捻れた2つ
だって、貴方が。
そんな、私を。
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「こちらはどうですか?」
「お、嬢ちゃんもこっちに来たのかい?あぁ順調さ、唯一俺達が危惧してんのはよ嬢ちゃん、"この戦闘で俺達の欲求が満たせるかどうかまだ分からねぇ"って事ぐれぇよ!」
「ふふっ。剛毅な方々ですこと」
シーナ君と別れ、後衛の皆さんと合流。道中危機に瀕する事無く、旅路の神と相成ってくれたラエルノアさんとグルゴさんに道すがら御礼を済ませ、さぁ私も頑張らねばと意気込んだものの。
「オルァアア!!ブチコロブチコロォォ!!!」
「どけどけどけええぇ!!!汚ねぇ奴等はお掃除だぜェ!!!」
なんともはや。前衛に負けず劣らずの殺しっぷり。見ているこちらが惚れ惚れする程に隙無く戦場を駆け回る彼等の姿は、見ている者の正義の形や善の在り処を悉く打ち崩す事に一役買ってしまう事でしょう。
「あら、アビゲイルも来たのね」
「息災ですか?ルィンヘンちゃん」
「この状況の何処を見てそんな口を利いているのかしら。昔の貴方の事は知らないけれど、貴方、シーナに毒され過ぎよ」
ラエルノアさんとグルゴさんを中心に置き、前衛後衛共に扇状に広がる戦火。楕円を象る戦場から所狭しと響き渡る狂騒に、一片の理性が響きます。
「では彼に文句を言わなければいけませんね。さぁ、もうひと頑張りです」
「これ以上汗をかきたくないわ」
ですが、そんな理性の響きを受けて尚。
私の銃口は、定めるべき対象を。捉えるべき標的を。
見出す事が出来ないのです。
晴れ渡り、照り返す陽の光を浴び過ぎたせいでしょうか。元来日光は得意では無いのです。
今日はとっても、暑いですね。
だから、きっと。
こんな場に於いて尚、私は──。
「ガアアアア!!!」
「あら、汚い声をしていますね」
ですが予断を許さない現実は、私を掴んで離そうとはしないのです。でもここには、貴方が。
仕方無い、ですよね。
今は、無理をしないと。今は、我慢しないと。
「御機嫌よう、"アナタ"」
心を強く、持たないと。
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「アビゲイルは眉間を狙いなさい、私が"アレ"の動きを止めるわ」
「分かりました。では」
こうして駆け回る様になったのは、彼に出会ってから。
それまで何度も。何度も何度も人を殺しました。ですが死んでいった"アナタ達"は、皆同じ様に、同じ場所で、同じ顔をして死んでいったのです。
私は駆ける事を必要としません。私は躱すことを必要としません。
私はただ、"アナタ"に銃口を突き付けるだけで良かったのです。
私はただ、"アナタ"の首筋に口を寄せていれば良かったのです。
貴方に会うまでは、私は。
「"ヴルツェル、ゲフェングニス"」
例えばそれは惨たらしく張り詰めた、冷たい夜の様な音で。
例えばそれは惨たらしく色褪せた、生の息吹かぬ死の地にも似た景色。
「動けないでしょう。当然ね、貴方は私に"捕まった"」
木の根、でしょう。オークのその頑強な四肢を縛り、呼吸もままならぬ様に踠き、足掻き。瞳はギョロギョロと、自らの身体の違和感を。掌は自らを縛り付けたであろうその小さき有識者に向け、届く事の無い抵抗を。
「"シュトレーフリング"」
それでも所詮木の根でしかないそれを、どうしてオークは引き千切る事が出来ないのでしょうか。
それはまるで、"重罪人を縛り付ける鎖の様に"。
生気を少しずつ、蝕む様に。
これが、私以外の種族が使う、"イメージする事の出来る魔力"。
「貴方のモノとは大きく違うわアビゲイル。私の魔力は言ってしまえば"自意識の根付けとその現象化"」
「気付いていたんですか」
「えぇ。貴方は1度だってその銃に、弾を込めることをしないじゃない」
本当にこれで良かったんでしょうか。シーナ君の言う通り、私は私達の血を持ってオークと相対する事を良しとしています。
ですが果たして本当に、私は許容されるのでしょうか。
永らく魔法使いに"異物"として扱われ続けた歴史が遺した先祖達の血は、疎らに散った劇団員の背後にどす黒く浮かび、仄暗く浮かび。
まるでそれらが意志を持って、只の人の様に動き始め。
皆々の身体を操り、私に刃を向けてしまう。
そんな事をどうしても、考えてしまうのは。
今ここに、"貴方"がここに居ないから。
私、ダメになってしまいましたよ。シーナ君。
