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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
ベイル君珍道中
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阿呆かな、阿呆じゃないよ、阿呆じゃよ



「はーむっ!……んっ、美味い!やはりベーコンはカリカリに限るな!ほれぬしよちょっと寄越せ」

「何がほれだ食べなから喋るな!おい馬鹿貴様それは私の分だ!」

「カリカリするでない。カリカリなのはベーコンだけで良いのじゃ」


健闘虚しく、と言えばいいのだろうか。

目にも留まらぬ速さで私の皿にあったベーコンは奴の身体の中に消えていった。


「んーしかしこう温いと眠くなるのう」

「好きにしろ、無論私は置いていくがな」

「好きにせい、後々困るのはぬしのほうじゃ」

「ぐぬぬ……」


ダメだ。やはりこいつとの会話は必要以上に体力と精神が摩耗する。狭量の証ではなく、これは品格の差が齎す弊害だ。

勿論、レゾンデートル家で作法礼儀の全てを収めた私が上品である。


「徒歩でべレンツへ向かうのか?」

「先程店主に話を聞いたが、馬は買えないらしい」

「面倒じゃのう……」


恰幅の良い女性の店主。田舎領主に仕える女中頭と表しても相違ないその店主は、私達がこの店に来店してすぐに『朝っぱらからなんて暑苦しいもん着込んでだい!脱ぎな!』とがなり立て、私達2人に襲い掛かった。

