ、やはりそうか。
"そんな暗示"だって出来るだろう、やはり彼は創造主なのだ。
そんな言葉があの時以降、何度も私の頭を巡った。
『"僕の件"に付き合わせるんだ、それだけだと心苦しく、あはは。それでいて、不愉快だよ』
いやに"人間らしい"神様じゃないかと、噴き出すようにまた笑った。あの時は、ただそれだけで幸せだった。
『思い出した時にでも探してみるといい、"君の場合時間に縛られる事は無いし、そう、丁度いい人がいるんだ"。その時きっと、その人がきっと』
荘厳さの欠片も無く、だが下品でも無い。創造主にも関わらず、そこの辺りも人間らしい。
そう言って歩み寄る彼は身体を屈め、私に触れる。それも、不躾な所作などでは無かった。
目の端をちらつく様に刺激するうねりは、容易に私を飲み込んだ。
次いで瞳に映った世界は。
『"退屈な生"を終わらせてくれる。……さぁ、どうかな?上手くやれたと思うけど、感想はあるかい?』
あの時の私には、色付いて見えた。
それを、"自らの色がはみ出した物"だとも知らずに。
今思えば、あの姿こそ。
いやに人間らしい。
あぁ、"私と同じだ"。
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滑稽以外に他ならない。
「終わらないわよ。"そういう風にしたんでしょう?"それにこの世界は、こんなに輝いているんだもの」
「あはははは!それなら良かった!」
だから彼は、笑っていたのだ。




