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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
ベイル君珍道中
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父様にだって蹴られた事は無いしそもそも顔は蹴ってはいけない



「テメェ、どういう了見だ!隊長、おい!返事をしてくれ!」

「ふむ?存外に斬れ味が良いでは無いか!ククッ、のう犯罪者よ」


私を粗末に扱い、顔を踏み付け糾弾を止めなかった女は。


「くそっ!どういうつもりか知らねぇが、自分が何をやってんのか分かってんだろうな!」

「全く余計な手間を取らせおって。高く付くぞ、阿呆め」


レゾンデートル家の家宝を用い、眉一つ動かさず男の背中を穿いた。だがこの女の凶行は、留まる所を知らなかった。


この場にて響く幾つもの音。

その中で一際高く耳を劈いたのは、突然停止を命じられた事に慌てた2頭の馬の嘶きだった。


「何を訳わかんねぇ事を言ってんだ!抜くぜ、抜いちまうぜ俺は!隊長を手に掛けたんだ、俺はそれを間違い無く"見た"!"祭壇に代わって"てめぇを裁く!」

「──誰の許しを得て騒いでおるんじゃ、人間」


堅牢に見えた檻をいとも容易く切り落とし。ふわりと、風が凪ぐ様に軽く跳躍した女は。


「なんだ──ッぐぁ!!」

「……ふむぅ。まぁ、"ぬしに入るよりかは楽じゃな"」


一言そう零し、肩を竦めて振り返り。

だが、気付けば先程まで私の前に立ち、私のレイピアを振った女は姿を消し。


「なっ……貴様──」

「金も落とすし察しも悪いとは、いやはや妾のぬしは仕方の無い奴じゃな、ククッ!」


私はきっと、"狐につままれた"様な顔をしている事だろう。

そう言って、狐は私に歩み寄る。

一歩一歩、腰を流れのままにくねらせながら。宛らそれは、街を恥ずかしげも無く闊歩する遊女の様な足取りで。


「さぁ、償いの時間じゃ」

「……う、うむ。此度の働き大義であった。さぁ、この縄を解ヘヴゥッ!!!」


流れのままに振り上げて。

目一杯に私の顔を蹴飛ばした。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「この程度で済んで良かったと思う事じゃな。これ以上の世迷言を聞いてやる耳を、ククク。妾であっても持ち合わせてはおらんからのぅ?」


「ぐ、ぐぬぅぅ……。貴様、覚えておけよ……」


「ほぅ?もしやぬしは、自分の犯した罪をこの短時間で忘却の彼方へ屠ってしまったと、クククッ。妾はぬしの使い魔じゃったな、であればぬしよ。主たるぬしの頭が正常な働きを取り戻す事を願う、それこそ妾使い魔の道理」


「……待て、待つん───」


「待たん」


「ぎゃあああああ!!!!」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「阿呆は好きなんじゃがな、余計な苦労を掛けられるとなると少し話が違ってくるぞ」

「……め、……さい」

「アァん?」

「…………ごめんなさい」


縄に縛られたまま、妾に正座で相対するこの男。

旅の資金全てを紛失し、結果として場末の飯屋で無銭飲食を働いたこの男。

見捨てるのは簡単じゃがな。まぁ、"起こしてもらった"礼もある。


「分かればよい。しかし、どうしたもんかのぅ」

「あの、縄を……」

「アァん?」

「いや、何でもない……」


慈悲深き妾は、べレンツより蜻蛉返りした女店主達を待ち伏せた。

馬に跨った店主を先頭に、籠付きの荷馬車に座す3人の衛兵。女がいてくれて助かった、男よりも肩がこらん。馬車から降り、街に入る直前に変化を行い、元の女を物陰に転がした。

