ばかなのー?
「今回の事、説明して2人とも」
「知らん。こいつのせいだ」
「なっ!ハティそれはズルいよ!元はと言えば君が───」
「イルさんにお願いして次は痛いのにしてもらうよ?」
「あ、いやそのごめん……えとでも、違うんだ……」
「フンっ軟弱者め!やはりその程度の男だな!」
「2人ともいい加減にしなさぁーーーい!!!!」
▲▼▲▼▲▼▲▼
僕の命を救ってくれた炎の縄はあの後すぐにまた僕らを捕縛し、それをイルさんが引っ張ってやってきたのはRIP1階ロビー奥にあるイートスペース。中央に構えた大階段より左手側に広がるこの場には、更にその奥に控えたカウンターで購入した軽食や、夜はお酒も飲めるのかな。このホテルを利用するみんなの憩いの場と言ってもいいと思う。
そんな場所。そんな、ゆとりある場所。
だけど、今し方この場面この時を切り取ると、憩いの場なんて柔らかな物とは形容し難い混沌と化している。
行儀良く足を閉じ椅子に座るレイラを仰ぎ、腕を縛られた僕とハティは正座で鎮座。
周りの『えっ何あの子達』みたいな目なんてお構い無し。
先程声を張り上げたレイラは未だ普段の落ち着きを取り戻せずにいる。
勿論それは僕ら2人のせいでだけど。
「ここに着いて。1日も経たずに。なのに、2人揃って皆さんに迷惑をかけるなんて……」
「ほんと、ごめんなさい……」
「フンっ!」
今の僕に、謝罪の念を言葉にしながら平伏する以外の選択肢は無いだろう。
それでも隣をちらりと見やればハティは未だに頬を膨らませたまま頑としてそっぽを向いたままだ。
勿論これは僕1人のせいでだけど。
「ハティもだよっ!もうっ……事情は一先ず置いておいて、いい加減2人とも仲直りしてっ」
「あ、うん。あのハティ……」
半身で身体を捻った僕の視界には、未だ明後日の方向を見詰めて縛られたままふんぞり返るハティと、視界の淵で頭を抱えるレイラの2人。
「私は謝らないからな。謝罪したければ好きにしろ。許してなどやらないがな!!」
と、取り付く島もない……。
困ったままレイラを見ても同じ様にして困った顔で僕ら2人を交互に眺めるだけだ。
な、何とかしなきゃ……。
足が痺れて死んじゃいそう……。
「ハティ、その、僕も悪かった。だからえと、そのーでもレイラに対しての言葉は訂正して欲しかったんだ。だから、あのー……」
「──ッ!貴様ァ、だから──」
自分でも恥ずかしいくらいにもごもごして言葉を発した僕が次に見たのは身体をぐるんっと廻して怒り眉のまま僕を睨み付けるハティ。
あぁーこれは怒られる。延いてはレイラがまた怒る。
そうして強く瞳を半ば諦める様に閉じた僕の耳を劈いたのは。
「あぁー!みんなこんな所で何してるのおーー!!」
この場では余りにも不似合いなけたたましい女の子の声だった。
▲▼▲▼▲▼▲▼
「──…喧嘩しちゃったのー?どうしてー?ばかなのー?」
「そうなのばかなの。だから2人とも今お説教中なの」
「はぇぇ〜〜〜」
「ごめんねメグちゃん。何か用事だった?」
「うん?……あ、うーんとね、おししょーがおししょーの話してきなさいって言ってたの!だから来たよ!」
「……うーん、うん?イルさんの話?」
「えぇー?おししょーの話じゃないよー?……ねぇハティ正座痺れない?痛いのない?じわじわない?」
「ちょおまっ!暑苦しい寄るな!」
「エリスはー?じわじわないー?メグはすぐ来るのー!」
「おわぁっ!ちょ、くっつくないで!当たってる!当たってるから!」
「はぇぇ〜〜?」
▲▼▲▼▲▼▲▼
うーん……。頭を抱えるしか出来ないわ。どうすればいいんだろこの状況。
うっすらとだけしか分からない、恐らく私も関係しているであろう2人の喧嘩の理由。それでも歩み寄ろうとしない怒りの冷めないハティも今や昔。現在は突如として現れ両者の間に何故か正座で陣取りぺたぺたしてくるメグちゃんにヘロヘロになっている。
エリスの方は無邪気に押し付けられる女の子の身体にそれはもう顔を赤らめながら身体を捩って平静を保とうと躍起になってる。
うーん。なんだか気勢が削がれちゃった。
私が怒ったのだって、元はと言えば"羨ましかった"ってだけだもん。
この辺りが落とし所なのかな。
「メグちゃん、それで、おししょーがどうしたの?」
「ん、あのね!次はみんなおししょー決めなきゃいけないの!だから来たの!イェンとファンにも会ってきたよ!」
「師匠を決める?」
「うん!」
初めて喋ってた時にメグちゃんはそんな話をしてたもんね。
そうして2人に引っ付くのをやめて短時間で痺れた足を擦りながら、躓きながら説明を。
「ふぁーほらー足痺れちゃったー……あのねー、タンカレーに来てね?聖儀が終わったらー、魔術のお勉強をするでしょ?はうぅ……えとー、それでね?あ、"これ"!これ見て!」
「メ、メグ!見えちゃうから!それあんまり引っ張らないで!」
緩く開いたブラウスの、襟の部分を引っ張るメグちゃんと、そのせいで大きく開いた胸元にこれまた真っ赤になるエリス。
可愛い、可愛いわこの空間。お間抜けだけど。
然して彼女の言う"これ"とは、何かを象ったバッジの様に見える。
「メグちゃん、それなぁに?」
「んとね、これをつけてる人は"魔術を人に教える事"が出来るの!そのバッジ!その人にお願いしてーおししょーになってもらうんだよ!」
にこにこ笑顔を携えたままに説明を続けるメグちゃん。幾つくらいなのかな。もうなんか5歳児くらいに見えちゃう。いや決して悪い意味じゃなくてね?
