恋に恋するピヴワーヌ(仮)
「何故だ……何故なのだ……」
『どうしてあんな態度で協力者を募れると思うておるんじゃ阿呆。驕るにも程が有るぞ』
「いや、きっとこの姿のせいだ。で無ければ説明が付かん。普段通りの私の姿であれば、それだけで民など虜にしてしまうというのに」
『止まらんなぬしは』
「もう……疲れた……」
失意の底に堕ちた私に重く、重く。
ベンチに座ったまま立ち上がる事も儘ならない私に、重く伸し掛る。
"これ"を重いと感じてしまうのはきっと、私が今、私の姿をしていないからだ。
風に靡かれそのまま折られてしまう様なこの細く弱々しい四肢では。幾ら張り上げようと街の雑踏に掻き消されてしまう様なこのか細い声では。
私は正しく私を省みる事は出来ないのだ。
『そもそもの原因、忘れたんかぇ?良いではないか、あ奴らも言っておったであろう。唆る身体に仕上がっとる、うむ』
「誰もそんなもの望んでなどいない!……あぁ、なんだこの情けない声は……」
テンコを召喚してより数度同化しこの姿で行動したが、やはりこれはダメだ。
心が折れる。軟弱だからなどでは無い。豪胆且つ繊細故に、だ。
『ぐちぐち煩い奴じゃのぅ……。男ならピシャっとせんか。ほれ、直に夜も明けるぞ』
「私は、女だ…………ハァ…………」
『あぁーあー。全くぬしはどうしようもないのぅ……』
誰のせいだと、思ってるんだ……。
『ぬしじゃ』
………………。
「ハァ………………」
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傲慢で高慢なベイルは、高笑う事を止めぬままに外れの小川に寄り夜を待った。先の街道を南に逸れ小1時間とせぬ内に現れたその場で妾は眠り、そんな姿を眺め小姑が如く小言零すベイルはその間周辺地域の偵察を行っていたらしい。
"らしい"と言うのも、妾が数時間の睡眠から目覚めた時、立ち尽くしたままにして目を閉じていたベイルがそう述べたからじゃ。
曰く、"馬を走らせ、自身の目を使う必要は無い"との事で、川の側に生えた大木に左手を添え、右手をべレンツの方角へ向け何かをただならぬ魔を放っておった。
妾には微塵も無い魔力ではあるが、あの様に膨大な魔のうねりは容易に感じ取れた。
ベイルを中心に渦巻く魔力は、妾が声を掛ける数瞬前には霧散した。
ゆっくりと瞼を開き、べレンツの地形の粗方を洋紙に書き起こす。それを持って警備兵の流れを読み、日の落ち切った深夜、べレンツへ侵入する事と相成ったわけじゃ。
しかしこの男、何故ここまでの才を持ち合わせながら先の騒ぎを回避する策を思い付かんかったんか。
プレッシャーに弱いタイプか。
肝が小さいんじゃな、きっと。
「本来であれば、私にだってこのくらい造作もないのだ……何故だ……何故なのだ……」
……且つ、打たれ弱いと。
気苦労が耐えんのぅ。
『じゃから言ったであろう、妾の助言を聞けと』
「私にだって友はいる。そんな物は必要無い」
『誰じゃ?』
「……いや、だから。…………リズ、とか」
『"名付け親"の事か?"妹"の』
「…………エ、エトワールだって。現王の息子の、バルトロメオの跡取りの、あの……」
『王家の跡取りなんじゃからぬしと関わる事だってあろう。三家貴族を抜け、他には』
「だから……その………」
『おらんのじゃな』
「………………じ、爺」
『アァん?』
「…………何でもない」
10代のうちに親を亡くし、肉親は居らず。
早くに家を継いだ男に待っていたのは貴族然とした生と、妾を召喚する為の研究。
まぁ、"こんな風にも"なろう。同情はするとも。
『もう何度も言ったがの、悠長にしとる暇は無いぞ。日に照らされながらの行動は避けねばならん。項垂れるばかりでは時間の無駄じゃぞ』
「わ、分かっている!分かっているが……だが……」
