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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
聖儀
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「死ねよ、お前」



「待ってハティ。少し、話がしたいな」


魔術とは、力では無く、知識である。

魔導士とは、象徴では無く、産みの親である。

メグがなんとかかんとか右往左往しながら僕達に届けようとして、バトンを受けたイルさんがその詳細を届けてくれた。

要約するとそういう話だった。


「私は望んでいない」


そしてさっきまで行われた聖儀。未だにその記憶がハッキリとはしないけど、僕の左手首を見るに、そしてハティの首元を見てもやっぱりさっきまでのは現実だ。白昼夢なんかじゃない。


あの人は誰で、あの人の言ってた事が何の事なのか全く分からないけど。……このブレスレットを壊せと言ってた。あの場所から立ち去ろうとした僕の背中にそんな声が届いた。

だけど、今は。その全部を頭の隅に追いやってでも。


「それ、でも……でも今は、少しだけでも話していたい」


長い、長い地下からの階段を登り終え、取り巻く喧騒に耳も貸さずにそのまま自室に帰らせてしまう前に話をしなきゃ。

でなきゃきっと、僕も、レイラも。


「このままは嫌なんだ。……分かってるよ。さっきの言葉で最後にしたいって。それだけ考えて伝えてくれた言葉だって。でも、それだと僕もレイラも嫌なんだ。折角君と旅をして、着いたら即バイバイなんて、そんなのは悲しい」

「私は貴様のそういう姿が気に食わない、相容れない。それは、あの女にも言える事だ」


足を止めること無く、彼女はそのまま去ろうとする。そのままロビーに回り、中央階段の真ん中を堂々と歩き続け、誰であっても寄せ付けない。

そんな威風堂々とした姿で僕を、一段ずつ、置いてけぼりに。


「君の嫌な事をしてたんなら謝るし、僕らも2人で直していくから。でも今のままじゃそれも出来ないじゃないか。僕らの何が嫌だったか教えてくれなきゃ、僕達はどうしようもない──」

「それだ。いつもいつも、2人2人と。……ハッ!貴様達は2人繋がったままこの世に生まれ落ちたのか!?どうして貴様達は2人とも、貴様達自身の足で立とうとしない!!」


漸く振り返ったハティの瞳は、今までに無く輝いて見えた。その輝きが素敵な物には見えないけど、その言葉が本当に、本当に彼女が自身の根底から引っ張り出してきた言葉だと受け止めるには充分な輝きだった。


「私は、生まれて此の方1人だった。だがそれは、1人で生きていく事に他者を必要としなかった私の強さが齎した結果だ。貴様達のように、甘えて、依存して。そんな姿の人間が、気色悪くて仕方無かったからだ」

「……で、でも。僕達と旅をしてくれた」


きっとこんな言葉では、彼女の怨嗟を解く事は出来ない。

でもその時は咄嗟に、今、何かを告げないと。折角振り返ってくれた彼女がまた踵を返して、僕の掴めない所まで行ってしまうと思ったから。


「"これ"を寄越してくれたレイラの父、それと、私を救ってくれた貴様達への最低限の恩だ。義理は通す、だがこれ以上貴様達の様な愚昧な連中と共に生きるなんて真似は、反吐が出る。軟弱な貴様達と生きていても、私は私の目的を果たす事は無い」

「っ!! 」


聖儀の場でハティは、人を殺す力を得る為にここへやって来たと僕達に告げた。それだけが自分の今の生きている意味だとでも言うように。悲しい事だと思ったし、寂しい事だと思ったんだ。

だから、僕らになにか出来るのならば彼女を。ハティを、助けてあげたいって。


──でも、今の言葉は。


「て、訂正してよ……。ハティ」

「何?」


片腕を失っている彼女は腕を組むことさえ無いが、だけど今はそんな風に見える。腕を組んで、僕を見下ろして、唾でも吐きつけるように、"僕達"を見下ろして。


「今の言葉は、ハティでも。いくら君でも許せない」

「事実を述べたまでだ。話がしたかったのだろう。それで文句を言われてはたまらないな」

「レイラは、軟弱者なんかじゃないっ!!」

「なっ、貴様──!!」


眼前に迫ったハティの姿に少し呆然としたのは僕の方で。

それくらい今は頭に血が上っているんだと、思う。

レイラの傍で生きてきて、レイラの事をそんな風に言われて。それも、共に旅をしたハティに言われて。

悲しいよりも、腹が立つ。


「彼女は……!レイラはっ!」

「ふんっ!何かと思えばまたそれだ。レイラレイラと、喧しい。そこまで想い合っているのであれば、今日の晩にでも睦み合えばいい。貴様の部屋にアレを連れて行け。あんな小汚い部屋に2人で詰め込まれるよりは息がしやすい」