そうして漸く痺れが引いたのか、はぇ〜と息を吐いて足を投げ出し満足そうに女の子座り。
スカートから伸びる白く健康的な太ももに目を吸い寄せられちゃうのはもうしょうがないもん。なんか可愛いんだもんこの子。
仲良くなりたい……。
「お、おいちょっと待て……」
「ん?なぁに?あー!それ食べていい?メグポテト好きなのー!」
「ふふっ!いいわよー」
すると今度はその隣、口を開いたのはヘロヘロから意識を取り戻し彼女の説明を怠そうに聞いていたハティ。
声を掛けられたメグちゃんは、私が3人で食べようと思っていたポテトを口一杯に放り込んで二の句を待った。
「そ、それを貴様が付けているという事は。つまり貴様にも師匠になる資格があるという事か?」
「あむひょー」
「もぐもぐしながら喋っちゃダメだよメグちゃん」
呆気に取られて固まるハティ。私の言葉にハッとして急いでポテトを咀嚼しつっかえながら飲み下すメグちゃん。未だもじもじしながら赤らんだ頬を冷ますことに躍起になっているエリス。
この三者三様の様相に、暫く響くのは咀嚼音のみのこの空間に、次に鳴ったのは聞き慣れてしまった気怠そうな男性の声。
「そろそろ皆の迷惑になるからお開きにしようか、お腹も空いた事だろうし」
「あぁーおししょー!何処行ってたのー?」
本当に信頼しているのね。飛び跳ねる様にしてイルさんに縋るメグちゃんの顔は、あまり人に触れて来なかった私でさえ、恋に染まっている事は見て取れる。とっとも可愛い、素敵な顔。
きっと尻尾が生えていたらぐりんぐりんしてるね。
「うん、スクリエが勝手に抜けたからね。仕事をしてたんだよ」
「えー?違うよー!さっきおししょーがおししょーの話してきなさいって言ったじゃーんっ!ばかなのー?」
「うん、言ったね。だが僕はこうも言ったよ。"仕事が一段落してからにしてね"と」
「えぇー?ほんとに言った?」
「あぁ。スクリエが飛び出して行った背中に向けてね」
「あらぁ〜……それはごめんなさいしなきゃかもしれない……」
「もう慣れたから気にしなくていいよ。だけどね、こういった事に慣れていくにつれて僕の体調は悪化の兆しをみせるんだ。不思議だね」
「おししょー病気なのー?寝るー?」
「うん、偶に二度と目覚めなくていいのかもしれないなんて夢見心地に思うんだ。不思議だね」
「ばかなのー?縁起でも無いよー?」
「うん、スクリエはやっぱり凄いね。何がとは言わないよ」
息が合ってるのか合ってないのか。そもそも何故この2人はこうまで一緒に過ごす事を選択したのか。
どんなきっかけだったんだろう。ポカポカとイルさんの背中を叩く少女を眺め、そういえば少しお腹が空いていた事を思い出す。
「うん、じゃあ一先ずみんなでご飯にしましょ」
「その前にこれをほどけ」
「もう揉め事は無しで頼むよ」
「本当に2人が御迷惑を掛けました……」
「お姉さんも大変だね、キンバリー」
またなにかボヤく様に口元を動かせば、正座したままだった2人を縛っていた炎の縄は消え去った。
さて、何食べようかなー。
▲▼▲▼▲▼▲▼
騒がしかった夕食を終え、一先ず身体を清めたかった。人肌以上に焚かれた湯に浸かり、今日1日振り返る。
先ず思い浮かぶのは憎き勇者の顔だ。不愉快極まりない。
底抜けバカのせいで有耶無耶に終わった今回の件だが、私は奴と違う。圧倒的に違っているのだ。
生き方を矯正させられる程に、奴と腹を割る気は毛頭無い。
私に何か意見出来るとすれば、それはただ1人の"私"のみだ。
「チッ」
湯に浮かぶ、無意識に舌打ちをする私の顔の、醜い事醜い事。そのまま草臥れる様に、乾いたままに笑いが零れる。
ただ、紛れもない事実なのだ。
私のこの腕は、もう2度と私の身体に戻ってくる事は無い。また無意識に身体を抱えている右腕を眺め、私は"私"に思いを馳せる。
「もう、少しなのだ」
もう少しで。
力がいると思ったのだ。あの時の私には何も無かった。
力も、頭脳も、足りなかった。
それを教えてくれたのは、あれは紛うことなき"私"だった。
あれ程に廃れた街で、あれ程に似て見えた物が。まるで、私にしか見えなかった物が。私とは違う空気を吸い、私とは違う姿で、私とは違って輝いて見えた。
