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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
ベイル君珍道中
79/346

ベイルは本日、捕まりました



「ま、待て……待ってくれ!違う!」


「なーにが違うってんだい。アンタはうちの店で飯を食うだけ食って、その金を払わずに逃げようとした。それ以外は無いよ」


「待て!落ち着け、落ち着くんだ。よく考えてもみろ!何故無銭飲食を働こうとした人間が支払いをしたいと声を掛けるんだ!」


「さぁてねぇ……。"帝国さん"はお喋りだからね、私らは知らないよ。さぁ、神妙にしな!アンタ達、手伝ってくれ!」


「聞け!おい何だ貴様達やめろ離せ!」


「"あの2人"が連れてきたんだ、大方デュボネの田舎モンってとこだね。ふん縛って転がしときな!私がべレンツから衛兵を呼んでくる」


「待て!待ってくれ!頼む………テ……テンコ!そうだ、奴は何処に行った!奴なら私の無実を証明してくれるはずだ!」


「アンタの妹ならもう居ないよ。逃げ足の早い子だ。まぁ、あんな小さい子を裁く程私達も趣味が悪い訳じゃ無い。アンタがあの子の分まで罪を償いな!」


「……逃げた!?逃げたと言ったのか!?──おいやめろ離せ!!!!」


「さぁ!大人しくしな!」


「あの馬鹿狐があああああああ!!!!!!」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「この者か?」