じゃが、時間が足りんかった。女はきっと今頃、目を覚まし自身の置かれている状況を省みている事じゃろう。


「ぬしの顔の広さは知らんが、"余計な泥"が付いてしまったのぅ」

「うむ……」

「一先ずはこのままこの道を走るか。ほれ、馬に乗るぞ」

「あの、縄を……」


おぉっ、いつもの不遜で自信たっぷりに輝く顔も何処へやら。自分の為した行いを漸くと後悔し始めたベイルはやや覗き込むようにして、許しを乞う童の様に言葉を発した。

ククッ、たまらんのぅ。これは。


「礼をまだ聞いておらんぞ」

「……あ、あ…………ざいま……」

「アァん?」

「ありがとうございました…………」


目を見んか目を。

ま、苛めすぎてヤケになられても困る。

ここの辺りが落とし所かの。



「はてさて、どうしたもんかのう」



▲▼▲▼▲▼



「というか此度の件、ぬしは何故変態にお見舞した魔術を使わんかったんじゃ」

「………………ハッ!!!」



▲▼▲▼▲▼



「─……と、以上がぬしがマヌケに転がされていた際の、妾の慈悲の全貌じゃ」

「そう、か……。だが……」

「謝らんぞ。さっきも言ったが時間が足りんかった」

「うむぅ……」


2頭いた馬の片方に乗り、一路、街道を北西へ。

凡そべレンツまでの所要時間は1時間半と言ったところか。

たが、あまり考え無しに馬を走らせていい状況で無い事は今の話を聞くと明らかだ。


「ククッ、どうする?」

「待て……少し整理する……」


私の前から姿を消したテンコの行いは私達に取っては最善だった。現に裁かれるのを待つ身でしか無かった私は彼女に救われ、五体満足のままに旅を再開させる機会を得た。

だがそれが、"最適解では無い"事も同時にテンコは口にした。

それを糾弾する程私も非情では無い、というかその立場に無い事くらい私の腫れた右頬を擦れば容易に思い返す事が出来る。


テンコは、自らが変化の対象に選んだ女を殺せなかったと述べた。

この事実が、私達の歩みを緩める要因の一つとなっている。

その後女がどの様な行動を取ろうとも、それが私達にメリットとして働き掛ける事は無い。


「同化したとして……」

「まぁ、どの程度新入りに興味を持つ連中かは分からんがの。あの女の事も含めて……。まぁ、見通しの悪い賭けじゃな」


考え無しに生きている訳では無い。浅慮の元に行動を取ったつもりもない。だが、思い返せば私は取り返しのつかない事をしてしまった。

だが致し方無い、冷静な判断を下すだけの余裕さえ無かったのだ。


女店主は私の名前を覚えては居なかったが、"ヘル某"というデュボネの男が罪を犯した事を認識している。

名乗った記憶は全く無いのだが、そんな瑣末な事は捨て置いていい。

目を覚ました女がデュラスの村民に今回の顛末を聞きその情報をべレンツへ持ち帰った場合、必ず街の警戒意識は強くなる。

それは、女をここで待ち伏せ殺した場合でも、だ。一時しのぎにはなるが、何の解決にもならない愚策である。


同化せず私がべレンツへ入ったとして、べレンツの民が例えベイル・レゾンデートルという人間に覚えが無かったとして。既に私は"ヘル某"として追われる身。これが先程テンコが"泥が付いた"と形容した部分だ。

同化して街へ入ったとしても、"最近見かけるようになった者"というだけで疑いの目を向けられる可能性は大いに有る。


加えて時期が悪かった。

べレンツで行われる収穫祭。アインベッカー南部の覇者までもが参列する街を挙げての催しによって、今回の件が無くとも、普段にも増して警戒のは度合いは強まるのだ。


そして、"何故魔術を使わなかったのか"という点。


…………私は、繊細だからな。

…………まぁ、だからうむ、仕方ない。


「酒を諦めるか……」

「当然じゃ。それよりも考えんといかん事があるじゃろ阿呆」


そう。もう今は、そんな悠長な事を言っている場合では無い。

金が、無いのだ。


「だが、出自を偽って金を稼ぐとなると……」

「娼婦の真似事でもするかぇ?後はそうじゃのう……夜盗か、物盗りか」

「ば、馬鹿を言うな……」

「金をすっぽり失くしたんは何処の誰じゃったか……」

「…………ごめんなさい」


私ともあろう者が。

レゾンデートル、レヴナント良家の跡継ぎたる高貴な私ともあろう存在が、娼婦や夜盗に身を窶すなど有り得ない。

もしそんな物に従事し金を手に入れたとして。その金を持ってして実父母の地へ歩みを向けるなど、下劣で有り、非礼の極みだ。


「まぁ、ぬしの事じゃ。4人の父母へ顔向け出来んと言うのも分かる」

「はぁ……どうすればいいのだ……」


私の心の憂いを感じ取ったかの様に、また一段と速度を下げた馬を眺め。

あぁ、なんと羨ましい事であろうか。人に使われるだけの生を謳歌し、自身の選択の意思を持たぬ事がこれ程まで輝いて見えるなんて。


「まぁ、やり様が無い訳では無かろう」


そんな思いで埋め尽くされた頭の中に。


「……どういう事だ?」


首根っこを倒し、私を見上げたままに投げた声高な音が鳴り響いた。




▲▼▲▼▲▼▲▼




「友達作りじゃ!」


「…………は?」




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