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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
面倒なお前
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軽薄な貴方



「ねぇ、さっきの何?魔法?」


「さぁね。久し振り過ぎて俺も分からん」


「なにそれ。まぁいいや、あんたの連勝ここで止めるよ。裸踊りも妹もヤだからね」


「御託は今夜ベッドの上で聞くさ」


「ふふっ。あんたが勝ったらいくらでもよがってやるよ」



▲▼▲▼▲▼▲▼



苦しさや寂しさなど、取り留めなの無い1つでしか無かったのは。それ以上に他でも無く私が、孤独に溺れていたからでしょう。

あの頃は、考える事が苦手だった。キリがない、目処が立たない。何よりも、私はまだ幼かった。


「いつ死んじまうか分かんねェヨイ。今はただ、そういう時代なんだ」


訪れる異質も、語りかけない普遍でさえも。あの頃の私を表す上で、取り留めのないモノなのです。


「あんちゃんと放浪を続け、長過ぎる余生を刹那に生きるも良し。同じ様に、オイラ達と劇団員として、家族として。そんな生き方だって嬢ちゃんは選ぶ事が出来んのさ」


私には、3つ。

父と、母と、あの人。

たったそれだけで、私は私で居られるのです。あの日から、私はそんな"私"になった。

今でもそれは変わらない。どうしても、変わらないのです。


「いいッ!!!……それで、いいんだァ嬢ちゃん。だがよ、いいかい嬢ちゃん。頭の片隅にじゃァねェ。心だ、心に刻め」


荷馬車にでもぶつかった様な衝撃を両肩に受け、漸く顔を上げるとそこに。ギョロっと開く、貴方とは違う大きな瞳。


それでも彼は貴方の様に、諭す様に、あやす様に。

力強く握り、まるでこの痛みを、言葉と共に刻み込めと言わんばかりに。

自らの胸を大きく叩き。

これでもかと言わんばかりに両の腕を目一杯広げ。


「シーナ・ラーゼン。アビゲイル・ウィットビー。オメェらは、この世に生を受けたその日から──」


たったそれだけの言葉を。

仰々しく、イヤらしさなんてまるで無く。



「確かにオイラ達の家族だった」

「はい」



たったそれだけの言葉が。

揺れて、どうしても揺らいで。まるで涙でも零した様に。

目の前の彼が、大きく燻んで見えるのです。



貴方に会いたい。"こんな時"には必ずと。

貴方の顔が過ぎるのです。



あぁ、シーナ君。



▲▼▲▼▲▼▲▼




『オォーッと遂に膝を着いた霞の死神シーナ・ラーゼン!!まさに愚者の愚考!愚行!!!肘をモロに食らってしまったあああ!!!』


「…………どういう状況か説明して下さい」


「あら、お帰りなさい。見ての通りよ。貴方の相棒、華々しくもしようの無い最期だったわ」


「ち、ちが……顎がズレたァ……」


「ミリアの背後を取った迄は良かったけど。まぁ"らしさ"全開の最後だったね。ざまぁみさらせ変態兄貴め」


「…………」


「背後を取った。姉様の言う通りそこまでは良かったのよ」


「はぁ」


「で、あろう事かあの男はそのまま、ミリアの胸を鷲掴み」


「はぁ」


「伸ばした鼻目掛けて肘を食らった。これ以上でも以下でもなく、これが事実なの、アビゲイル」


「団長のヤツ……やろうと思ったら……おっ、おっぱい……」


「アビゲイルは大変ね」


「至極」


「誰か顎ォ…………」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「これから、どうするんですか」

「あ?」


珍しい事を聞かれ、というか初めてでは無いだろうかこんな事。街まではもう4日5日も無いだろう。警戒のレベルを落とし、俺達2人もやっとなんの憂いも無く夜を過ごす事が許された。

