all pain, no gain
「ではシーナ君」
「はいこんな朝早くなんでしょうアビィさん」
「劇団ちぇりーぶろっさむの皆様と交流を深めに行きます」
「脈絡も何もあったものじゃないですね、嫌です」
「さぁ、では出発です」
「人の話も聞かないんですね、嫌です」
「れっつ、ごー」
「嫌です」
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「どういう風の吹き回しだ」
「なんと言いますか、まぁいいでしょその辺は。あまり細かい事に口を出すとモテませんよ」
口の減らないシーナ君な相変わらず納得がいかず憮然としたご様子。目的のべレンツへの旅路は残り少なく、旅の初めにに通っていた舗装も儘ならないような道と呼ぶのも気が引けるそんな日々にもさよならを。今は目的地迄伸びる街道を悠々と進みます。どうもアビゲイル・ウィットビーです。
「ナニソレ。てかいいよここの連中怖ぇし。というかなんだ、俺はそこそこ連中と絡んでるぞ」
そんな風に息を吐くシーナ君は、やはり寝込みを襲ったのが失敗だったのでしょうか。やや不機嫌に眉間に皺を寄せ登りきらない朝日におはようを。そのまま唾でも吐き付けるんでは無かろうかと言う程に鬱屈とした彼は私より特筆してやはり早起きは苦手な様です。
「ねぇねぇラーゼン君」
「なになにウィットビーさん」
私達が寝ている、というか本来はこの時間彼は見回りをしていなければいけないのですが。まぁそれは置いといて。長く列取られた荷馬車の真ん中から、朝ご飯にありつくために先頭まで移動中。
しかし、いつもなら私達に朝の挨拶をしてくれる皆様も、私達の荷馬車をひっくり返す程に怒号を挙げて朝を告げるフーバー様の姿もありません。
「その"連中"とは、具体的にどなた達ですか?」
それもその筈、恐らく今はまだ4時を回ってすぐくらいでしょうか。もう少し経てば朝ご飯の準備の為にミリアちゃんが目覚めてくる頃でしょうが、うーん。にしても少し早すぎましたかね。
「あぁー?だから、ルィンヘンだろ?それとー、あれだ……ティベっちとー……」
「とー?」
しかし、このアビゲイル・ウィットビーには目的があるのです。先日の一件より私達2人は、そして私達を含めた"ベントルトン一家"はその繋がりや絆をより明確でいて強固に結び付ける事と相成りました。
その実私達2人の思想自体は変わりません。私と彼で2人だけ。ですがその結果を求め過ぎるあまり、少しずつ自分達の事までも見失いつつあったようで。私はそれをルィンヘンちゃんに叩き付けられ、彼はそれをフーバー様に物理的に殴り付けられてしまいました。
「この前一緒にポーカーした連中だな後は。うん」
「ほう、どなたですか?」
「は?いやだから──」
歪んだ私達は、歪み続けながら生きる事を良しとします。ですが、何も歪むだけが私達ではないのです。
時に歪み、時に正し。そしてそれらの糸を互い違いに掛けないように。
私達はそうやって生きていくのです。
私達にそう教えてくれた皆様に。
私だけ、彼だけでなく。
"2人揃って輝く方法"を教えてくれた皆様には良くしたいのです。
「……あぁー。ゴリラと、あのー男女だか女男だかのほら。結局どっちかよくわかんないスーパー口悪いヤツ」
「あの、お名前は」
「……ゴリラと男女だ」
「それです」
「どれです」
煙を加えて段々といつもの思考を取り戻す彼の横顔を尻目に2人揃って先頭まで辿り着きました。なんとなく、取り決めたわけでも無く決まった定位置辺り。楕円に広がる彼らの、そしてフーバー様と1番離れる様にして位置取るそんな場所で腰を下ろし──。
「えっ。なに、やや邪魔なんだけど」
「さぁシーナ君聞いて下さい」
「聞くからどいて下さい」
そんな彼の股座に鎮座し、丁度彼の鎖骨辺りに頭を持ってきて、まぁ誰も見ていませんしややだらしなく足を伸ばします。そうする私にちょっとの動揺。ですがこんな間合いはお互い慣れっ子。スグに肩を竦め、空いた左手で胸の下辺りを優しく抱えてくれるのです。
「灰が落ちても知らねぇぞ」
「なんです?私はダメでルィンヘンちゃんは有りなんですか?……こほん、シーナは馬鹿ね。甲斐性無しの馬鹿だわ」
「あ、ちょっと似てる」
背中から伝わるこの揺れは、きっと彼が笑っているからでしょう。からからと笑う、楽しそうに。
心地良い。小さな事、瑣末でいて取るに足らないこんな事でさえ私はとっても嬉しいのです。
あなたの心が、私に溶ける。
あなたと私が、生きている。
「ハァ。で、なんだっけ?名前なら今思い出したぞ。ゴリノリラとコーエンだ」
