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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
ベイル君珍道中
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軽慮浅謀



「幸福とは、尊い物じゃと思わんか、ぬしよ。して、妾は幸福の在り処をこう考える」


「………………」


「行為が齎し、帰結した先の快楽の量によってそのもの自体の善悪を計算するなぞ、阿呆の考えじゃ。まだるっこい事この上ない。そんな物は、必要無いんじゃよ」


「………………」


「幸福と快楽とは、イコールでは結べん。幸福を産出する行為というのは、得てして快楽とは程遠い」


「………………」


「必要なのはな、行為では無い。金じゃ。先立つ物が無ければ幸福や快楽の産出なぞ出来よう筈もない。クク……卑陋と評すか?じゃがの、ぬしよ」


「………………」


「一先ずは、妾に言わねばならん事があるじゃろう?」


「…………ご……」


「ごー?」


「……ご……ごめ……」


「ごめー?」


「…………ごめん……なさい」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「すまん、この宿に湯は有るか」

「……な、なんだァ?汚ねぇ格好しやがって。なんだ、犯されでもしたのか」


西に歩を進め小一時間と言った所か。チコの言う通りに姿を現した村と呼ぶには些か発展し、街と呼ぶには人口の乏しいデュラス。

森林を切り拓き出来上がったここは、私達が来た東の海岸からの潮風と緑が混じった様な香りを放ち、中立国が統治している事も相まって、日の登りきらない様な今の時間でも数種類の種族が閑散とした街に幾つか見受けられる。


「質問に答えろ。湯は有るのか、無いのか。無いのなら他の宿屋を紹介しろ」

「有るには有るが、今何時だと思ってんだ。夕方までは沸かさねぇぞ」

「チッ!では、他の宿屋は」

「こんな田舎に何個も有るかよ。ここだけだ、泊まるんなら名前を書きな。だがそんなナリで部屋に入んねぇでくれよ。中央の通りを抜けて南に向かえば川がある。そこで粗方汚れを落としてもっかい来な」


宿屋に入った私達を待っていたのは粗暴で肥えた30代の男。姿形を見るに、人間か。


「……ここからべレンツまで徒歩で何日だ」

「半日くらいじゃねぇか?馬がいりゃその半分も掛からねぇが……。なんだ嬢ちゃんべレンツへ行くのか?」

「そう、か、ならばここに用は無い」


半日か。どこかで馬を買う気でいたが、その程度なら歩いていいな。

『妾は落ち着いて湯にも浸かれんのか?』

川が有るとこの宿主が言っているだろう。我慢しろ。

『ハァー。ところでいい加減出たいんじゃが』

ローブを脱がないと今この場で誓えるのならば、やぶさかではない。

『誓う誓う、窮屈なんじゃよぬしの身体は』

……ではまぁ、南の川へ向かうか。


「べレンツ行くんならやめといた方がいいぜ、特に"今は"」

「何故だ?」


宿屋から立ち去ろうとした私達の背中に投げられた宿主の声。

別段気になる訳では無いが、だが、"今は"というのが引っかかる。


「嬢ちゃんも知ってんだろ?収穫祭の事」

「あぁ」


果実の実る彼の地で行われる収穫祭。例年よりも豊作であった今年の収穫祭は規模や参列者の顔ぶれも一層豪華な物になるのだとか。

私が家を経つ数日前だったか。そんな話を小耳に挟んだ。


「今年はな、"来る"って話なんだよ。あそこの酒は美味ぇがよ、だからって酔いと一緒に"あんなもん"連れて来るこたねぇよなぁ」

「なんだ。何が来る?」


私の問いに、やや声のトーンを落とし。まるでそれが、"誰かに聞かれる事を恐れている様にして"、忌々しそうに言葉を吐いた。



「"女傑"が来るんだとよ」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「──……っと。あー肩が凝った肩が凝った」