身体を合わせる訳でもなく、それでもどちらとも無く付かず離れずを繰り返したのは、久々に吸血行為その他諸々の習慣を行ったからだ。


「それは、"行き先"を聞いてんのか?」


俺の言葉に伏し目がちに、そうしてそのまま2人を包んでくれたシーツ諸共背を向ける。

粗方の概要は聞いた。話しておいた方がいいだろうとの事で、飯の後。団長に煙の覚えがあると知り、少々驚いたもんで。


「何を信じればいいのか少し、分からないのです。何よりも私は、その為に必要だった物を揺るがされてしまいました」


表情を垣間見る事は出来ないが、それでも今のアビィが、それはそれはどうしようも無くへろへろな顔をしてるとすぐに分かる。それ程に脆く、今の言葉は夜に溶けた。


「夕食の後コーエンさんに。愛していると告げられました。ティベリオ様のように勘違いからでは無く、自らの心が。命を賭して愛し抜けと告げていると」

「あらまぁ」


縋るべき物を失って、失意の底に落ち掛けていた女にそういう言葉は耳触りが良いんだろう。

あろう事かこのアビゲイルがそう言うんだ。


「だったら行き先を聞くのは俺じゃ無いだろ。団長の荷馬車なら先頭だ」

「どうして!……どうしてそんな」


シーツ諸共クルっと反転。涙を一杯溜め込んだ瞳の、まぁ動く事動く事。

胸倉を掴む両手も弱々しく、あぁ確かにこんな風になっちゃったが最後。男を誑し込むには1番の時期が来ちゃったんだなと思ってしまう。


「適当な小瓶なんかに詰めて、そんでもって"アレ"を極力使わなけりゃ1月2月は生きられるんじゃないか?短命なお前にはそれでも。何よりも、家族と愛がその余生を支えてくれる」

「貴方は、彼らが嫌いですか」


嫌いなもんか。一部ややこしい連中はいるが、あの男を前にそんな言葉を吐いてみろ。そのまま開いた口を上下に引き裂かれて死んじまうよ。


「ねぇ、シーナ君……」

「アビィ。俺はな、嫌いなんだよ。人に指図されんのが。それは邪神だろうが、エルフだろうが、犬ころだろうが──」


怯えているのか、哀しいのか。

まだ俺達には、時間が足りない。


「吸血鬼だろうが」

「そう、ですか……」


はらりと。弱々しく、それでも俺を掴んでいた両手は離れていく。あぁーあーめんどくさい。


ケッ。そんな事は許しませんよアビィさん。


「背中も押してやらないしお前の前も歩いてやらない」


それでも俺は俺なりに。

お前との事を考えたんだ。

偏屈な人間に命を委ねた吸血鬼は今、俺の言葉を待っている。吸血鬼として生きる事に誇りを持っているこいつは。1人の愛によってのみ生きていくと誓ったこの女は待っているんだ。

少し、不安になったんだ。団長に話をされ、吸血鬼という揺るぎなく、穢れない存在にほんの少し。自らの父と母を疑う程に。在り方を再確認したがる程に、ほんの少し。

だから、言葉を待ってるんだ。

そんな自分が、"偽りだらけの吸血鬼"が愛した人間と共に生きる許可を。


「隣を歩いてくれ。それは何より俺に、というか」

「あうっ……」


頬を優しく抓りあげ、やや間抜けに見える吸血鬼は聡明でそれでいて。自らの歩む道を見失いかけた。だが、指針は与えない。


「"俺達"には、多分合ってる」


頑として俺から目を離そうとしない吸血鬼は、言葉を受け止め噛み砕き、繰り返し咀嚼し。


「俺の隣から見える世界は、多分それ程悪くないから」


何よりそれは、退屈とは程遠く。孤独なんて感じる隙はこれっぽっちもありゃし無い。

限界を迎えたのか、そうして俺の胸で恥ずかしげも無く嗚咽する彼女には、これ以上言葉をかけることは無い。

時に肩を抱き、時に手を握り。


「アビィ」

「はい」


こうして時に、口付けをして。



そんな風に過ごす日常を手放したいなんて。

何より俺が、思う筈が無いんだ。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「あの……」

「んんー?もうちょっとする?いいよー」


暗がりに、灯った揺らめく火の明かり。照らされる貴方はどうしようも無くいやらしく。燻んで見えて、妖しく見えて。

貴方の差し出す舌を吸って、優しく優しく私で包み。貴方の垂らす唾液を嚥下。ゆっくりと、頭と身体が包まれていきます。

貴方の香りも、貴方の味も。私が覚えた私の全て。愛おしく、今こうして撫で付けてくれる貴方の手のひらが、私の心を掴んで離さない。

どうやっても落とし所が見えない、そんな今日であったとしても。貴方がこうしてくれるなら、そんなものには蓋をして。明日への糧を手に、生きていくことを良しとするのです。


「これからどうするんですか」

「あ?」


私を愛し、私を包み。私の全てを手中にしている貴方でさえも。今の言葉が不愉快でいて、不明瞭であったのだろうと見て取れます。そんな貴方に私は急に、申し訳なさと恥ずかしさを覚えてしまい、そんな私を見透かされそうで。

