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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
シーナ・ラーゼン
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悪鬼



私の愛する私の父は

私を残して死にました

私の愛する私の母は

私を残して死にました

徨う私の愛の行方に

魅せられた方がまた1人

ご機嫌よう初めまして

どうか私を愛して死んで



▲▼▲▼▲▼▲▼



最悪だ。

俺にはこれといったマイナスは無いと思ったハゲらの提案。

最悪だなこれおい。何が最悪だってさ。


「「すーこし触れば実りが揺れてッ!指を添わせば樹木がしなるッ!」」

「お願いだからもう黙ってえええ……」


あぁダメだ。

音痴は嫌いだ。



▲▼▲▼▲▼▲▼



ミュルクウィズの森に入ってどれ程進んだだろうか、ウザったい程に生い茂っていて、時間より距離は出ていないはず。だが話にあった通り過去何人もこの辺りを通ったのだろう。そう表現してもあながち間違いでは無いレベルで出来上がった獣道が、俺達を森の奥へ奥へと誘ってくれる。

通ってきた道を振り返っても、もう街の喧騒はこちらには届かない。

それにしても。


「いい加減にしろうんこ野郎共!下手にしても程があんぞ頭割れちまうっての!」

「「え?」」

「うるせぇ殺すぞ」


ハモるな。

ロズワルドが歩き始めてすぐ、こんな提案を口にする。こんなおどろおどろしい場所なんだから、気持ちくらいはいつも通り晴れやかにしておこうぜ、と。そんな事で彼の地に伝わる下品な歌を俺の意見には耳も貸さずに近所迷惑な音量で歌い始めた。グンダールもこの歌を気に入ってるらしく、今ではふたり仲良く不協和音を奏でてくれる。どうやら彼の地方の兵達が娼館で女を買ってその後酒を飲みながら歌うお決まりの奴だそうで、その歌詞からは品の欠片も見て取れない。

いやまぁなによりびっくりなのがこの2人がちゃんとしたとこの兵ってとこなんだけど。

てっきり山賊的な物だと思ってた。人相悪いし。ハゲてるし。


「「す、すまねぇ……」」


だがどうだろう、怒られてそこそこしゅんとしてる彼らを見てるとバツが悪くなった。俺も人の子だねうん。


「ちょっと小便してくるよ」


そんな気も無いがもう少しこの辺りを見渡してみたい。


「おぉ!シーナが逸物出したまんま悪鬼に殺されちまわないよう2人で祈っておくぜ!」


情けなさ過ぎんなそれ、気をつけるよ。

先に進んでっからようと声高らかに2人は、誘われるままに再び不協和音を奏でながら獣道を進んでいった。



▲▼▲▼▲▼▲▼



てな事で彼らと少し距離を置き、南に歩を進めてみる。恐らく悪鬼が宝の上でマヌケ面して寝こけているとしたら彼らの方だろう。それ程に、誰かが他を通った形跡が無い。

だがどうだ、実っている樹の実も生えている草木も他で見るのと変わりない一般的で普遍なそれ。魔物の気配がする訳でもない。

おかしな事があるとすれば。

獣道の存在なわけで。

いや、獣道が存在してる事自体は何らおかしくないんだが、どうして北東にしか伸びていないのだろうか。森に生い茂る草木を掻き分け進めば、そこには無為に選ばれた犠牲が出来上がり、何人も何人も同じ事をして行けば獣道は出来上がる。それが獣であろうが人であろうが。

だが何も、1本だけって事も無いだろう。彼らの話ではこの森の伝承は何世代も前から言い伝えられていたもの。だとすれば何十、何百もの人間がこの森に入ったと考えるのが当然で。勿論訪れる者が進みやすい道を選択するのは俺達も絶賛立証中だが、こうまで徹底する必要があるのなら、それは周りに見た事も無い草木が生い茂っていたらの話だ。

