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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
ベイル君珍道中
83/346

2番街にて



「さぁ、入って。私は一度詰所に戻るから適当に寛いで。あ、あんまり物には触らないでね。30分もしないうちに帰ってくるから」

「あぁ、済まない」

「その後少しこれからの事を話しましょ」


カフゥはそう言うと木組みの扉を開け、再び街灯が照らす闇の世界へ消えて行った。


「──っと。はぇー、ほらな?妾の言う通りにすれば簡単じゃったろ?」

「おい、勝手に出るなと何度言えば分かるんだ!」

「なんじゃ?女の身体が気に入ったか?」

「そんな訳あるか!」

「ふむ。しかし中々いい家に住んどるのぅ」


辺りをきょろきょろと見回し、触れるなと言われていた部屋にベタベタと痕跡を残すテンコ。

溜息を吐き、だが漸く心を休める事が出来る。重くのしかかった物を振り落とす様に伸びをし、テンコに習い部屋を見渡す。

連れてこられたのは2番街。ここまでの道中聞いた話では商人が多く身を寄せる区画らしく、その一画、西に位置する朱色の屋根のこの家がカフゥの自宅となる。


「風呂は?風呂は無いんか?」

「知らん。それと、あまり触るなと言われていただろう。じっとしていろ」

「物が多いのぅ。おっ!見ろぬしよ!酒じゃ!」

「だからじっとしていろ!」


ここべレンツは、コリエタという4大国とは別の中立国の納める地域。その為鎖の無いカフゥの様な他種族も散見される。

国を挙げ酒の製造に力を入れるコリエタは資金も潤沢、アインベッカー南部シードルの女傑の息のかかった地域故に争いも少ない。

だからこそと言えばいいのか。噂が噂を呼び、移住者や密入国者が後を絶たない。

平和の齎す弊害を危惧したここべレンツでは、人口統制の為約5年前に大規模な区画整理が計画された。

1番から5番まで街を割り、各所にコリエタの衛兵を配置。職業や種族で住処を分け統制を行う事とした。


「さて、グラスはどこかの」

「飲むやつがあるか!何度言わせれば分かるのだ貴様!」

「なに、ちーと味を見るだけじゃ。ぬしもどうじゃ?えぇーとグラスはー……この棚か?」

「……ハァ」


だがこの区画整理に大反対したのはべレンツの先住民。

と言うのも6年と少し前、まだべレンツが国として組織していた時期の話。

自身の東部に広がるベレンツの生産性に目を付けたコリエタ国家は酒を造るしか脳の無いべレンツを武装した衛兵で囲み、数ヶ月に渡る国王同士の会談と言う名の脅しを掛け続け、べレンツを飲み込んだ。

この背後にはアインベッカー西部の豪傑、ハンス・リンデマンの影があったとされているが、詳細は私達の耳までは届いて来なかった。


「…………んー?」

「貴様本当にいい加減にしないか」

「…………」

「どうした?」


べレンツ先住民は勿論自らを取り込んだコリエタをよく思っておらず、コリエタが強制的に取り決めた自分達の地域統制に反発。

その際かなりの反抗があったらしく、コリエタ国家が半ば折れる様な形でべレンツの統制を先住民に任せる事になった。同じ時期に発された女傑の宣言も先住民からすれば後押しになったのではないだろうか。

その際剣を振るった者達がそのままべレンツ自警団として組織し、街の警備を担っている。

コエリタ衛兵も街に詰めているそうだが、その力関係は言わずもがな。


「……いや、ふむ?先の鳥人は一人住まいじゃと言っておらんかったか?」

「あぁ。それがどうした」


だが自分達の街の実権を勝ち取ったべレンツ自警団はそのまま区画整理計画を利用し、分かれた区画に民を配置した。1番街に詰所を置き、2番を商人街、3番を先住民の居住区、4番5番にコエリタ衛兵と国外のからの来訪者を一緒くたに詰め込んだ。

西から東に向け1から順に並ぶ5つの区画、私達が先程足を踏み入れたのは4番街の裏通り。聞けばべレンツで1番荒れた区画だったらしい。


「…………?」

「何も無いなら黙っていてくれ」

「…………ま、良いわ。ラッパで呑もう」


そこまで聞いた所でカフゥの自宅へ到着した為それ以上の事は分からないが、だが当座の目標は達成したと言っても過言では無い。

後はどうやって金を手に入れこの街を抜けるかだ。


「うま!!!なんじゃこりゃあああ!!!」

「貴様!黙れと!」

「いや!飲んでみよ!ほれほれ!」

「なっ、馬鹿これでは間接キ──ングゥ!!!」


飛び掛って来た狐を振り払えなかったのは私が愚鈍だからなどでは無い。

有無を言わさず口に突っ込まれた瓶から流れ落ちるワインを飲み下し、テンコをそのままはっ倒そうとした身体を捻る。


……が。


「っぷは!……な、何だこれは……」

「な?な?美味いじゃろ!いやこりゃ堪らんのう!」


美味い。美味過ぎる。

甘くまろやかな口当たり。次いで広がるのは芳醇な果実の香り。蕩けるようなそれにそのまま身を預け嚥下すれば、度数の抑えられたそれが身体の隅々を擽る様に駆け抜けて行く。


