恐怖、安寧、へちゃむくれ
指先が、少しだけ。
言う事を聞いてくれません。
心が、少しだけ。
鳴る事を止めてくれません。
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「だぁ!ウゼぇし臭ぇ!!」
「ギィイヤアア!!」
思い切りよく振り上げた鎌を、身体いっぱいに振り下ろす。
盛大に死んで、盛大に地に伏せる。これだけの単純作業を、もう今ので何度目だ。饐えた臭いに噎せ返りながら、肩に担いだ大鎌に目をやる。
本当に、不思議だ。
どうやったらここまで強い刃が打てるのか。
魔法かな?いやいやあのオッサンが?
ナイナイ。
「ラーゼン君、謝らなければいけない!僕はてっきり君を根無し草のヒモ根性卑劣男だと思っていた!」
「ティべっち!汚い口を効くもんじゃ無いぞ!」
右手の方から張りのあるティべっちの声。こんなどんちゃん騒ぎの場に於いても流石は劇団看板役者、声の通りは随一だ。その証拠にただの根無し草君の言葉は喧騒に掻き消され、彼の耳には届いてない様子。
「アビゲイルとの事も早く言ってくれればよかったんだ!僕はあの後団長にこっ酷く扱かれた!そんな僕を思ってその調子でドンドン次を切ってくれよ!セイっ!」
「てめぇが勝手に先走ったんだろうが早漏野郎ッ!口動かす前に手動かせェ!」
「君に言われたらお終い、だァ!」
「誰が早漏だ遅過ぎて悩んでるくらいなんだよぶっ殺すぞゴルァッ!!!」
「違う!そっちじゃない!!」
しかし。
新たに眼前に現れたオークの振り下ろした棍棒に足を掛け、跳躍。奴と目が合う直前に横に薙いだ刃がオークの首と頭とを引き剥がした。
しかし、しかしだ。
「ティべっち!サボってんじゃねぇだろうな!今ので俺はもう12だぞ!」
「買い出しに余程人数を割いてたんじゃないか?……くっ、とりゃっ!僕はこれで7だ!」
数が多過ぎる。
ティべっちと俺のを合わせて19。周りで大騒ぎしてる連中だって俺らと同等くらいは切ってるはずなんだ。
なのに、終わらない。止まらない。
「あぁークソだから来たくなかったんだよ」
「ふぅっ。しかし、何処からこんなに湧いてくるんだ彼等は」
前衛がこれなら後衛は今どうなってる。アビィを行かせたのは早計だったか……。いや、だからこそ彼女は此処にいちゃいけない。前にこれだけの数がいるんだ。後ろの奴らがちゃっちゃと仕事を終わらせて、そうすれば前に援軍を出す。
その為にもアビィは後ろに行かなきゃいけない。
「しかし、器用なものだね。お、おい寄りかからないでくれ」
「こんなもん振り回しゃいいだけだ。無茶言うなよ寝て無ぇんだぞ今日」
未だ勢いの衰える事の無いオークに対し、切っ先を青眼に構え呼吸を整えるティべっちの肩を借りる。うん、お前俺よりちょっと背が高いんだな。ややキツいぞこの格好。なんとかしろ。
「どけばいいだろう。さぁ、もういいかい?向こうさんは気が短いみたいだぞ」
「へいへい」
耳を劈く奇声と悲鳴。その何れもが、今の俺には有難い。
もしこれが静まり返る闇夜なら、立ったまま眠る自信がある。
舞い散る砂と、そこに朱を刺す血飛沫は、見慣れているし、見飽きている。
今日はしかし、暑いな。
「──お、おいラーゼン君。」
憂う様に彼から離れ、大鎌を手元でくるくると廻していた俺に、突如として響く、酷く狼狽した様なティべっちの声。
「んー?……ん…………ん?」
ブレ無く構えた切っ先が揺れる。武者震いだと思いたいが、彼のこれはそれとは違う。ただ単に、恐怖。間違い無い。
だって、ホラ。俺もビビってるもん。
「アァ……アアアアアアアアアアア!!!!!」
「う、嘘だろ?」