見た事も無い香りを放ち、見た事も無い出で立ちをし、訪問者の歩を阻むするような草木だらけなら、消えていった先駆者達が作った道を歩むだろう。

言い知れぬ恐怖に駆り立てられ、姿無き先駆者に縋ったとすれば。

だがどうだこの森、ただの森にしか見えない。

本当にただの森。

悪鬼がそうしてるんだぜきっとって。あのハゲ2人は言うだろうか。後で聞いてみよう。煙に火をつけ、再び歩みを獣道に乗せ、北東へ。


「…………はて」



▲▼▲▼▲▼▲▼



彼らとかなり離れてしまったのだろうか。

いつからだろう。

不協和音が聞こえない。



▲▼▲▼▲▼▲▼



かなり足早に歩いてはみたが、やはり彼らの陽気な歌声は聞こえてこない。だが確かにこの道を通っている事は分かる。まだ、踏まれた土が新しい。

2人してどこかで小便でもしてるのだろうか。

それとも次歌う曲でも話し合っているのだろうか。

煙の先がチリチリと鳴る。

深く吸い──。


「あぁーあ」


溜め息混じりに煙が燻る。

一層生い茂った道を腰の大鎌で切り開いた視界の先に。

次なる草木は生えてなかった。

その一帯だけ、とても静かに風の音が聞こえる。

時でも止まってるみたいに。

ここだけぽっかり世界から、抜け落ちてしまっているみたいにして。

瞳に映ったのは木組みの小屋と。

小屋の前で横たわる死体が2つ。

そこに立つ、女が1人。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「御機嫌よう」


綺麗な声だ。こんな森に住んでいる割に、水の流れるような音。俺より頭一つ分小さな背丈の女は御丁寧にも頭を下げてくれた。


「あぁ、ごきげんよう」


それにしても、長い髪の毛。

彼女は笑顔を崩さない。破顔している訳ではなく、薄く、貼り付けた様に笑顔を保つ。俺が、あまり好きではない表情。


「男3人で森を探検してたんだ」

「あら、いいですね。童心を忘れない殿方というのは」


まだ、表情は変わらない。

全身を黒の高級そうな襟付きのワンピースに包み、そこから覗く肌は反対に真っ白だ。

さぁ。どうだろうね。


「それはあんだが?」

「さて、どうでしょうか」


干からびた死体を顎で指す。

表情は崩れない。

相変わらず薄い笑顔。美人だなぁと思うが、それにしても瞳の色が珍しい。赤目の種族は南西に住んでいるが、彼女のそれはワインレッド。初めて見た。


「そうか」


いつの間にか根元まで燃えた煙。新しいものを咥え、火を付ける。大丈夫だ、落ち着いてる。

煙も美味い。

そして"コイツ"はイカしてる。


「あら、彼らのご友人ではありませんの?」


声色も何も、変わらない。

"忘れた"のか。"知らない"のか。

そんな風に思えてならない。


「昨日会ったばっかりだからなぁ……特に思い入れもないし、イイ奴らだったよ。だけど、何より歌が下手だった。歌が下手な奴は嫌いなんだ」


含んで笑い、煙を吸う。

すると彼女も口元に手をやりクスクスと喉の奥を鳴らした。あの歌を聞いてんだったらまぁ、俺と似たような感想を抱いたとしても不思議じゃない。それ程にクソッタレな歌だった。

あぁいいね、そういう顔は嫌いじゃない。

丸太に腰掛け、息を吐く。

話をしよう。

まだ"足りない"。

思考を止めるな、頭を廻せ。



▲▼▲▼▲▼



「ところで」

「はい?」

「どうやらこの森に宝が眠ってるらしくてね」

「まぁ」

「どの辺にあるか知ってる?」

「さぁ、分かりません。この森の事はよく知っていますが、宝なんて見た事もありません」

「そっか、じゃ別の質問ね。この森を南に歩けばどのくらいで森がなくなる?」

「そうですね、ひと月ふた月と言った程度でしょうか」

「あー……」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「難儀なもんだな」

「そうですね」



▲▼▲▼▲▼▲▼



さて。


「最後にもうひとつ」

「えぇ、構いませんよ?」


煙を捨て、ブーツの底ですり潰す。

こちらに向いた、薄ら笑いに向き直る。


「"どっちが美味しかった"?」

「──────」


あぁ、"イイ顔"してんぜ。



▲▼▲▼▲▼▲▼



無機質だった薄ら笑いから、少し、感情を帯びた彼女の表情。このまま舞踏会の場にでも引っ張って行ってみろ。そうすりゃ一晩でそこら辺の男はたらしこめる。


「気付いていたのですか?」

「んーどうだろ。出で立ちと死体と、あんたの雰囲気でなんとなく」

「雰囲気、有ります?」

「まぁ少なくとも、俺よりは」

「それもそうですね」


クスクスと笑う彼女。今の笑いも嫌いじゃない。貼り付けたんじゃなく、ただ笑けたのだろう。先程のように。

そんな姿は"人間みたい"だ。


「──しかし、だ」


まさかほんとにいるとはね。

悪鬼と言えば悪鬼だろうが、これはそこそこタチが悪い。

夢魔サキュバスがまだこの世に生きてたなんて教会に教えに行ったら大騒ぎになるだろうね。

人の生気を吸い付くし、自らの異能や生命力に還元すると言われている彼女らは、もう随分昔に、それこそ何世代も前にアマレットに滅ぼされたと聞いていたが。まぁ現に目の前にいるんだから生き伸びた奴がいたんだろう。教国も手温い仕事をするもんだ。

成程しかし、だとしたら合点がいく。

そりゃ森に入っても誰も帰ってこれないわけだ。現にロズワルドとグンダールは帰らぬ人となったようだし。あぁそうか。あの獣道。どうしてここにしか続いていないかも、目の前の彼女が夢魔ってんなら説明が付く。人間が好むフェロモンでも出してんだろ。夢魔だしその辺もなんとか出来るんだろうな。

宝ってのは要はこの夢魔自体の事を指してる訳か。昔読んだ本に書いてあったが、人の生気を吸う彼女らは人間よりも長生きで、幾人もの人間が彼女らの身体を欲しがったらしい。