私にはもう、どうする事も出来ないのだ。
と、そんな言葉をもごもごと口内で音にした失意に塗れた男の元に。
「──ねぇ、何してるの?女の子が、こんな場所で、こんな時間に」
よく通る、やや息の含まったその音が。
下を向くばかりの男の頭を持ち上げた。
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「聞こえてる?」
「な、き、貴様。一体何処から」
「何処からって……。いや普通に向こうの通りから歩いてきたんだけど。何してんの?家帰んなきゃ襲われちゃうよ?」
気配探知を怠っていたつもりは無い。だが顔を上げ、鼻と鼻とが突き合う程のこの距離になるまで、私は目の前の女の接近に気付けなかった。
ホットパンツから伸びる健康的な足元に、長めのブーツ。腰に差した剣が2本。
尺の異なったその大小を覆うようにして纏う、丈の長い上着。
「私らだって真面目にやるけど、貴女みたいに自分から襲われようとする子なんて助けてあげないよ。ほら、早く立って」
「お、おい待て離せ!」
引き上げられる様に肩口を引っ張られ、強制的に腰を上げた私を上から下まで順々に眺める。
明るい茶のやや短めな頭髪。背丈は今の私よりも10数センチ高く、鮮やかな翠の瞳は闇の覆うこの時間でも薄く光って見える。
そして、"背中"だ。
「うーん。何処の子?この街の子じゃ無いよね、見覚え無いし……ってか何?ジロジロ見て」
「……貴様、"鳥"か?」
背中に、真っ白な翼が見える。大きく広がるその翼には、見た者を取り込む様な深さと、他の種族を圧倒する様な重厚感が感じられる。
初めて見た、"鳥人族"だ。
「…………貴女、この街の子じゃないね?その口ぶり。何処?"信仰者"なら容赦しないよ」
そう言うと女は大小に手を掛け、分かり易く尖った殺気を放つ。
中々天晴れな殺気だ。気圧されるまでとは言わないものの、先程までは感じ無かった圧迫感を覚える。
だが、あまりうかうかしている場合ではない。アマレットの民と鳥人族との遺恨は知らないが、このままこれを放っておくとなると損を被るのは明らかだ。
ゆっくりと鞘から抜いた剣を制す様に、声を掛ける。
「違う。私は──」
『ぬしよ、聞け。好機じゃ』
「さぁ、答えて。あんまり荒っぽいのは好きじゃないの」
……な、なんだ突然。
『友達作りのチャンスじゃ。妾の言う通り口を動かせ。拒否権は無い、良いな』
ま、待て待てなんだと言うのだ。ここまで昂っている相手を友にしようなど考え無しにも程があるだろう。
『11人目はこやつで良いんか?ん?』
くっ…………。
「ここで私に出自を告げるのと、"マヌケ達"に見付かって"祭壇送り"になるのと、どっちがいい?」
『向こうは待ってくれんみたいじゃぞ』
…………わ、分かった。
大きく息を吐き、眼前の女に意識を向け。
脳内に響いた物を、か細くか弱く、音にする。
『私は』
「私は──」
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「私は、ピヴワーヌ。姓は捨てた。デュラスの北にある街から流れ流れて先刻、ここへ辿り着いた」
「名乗りが遅れてしまった事、謝罪させて欲しい。屋敷からの追っ手かもしれないと思い……済まなかった」
「ただ私には、貴女に害を為す気は一欠片だって有りはしない。何故なら私は………は?……なに!?誰がその様な小賢しい真似など!!…………ハッ!」
「…………え、何?」
「あ、いや!えと……あぁ、そう!まだ少し、気持ちの面で色々とな。えとー……そうだからつまり私は、屋敷から逃げ出して来たばかりなのであってだな」
「屋敷?」
「そう!……部屋住みだった私に、20になったばかりの私に縁談の話が持ち上がった。口減らしをしたいだけの両親は、私の思いを聞く耳を持ち合わせ無かった。……ハァ?真面目にやらんか貴様!その様な馬鹿らしい話が…………ハッ!!」