「ハティッ……!!」


どこか、遠慮とか。信頼とか。彼女に寄せていた今までの物が。この場では、僕を堰き止めていた物が、瓦解して。崩れ落ちて。

音がする。紛れも無く、僕の血が巡る音。クリアに聞こえるリズムは、僕の鼓動。

どちらも速く、高鳴って。


「ふんっ!お前でもそんな顔をするんだな。いいだろう、表に出ろ。私もいい加減腹が立っていたんだ」

「──……あ、いや違う。違うんだハティ、話がしたくて!待ってよ!」


憤る僕を素通りし淡々と、ブーツを鳴らして只タンタンと。彼女の背中がまた少しずつ小さくなっていく。

そんな彼女を見つめてはたと、僕の心と足は動かない。

こんな事がしたいんじゃない。こんな事が言いたかったんじゃない。


でも、ハティの言葉に腹が立ったのは事実で。レイラが軟弱なんかじゃないのだって事実なんだ。


だけどこれで。

こんな事で、レイラは僕を許してくれるんだろうか。

その瞬間、僕の心がまた高鳴った。

どうしようも無く情けない報せが、僕の頭を駆け回った。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「貴様を殺しても、私の心は涙しない」


「…………」


「なんだ?今になって泣きついてくるか?」


「僕は……さっきのハティの言葉が許せなくて……でも、こんな事がしたい訳じゃないんだ。ごめん、ハティ」


「……ハァ?」


「話をしよう。君と刃を交えたって聞いたら、レイラはきっと悲しむから」


「言いたい事はそれだけか」


「待ってよハティ!僕は勇者になりたいんだ!女の子に刃を向けるなんて……僕には……ッ!!」


「──もういい」



▲▼▲▼▲▼▲▼



言葉が聞こえた時には既に、彼女の姿は視認出来なかった。


「うわっ!ねぇハティ!頼むから!」

「黙れッ!!」


声のする方に刃を向ける事に精一杯で、ハティの言葉を聞き取る暇も無い。

ハティを追い掛けるようにして外に出て、僕らは今、ホテル横の路地裏で刃を交えている。

鉄と鉄が交差する音は、高い壁に囲まれたこの場にはよく響いた。

圧倒的に力が足りない。剣を振るった回数も、場も。僕とハティでは違い過ぎる。一撃一撃に、あんな小さな身体にどうしてこれ程力が籠るのか。


「そんななまくらで私を御すか?そんなチンケな物でどうして私を殺せると思っているのだ、お前はッ!!」

「だから、ちょっと待ってよ!僕は君と戦いに来たわけじゃないんだッ!」


そんな言葉には耳を貸さず、右に左に剣先を変えて、ハティは僕に対峙する。

きっと本気だ。本気で僕を斬ろうとしてる。そのくらいが分かる程度には、彼女と時間を共にしてきた。


「ねぇ聞いてハティ!その、くそっ!……こ、殺すっていうのが誰に向けてかは知らないけど、要らないよそんな力は!"そんな物に囚われて"生きるなんて、その方がおかしいじゃないか!軟弱に見えるかもしれないけど僕達は、そんな"悲しい物"の為に生きてない!」


去なしながら、受け止めながら。矢継ぎ早に口を動かした。

すると漸く幾度と無く重ねた打ち合いを止め、10メートル程離れたままに立ち尽くし、手の内にあったマチェットを地面に突き刺した。



「──────」

「な、なに?」



口元が動いた事だけは、見て取れた。だけど肝心な音が届かない。上がった息と鼓動がその音を耳に届ける邪魔をした。


「貴様が嫌いだ、私は」

「えと、それは……」


そうじゃなければ、と。時間が足りてないだけだと言い聞かせてはいたけれど。こうして直に面と向かって告げられると、やはり僕の心が弱い証だ。

キリキリと痛み、目の前は眩む。


「それは、あの女。レイラ・キンバリーにも抱く感情だ。貴様達は、甘過ぎる。そんな分際で、人の生き方に口を出す」


そう言って、彼女は"腕"を抱いた。

もうこの世には形を残していない彼女の左腕。失った理由を頑として語らないその腕を、満足に動く右腕で抱いて。

震えるように、身震いするように僕を睨む。


「ハティ……君の……」

「──これか?」

「ッ!!」


その瞳に僕の姿なんて映ってない。あの瞳には、目の前の物が映ってない。

そう思ってしまう程に、彼女の瞳は霞んで見える。そう思ってしまう程に、今の彼女に恐怖した。

背筋をなぞる、不愉快なまでに冷えた一筋の汗が、冴えていく頭にポタリと落ちた。


「これはな、エリス。"私自身"が切り落し、"私自身"が架した印だ」

「……ハティ、自身で?」


そうだと頷き、柔らかく彼女は頬に紅を差して、まるで恋する少女の様に、まるで。夢を謳う詩人のように語る。


「私はこれを見る度に、"私自身"を省みる。私はこれを見る度に、"私自身"を忘れずにすむ。殺せ、殺せと。私が私に語り掛ける。私のこれを落とした私は、これとは違うモノを振るい、私とは違う声で、私とは違う身体で」

