なんとかと天才
「エリス、遅かったね」
「あ、うん。なんだろうちょっと……凄い物見ちゃってさ……」
「凄い物?」
「あ、いやなんだろう。多分夢だったんだと思うから気にしないで」
「そう?」
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「おはようみんな。ごめんね、特にキンバリーには早起きしてもらう事になって」
「気にしないで下さい。早起きは慣れてます」
目覚めた後すぐに、レイラが僕の部屋までやって来た。諸々の身支度を済ませ、これからイルさんの元に行かなきゃいけないって事と、1時間後には僕も昨日正座しながら説教を受けた場まで来てくれとの内容だった。
「おはよう、エリス君」
「あ、えとーお姉さんの方だよね。おはようイェン」
「えぇ、ファンも御挨拶しなさい」
「…………」
「あ、あはは……大丈夫だよ。おはようファン」
昨日とは打って変わって、人の影も疎らな憩いの場。僕自身昨日よりも気楽にこの場の隅々を堪能出来るけど、朝食にあり付くのはもう暫く先になりそう。
「じゃあ、お腹も空いてるだろうし少し駆け足に説明するね」
「ハックル様、もう御一方はどちらに?」
「うん、それも含めて説明する。ごめんね、後手後手になってしまって。スクリエが飛び出したのに気付いたのが今朝だったからこっちも少しバタついちゃって」
ハティ……。
いやいや、考えるのはよそう。
「じゃあ始めるね。先ず君達は、ハティを含めた皆は聖儀を終えた。キンバリーもまぁ、終えてるみたいなものだから今は置いておくとして」
やっぱり、何かあったんだ。
どんな話をしたんだろう。
「ハティはスクリエがきっと責任を持って世話をするだろうから、残った皆の師匠を決めなきゃいけない。勿論強制では無いんだけどね、それにしたって食い扶持が無くてはいけないから」
そうだ、メグもそんな事を言ってた。
あれでも。って事はハティの師匠はもう決まったのかな。
え、でもあのメイド服は一体……。
いやいや、考えるのはよそう。
「このバッジについてはスクリエから説明があったと思うんだけど。これはタンカレーの中央にある都、アードモアに住む王家から直々に渡される。これを王から貰った者は、同時に他者に魔術を授ける権利を持つ」
大魔導士、マシュー・カーリアンが勇者に討たれて以降、タンカレーを支え続けたのはその後も増加の一途を辿った魔術師達。他の国ではそれらを"隠し子"と言ったりするけど、そうではなく直系であるカーリアン家が今尚王としてタンカレーを統べているらしい。
「僕達は弟子を取れば師匠となり、その弟子がある程度魔術を扱える様になれば都から給金が出る。"認められれば"だけどね。だけど、うん、なんと言えばいいかな。所謂人気商売なんだよね、これ。だからみんな弟子のいない期間を"こういった場"で過ごしてるんだ。一応ここは国営だから、ある程度の生活は保証されてる。まぁ交代制なんだけどね。他にも自分で商売をしてるバイタリティ溢れた人もいっぱいいるよ」
話によれば、イルさんの様に師匠のみでは無く違う職業に身を窶しながら生計を立てる魔術師が大半を占め、魔術の師として稼ぎを保てる魔術師の数は極一部だという。
「うん、それから。えぇと、レリスタッド。聖の属性を除いた魔術の五大の属性を知っているかい?」
「はい。確か、火、水、雷、地、風の5つです」
「うん。合ってる。僕のバッジは赤いでしょ?バッジの色は各種五大の属性を表してる。僕の場合は火。スクリエは風」
「メグちゃんって本当に師匠なんですか?」
「あはは、うん。あの子は言ってしまえば天才の部類でね。長くなるから今は省くけど、多分聖儀の場において"あんな事をした"魔術師は世界で一人だけだ」
レイラの疑問にイルさんが答え、だけど同時に違う疑問が浮かび上がる。
「僕も質問いいですか?」
「うん、なんだいレリスタッド」
「どうしてメグは風属性でイルさんが火属性なのに、あの子はイルさんを師匠と呼ぶんですか?」
各属性に従って王家からその印を貰い、師事を仰がれた弟子に対して授ける魔術はその属性である筈だと思うんだけど。
「あぁー……。うん、なんと言えばいいかな。彼女は本当に特別でね。数年前に出会って、師匠と弟子の関係になって。勿論僕が教えたのは火属性だったんだけどね。うん、結果として彼女は風属性を修めてしまったと言うか、何と言うか。まぁ、あの子は本当に天才なんだよ。"何かと紙一重"の、あの天才だ。特殊な例だから気にしなくていいよ」
「わ、かりました」
当時を思い返しているんだろうか。天を仰いで両手を広げ、お手上げですと言わんばかりに溜息を。
何者なんだろう、メグ……。
「スクリエは本当に特殊な例だから、これもまた置いておくとして。さっき言った各属性を表すバッジの色、皆が修めたい魔術を選択し、その師匠の門を叩く。弟子はそのまま師匠と生活を共にし、まぁここの辺りは人それぞれやり方があるんだけど。お店を手伝いながらだったり、山篭りする魔術師もいるね。で、君達が今の時点で修めたい属性に希望があるなら、その紹介状を──」
「もし、ハックル様。宜しいですか?」
「あぁ、イェン」
イルさんの言葉を遮って、手を挙げたのはイェン・ルー。
「聖の属性を修める為には、何を?」
彼女の表情は、伺えない。目元だけが覗くその布の奥に、一体どんな女性が隠れているのか。
故郷の習わしだって言ってたっけ。何処なんだろう。
「聖の属性は完全に先天的な物だ。後天的にそれを扱う事は、今現時点ではどうやったって不可能だと僕達は答えを出してる。あぁ……キンバリー、いいかな?」
「はい、構いません」
一度レイラに向いて確認を取った。
僕も知ってる、レイラは聖属性の魔術師。完全に先天的で、一部では恵と呼ばれるその能力を扱える人物だ。
「キンバリーは聖属性の魔術を扱える。僕達魔術師は何となくそれが分かるから、昨日の聖儀が終わった後少し話をしたんだよ。キンバリーだけあの人に会いにいかなかったのはその為だ。キンバリーの様に聖属性の魔術を自覚しここにやって来た魔術師は、君達とは少し違う生活を歩む事になる。まぁ、スタート地点が違うだけ、とも言えるけど。だから、イェン。聖属性は彼女の様にほんの一部の人間しか扱う事が出来ないし、それを人に伝える術を持たない。納得して貰えるかな」
「えぇ、かしこまりました」
理解良く微笑む様にして目を細めるイェンと、どこか申し訳無さそうにするレイラを交互に見比べて。
「─────」
その時、視界を掠めた"黒の布の奥"で。
ほんの少しだけ、動いた気がした。
「うん。じゃあ続けるね。と言ってももう終わるんだけど。もし今修めたい属性にあてがあるなら、僕の知り合いの師匠を紹介してあげようと思ってね。まだ希望が無いならそれでもいい。何にせよ働き口を紹介させてくれないかな。心労は少ない方がいいんだ、勿論僕のね」
僕以外誰も、気付いていなかったのかもしれないけど。
その、"口元"が。
「長くなって悪かったね。スクリエに昨日のうちに説明しておいて欲しかったんだけど、まぁ、うん。朝食にしようか」
ほんの少しだけ、動いた気がした。