先程まで切り付けていた奴らとは、圧倒的に違っている。周りで騒ぎ散らす邪神一派が相対してるのとも、違う。
だってなんか、ホラ。
「ラーゼン君、"これ"は……」
「皆まで言うな」
デカすぎる。
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貴方の香りがしないんです。
纒わり付くのは血と脂。
貴方の音がしないんです。
耳に付くのは生と死と。
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「おいティべっち!あいつはいつまで"ああ"してるつもりだ!?」
デカい、固い、しぶとい、ウザい。こういうタイプが1番嫌いだ。ただタフで、ただ固い。小細工の通用しない七面倒臭いタイプの、そんなオークが俺とティべっちの前に陣取っている。
息の乱れを感じる。そもそも頭を使えるタイプでもない。
それでも、倒れない。
いくら切ってもいくら突いても、今尚俺達2人から目を逸らすことは無い。
3mを優に超えようかというその巨体は、俺達からじわじわと焦りと恐怖を引き摺りだした。
「僕だって分からない!今分かってる事と言えば、奴の意識がハッキリしてる間は、ラーゼン君。僕と君に休息も安寧も訪れないって事さ!」
冗談はよせよクソったれ。俺は煙を吸うんだ畜生。
次の一手を考えろ。ティべっちだって一丁前に戦えるんだ。共に肩を並べて分かったが、見かけ通りその太刀筋は素直で実直。俺には足りない勇気や勇敢さなんてのも持ち合わせてる。肩が凝るだろうなこんな生き方。
「ラーゼン君!来るぞ!」
「おうよ!」
左足を挙げた。いいぜ、右手にぶら下げてる"そいつ"の間合いはもう分かってる!
2人して飛び退いて、んでその後。
考えろ。考えろ!
「ガアアアア!!!」
「ちぃっ!」
こいつなんでまだこんな動けんだよ。さっきより振りが速えじゃねぇか!
だが、当たってやらねぇ。俺もティべっちもピンピンしてる。なんならティべっちは何度目かも分からない一振りをオークにお見舞いし、何度目かも分からない舌打ちで自分のターンを締め括る。刃が通らねぇ。俺ので何度切っても奴に擦り傷を増やすだけだ。ティべっちのなんてそれより酷い。料理包丁で岩を叩いてる様な音がしてる。要するにあれ、もうなんかどうしようもない。
いやだけど大丈夫、まだ大丈夫だ。
次の一手を、早く!
「──ほぉらあんたも今日の晩飯だよォ!!!」
──目は動かすな。
意識が声に吸い寄せられる。
今のは、ミリア、この声はミリア。
そうだ、ミリア!
「ティべっち!"なまくら"の方だ!俺達の安寧はそこにある!」
「いい響きだ!タイミングは!」
「合わせろ!」
先ずは助走。2人してオークとの距離を開け、"何かをしてくる"と思わせられるだけの間を取る。
奴がその場で棍棒を振るっても、俺達は今間合いの外。大丈夫、大丈夫だ。
「…………動くなよ、ティべっち」
「あぁ……元来我慢強いんだよ僕は……」
だが、動かねぇ。動いてやらねぇ。何もせず、構えもとらない。
2人して刃を地に向け、ゆっくりと、ゆっくりと呼吸。
これでいい、ティべっちも俺に合わせてる。やるじゃねぇの。
忘れるな、俺達2人の安寧を踏み潰そうとしてるこいつは一等頭が悪いんだ。こうしてりゃ、こうしてりゃきっと──。
「グ、グアアアアア!!!!」
来た!!
「馬鹿野郎が!早漏だぜブサイクゥ!!」
予備動作が見える。間合いを取ったお陰で必要以上に構えがデカいし踏み込みもデカい。
分かるぜ、何してくっか分かんねぇから"何されてもいいくれぇに"力一杯振りたいもんな!