「……えと、大丈夫?主に頭」
「いや!そのだから、これは怒りだ!私の心を無碍にした両親に対する怒りがつい口を付いてしまってな!えと、それでだな。つまるところを私は……私は……」
「私は?」
「…………ぐっ、ぐぬぬぬ!!!………こ、恋に…………」
「恋に?」
「…………恋に生きる為家を捨て!!一路べレンツへやって来たのだ貴様覚えておけよ馬鹿者がああああ!!!」
「………………うん?」
▲▼▲▼▲▼▲▼
「──……えと、デュラスの北ってことはイザラだよね。だから貴女、ピヴワーヌだっけ。ピヴワーヌはそこの出身で、望みもしない縁談が持ち上がったから屋敷を抜け出して来たってそういう話でいいの?」
「……あ、あぁ。その通りだ」
「だからってこんな時間に一人で何してたのよ」
顔を真っ赤に声を張り上げ、恥じらいと苦悶に襲われ続けるベイ……いや、ピヴワーヌ。
ククッ、堪らんなやはり。
涙を流せと言ったもののそんな小賢しい真似は出来んらしい。
不器用な奴じゃのう。
『身寄りも土地勘も──』
「身寄りも土地勘も無く、金も尽きた。そうした現状に失意し、私の歩みは止まってしまった。……くっ!こ、恋に生きると家を飛び出した私には、世界を知らなかった私には、足りなかったのだ。何もかも……そう、何もかもな……」
「う、うーん。……いやまぁ、可哀想な話ね」
翼を持つこの女が妾達に齎した幾つかの事実。
先ずは、妾達が時間を棒にし続けたこの場の治安が悪い事。
そしてそんな場所にこの女は、"容易く踏み入る事"が可能な立場、ないしは力を持つ事。
では、この女はべレンツお抱えの衛兵であろうか。
否。昨日妾が姿を変え、ぬしに縄を掛けた者達とは纏った装いが違っている。
その事実と、情けなく転がされたぬしを載せた籠付きの馬車での男達との会話とを照らし合わせる。
……そうなるとじゃ。
今の妾達には好都合じゃ。
『この場所で──』
「この場所で、何度も何度も言い寄ってくる暴威を振り払い、やっとの思いで心を鎮め、これからの事を考えていたんだ。そんな折、貴女がこの場にやって来た。向けられ続けた好奇と欲のせいだろうか、気が動転していたんだ。本当に、済まなかった」
「……いやまぁ、うん。こちらこそごめんね」
ようやっと刀身を晒した大小を収め、やや動揺した様に妾達に寄り添う女。
その翠の瞳にほんの一瞬孕んだ同情を、妾は見逃さん。
『名も知らぬ───』
「名も知らぬ貴女に、私は失礼を言うかもしれない。けれども私にはもう、頼れる人など居ないのだ。……名も知らぬ高貴な鳥の貴女よ、ほんの数日でいい。私を匿ってはくれないだろうか」
「え、匿う?えぇーと、その追っ手からって事?うーん……」
揺れたな。
畳み掛けるならここしかない。
『ぬしよ、これで詰めじゃ。部屋住まい──』
「部屋住まいだった私に……ぐ、ぐぅ……わ、私に。……世界を羽ばたき、恋に生きる為の翼を授けてはくれないだろうか。貴女はそれに、相応しい」
「…………貴女の言っている事、全て真実だとは思えない。何より私は貴女の言葉を信じる理由が無い訳だし……」
「ま、待ってくれ!頼む!」
慌てんでも良い。
「──でも。……でも貴女の話を聞いて、締め付けられたこの私の胸の痛みは真実よ。そして何より、私達種族へ払ってくれた敬意を信じたい。ピヴワーヌ、家へおいで。2番街へ向かいましょう」
そうしてくるりと踵を返し、数歩程してまた向き直り。
端正に整った表情は漸く少しの余裕を見せた。
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「自己紹介が遅れちゃったね。カフゥよ。ここ、べレンツの自警団に所属してるわ」