「──ハッ!危ない危ない。いつの間にか微睡んでいました。驚異的ですねこの人間座椅子の安心感。それとゴリノリラさんなんて方はこの劇団にはいませんよ」
「じゃ、俺二度寝してくんね」
「うそうそ、嘘ですから」
そんな言葉を零しながらもしっかり私をホールドしちゃってるシーナ君。俗に言うらしいですよそういう人の事。とぅんでいら?みたいな。
「知らない言葉ですね」
「ラエルノアさんが仰ってました。何でしたっけ?とぅ、とぅん……」
「え、でマジでなんなのいい加減ほんとに二度寝しに行くよ」
「あ、そうでしたそうでした」
しかしこの場所ホントに危険ですね。どうもこう、のんびりしちゃうといいますか、だるーんとだらーんとしちゃいます。シーナ君からなにかしらのそれかしらが漏れ出してるんでしょうねきっと。
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「まずはミリアちゃんです」
ふんすっ、といつもながらの無表情で器用に眉毛だけの角度を変えてのける相棒は未だ目的を禄に語る事なく何処から持って来たのか分からない調理器具をガチャガチャし始める。
「ミリアが来るまで触らない方がいいんじゃないの。よく言うじゃん、"キッチンは女の聖域なんだから入って来ないで"って」
「残念。アビィちゃんなのでした」
それもそうだ。
「シーナ君って料理出来ます?」
「マジでやんのかよ。出来ねぇ事は無いけど得意じゃねぇぞ別に。感謝の意を表すなら別の形にしよう。俺がミリアを抱いて日頃の疲れ諸共吹っ飛ばしちまうってのはどうかね」
「ミリアちゃんが言ってました。"目元は嫌いじゃないんだけど如何せん度胸が無いからね。ガキに抱かれようなんて思わないでしょ"って」
初耳だし結構ショックだ。
度胸無いか?俺。というかそんな度胸どうのこうの見せるような場面なんて無かったろうよ。
「うむさすがミリアちゃん、下拵えまでは粗方終わってますね。では料理には期待しませんので火をお願いします」
「お前パチったの?」
「言い方が悪過ぎです。彼女のお仕事を引き受ける為に……預かったのです」
食料積んでる荷馬車に忍び込んで?
「代わりに善意と誠意をありったけ置いてきましたから」
言葉もそこそこに、思ったより手馴れた手付きで予め刻んであった食材を炒め始めるアビィ。薄味に仕上げるつもりかコイツめ。目に見えて俺が好みの味には届かない量の胡椒しか散らさない。
「2号車に食器が積んでありますから人数分持ってきて下さいね。手持ち無沙汰だからって間違っても摘まない事。分かりましたね?」
「ハイハイ」
しかし俺は思うのだ。
こういうのは普通ディナータイムに始まる催しなのではないのか、と。
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「いやぁ、案外上手いモンだねアビィ!この味付けはアンタとこのかい?」
「えぇ。ミリアちゃんのお味には到底及びませんが私も何か皆さんにお返しがしたくて」
「旦那も調理を?いやまさかそんなわきゃねぇか」
「今はそのでけぇ口を飯食う為だけに動かせワンコ。あと俺はそこそこ出来る」
「シーナ、嘘はよしなさい。偽りに預ける命なんて長く打たせる事は出来ないのよ」
「嬢ちゃん、飯の後ちっと付き合ってくれ。時間は取らねェ、サシで話がしてェんだ」
「私ですか?…えぇ。勿論です。シーナ君がちゃんとお仕事する様に誰か見張っていて下さい」
「おい団長、そいつ"食う"より目の前のモンかっこんだ方がいくらかマシだぜ」
「無理な相談だよアビゲイル。ラーゼン君は何をどうやったってサボるんだから」
「あんちゃんは"アレ"だ。そういや"アレ"をやってねぇよ。そうだろ馬鹿野郎共」
「……は?」
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何処の国で聞いた言葉だったか。早起きすると得が舞い込んでくるらしい。
俺はちっとも思わない。現に今んとこ悪戯に睡眠時間を削られて損しかしてない。目を開いている時間が人よりも増えるだけであって、後はそいつの損得勘定と楽観した脳が齎すある種自己催眠に近い産物だ、と。そんな風に捉えている。
だが、そんな事を思う俺にも。
得ってのは舞い込んでくるんだなと。
この後思わされる事になるのだった。
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みたいな展開を期待していた。