「あぁそうさ。アンタ、名前はなんて言ったっけね」


私は、ベイル・レゾンデートル。

私は賢き、ベイル・レヴナント。

両家の元に生を受け、4人の絢爛な親の愛を受け。間違いを犯すこと無く、その両家の名に恥じぬだけの足跡をこの世に残し続けて来た。


「ヘルだか……ヘルニアだか……。ちょいと、聞いてんのかい」

「ふむ、下がれ。帝国民、真実の前に名を明かせ。貴様の為した浅ましいその罪は、"祭壇"を持って裁かれる」


私は、多くの人間の命を奪った。

だがそれは、一面的な視点の齎す虚構である。

私の奪った多くの被験者の命は皆往々にして、そもそも"被験者として"この世に生まれ落ちた物。

被験者は、被験者としての生を謳歌し、めでたく私の研究の贄となったのだ。

明確な存在理由を、私が与えたのだ。


「おい!聞こえないのか!」

「隊長、斬って捨てましょう」

「同意見です」


その行いは、過ちなどとは程遠い。


だからこそ、ベイル・レゾンデートルは清廉であり。

だからこそ、ベイル・レヴナントは潔白である。


──だが、これはなんだ。


「ふむ。どのような噂が立つか分からんだろう、"今は"」

「"東の坊ちゃん"の話ですか?そこまで気にする事ですかねぇ」

「切らんの……ですか?」

「うむ、抵抗すれば容赦しないが。さぁ、早く名を。あまり私達を手間取らせるな」


両手両足を荒縄で固く縛り付けられ。

村のど真ん中に転がされ。

住民達の好奇と軽蔑が私を刺す。

先程の女店主、私を縛り上げた客も居るな。

あぁ、子供の姿もあるではないか……。


「おい、隊長の言葉が聞こえないのか!"こいつら"はいつもこうだ、口ばっか達者でやる事と言えばこんな田舎村で無銭飲食。ケケッ!やってらんねぇなァ、帝国さんよォ!」


べレンツから数刻置いてやって来た3人の衛兵の前で、謂れのない罪を白日のもとに晒され、糾弾され。


「切りましょうよ、くくっ」


辱めを受け。

「あぁ……有り得ない…………」

恥辱以外の何物でない。


「ふむぅ……。まぁ、名を告げんと言うならこのままでいい。このまま連行だ」

「了か──ん?……おいおいマジかよ!見ろよ!こいつ泣いてらァ!!だっせェ!ビビっちまったかァ!?」

「もう、斬って捨てましょうよ、くくっ!」

「お前達もその位にしておけ、さぁ行くぞ」


頬を伝う、頬を濡らすこの大粒の涙は。


何よりも、後悔だ。

私の研究の結果呼び出したあの馬鹿狐が、この様な最低な状況を作り上げた。

そもそも奴が、私の酒を飲み干す事が無ければ、こんな事には……。奴が私の神経を逆撫で続け、そうして散漫になった注意力が……。



あぁ、見ておられますか。

天国の父母と義父母よ。



ベイルは本日、捕まりました。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「さっさと乗れ」

「ぐはっ!……き、貴様……覚えておけよ……!」

「おぉなんだよ喋れんじゃねぇか!誰がテメェみてぇなチンケな罪人の事なんて覚えておくかよ!」

「さぁ、では行くぞ!はぁっ!」


3人の、べレンツより到着した衛兵。

屈強そうな男が2人、私を移送車に蹴り入れた憎き女が1人。


武器を取り上げられ、蹴り転がされた無力な私を、動き出した檻付きの荷馬車が揺らす。

私と共に檻に入る目の前の女は、足を組み、蔑む様に、薄く笑う様に私を見下ろす。


「着くのは夜になりますかねぇ」

「はぁ、私が担当するといつもこうだ。こんな仕方の無い罪人の為あっちへふらふらこっちへふらふら。やってられない……」


2頭の馬を操る口の悪い男と、その隣に座し肩を竦める隊長と呼ばれる男。

2人の話の通り高く登ろうかとしていた太陽も、今はやや傾き掛け、その日1日の自身の務めを終えようと準備に掛かる。


「おい罪人。貴様どうしようも無いな」

「くそ!貴様の顔、覚えたぞ!」


余裕綽々と言った様子で私を蹴飛ばし、あろう事か私の耽美な顔に足を掛けるこの女。

絶対にただでは済まさないぞ貴様。


「そういや隊長、俺達も今度の収穫祭は警備に出るんですか?」

「いや、自警団が行うそうだ。私達は来賓者の護衛に当たる」

「リリト様達の?」

「そんな仕事が来る訳が無いだろう……。リリト様の護衛は私兵で済ます。私達はあれだ、あの劇団の──」


耳を掠める衛兵達の会話。

私の事など、場末の田舎村で罪を犯した罪人程度にしか思っていないのだ。

私はデュボネ三家貴族の跡取り、ベイル・レゾンデートルその人だ。

……腹立たしい。私の名を明かす事は無いが、そもそもこいつらは何故私の顔を知らんのだ!いや、知られていては困るが、しかしだ!いかに他国の者へ表立って顔を出す事が少なかったとはいえ、私はレゾンデートルだぞ!

バルトロメオ、カナートと並ぶ良家の息子だぞ!



……フッ!育ちが悪いのだろうな!な!



「──おい、犯罪者よ。聞こえているか?」

「私は貴様達の様な者と意思を交わす言葉を持ち合わせてはいない!」

「聞いたか隊長!なんか言ってますぜ!」

「こら、きちんと前を見て走らんか……」



皆私を軽視し、馬鹿にして。

えぇい、やってられん。これ以上生き恥を晒す事をどうして私は良しとするのか。


「犯罪者よ。貴様はその罪を恥じ、その罪を償う気は有るか?」

「馬鹿め!私は何も罪など犯していない!私は金を何処かに落としてしまったのだ!私こそ被害者であり、同情される事は有れど、犯していない罪を贖う事など有りはしない!」


ガラガラと鳴り続け、ガタガタと揺れる移送車でそう叫んだ私の言葉は、日の傾いた森に吸われるようにして溶けて行った。

空気は湿り、だが、ここにはもう先の浜辺からの潮風は感じ得ない。


「そういや隊長聞きました?"坊ちゃん"とこの」

「あぁ。しかし……ヘレスの王も一体何を考えているんだ。まさかアインベッカーにおいて、現状まともに内政に携わるのがリンデマン様ただ一人とは……」


馬が走り出して、時間はそこまで経過しては居ないが、深い森に出来た街道を走る私達の姿を確認する生き物は、この場には無い。


「そうでは無い」

「何が言いたい……」


不明瞭な言葉を投げた女は、私の隣に転がされていたレゾンデートル家の刻印が刀身に刻まれたレイピアを器用に足で掬い上げ、鞘を撫でた。


「"迷惑を掛けた罪を償え"」

「……貴様、それに触るな。そのレイピアは……」


そのレイピアは、私の義父から受け継いだ、レゾンデートル家の至宝だ。貴様の様な物が、気安く触れていい物では決して無い。

だが女は私の言葉を無視し、レイピアを抜いた。



そして、女は。



▲▼▲▼▲▼▲▼




「"阿呆め"」

「…………お、おい貴様。何を───」




▲▼▲▼▲▼▲▼




その、輝く刀身を。



「な──ガハッ!」

「どうしたよ隊ち──な、何やってんだ"テメェ"!!」



男の背中に突き立てた。




▲▼▲▼▲▼▲▼



「はぁーヤダねぇ……。最近はどこも治安が悪いが、こんな場所でも犯罪者が出てくんだからさ」


「まぁ、人殺しや強盗じゃないだけいいじゃねぇか」


「それもそうさね」



「──ただいま」



「あら"あんた"、何処行ってたんだい?さっきうちの所で食い逃げが出たんだよ。デュボネの若い男でね。うーん……名前はなんて言ってたっけねぇ……」


「──……ィル」


「まぁいいさ、仕事に戻るよ。"アンタ"所も気を付けなよ」



▲▼▲▼▲▼▲▼




「あの人は、ベイル」

「僕の、神様だ」





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