耐えられなくなって。


「それは、"行き先"を聞いてんのか?」


私は背を向けるのです。

だってそうでしょう。こんな物は私の不義理。不埒な私のタダの不義理です。私が背を向けてすぐ、貴方は私を抱きしめてはくれません。怒っているんです、きっと。

シーナ君は今どうしようもなく、不埒な私に怒っているんです。でも、今の私には分からないのです。


「何を信じればいいのか少し、分からないのです。何よりも私は、その為に必要な物を揺るがされてしまいました」


他でも無くそれは、私の家族の手によって。

父と、母と、吸血鬼。

私の信じていた高貴でいて聡明な吸血鬼は。私の"家族"によってその高貴さに陰りを孕み、私の"家族"によって。その聡明さに一定ばかりの亀裂を生じました。

だとしても今の私は、どうしようも無く弱々しくて。

そんな私はきっと嫌いでしょう。貴方の顔を見たいのに。

貴方に顔を向けられないのです。


「夕食の後コーエンさんに。愛していると告げられました。ティベリオ様のように勘違いからでは無く、自らの心が。命を賭して愛し抜けと告げていると」

「あらまぁ」


気の抜けた様な貴方の言葉がこれ程に。四肢を切り裂く様に言葉が刺さる。預かり知った所では無いと、そう言った所でしょうか。

シーナ君はこういう場面に於いての涙を、信じられない程に嫌います。その様な事を旅の道中、語られた事を記憶しています。固く口を結び、あくまで気丈に、悟られない様に。絶対に今の貴方に、嫌われるなんて嫌なんです。


「だったら行き先を聞くのは俺じゃ無いだろ。団長の荷馬車なら先頭だ」

「どうして!……どうしてそんな」


それでも、何も変わらない日のように、軽口と共に告げられた言葉に。そうしたら貴方の顔が、いつの間にか物凄く近くにあって。いつもの様に私を眺める貴方の瞳に、弛緩した途端に涙が溢れ出てしまうのです。抗えない程に、自らの意志も言う事を聞かない。

それ程愛している貴方に私は、考えうる限り最低の不義理を働いた。


「適当な小瓶なんかに詰めて、そんでもって"アレ"を極力使わなけりゃ1月2月は生きれるんじゃないか?短命なお前にはそれでも。何よりも、家族と愛がその余生を支えてくれる」

「貴方は、彼らが嫌いですか」


後悔は怨嗟となり、それは形を成し。私の心臓を、少しずつ少しずつ締め上げていく。


「ねぇ、シーナ君……」

「アビィ。俺はな、嫌いなんだよ。人に指図されんのが。それは邪神だろうが、エルフだろうが、犬ころだろうが──」


不意に、目が合った。ふしだらな吸血鬼と、貴方の。

絡み合って、怨嗟と共に、締め上げて。


「吸血鬼だろうが」

「そう、ですか……」


力無く、私の両手は崩れていって。

まるで、型無い様々な物が私に張り付いて、這い回って。そうして、彼に触れる権利など無いのだと言わんばかりに。

血液を循環をも奪われた私の指先にはもう、そんな力など残っていない。


「背中も押してやらないしお前の前も歩いてやらない」


ですが、貴方は。

昏まない、軽薄な私の光は。

冷たくなった私の指先を絡めとり。

貴方の温度を私に覆い被せるのです。まるでそれが、自分達のやり方であって、まるでそれらが最初から、意味を成さない問答だとでも言うように。

例え誰に愛を囁かれても、乱暴に、身体を扱われても。

私には、シーナ君。貴方以外はダメなのです。私の命を秤に乗せているのではなく。私の、吸血鬼としての生き様と、私の、初めての恋とを同じ皿に掲げたのです。

だから、"あんな話し方"をしてしまったんです。あんな、小狡い、意地汚い話し方を。


「隣を歩いてくれ。それは何より俺に、というか」

「あうっ……」


それでも、貴方は。

"燻んだ私の死神"は。


「"俺達"には、多分合ってる」


ダメです、泣いたらきっと。貴方はきっと怒るんです。泣いてる子とは話さないよ、と。そんな風に私を抱きしめるんです。

だから、早く。


「俺の隣から見える世界は、多分それ程悪くないから」


当たり前です。

だから、誰か。



こんな"心地良い音"を、早く──。



「アビィ」

「はい」



▲▼▲▼▲▼




あぁ、本当に。"そんな所"も、本当に。

こんな時。私の口を塞いでくれるのが。



貴方の唇で。

本当に良かった。




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