綻ぶ一端
「ぬしよ、"金が有る"とは……一体何じゃろうな」
「………………」
「そして、"金が無い"というのもまた……一体何じゃろうな」
「………………」
「"ありかつあらぬ"。違うな、金は」
「………………」
「"あらぬはありえぬ"。これが金じゃ。何が言いたいか分かるか?ぬしよ」
「………………」
「"沈黙は金"、か?……ククク。ベイルよ、のう、ベイル。妾はな、怒って居る訳では無い。では無いが……のう?」
「…………ごめんなさい」
「ハァー……いやはやどうしたもんかのう、これは…………」
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「いやー冷たい!身が締まるのぅこれは!」
「貴様には羞恥心という物が無いのか!隠せ!」
「何処をじゃ?妾は人様に晒して恥ずかしくなる様な身体は持ち合わせとらん!ほれほれほれ何処をとっても露弾く麗しい身体じゃ!」
「ばっ、貴様寄るな離せ近い近い近い!!」
流れの緩やかな、透き通った透明の水面。ひとたび触れれば芯から震え、じゃがロクな睡眠も取らずに歩き続けた妾達の身体には丁度良い。
これが人肌に温まった湯なら、このまま寝こけて溺死必須じゃな。
「今日のうちにべレンツへ行くんか?」
「そ、そのつもりだ。それと、話がしたいのならもう少し離れろ」
「童貞は辛いのぅ……」
「2度とその言葉を口にするな!」
長ったらしい髪を靡かせ、着物に付いた汚れを落とすそんな背中にぴとっと貼り付けば、耳まで真っ赤にしてそんな言葉でがなり飛ばすベイル・レゾンデートル。
嘆かわしい……20そこそこじゃったと思うが、"まだ"なんか。
早けりゃいいという訳では無いが、嘆かわしい……。
「向こうで夜を明かすとして、その後はどうする?」
「酒を買い次第、馬を買おうと思っている。無ければまぁ、馬車を探す」
「何処へ向かう?」
「うむ……それなのだがな……」
川辺に被さるようにして天に伸びる枝に着物を引っ掛け、何やら口遊み真下の岩場に火を起こす。特別な行いには見えんそれは、じゃがやはり魔術師ならではの"知恵"の証に他ならん。
「なんじゃ?まだ"向こうの事が"などと世迷言を吐くつもりか」
「違う。……あ、あぁー。極力近付かず、見ろ」
「難しい事を言うでない」
また何か口が動き、人差し指をくいくいと捻れば。妾の着物の上に置いた荷の一部が舞うようにしてベイルの手元に収まる。
「私達が今いるのがここ、目的地である父母の故郷はこの辺りだ」
「ふむ……?」
ひらりと舞った地図を開き、中央にある大陸の南東部から、左手の大陸北西部までをなぞる。
「海路なんじゃろ?船着き場は何処じゃ」
「南北にそれぞれ計5つ。南のこことここに2つ。北はここに3つ。だが、北へ向かうのは極力避けたい」
各波止場を一々指差して教えてくれる思いやりの有る男じゃが、少々背が高すぎてよう見えん。少し降ろせ。
「ぬしの国との国境か」
「あぁ。勿論同化を解くつもりは無いが、帝国民への接触は避けられるのならば避けたい。南の港からの航海は、一旦タンカレー東部に停留した後、西を回って北に迎うのだが……」
「じゃがどーにもこーにも遠回りにしか見えんぞ」
「うむ……」
中央大陸右手、東の土地は地続きに大陸を持つベイルの国デュボネと繋がっておる。妾達はデュボネのやや西部に位置した帝都より南下を続けこの場へ歩を向けた。
「リスクは避けたい……だが、時間が掛かり過ぎると言うのも考え物だ」
「もし北の港へ向かうとして、何処を通る」
「中央を走り北西に進路を取る。こちらも距離はかかるが、休まず走れば三月も掛からないだろう」
「痔になるのぅ、間違いなく。というか3つも波止場が有るんじゃろう?"ここ"が1番近いではないか」
ベイルの指した波止場はタンカレーの目先にある北西部の波止場。じゃが、3つ有ると言った北部の波止場はここデュラスより北上したてっぺんの土地にも存在する。
「この道を通るとすれば、こう見る限りは一月かかるかかからんかという所じゃろう」
「このルートは廃道になっている、人が通れる様な場所では無い」
「ではその東の海岸沿いは?」
「……チコやレナータの件がある」
「ふむ」
非合法に存在していた両国を結ぶ渡し。利用者の程は知らんが、食いっぱぐれるような商売では無い事はあの2人の口ぶりからすれば明らかじゃ。
そうなると、この男が避けようとする帝国民との接触が図らずしも有るかもしれん。何もあの様な渡しがあやつらのみという事も無いじゃろうしな。
「急いでせかせか動くよりかは波に揺られてのんびりと旅する方が妾としては望ましいぞ」
「……一先ずは、べレンツだ。その時にもう少し考えてみる」
「違う、まずは戻って飯じゃ。忘れたとは言わせん……ぞっ!」
「なっ!!貴様抱き着くな離せやめろ馬鹿者!!」
背中に飛び移り、見目麗しい身体を存分に押し付ける。
首に手を回し顔を出せば、真っ赤に染まった童の顔。
クク、ぬしは中々どうして照れ屋さんじゃのう。
「離れろおおおお!!!」
「おぉっ?なんじゃ、使い道こそ無いものの"中々の物"を持っておるでは無い──」
「黙れ色情魔ああああああ!!!!」
視線を下に。
ククク、身体は正直なんじゃからまったくもう。
痩せ細った身体。
色白の肌。
未だ固く握った地図を順々に眺め。
じゃがその時、ふと。
"目に止まった"。
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「ハァハァ……。き、貴様次は無いぞ……」
「…………のぅ、ぬしよ」
「もういい、さっさと戻るぞ服を着ろ馬鹿者め!」
「ぬしよ、ちょっと聞かんか」
「なんだ!これ以上貴様の与太に付き合ってやる程私は暇では無いぞ!」
「"貸せ"」
「何をだ!」
「地図を貸せと、そう申しておるんじゃ」
「……くそっ!貴様も早く服を着ろ!まったく……」
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何処じゃ。
何処が気に食わん。
拭い切れん、この気色悪さは、一体何が齎した。
中央にアインベッカー、南にアマレット。東にデュボネ。
そして、西に───。
「いい加減にしろ!置いていく──貴様早く服を着ろと言っているだろう!!」
西に、タンカレー。
じゃが、"これ"は一体……。
「ぬしよ、この地図。これは何処で手に入れた」
「だから、服を着ろと──」
「答えよッ!!……ベイル、これは、ぬしの国の地図か?」
いやはやどうも。
妾が死んで、数百年。
「な、なんだ……。私の国……というか、世界に流通している物だが……」
「そう、か…………」
じゃが"これ"は、なんじゃ?
「何か気になるのか?」
「………なに、大した事では無い」
長く、眠り過ぎとったんかの、妾は。
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「只々、巫山戯た話じゃよ」