「まるで、森その物だ。大地の靡き、風に吹かれた木々達が私に語り掛けている……」

「もう酔ったんか?ほれ、馬鹿言っとらんでぬしも飲め飲め」

「…………」


フッ!私の紡ぐ高貴な品の有る言葉はやはり狐の肌には合わないのだろうな。

何故なら同じく気品の有るリズは褒めてくれたからだ。


……ふむ。

彼女は今どうしているだろうか。


「んぐんぐ……ぷはぁー!堪らんのぅこれは!ぬしの部屋で飲んだもんより数段美味いぞ!」

「おい、それくらいにしておけ」

「一口要らんか?」

「…………まぁ、貰うが」


酒瓶を振り、同じ様にして尻尾を振り。

投げ寄越されたそれを手に取って一口煽り、また身体を巡るアルコールに舌鼓を打つ。

本当に、美味い酒だ。これ程までとは知らなかった。


「……ふむ、まぁ惜しいがこのくらいにしとくかの。入るぞ」

「……お、おい。離──」


私の髪の毛を掴んで顔を落とし、目の前に現れたテンコの顔。振り払う前に霧散し、私の視界は一段下がる。

それと同時に──。


「ただいまー。いい子にして──あ、ねぇー……触んないでって言ったでしょ?」

「あ、あぁ。済まない」


帰宅したカフゥの糾弾する様な声が部屋に響いた。



▲▼▲▼▲▼▲▼



ふむ。厄介なもんじゃな、この鳥は。


「自分の立場分かってる?」

「あぁ、いやこれはその……」

「なに?」

「いや……済まなかった……」


ぬしの気配探知の外をいって居る訳では無く、まぁこの土地のせいもあるんかの。中々に手繰り寄せ辛い。自然に溶けて生きる鳥ならではと言った所か。


「はぁ……。まぁいいわ、座って」


テーブルに向かい合わせに腰掛け、肘を付いて妾達を一頻り眺めた後、棚からグラスを取り出した。


「私も呑むわ、今日は疲れちゃってね。少し付き合って」

「あぁ」


妾も開けた棚から、"形の違う2つのグラス"を手に取った。

……ふーむ。まだ、分からんのぅ。


"生きとるんか、死んどるんか"。


「……先ずは何か、質問はある?ピヴワーヌで良かったわよね」

「うむ。先ずは礼を言わせて欲しい」

「それよりもお酒の事を謝ってよね」

「あ、うむ……。済まなかった」

「……で?何かある?」

「えぇーとだな……。あぁー私は先程話した通り追われる身だ」

「うん、さっき聞いたね」


妾達が煽ったのと同じ物をそれぞれに注ぎ、ゆっくりとしたペースでグラスを傾ける。

白の羽根と同じ様に白い肌は、それだけでほんの少し朱を帯びる。


「私はこのままタンカレーへ進みたい」

「あんな遠い所まで行くつもりなの?」

「あぁ」

「執拗い追っ手ね。ごめんなさい、続けて」

「それで、だな。……話した通り私は金を持っておらず……その……」

「ふふっ、お金頂戴って?いやいや、有り得ないでしょ」


言葉を聞き、噴き出す様に笑う。

ま、当然じゃな。赤の他人が金を無心して来て、それに二つ返事で首を縦に振るなぞ余程の金持ちか阿呆くらいじゃ。


「…………」

「働き口が欲しいなら紹介するよ?自警団は無理だけど、知り合いのやってる酒場が女の子の店員を探してるの。部屋住みだった貴女でもそのくらいなら……どう?」

「いや、私にはあまり時間が無くてだな」

「……ちょっとあんまり滅茶苦茶言わないでよ。私だって聖人君子じゃないんだからね」

「済まない……」


ぬしはあれなんじゃな。女に弱いタイプじゃな。

強く出られると反論出来ん、童じゃ、ただの。

扱い易くて便利な子じゃ、うむ。


「貴女の置かれてる状況が私には分からない。同じ女性同士だし力になってあげたいけど……。分かる?言いたい事」

「…………いや、分からない」

「"無理なもんは無理"って、つまりはそういう事」

「…………」


至極ご最もな言葉で締め、グラスを空にする。

そのまま立ち上がったカフゥは、打ちひしがれるピヴワーヌに呆れるようにして肩を竦め、ポンポンと頭を撫でた。


「まぁいいわ。時間が無いと言っても今すぐって訳でもないんでしょ?1週間は面倒を見てあげる」

「……何から何まで、済まない」

「はいはい、そんな陰気な顔をしないで。こっちまで気が滅入るわ。湯でも浴びましょう」

「……ん?あ、いや待ってくれあの──」

「ぐちぐち言わないの!さぁ、おいで」

「お、おい待て待て待て待ってくれ頼む!」


抵抗虚しくぬしはそのまま奇声を挙げ、裸にひん剥かれる最期を待つ身となった。



▲▼▲▼▲▼▲▼



そんなぬしを放ったらかしにして、思考は廻る。

中々どうして、"変な家"じゃ。ここは。



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