テンコが『故郷の習わし故、意向には添えない』と告げたのと、私の履いていたズボンが脱がされたのはほぼ同時だった。


「いやーさっきは済まないねぇ。さぁ、サービスだよ!食いな!」

「おぉ!すまんのう!これはなんの肉じゃ?」

「この辺りでこの時期よく取れんのさ。果実を食うリスの肉だよ」

「……リ、リスを食うのか?」

「あぁそうさ、美味いんだよ。さぁ、ぐちゃぐちゃぬかさずさっさと食いな!」


好意の押し付けが、ここまで迷惑な物だとは。

そもそも私は食が細く、加えていかな調理を施されていたとして、リスを食う様な食文化に接して生きてこなかった。

私の繊細な身体はやはり目の前の料理に拒否反応を示しており、全身の肌が総毛立っている。


「貴様に全てやる」

「んまっ!んまっ!……むぐむぐ、なんか言うたか?」

「……はぁ。いや、なんでもない」


私の言葉に耳も貸さず、皿ごと自分の元まで引っ張って。フォークを刺しては食い、刺しては食いを繰り返す。

燃費の悪い生き物だ。

味の濃いスープに眉を歪める今の私に思える事と言えばそれくらいだ。


「あんた達、何処行くんだい?」

「べレンツだ。それと、紅茶を1杯貰えるだろうか」

「そんな大層なモンは無いよ!水で我慢しな!」


あぁ……。旅とは、こうまでストレスと苛立ちと悲愴に苛まれる代物だったのか。世の中には好き好んで定住や定職を手放し世界を渡り歩く人間もいるそうだが、考えられない。

馬鹿の極みだ。


「アンタ達が何処から来たかは聞かないでおくよ。大方"あの2人"が連れてきた帝国民だろ?」

「答える必要は無い」

「アンタねぇ……そんな態度だと苦労するよ」


大仰に溜息を吐き、本来客が座るべきカウンターに腰掛け肘をつく店主。

私達の他に数人の客が居るが、騒がしい程では無く、皆好き好きに食べる為ではなく口を動かし音を鳴らす。

不毛だ。食事の場において響くのは食器が触れ合う高い音だけで充分なのだ。

フッ。育ちが悪いのだろうな。


「……お兄さん、私は勧めないよ。一応忠告はしておいたからね」

「何の話だ?宿屋の店主も似た様な事を言っていた。ラインヒルデが来ると」

「ん?ぬしよ、それ食わんなら妾に寄越せ」


歳の頃は30半ばと言ったところか。快活そうな、それをそれたらしめる為に一役買った声や目付き。

伸ばした髪を纏め、肥えているとまでは言わないが体格はいい。

私の身包みを剥がそうとした際に、あの腕に捕まれて身動きが取れなかったのは、私が非力だからなのではない。

繊細なのだ。私は。


「ちょっと!その名前を軽々しく私らの前で口にするんじゃないよ!」

「な、なんだ突然……」

「はぇーリスは美味いんじゃのう……。あ、その卵も貰うぞ」


私の言葉に反応を示したのは、女店主のみならずこの店の客全員だった。

皆私に咎めるような視線を向け、そこに先程までの喧騒は無く、だがこれを持って、女傑の評判が私達帝国の民の認識とズレている事は証明された様なものだ。


「謝罪はしない。私にとって、貴様達の置かれている状況など知りよう物では無いのでな」

「ハンっ!"帝国さん"はこれだから……。まぁ、知らないんなら仕方ないさ。だが次は無いよ」

「気を付けよう。して、何故貴様達は彼女を忌み嫌う」

「はぁー?アンタ本気で言ってんのかい?南の連中で、あの小娘を支持してる奴なんて人っ子一人いやしないさ!」


店主の言葉に同意を示す様に、うんうんと首を縦に振る客を眺め、だがやはり、ここまで言われている理由が見当もつかない。

私達の様な他国の民が彼女を嫌うのならば分かるが、伝え聞いた事柄が全て本当ならば支持が無い方がおかしい。


「何故、執拗に彼女を嫌う。理由を聞かせてくれ」

「これ以上あの小娘の話をしたいんだったら表へ出な!アンタの身体に直接叩き込んでやるよ」

「結構だ」

「……ま、何処へ行くにも私は止めないさ。さっさと食って出てっておくれ」


その言葉で会話を止め、カウンターの向こうへ引っ込んだ店主。それに習う様に、周りの客達も私達へ視線を向ける事をやめ、また食事に戻る。

しかし、理不尽だ。私が外から来た人間だと分かった上でのあの態度。不愉快極まりない。


「はぁ〜食った食った……。ご馳走様」

「…………なっ!貴様私の分が残って無いでは無いか!」

「妾は聞いたぞ〜」


募りに募った怒りが、この馬鹿狐によって増幅し、私の様な大きな器を持った高貴な者であったとしても。その許容量などとうに超え、苛立ちを声に乗せようとした瞬間だった。


「ぬしよ、この場に、"人間以外の生き物"はおるか?」

「き──……な、何だって?」

「客や店主は、皆人間じゃろう?少なくとも妾にはそう見えるが」

「あ、あぁ……。だがなんだ突然」


見分けの付かない種族というのは存在する。チコとレナータが正にそうだが、"見分けの付かない種族だ"という判別は可能だ。

これは、感覚の齎す産物であり、魔術の素養に関わらず恐らく誰であろうと成し得る事が可能な物。


「真の所は知らんがのう。ぬしが怒らしてしまった故、奴はもう語らんじゃろう。じゃが、妾達が先に寄った宿屋の店主、あれも同じく人間じゃった」

「だからどうしたというのだ」

「妾達がべレンツへ向かうと述べ、女傑へ明確な嫌悪を示したのは皆人間じゃ。チコやレナータは、あの様な反応を示す事は無かった。解を引け、ぬしよ」


テンコの言葉を反芻し……ふむ。

成程。


「"事人間において"、という事か」

「以外に無いじゃろうな」


だらしなく私の分の朝食まで詰まった腹をさする、品という言葉が欠落した狐を眺め、それでも思惟の余地のある私の明晰な頭脳は解を手繰り寄せた。


女傑が唱えた奴隷解放の訴え。確かに言葉の響きは甘美だろう、虐げられる事が当たり前な"他種族にとっては"。

商業国家アインベッカーは、労働力を必要としている。それは過去、ただの鉱山地帯でしか無かった土地に立ち、大陸にアインベッカーという国を起こしたその日からだ。

それ程に彼の大陸は多くの物資を算出し、広大過ぎる土地を動かす為の奴隷を要してきた。


「煽りを食ったんじゃろうな」

「うむ」


北に位置する首都ヘレス程では無いが、それでも土地を動かすために東西南どの地域であれ奴隷の存在は不可欠だ。

だが突如として唱えられた女傑の奴隷解放宣言によって、結果的に内戦までをも引き起こした。

その煽りを食らうのは、人間達だ。


「女傑に会った事は無いんじゃったか」

「あぁ。私達三家はどちらかと言えば内政担当だ。と、言うよりも、必要以上に外に目を向ける事をバルトロメオ家が必要としなかった」

「人間とは別モンなんかのう、クククッ」

「それは有り得ない。国の仕組みを理解していない、それこそ店主の言う様なただの小娘なのだろう」

「クク!そうか、そうか」


肩を揺らし、私に居直り大きく伸びを。

さて、出るか。腹ごなしには程遠い量しか口に出来なかったが、私の身体は繊細且つ剛毅である。

忍耐強く燃費が良く、更には頭脳明晰で耽美な私は立ち上がり、店主に声を掛けた。


「会計を頼む。いくらだ」


カウンターで皿を洗っていた女店主が顔を上げ、ほんの少し先程の態度は形を潜め申し訳なさそうに言葉を零した。


「銅20枚でいいよ。あぁー……さっきの態度、済まなかったね。アンタ達みたいな余所者に取る様な態度じゃなかった」

「フッ!よせ、私は器の大きな男だ、あの程度で腹を立てる様な矮小な精神は持ち合わせていない。ふむ。40出そう、これからは少し、自らの精神と向かい合う時間を取るといい」

「済まないねぇ。ま、有難く頂くよ」

「うむ!……えぇーと、少し待てよ……」

「妾は先に出ておくからのうー」


金の管理は私が一任しているのは言うまでもない。あの馬鹿に金を預けてみろ、2日と経たずに有り金すべてをあの馬鹿は酒に変えてしまうだろう。

先見の明の鋭い私はベルトに提げたポシェットに全ての荷物を詰め込んだ。


「あの子アンタの妹かい?可愛いじゃないか、大事にしなよ」

「冗談はよせ。……え、えぇーと」


その、ポシェットを漁り。


たが同時に、私の鼓動は一秒ごとに高鳴っていく。

これからの旅路、不測の事態が起こったとしても私の精神は剛毅なのだ。取り乱す様な品無き行いは、有り得ない。


「…………。んー……そういや名前を聞いてなかったね」

「あぁ……ベイルだ。……あ、あぁー」


───無い。


無い、何処にも無い。

有るべく筈の物が、何処にも無い。

待て、待て待て待て落ち着けベイル・レゾンデートル。

私は賢きベイル・レヴナント。


──落ち着け、落ち着くんだ。


「……なぁ、早くしてくんないかい」

「…………ぃ」

「あん?なんだい?」

「おーいぬしよ、はようせんか」



そんな、嘘だ。




▲▼▲▼▲▼▲▼




「金が、無い……」



「「…………は?」」






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