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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
理を踏み外せ
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死を照らす明かり



「もし、エリス君、レイラさん。ご一緒にいかがですか?」

「えぇ、もちろんよっ!」


イートスペース奥のカウンターで朝食を受け取り、安過ぎる料金に呆気に取られ、店員さんの胸の大きさに放心し、そんな僕を覗き込んできたレイラに赤面して席に着いた。


「あ、僕見ちゃっても大丈夫なの?……その、顔」

「えぇ。昨日妹とも話をして、ある程度折り合いを付けたの。この布を全部外す事はしないけど、せめて食事の時くらいならいいんじゃないかって」


丸テーブルに4人で腰掛け、右手に座るイェンが口元の布を降ろした。同時に目元まで覆い被さっていた上部の布も少しずらして、おでこから顎に掛けてを露出する。


「き、綺麗だ……」

「あら、うふふ。いいの?お姉さんが見てるのに」

「あ、違うそうじゃなくて!いや綺麗なのは事実なんだけど、ちょっとビックリしちゃって」


僕の正面に腰掛ける妹のファンも姉が肌を晒した事を確認し、器用に姉と同じだけ布をずらした。

すると、そこに。姉のイェン同様──。


「綺麗だわそのタトゥー。えと、トライバルって言えばいいのかしら」

「詳しいわねレイラさん。そうよ、私達の国の女性は、身体にこの模様を描くの。顔に描く事はあまり無いんだけどね」


まずは、白と黒のコントラスト。イェン、ファン共に色白で。布を巻いているせいなのか、そもそもそういった土地なのか。無作為に届けられる光を跳ね返す様に輝く肌にはシミやくすみの類は見受けられない。

そこを走る、黒線。


「どういった意味があるの?ごめんなさい、本当に素敵だから」

「うふふ。レイラさんもエリス君も、随分"正直者"なのね。これを描く場所や模様によって様々な意味があるけど、私達姉妹のこれは、"明かり"」

「どういう事?」


眉尻から頬に掛けて。時に直線的に、時に湾曲し。

乱雑に描かれた様にも見え、だけどある規則性に従って描かれた物だとそれが分かるのは、左右どちらの顔にも同じ物が描かれているからだ。


「私達姉妹は、"痛みと引き換えに明かりを灯す"。それは、死後の世界においての話。これを描く事自体、"痛みと引き換えに"というニュアンスが籠るんだけど、私達の家ではそれと引き換えに死後の安寧を願ったの」

「……素敵。素敵よイェン、とっても魅力的だわ、勿論ファンもそうよ」


暗く、世の光を閉ざす死後の世界で彷徨う命。

肉体という寄る辺を失い、言葉を失い。概念と化してしまう自らを照らす光を。

彷徨うだけの命はそうして、死後の世界を照らし、灯し。

自らの足元を照らし、世界を灯し。

見渡せる事への安堵と、見失わない事への安寧を手にする。

そういう意味が込められているそうな。


「近頃は、タトゥーもそうだけどこの布自体形骸化してしまってるんだけどね。私達の様に国の習わしに準じている家も稀なの。まぁ、取っちゃってるけどね。布」

「いいえ!ルー家は素晴らしいわ!キンバリー家も真似しようかしら……」

「あはは、レイラさんはそのままでも充分美人よ」


皆思い思いに食事を口にして、言葉を口にして。

そうしてやっと、伝えそびれていた事を思い出す。


「そうだ!2人とも、昨日はごめんね?そのーハティとの事、イルさんから聞いたんだ」

「あの時ね、食事に誘おうかと思っていたの。そうしたら2人して階段で"ああだった"でしょう?それで、気になってね。どちらも怪我は無かった?えぇと、ハティちゃんだったかしら」

「うん、大丈夫だったよ。有難うね本当に」

「いいえ」


そもそも僕がハティを傷付けるなんて、不可能だし有り得ない。

僕の剣は友達を、仲間を、女性を傷付ける事なんて無いんだから。

だけどイルさんへの報告がもうほんの少しでも遅かったら、あのまま彼女のマチェットは僕を穿いた事だろう。


……寒気がしてきた。忘れよう。ご飯を食べよう。


「ねぇ、2人はこれからどうするの?師匠の件、今すぐにという事も無いんでしょうけど」


きちんと謝罪と感謝を述べた僕に満足した様に頷いて、口元にジャムを塗ったパンを運ぼうとした最中にレイラが思い出した様に動きを止め言葉を発した。


「その事なんだけど、そもそも私達2人ともそこまで魔術に興味が有る訳では無いの。だけど、私達の国は今少し不安定で。危険の降りかかる様な状況では無いけど、いつそうなるかも分からないからって父と母が。タンカレーは平和だからね、国が落ち着くまではここで過ごしなさいって。それまで国を出た事なんて一度も無かったのに、いい経験にはなったけどね」


そう言えば、関所でそんな事を言ってたっけ。


「トレイトさん……えと、テイストレスさんの事はどうして?」


トレイトさん……。えと、誰だっけ?


「あら、あの時近くに居たの?」

「えぇ、貴方達の次に関所を通ったのは私達よ」

「あぁ!あの関所の人か!」


ここに着いてからというものバタバタ続きですっかり忘れてたや。そうだそうだ、思い出した。関所にいた衛兵さん。


「私達の近隣の国が魔物に襲われかけた時に丁度近くを通りがかった方で。何体も居た魔物を、傷付きながらも追い払ってくれた勇敢な方なの」

「だったらどうして、"テイストレス"?」

「私達は直接知らないんだけどね。その国からも兵を出して、その後彼の栄誉を讃えて食事に招待したらしいんだけど。まぁ、その時のお話というか、立ち振る舞いがね?"味のしない食べ物みたいだ"って、皆が言ってて」

「か、可哀想……」

「違うの!聞いてエリス君、私達だって失礼な呼び名だって分かってるわ。でも、名前を聞いても皆口を揃えて"印象が薄い"って言うから……」


まぁ、確かにそんな感じの人だったのは僕がすっぽり忘れてた事でも証明出来てる。

偶然通りがかっただけの何の思い入れも無い国の危機を振り払った英雄なのに、なんかこう。なんかこう、ね。

今度もう一度挨拶に行こうかな。


「あぁ、ごめんなさい。話が逸れてしまったわね。だから私達姉妹はそれ程魔術に興味が有るわけでも無いし、いえ、無いと言うのも嘘になるけど、急いで魔術を身に付ける理由も"もう無くなった"からね。ゆっくり針子でもしながら考える事にするわ。お2人は?」

「僕も少し考えようかなって思ってる」


どうしても、あの時の"バー"で聞いた言葉が引っかかってる。

今尚ふわふわと不明瞭な記憶だけど、でも。


「ご馳走様」

「では私達2人は部屋に戻るわ。もし何かあれば402の扉を叩いて」

「えぇ!じゃあまたねイェン、ファン」


僕の正面に座ったファンが食事を終えた事を告げ、2人して丁寧に布を巻き、この場から立ち去った。

そう言えばファンの声はあんな声だったな、と思い耽って。

これから僕らはどうしようかな、なんて考えを巡らせていた時。


「ねぇ、エリス。話があるの」

「うん?どうしたの?」


"あの時に似た顔"で、少し伏し目がちに話すレイラが隣に居る事を知った。





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