有為転変
「レリスタッド、いるかい?」
「あ、どうぞ!」
お昼を回って、時計は15時を指していた。
そろそろと、その日の務めもそこそこに暮れ始めた兆しを見せる陽の光が部屋を照らして、そんな僕の部屋に現れたのはイルさん。
「天気が良いんだ。君も外に出たらどうかな、ルー姉妹は朝食の後外出したらしくてね。蛻けの殻だったよ」
「そう、ですね。外を歩こうかなとも思ったんですけど……少し……」
「キンバリーの事かい?」
部屋自体、広いわけじゃない。だけどこの人の雰囲気の為せる技か、そもそも痩せ細っているせいなのか。圧迫感は感じない。
それでも彼が発した言葉に詰まってしまったのは事実だし、事実レイラとの事があって僕の身体はこんなにも外出日和の今日という日を部屋で過ごすよう選択した。
「えと、まぁ……はい」
「悪く思わないで欲しい。きっと責められるのならば僕の方だ。君達の関係を重視しなかった。面倒臭がりという訳では無く、いや…言い訳にしかならないか。済まなかったね、レリスタッド」
「……これから、どうしようかなって。聖儀での事と、レイラの言葉と。何だか少し、分からなくなったというか」
果たしてその何処までが"神託"で、その何処までが"神託に基づいた彼女の行動"なのかは分からない。
それでも一人、僕だけが一人。
彼女だけじゃ無く、ハティだってそうだ。
僕だけどうしてか、分からないままで。
「君は、勇者が好きなんだってね。キンバリーから聞いたよ」
突き付けられたと、そう思った。
整合性の取れた解答を。明確で、絶対的なそれを、僕みたいな小さな存在であっても逃れる事は出来ないんだって思った。
"あの時"も、今日も。
「いいんだよ、それでも別に」
申し訳程度に部屋に並べられた丸テーブルと木組みの椅子。動けば軋むし、高く音がする。
それは、圧迫感なんてものとは遠く離れた彼であっても同じだった。
「紅茶でいいかな」
「あ、ごめんなさい!僕がやります」
「いいよ。いつも買ってる茶葉なんだけどさ、一時期それはそれは酷いブレンドになっていてね。どうやら魔物の類が出たらしい」
丁寧な所作で、ものの数分と掛からず2人分の紅茶を注いでくれた。また高らかに椅子を鳴らし、一口啜って、溜息を吐いて。
それに習って僕も一口。
「美味しい……」
「美味しいよね。好きなんだよ、ここの。これを飲むにまぁ、その危機も去ったみたいで。嬉しいんだよ僕は。紅茶を飲んで、仕事をして。それだけで僕の平穏は簡単にやってくる。これは、心と身体両方の、という意味でね。でもどうしてか体調は悪化の一途を辿る。不思議だね」
「元から身体が弱かったんですか?」
「うん?それは、スクリエへの陰口かな?」
「あ、違う違う!違いますよ全然!」
伏し目がちにカップを揺らして、揺れる紅茶を眺めて微笑んで。
イルさんはまた言葉を流す。
「あはは、冗談だよ。ごめんね。うん、そうだね。幾つか話があるんだけど、先ずは"僕達の話"をしようか。時間を貰えるかな?」
「あ、はいもちろん!」
必要な事だと思った。
指針を失い、これからを考える事にも少し疲れて。そんな僕には、必要な事になるんじゃないかって。
「僕には元々"自覚"があった。まぁ、両親が魔術師だったからね。だから僕は聖儀の場に於いて、"あの人"から君達の様な形でヒントを貰う事は無かったんだ。レリスタッドは、そのブレスレットかな?」
「はいそうです。これを、壊してくれって」
彼は、マシュー・カーリアン。
僕はそれをレイラから、"朝食の後"告げられた。
「相変わらずだね、あの人も。うん、何と言えばいいかな。これから話す事は"僕達"の解釈になってしまうんだけど。カーリアンは生前、多くの種族を生んだ。この国でも散見されるけど、その元々は人間とは違う種族だった」
アインベッカーが時として奴隷とし扱い、デュボネでは時として殺戮され、アマレットであっても似た様な物だと聞く。詳しくは知らないけど、所謂そう言った"他種族"が生きるには少し肩身の狭い、今の世界。
「アマレットではそれ以外の魔物の類を生んだのも、カーリアンだと伝えている」
僕も、そう思っていた。僕の故郷、海を挟んで南にあるあの地には勇者の国があって。彼等は今も、憎き大魔導士が生んだ魔を滅ぼす為に生活していると。
「立場上僕らはそんな風には考えていないんだけどね。……うん、レリスタッド。タンカレーがどうして種族を限定せずに民を受け入れ続けるか、考えた事はあるかな」
「えっと……4大国の中で1番、平和に対する思いが強い……から……?」
僕の言葉は、今の言葉は矛盾している。
それは、僕の夢に対しての矛盾。
こうして少しずつ、変化していく。
「まぁ、半分半分だね。カーリアンはきっと君に、"答えをくれ"と言ったんじゃないかな」
「言われました。これを壊して、答えを見せてくれと」
それは怖い事だけど、それでも僕は勇者に憧れて、レイラに出会って、親方に出会って。
その僕の足跡は、一つたりとも混じり気の無い真実なんだ。
「あの人は同時にこうも言った筈だ。"ここに答えはない"って」
「はい。ヒントはあるけど、答えが無くて。それは、自分が一生掛かっても導け無かった物だとも」
「…………そんな事を言ったのかい?彼が?」
ほんの少しだけ、眉が動いた。微細な変化だったそれは、それでも僕が為したものだとは受け取れる。
"どれに対して"なのかは、分からなかったけど。
「あ、はい……えっと……?」
「あぁ、気にしないで。話を続けるね。タンカレーが他国から民を受け入れる理由。そう、まさにそこに直結する話なんだけど、カーリアンには生前目的があった。あの人の言葉を借りるとそれこそが、"答え"だったと置き換えてもいい。故に彼は、人で無いものを人に近付けた。恐らくこれが、彼に必要なヒントだった」
「なんのですか?」
「さぁ?だけどそれを1番理解していた人物なら知ってるよ。僕達の解釈になってしまうけどね」
ティーカップを揺らして、外気に晒してそれを冷まして。
喉を鳴らして飲み下した後、彼の口から思いも寄らない人物が告げられる。
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少しずつ、変わっていく。
変化していく事を、自覚する。
神託を授けた、僕の神はきっと。
きっと──。
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「ミシェル・インリング。知ってるよね、"君は"」
「はい……だって、彼は。…………え?」
「これはあくまで僕達の解釈だから。でも、しっかり聞いてね」
「う、嘘ですよ。だって、だって彼は……」
「カーリアンは、答えを欲した。そのヒントを、自らの魔術を持って手元に集め、だがあの時の彼には"協力者"がいた」
「そんな筈、有る訳が無い。おかしいですよ、イルさん」
「だが彼は目的を果たす事の無いまま。答えに辿り着く事の無いまま、この世から姿を消した。その、"協力者に殺された"」
「嘘だ!だって、ミシェル・インリングは!あの人は!」
「後の世で勇者として讃えられ、アマレットを故郷に持つ──」
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「"ミシェル・インリングの剣"によって」