だから、不愉快で、それら全てを奪いたかった。殺してやろうと思ったのだ。
思い出せ、思い出せと。
貴様如きがどうして。貴様の様な生き物が、どうして。
"まるで生きている様に"振る舞うのだと。
だが、私の剣は届く事は無かった。輝く光に近付き過ぎた。
燃え落ちる羽虫の代償は、片腕と
片腕と…………。
「あぁーもうっ!!!」
右腕で、子供の様に水面を叩く私の頬は、湯に浸かり過ぎたのかもしれない。
真っ赤に染まってしまっている。
「馬鹿馬鹿しい…………」
あの時、"貴様"が言ったではないか。
だから私は力を求め、頭脳を欲した。駆け回る事しか出来なかったタダの犬が、"貴様"の言葉でこうまで生き抜いたんだ。
だから、だから。
「はや、く……してよ……」
──"私"を早く、迎えに来てよ。
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「ばああぁーーーーん!!!!」
「きゃああああーーーー!!!!」
「ハティー!一緒にお風呂入ろーっ!!!」
「なっ、メグおまっ!ちょ、出てけなんだなんで裸なのだッ!」
「お風呂は洋服脱いで入るんだよー?ばかなのー?」
「い、いいから出ていけ見るな寄るな触るなァァァ!!!!」
▲▼▲▼▲▼▲▼
「はい、つめてつめてー」
「必要以上に近寄らないでくれ頼む私は貴様が嫌いなんだ……」
「メグは好きだよー?」
ダメだ、話が通じない。
突如として浴室に素っ裸で現れて、私の言葉に耳も貸さずに、こいつは文字通り浴槽に飛び込んで来た。
嫌いな人間は2種類。
生きる事に他者を必要とする者と、人の話を聞かない者。
昼間からのこいつを見るに、きっとその両方に当て嵌る女だ。
「あれー?ハティはおっぱい無い?男の子なの?」
「…………あるもん」
もうひとつ付け加えると、胸がデカいだけの女も嫌いだ。
「あるのかー。無いみたいに見えるけれども……うむむ……」
「……何しに来た殺すぞ」
大体胸がデカいとなんだと言うのだ。男に好かれる?ふんっ、馬鹿馬鹿しい。あんなもの肩が凝るだけだろうどうせ。走るのにも邪魔だしそもそも生きる事にあんな物が必要になるシーンがあるのか?なんだ?睦み合う時か?ふんっ!馬鹿馬鹿しい!
「んー?……ふふーあのね?決めたの、おししょーにもその方がいいよって言ってもらったから!」
「何をだ」
何処からだか取り出した湯に浮かぶ番のアヒルを遊ばせながら、爪でパチンと弾いて片方を私に寄越した。
手に取って握ってみれば、間抜けな音が響く浴室。なんともはや、やってられない。早く上がろう。のぼせる。馬鹿にのぼせる。
「もういい。私はもう上がる」
「私ね、ハティのおししょーになるっ!」
同じ様にして指でアヒルを弾き、クルクルと周りながら妻だか夫だかの元に辿り着いた姿を見届け。浴室を出た。
「だからよろしくねハティ!明日の朝迎えに行くねー!」
全くもって疲れが取れない。身体を拭きながら溜息を。
ダメだ、やはり私は1人がいい。落ち着いて湯も浴びれない。
下着に足を通し、ふと鏡に映る私の姿が目に入った。
ぐぬぬ、そんなに私の胸は小さいのか?いやまぁ、慎ましやかではある。それは認めよう。
だが男に見えるというのは聞き捨てならない。
『私は勝手におっきくなっちゃったけど、そうだなー。……も、揉めば大きくなるって聞いたことあるよ?……ねぇ、ハティ?』
とは、まだこの国へ向け旅をしていたとある宿での母性の暴力レイラ・キンバリーの言だが。あの時の奴の目、血走ったあの目は宛ら獣の様に見え、言い知れぬ寒気に当てられたあの夜の私は奴の部屋に戻る事は無かった。
揉む……のか……?これを。
…………誰が?…………私か?
「あ、ありえない……」
馬鹿馬鹿しい。今日はもう早く寝よう。
そうして明日、明日からだ。
この国で、私は力を手にする為に。
自らの生き方を肯定し、証明してみせる。
「待っていろよ、し───」
……………………ん?
明日が……なんだって?
▲▼▲▼▲▼▲▼
「………………………………………………うん?」