「おい、フードを被れ」

「分ーかっておる。ほれ、これでよいか?」

「うむ」


近くに生き物の気配は無い。それを確認し、テンコは私の身体から出た。

南にあると教えられた小川へ向けての道中。ぼんやりとだが踏み倒された草木が作り上げる獣道に乗り、遠くから聞こえる川のせせらぎが耳朶を打つ。


「なぁぬしよ、腹が減ったぞ」

「黙って歩け」

「川で綺麗になった後は一度戻って飯を食わんか?小麦のいい香りがしておった」

「……そういえば。私と同化している際、食事はどうなる?感覚は共有するのか?」

「しようと思えばするし、思わなければせんな」


面倒な話し方を好む狐だ。さっさと答えを寄越さんか。


「ぬしもその不遜な態度を改めよ」

「喧しい。で、なんなのだ」


サクサクと、草を踏み倒す音。小気味良く鳴るそれと共に、2つに増えた息遣い。


「そこの辺りも妾の自由という事じゃ」

「ふむ……。で、あれば同化したまま食事を取れば充分という事か」

「ククク、考えが浅いぞ。よく聞けよ、"妾の自由"とそう言ったのじゃ。さぁ、答えを出せ」

「…………いや、だが待て。いくらあまり人に見られ無かったとは言えリスクが高過ぎる」

「ぬしが言うなら従うぞ?クク、じゃがそうなると、妾はどうなると思う?」


想像してみる。

この馬鹿狐と同化した後の事を。

自由だと言った、甚だ便利な能力だ。だが、恐らくこいつは感覚を切るつもりなのだろう、今の話を聞くに。

そうなると、そうなるとだ。


『あぁー腹が減った腹が減った腹が減ったー』

『ぬしよー妾は腹が減って死んでしまうぞー』

『なぁー聞こえておるんじゃろぉー?なぁなぁなぁなぁー!!!!』


…………容易に想像出来る。

私の正体が知れてしまう程の悪夢だ。

頭脳明晰な私だが、脳内で直接馬鹿騒ぎされてまともな思考を行えるとは到底思えない。繊細故に。


「……フードを脱がないと誓え」

「ククッ!話が分かる男は好きじゃぞ」

「はぁ……」


前途多難だ。

何故この様な者と旅をする羽目になった。大体よく考えてもみろ。本来召喚の儀で呼び出されるのは異界の精霊。食事は疎か意思伝達の必要の無い者を召喚する予定であったにも関わらず。


「なんにしようかのー魚が美味いんじゃろうなぁー」


二本足で歩き、フードを被っている為今は見えないが耳まで付いた化け狐。

やはり、私は解を取り違えたのか……。


「そうじゃ、時にぬしよ。女傑とは誰の事じゃ?」

「はぁ…………」

「なんじゃもう疲れたんか?温室育ちはこれじゃからのう」

「誰のせいだと思っている……。ラインヒルデ・リリト、アインベッカー南部シードルの支配者だ」

「…………ほーん?嫌われ者なんか?」

「特別その様な話を聞いた覚えは無い。アインベッカーの富豪達の中で直接デュボネと関わりがあったのはリュック・オドンコールという東の支配者のみ。だがまぁ……私達の国では、特に現王の世代は彼女を疎んでいる節があった」


主に先住民である他種族の受け渡しや武具の買い付け。海域整備等の交流もあったアインベッカー東部のハンネンとデュボネ。利害の一致、リュック・オドンコールの人の良さも有り良好とは言わない迄も二国間の関係は安定していた。


「だが、ある時を境にハンネンが私達からの人身売買の申し出を拒む様になった」

「何故?」

「その時点では私達も分からなかったのだがな、アインベッカーに住まわせている間者の情報によると、どうやらそこに女傑が一枚噛んでいたようでな」


自らの足元に広がる中立国との交易を一手に引き受け、北の首都ヘレスの意向を無視し、奴隷階級の解放を唱えたと聞く。

その噂を聞きつけた他都市に身を置く他種族達の大規模な行進まであったそうだ。その抑止力には西の"戦闘狂"が出向き、その半数以上が死に伏したらしいが、その時同時にタンカレーとの中規模な戦闘が始まった事も上手く作用したのだろう。戦闘狂は剣の矛先を他国へと向け直した。

南の勢いは衰える所を知らず、その煽りは東にまで広がった。


「都市の王は何故静観する?」

「そこまでは知らん。聞けばあそこはあそこで何やら問題を抱えているらしい。自身の商売にかまけて内政を放り出しているだけ、という話もあるがな」

「阿呆な国じゃなぁ」

「全くだ」


だが、私がデュボネで聞いた今までの話が真実なのだとすれば。


「しかしぬしよ、今の話じゃと」

「うむ、そうなのだ。何故女傑がこの南の地に於いてあの様な言われ方をするのか」


女傑と民から称される程の人間にも関わらず、だがあの宿主の態度、賞賛の気など欠片も感じない言動であった。


ふむ…………。


「まぁ、私達には関係無い」

「そうか、そうか。ククッ」

「……何故笑う」

「いやいや、"少し"な」


喉の奥を鳴らし、白く小さな手を口元に寄せて肩を揺らす狐。

やはり意味が分からないなこの女。

まぁしかし、今はいい。


「見えてきたの」


そう、今はいい。

漸く見えた川幅の狭い小川。流れの速くないこの小川で、汚れを落とそう。

確かに少し腹が減ったな。



あぁ……やっと落ち着ける。





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