身体というか、その不老不死に近い存在、能力をって事かな。

吸われた側が徒党を組んで吸った側へ吸い返しに行く様は考えると笑けてくるけどな。そういうもんなの?という。

さて。

どうしたもんかね。



▲▼▲▼▲▼▲▼



ぼんやりと、間の抜けたのような顔で何か考えているみたいですね、彼は。警戒心の欠片も有りません。更に口から白いもやもやを吐いています。何でしょうかあれは。しかし久しぶりですよ。こんなに長い事人間とお喋りしたのは。

まぁ基本的に人が現れたらすぐ吸ってましたし。貴重な活力源です。ただ今回はあまりにも前の2人が不味すぎて、おえっとなってる所に虚を突く様に彼が現れました。


歳は私より上でしょうか。背丈も少し、彼の方が大きく見えます。

……やはり私は女性にしては少し大きいのでしょうか。

グレーの髪は顔の半分を隠して。それだと片目、見えないでしょうに。

黒の丈の長い上着に、下のズボンはどこかの民族衣装でしょうか。こちらも真っ黒でももの当たりで1度ぼふぁっとしておりまして、足首の辺りできゅっとなってます。指先には複数の指輪が、人より長い袖口からキラキラと覗いています。

ふむ。中々悪くない趣味をしておられますね。

私の事も見破っているご様子。なんだか少々誇らしいですね。

ふふ。

中々面白い方かもしれません。

そして腰に据えたあの大きな鎌。なるほど私なんかよりよっぽど悪しき者に見えますとも。

それに、あの一言。

今思い出しても笑えてしまいます。


『歌が下手なやつは嫌いなんだ』


ふふ。全くもってその通りです。

あまりの酷さに有無を言わさず吸い尽くしてしまいました。

もう少しお話をしましょう。


「この辺りの御方ですか?」


白いもやもやを吐きながらこちらに視線を向けてきます。細い目の奥は髪よりも少し明るいグレー。綺麗な目をしています。


「あぁー?いや違う、旅人だ」

「まぁ」


よくぞこんな辺鄙なところに来たものですね、ふふふ。


「あてなくふらふらするから楽しいんだよ旅ってのは。ただのながーいお散歩だ」


素敵ですね。


「お名前は?」

「シーナ・ラーゼン」


あんたは?と、彼の瞳が問い掛けてきます。


「アビゲイル・ウィットビーと申します」

「そう。いい名前だ」


そうでしょう?

今日はいい日ですね。お喋りは楽しいです。何気ないやりとりですが、こんな事も久し振りです。

朝目が覚めた時にはまさか、こんな素敵な出逢いがあるなんて思ってもみませんでした。

まぁ、吸いますけど勿論。生きていられると困ります。悪い人かどうかは別にして、私が生きている事が彼らにバレたら面倒ですから。

お口直しも出来ますし。


「なぁ」

彼が口を開きます。白いもやもやを目で追いながら。

「何でしょう」

「そろそろほら、あんたも忙しいだろう。俺も旅の最中だし」

「あら残念、もうお終いですか?」


本当に残念ですが、仕方ありません。

ふむ。

彼の声、水の音みたいですね。


「あぁ、ごめんよ。じゃあそんなわけで」

「あら、こちらこそ謝らないと」

「どうして?」


ふふ、分かっているくせに。


「お口直しがしたいんですよ」

「あっ、そう──ん、"口直し"?」

「えぇ」


他人事のように彼はからからと笑います。

特徴的なその音は、耳障りとは程遠い。


「吸わせてもいいんだけど」

「あら」


自殺願望でもあるのでしょうか。

生きる事に、ある種諦めがある様には見受けられませんが。

こちらに居直り、至極真面目な顔で問い掛けてきます。


「痛い?」

「ふふっ!さて、どうでしょう」


思わず笑ってしまいました。彼は本当に、シーナさんでしたか。面白い方です。自らの死地に瀕して尚、まるでおどけているかの様に、ですが面白いのはそこではありません。

"おどけている"様に見えて彼は、まだ1度足りとも"おどけて"はいませんもの。

少しずつ彼が私に歩み近寄ります。害意は全く感じません。トコトコと、背中を丸めて歩いてきます。

いい事を思い付きました。彼の死体は腐るまでの間保存しておきましょう。それ程に良い出会いでした。

背筋を伸ばし、目の前に立った彼は少し私よりも大きくて。彼の肩に手を置き、最後のお喋りでもしましょうかしら。


「貴方のお声、素敵ですわね」

「さっきの奴らよりはそうなんじゃない?」


息がかかります。

落ち着いてますね。


「よろしいでしょうか」


肩を竦め。目を細め。

では。



▲▼▲▼▲▼▲▼



ですが。

右の首筋に焦点を定め。

口を寄せた私の動きは。


「ん?」


掬い上げるように寄せられた。

彼の唇によって遮られてしまいました。


「ンむっ──ふあっ、んちゅ──っ!?」


少し、苦いです。




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