「ハティ……」


ただ名前を呼ぶ事しか出来ない。

"これ"が、彼女の心だ。何時も僕らに見せるようとはしなかった、彼女の本当の姿なんだ。

その色味と質感が、今の僕には受け止められない。僕が望んで、僕が覗いたそれは、僕の体では足をつけることも儘ならない。

そう感じているのに、どうしても。喉が渇いて。チリチリと痛む喉元に引っかかった言葉は、音になるのを嫌がってる。

彼女を、遮る言葉が。


「だから、切り落とした。痛みで震え、怒りで震え。そうして……"理由を貰ったんだ、あの人に"。嬉しかったんだ、私は」


──また、見逃した。

彼女の動きを見ていたつもりだった。彼女の発する気色の悪い音に、少し嫌気が差していたのかもしれない。



だから彼女が、言葉と共に。

"突き立てたマチェットと共に"消えた事に気付けなかった。



「なぁ、エリス」

「待っ──」



微笑んだ君を初めて見た。

幸せそうな君を初めて見た。

それが幸せな事だとは、その時の僕は思えなくて。



「"私達に水を差すな"」



▲▼▲▼▲▼▲▼




「──うん、間に合って良かった」




▲▼▲▼▲▼▲▼



既の所で刃は狙うべき標的を失い地に落ちた。

何度力を入れようとも背後から引っ張られるようにして、"何か"が私を堰き止める。

私の視界には、目をまん丸と見開き息を上げ、私と共に"何か"に武器を叩き落とされたエリス・レリスタッド。


この男は、危険だと思った。それは直感的に、但しそれは一時的な物だったのかもしれない。少なくともこの場に於いて、世迷言を吐いて自らの意思で剣を振るわなかった姿を見るに。


だが、あの時。私の言葉に温度を上げ詰め寄ったこの男が、心底危険な男だと私の心は警鐘を鳴らした。

詰め寄られたと気付いたのは、"奴の顔が目の前にあったから"だ。……それに加えて。



「くそっ!離せ!」


──あの時、"ブレスレット"が。


「ルー姉妹から聞いたんだ。あぁ、うん。今日は本当に疲れる1日だよ」



私の目的はやはり、この男と共にいては果たせないのだろうと思わざるを得なかった。

対峙したあの時のこの男の瞳には、揺らめいていた。


私の知らない、私が見た事の無いこの男の色が見て取れた。


それに畏怖するかのように、それに物怖じしたかのように。

私は目を伏せこの男に背中を向けた。


それは私の弱さが為した事であると、今であっても認めようとは思えない。



「元気が有り余ってるね。羨ましい限りだ、少し分けてくれないかな。スクリエからだと必要無い物まで寄越してくれそうでね、あはは」

「貴様ァッ!私に何をした!」


突如として私を縛る"何か"の正体は知る由もなく、だがそれは、あの病弱で貧相な男が為した事だとはすぐに分かった。

"こんな物"、それくらいでなければ説明が付かない。


「い、イルさん……?……苦しい……!!体が……」

「レリスタッド、ハティ。少し反省してもらうよ」


私と同様に"縛られた"エリスも齷齪身体を捻りながら、だがそれら全てが意味を為さない。ギリギリと音を立て締め上げられる。

声のする方に目だけを向ければ、私達2人の間に向かってぼんやりと揺れながら歩くイル・ハックルの姿。


「くそっ!……ぐぐぅ!!はやく、"これ"を……解けェ……!!」

「君達からも彼女達に礼を言っておくんだよ」

「聞こえていないのか、ぎさまぁあああ……!!!」


私達の間に立ち、大仰に溜め息を吐いて、男は何かを口遊む。

唄のようでもあり、詩のようでもあるそれは、ただ、何かの一節である事は間違いない尺で告げると、私達2人の頭をはたいた。


「君達とも話をした方がいいのかな。ハァ……。うん、嫌というわけでは無いんだけどね」


そうして私達を縛っていた"何か"は霧散する。

情けなく地面に倒れ込み、彼の足元に吸い込まれるようにして消えたそれを目で追えば、やはり。



それは紛うことなき"炎の縄"だった。




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