「降ろした所を目一杯叩け!跳ぶぞティべっちぃ!!」
「あいきた了解!そらっ!」
今のそらってのは跳ぶ的なお空的なのに掛けてんのかな。
そこまでで思考を止め、跳躍。タイミングは完璧だ、もう振り下ろした"なまくら"を止めることも、そいつに当たるなまくら共もこの世にいねぇ。
終わりだぜ。
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「食らえ!正義の剣をッ!」
「あ、そのセリフダセェ!!」
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振り下ろした"棍棒目掛けて"、俺達2人の正義でもって。そのなまくらは砕け散った。
そうそう、本体が硬いんだからこっち壊した方が早ぇ。
ミリアの口が悪くて良かった。
──だが。
「よし、狙い通りだなラーゼン君!さぁ、次の一手を!」
「ごめんティべっち。俺もここからの事は考えてなかった」
「よくそんなので僕の事を言えたな君は!」
いやでもダサかったのはホントだって。
「ギ、ギ、アアアアアアア!!!!」
「やべッ!ティべっちオメェもなんか考えろ!正義とやらはどこ行った!」
「しがない劇団員には無茶な相談だ!君だって死神らしく華麗に奴を地獄へ葬ってくれ!」
こいつ案外ノリがよかったんだなと、先程よりも身軽になったオークの右ストレートを左右に割れて躱しながら思う。しまったな、よくよく考えりゃ俺達が切っても切っても擦り傷にしかならねぇ"今の"食らった方が死ねるんじゃねぇの。
「くそっ!分かった、僕が少し時間を稼ぐ。その間に次の一手を。光明を。任せたぞ!」
「おい俺まだ許可してないけど!?」
答えも聞かずに飛び出したティべっち、軽やかにオークの暴力を躱してすぐさま攻撃に打って出るも、頑丈さ的に考えて、というか種族的に考えて分が悪すぎる。
消耗が彼の顔を雲らせている。晴れ渡る金麦畑の様な輝きも今や何処へやら、汗の張り付いた彼の顔は、それでもしかしイケメンでは在るのだが。
やばい、考えなきゃ。このままだと俺もティべっちも犬死しちまう。畜生、どうする。
もう刃物は効かねぇと思った方がいい。身体が硬すぎる。それはもう分かってる。だからなんだ、どうする。その辺に生えてる大木でも引き抜いて振り回すか?いやいや俺にそんな事出来るわけがねぇ。
んな事が出来んのはそれこそ目の前のオークぐら──。
「は?」
待て、どこだ。どれが気になったんだ。
……オーク?
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そういえば、奴はどこだ?
我らが団長こと、邪神こと、"善なるオーク"、フーバー・ベントルトンは何処にいる?人ん家の玄関をアッパーカットで吹っ飛ばした礼儀知らずの客人は何処へ行った?
「待て!」
「どうしたラーゼン君、お喋りなら後にしてくれ!何か思いついたのかい!」
「あ、ごめんそうじゃなくて!」
そうだ、そうなんだ。
俺と共に剣を振るうコイツも、血塗れになりながら飛び跳ねる他の連中も、戦士なんかじゃない。劇団員なんだ。
なんだ、何が言いたいんだ俺は。気持ち悪い。
思い出せ何だこれは、どれだ!
『火薬の臭いがしやがらねぇ』
「それだあああああ!!!!」
「ど、どうしたラーゼン君!?」
そうだ、劇団員のこいつらが、劇団員の長足る団長が。しがないただの劇団長が、どうして"火薬の臭い"なんてもんを嗅ぎ慣れてやがる!?
「ティべっち!"舞台装置"を積んでんのは何号車だ!?」
「なんだって?」
「時間が惜しい、舞台装置だ!!どうせあんだろ!派手で"火薬を目一杯使う奴"が!!」
絶対にある。そうだ、そんな舞台もあるんだ。今までこいつらのセリフ合わせに何度も出てきた。
"王の城目掛けて大砲をぶっぱなす"シーンが!
「いいから早く答えろ!特効仕舞ってんのは何号車だっつってん──」
「……あるぜェ。目一杯ド派手なのがよォあんちゃん」
真後ろ、というか真上。
クソったれ、いい所で現れやがって。しかもおあつらえ向きに目一杯俺達の"光明"を背負ってだ。
「軟弱なあんちゃんの事だ。入用になるかと思ってよ」
「ファックだ。遅ぇんだよクソッタレ」
派手にやるぜこの野郎。




