カーリアンの答え
『勇者、ミシェル・インリングは、誰よりも強い身体を持っていた訳では有りません』
『誰よりも、賢い頭脳を持っていた訳では有りません』
『ですが彼は。彼の心は』
『誰よりも輝く剣を持っていました』
『その輝きは、正義の光、勇気の光』
『志し高く、剣と同じだけ光り輝く心を持って、ミシェルは悪を探します』
『大魔導士、マシュー・カーリアンは、格好の悪者でした』
『魔術を使って、街のみんなを恐怖に陥れ、その行いを取って尚、彼は笑顔を絶やす事は有りません』
『彼はみんなを傷付けながら、何度も何度も呟きます』
『"違う。分からない。また駄目だった"』
『遠く離れたマシューの蛮行を聞き付けた勇者は、その輝く勇気を持ってして。その、輝く剣を持ってして』
『声高らかに、道中何度も、叫ぶのです』
『"善の剣は、悪のみを討つ。相応しいのは、彼ただ一人だ"』
『堂々闊歩するその背中に、多くの人々が心打たれ』
『悠々広がるその背中に、世界の平和を願いました』
『デュワーズより北西に抜け、グレンロセスにて2人は対峙します』
『そうしてふた──』
『…………あらら。ふふ、寝ちゃったかな?』
『おやすみ、愛しのエリス』
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「だって……ミシェル・インリングは勇者で……ぼ、僕が憧れたその勇者は、大魔導士が齎した混沌を振り払う為に剣を振るったって」
「その絵本は、僕達も知っているよ。ただあの本には、偽りが有る」
悪を討つ、その輝く善の剣は。アマレットより遥々行軍して来たミシェルは。彼の地タンカレーにて、その標的の命を穿いて。
何度も何度も繰り返し、夢見心地に母さんから聞いた物語。
「そんなものはない!」
「まぁ、少し落ち着いてよレリスタッド。他人の機微に疎い僕でも、君が今……。うん、何と言えばいいかな。まぁでも少し、落ち着いて欲しい」
「ミシェル・インリングは、ここタンカレーでマシューの命を穿いて。だからこの世は平穏を保って……だから、そんな勇者になりたいんだって、僕も……」
高らかに、間抜けに鳴ったのは古ぼけた椅子か。僕の心か。
少し温度を落として、だけど譲れない、僕の夢を揺るがされて。そうなんですかと答えられる程僕だって行儀が良い訳じゃないんだ。
「あぁ、うん。何と言えばいいかな。少し違うんだよ、僕達が伝え聞いた話と。僕はタンカレーの出身なんだけどね。うん、ちゃんと聞いていてね」
もう冷めてしまっている筈の紅茶を揺らして、少し渋味のある香りを楽しむ様に。普段通りの振る舞いで、イルさんは言葉を続けた。
「間違いなんて……有る訳が無い……」
だってこれは、僕の夢で。
僕の憧れは、本当の気持ちで。だから──。
「タンカレーで生まれ育った僕達は、"カーリアンが何処で死んだか知らないんだ"」
「…………え?」
「あはは。何でなんだろうね、この国以外で出回る絵本には、タンカレー北西部にある土地で勇者に討たれたと記してある。デュワーズを抜けて、何と言ったかな、あの地名は。だけど僕達は、絵本に描かれた場所をどうやっても"特定出来ない"」
「どういう……いや、嘘ですよ。だって、あの絵本はきっと、世界の誰しもが知ってて……だから……」
握り締めた拳の痛みに気付いたのは、その時だ。
爪が肉に食い込んで、ギリギリとした痛みが。
じわり、じわりと広がっていく。
「うん、と言うよりもね。レリスタッド」
その痛みは容易に。
「デュワーズの北西には、"そもそも土地が無いんだよ"」
「…………土地が、無い?」
僕の心まで広がった。
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「嘘ですよ。グレンロセスです。デュワーズを北西に抜けて、グレンロセスでマシューは命を落とすんです」
「あぁ、そうそう。確かそんな名前だったね、うん」