「私の父と母は、私を殺そうとしたわ」
一人ぼっちの私に向けて、ぽつりぽつりと。
「それはそれは醜い、ここにいるどの生き物よりも酷く醜い顔をしていた」
未だ具現化した、現象と化した魔力を緩めることを止めず、それでも普段の様にやや高過ぎる透明な音は、ぽつり、ぽつりと。
「男が欲しかったらしいの。姉様に聞いたわ。それでも"これ"が露見するまであの人達は、家族らしい事をして生きていたの。笑えるでしょう?そんな彼等は、私が"魔法使いの隠し子"だと気付いた途端、顔を歪めて刃を向けた」
「今思い返しても、吐き気のしてしまう様な酷い物よ。自我の芽生えたばかりの、年端もいかない自分の娘に向けて。いえ、違うわね。くすくす……あの人達は"あの時"、私の事を我が子だなんて思っていなかったでしょうね」
小さな少女は、とても乾いた目をしていました。
もうこの事で、涙する事をやめたのでしょう。蛍火の様に揺らめくその瞳に、それは確かに怒りでした。そんな炎がチリチリと、彼女のその子供らしい炎は、私の心を不躾に乱します。
「だって、でなければ。"あんな顔"なんて出来ないはずでしょう?」
「──ッ!!」
緩んだ私の心に、彼女の操る魔力が忍び込んだ様に。間隔を持って叩いていた鼓動を、オーク共々締め上げられて。
保ち辛そうに高鳴っていく、耳を付く。張り付いて、鳴り止まない。
あの時の彼に似ています。
もう1人の"私"の首を落とした、あの時の事を思い出します。
「たった1人、姉様は私を救ってくれた。稚拙で幼稚な"おままごと"を繰り返し続けた日々であっても、彼女は私を愛してくれた」
「私はね、アビゲイル。貴方達2人とも、嫌いじゃないのよ。少し、私達にも似ている様に見えるから」
私の力なんてきっと要らなかったんです。あのまま放って置いても、数分もあればあのオークは呼吸が出来ずに死ぬんです。
どんどんと、それはきっと彼女の"おままごと相手"にも似た表情で、ゆっくりとこちらに視線を寄越すのです。
「でもね、貴方のそれは本当に」
「"愛を知っている"と言えるのかしら」
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「目の前の事に集中しましょう。シーナ君も交えて3人で、ラエルノアさんをそこに呼んだっていいんです。その時に沢山お話しましょう」
「私の能力、覚えているでしょう?貴方もどうかしら。あまりに歯応えが無いのだもの」
「そんな冗談、今はよして下さい」
「そう、"そんな冗談"をこう易々と言ってのける私が、どうして貴方に刃を向けないと思っているのかしら」
「ルィンヘンちゃん。本当に悪い冗談です。シーナ君よりも性質が悪い。本当に、このような状況下で口にするには一等性質の悪い冗談ですよ」
「アビゲイル、それよ。貴方の"それ"が、私を酷く苛立たせるの」
「ルィンヘンちゃん」
「私はね、アビゲイル。こんな状況下でも"アレ"を信じてるなんて口にしながら」
「やめて、下さい」
「それでも尚、こんな状況下であったとしても──」
「やめて!!」
「"引き金を弾こうとしない"、貴方の薄っぺらな"愛"に苛立っているのよ」
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だって、怖いじゃありませんか。
だって"そんな物"、縋るだけで。知ろうとする事なんて必要無いじゃありませんか。
もしそれを知ってしまったが最後。
"そんな物"を直視してしまったら。
貴方が恋しい。
貴方に会いたい。
ねぇ、助けて"アナタ"。
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「シーナも、私も、姉様も。ここにいる私達の家族は皆、殺す事で流れた血を浴びる事を否定しなかった」
「私達は、殺す事を肯定しなかった」
「それでも向き合って、"殺す為だけに"刃を振るった」
「でもね、アビゲイル」
「貴方は違う」
「貴方は殺す事を肯定した」
「貴方は"生きる為に"人を殺した。命を奪った」
「だからアビゲイルは」
「"貴方達2人"はもう」
「正しさを盾にする事なんて出来ないのよ」
「貴方の語る"愛と正しさ"は」
「気色悪い程矛盾している」
「そんな当たり前の事を」
「"貴方だけが知らなかった"」
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そんな、私を。
"綺麗"と言ってくれたから。