地図だって、そうだ。この世に流通する地図。アインベッカーを中心に置いて、西にタンカレー、南にアマレット。そして東にはデュボネ。それ以外にも大小様々な国が存在するけど、4大国として名を馳せるそれらの表記に偽りは無く。
その細部に至るまで、僕は何度も目を通した。
小さい頃から憧れていた。だから、アマレットが何処にあるのか。そして、勇者が何処でマシューを討ったのか。
何度も何度も、僕は見てきたんだ。
「うん。その辺りも含めてね。アマレットではそれら全てを偽りだと称してるんだ。あれは完全に創作で、ただの寓話だ」
「違います!事実ですよ!」
「うん、"そちら側では"そうなのかもしれないね。だけど、僕達の国ではあの絵本自体、"誰かの意志と何かの目的によって創られた物"だと解釈している。理由を話すね、もう少し付き合って欲しい。おかわりは?」
「……いえ……要りません」
そうかとだけ呟いて、コホコホと乾いた咳をして。
きっと僕を、今の僕を、哀れんでるんだ。この人は。
癪に障る、嫌気が差す。
「僕達があれを信じない理由は3つ。1つ目はさっきも言ったように、タンカレーにそもそも"グレンロセス"なんて土地が無い事。僕達が持つ文献の何処を漁っても、そんな土地があったとは記されていない」
きっと、それこそが偽りなんだ。
勇者に悪者として殺された先祖が忍びなくて、そんな逆賊として討たれた先祖が恥ずかしくて。きっとそうなんだ。
「2つ目に、これは少し話を戻すけど。カーリアンの生前の目的。その為に彼は他種族を人に近付けて、という部分。その協力者こそ、インリングであったと言い伝えられている理由」
「だから、どうだって言うんですか」
ダメな態度だとは思う。でも、この人の言ってる事は滅茶苦茶だ。
「そう喧々しないでくれ。うん、それでその言い伝えに関して何だけど。これは簡単に証明出来る」
「また過去の文献ですか。どうせそっちが嘘なんですよ」
「あはは、どうだろうね。うん、どうやって証明するかという点なんだけど、"生きてるんだよ"」
やっぱり僕は頂こう、と。2杯目の紅茶に舌鼓を打ちながら、僕の心が揺れてる事なんて、無視してるみたいにして。
「"生きてる?"」
「うん、ミシェル本人じゃないけどね。ただ、"インリング家はタンカレーで今尚生き続けている"」
「…………どう言う意味ですか?」
言っている意味が、分からない。
どうしてアマレットで讃えられる勇者が、この地で。憎き大魔導士の生まれた土地で。
「うん、あぁー済まないね。少し、何と言えばいいかな。僕が話せるのはここまでなんだ、この件に関しては」
「ちょ、ちょっと!そんなのって無いですよ!そんな訳が無い!きちんと説明を──」
「次が、最後だ。3つ目。ごめんね、レリスタッド。"話せる部分とそうでない部分"が有るという事を理解して欲しい。説明を続けさせてくれないかな」
弛んだ糸を張ったのは、声を張り上げた僕じゃなく、目の前に座り、伏し目がちに僕に相対するイルさん。
疲れた様に、気怠そうに音にしたそれに、圧迫感を覚えてしまう。
息苦しい迄の、その圧が、容易く僕を飲み込んで。
「3つ目は、アマレットが僕らに剣を向け続ける理由。もし、僕らの解釈が正しくて、正史を握っているのが僕達なんだとしたら、彼等は」
先程部屋に入って来た時とは違う。
誰が見たって病弱で、貧弱そうな彼は。
でもやっぱり、魔術の師として生きる証を持った、"力"の有る人間だと思わされる
「僕達が生きていると"都合が悪いんだ"」
「どう、いう……」
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少しずつ、変わっていく。
「僕達は1度たりとも、"僕達の側から"戦を仕掛けた事は無い」
変化していく事を、自覚する。
「それでも彼等が僕達に剣を向けるのは、"僕達の記憶"が彼等にとって都合が悪いからだ」
神託を授けた、僕の神はきっと。
「だから僕達は、"知識を伝え、忘れない事"を糧とした。うん……この地ではね、レリスタッド」
きっと──。
「"ミシェル・インリングは、裏切り者なんだ"」




