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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
邪神劇団御一行
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吸血鬼vs聖天使─愛の在り処─


「んむぅ……」


どうして、今日に限って私は。

ですが、その理由はすぐ様判明します。


「シーナ君……?」


荷馬車の隙間から吹き込む夜風は、微睡んだ私の意識を醒ますのに一役買ってくれたのでしょう。ですが改めて実感します。1人の夜というものは、これ程までに寂寥感の刺すものなのですね。


「?」


彼の姿が、ありません。

時間は、何時でしょうか。ですが私の元には未だ、劇団員の方々の喧騒や邪神様の嘶き、眩い朝日が届く事はありません。

……彼に限って真面目に夜間の見回りを行ってる事なんて有り得ないでしょうから、そうですね。


おトイレ、ですかね。


きっともう少し経てば、いつもの様に背中を丸めて。寝惚け眼で私に張り付く様にして寝に来る事は明白です。

ほら、だって。

サクサクと、地を踏み抜く1つの足音が聞こえます。

きっとこれは、貴方の音で。

ねぇ、ビックリしたじゃないですか。私を一人にしないで下さいよ。


「もうシーナ君、どこに──」

「お邪魔するわ」


ですが、小気味よく地を踏み締めていたのは、貴方ではなく。貴方と毎日の様に音を流す、小さく賢き一人の少女。飽きもせず何度も繰り返されるそれは、私であってもほんの少し、羨んでしまう音色であって。


「あら、起きていたのね。丁度良いわ、手間が省けて」

「ルィンヘンちゃん?」


そんな少女は私を前に、いつか見た様な仄暗い表情の少女は私を前に。

ポツポツと、新芽の芽吹く季節の到来を告げる雨露の様に。

少しずつ音を流すのです。



"貴方の前"とは、少し違った声色で。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「こんばんは、アビゲイル」


「こんばんは、ルィンヘンちゃん。シーナ君なら居ませんよ、きっとどこかで煙かおトイレだと思います」


「えぇ、そうかもしれないわね」


「待ちますか?」


「いいえ、もしアレが帰ってきても叩き出すわ」


「?」


「私は貴方と話がしたくてここへ来たの、アビゲイル」


「私と?」


「えぇ、そうよ」



▲▼▲▼▲▼▲▼



ちょこんとそのまま私の股座に座り込んだ少女からは、柔らかな暖かさと、ほんの少しのインクの香り。成程シーナ君が邪魔だ邪魔だと言いながら彼女をそのままにしてしまう理由も分かります。

それ程にこれは、心地良い。


「私は彼程、口達者では無いですよ」

「外連味塗れの今日の"舞台"、中々どうして様になっていたわ」

「ふふ、彼が聞いたら喜びますよきっと」


真を語る事を嫌い、芯を掴まれる事を嫌い。そんな彼の言葉には、様々な音。様々な色。

ですがそのいずれもが、今日の舞台を切り取ってもそれは。私達"2人"が、私達"2人"である為に必要なモノ。

あくまでも彼は自分本位でしか無いのでしょうが、私はそれで構いません。

そうやって、貴方と生きていくんですから。


「アビゲイル。貴方、あの男を好いているのね」

「え?……えぇ、と。……その、まぁ」

「そ」


少々面食らいましたが、それでも気持ちを口にして。少しずつ、少しずつこちらに体重を預けてくる少女を抱える様にして。"あの日"の事に思いを馳せます。


「きっと、"騙されたのね"。貴方の様な女性とアレは、ティベリオで無くとも不釣り合いだと声を上げるわ」

「どうでしょうか、ふふ。確かに今思えば笑えてしまう馴れ初めだった様に感じますが、それでこそシーナ君です」


あんな男女の馴れ初めは、世界広しと言えど。

貴方の様なぽんこつさんは、世界中何処を探しても。

そんな貴方を、私は。


「──聞こえている?アビゲイル」

「あ、すみません。なんですか?」


そんな風な事を考えているだけで、こんな近くから発せられた音でさえ抜け落ちてしまう。ルィンヘンちゃんの声は、ようやくそんな私の耳朶を打ちます。

ごめんなさいね、彼の事を考えると、どうしても。


「言わなかったかしら。貴方がしっかりしていなければ、救いようが無いわ」

「彼の怠け者が感染ったのかもしれません」


貴方と共にある事が、私を生かす印になった。

貴方を愛する事こそが、私が生きる証になった。


「ねぇ、アビゲイル」

「なんですか?ルィンヘンちゃん」


そんな諦めにも似た2人の旅路は。

でも、そんな響きとは似つかわしく無い程輝いて。


「貴方達やっぱり、"釣り合っていない"わ 」

「そう、でしょうか」



──だから、分からなかったのかもしれません。



「あの男とアビゲイルでは、"あの男が不憫"でならないもの」

「えと、どういう……意味ですか?」



股座の間から見上げる様にして私を見据えるこの少女の。



「言葉通りよアビゲイル」

「ルィンヘンちゃん?」



瞳の奥の真意の在り処を。



▲▼▲▼▲▼▲▼



───少なくとも、今の私では。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「愛とは、どういった物でしょうね。アビゲイル」

「……そう、ですね。それはきっと、2人の庇護の情の元に揺蕩っていて。運命にも似たそれは、誰しもが求め、誰しもが想い馳せ。儚い、夢の様な生の息吹」


そうした不確かで、不明瞭な物。ですがその心地良さに皆、惹かれ、浸り、それら全てを肯定し。


「そう、それが貴方の解釈ね。であれば、そうね……。少なくとも今の貴方には、僅かであっても"そんなモノは存在しない"わ」

「あの……ルィンヘンちゃん?」


身を窶し、覆い被せて、思い込んで。

ですが2人は、幸せなのです。そうした物を手にした2人はいつまでも、互いを必要とし、認め合い。

少なくとも今の"私達2人"は。そんな尊き日々を愛するのです。

生きるに値する、そんな日々を。


「どうしてそんな、意地悪を言うんですか?」

「事実よ。私は"アレ"と違って、嘘を嫌うの」


分かつ事など叶わない尊き変え難い日々は。

それが例えどの様な結果を齎したとしても、"貴方なら"きっと。

それだけの力が、"貴方"にはあるんですから。


「勘違いしないで欲しいのだけれど、私はアビゲイルを嫌ってなんていないわよ」


それを聞いて、ようやく息を吐いて。それでも未だ見えて来ない少女の言葉は、次いだ呼吸をそう簡単に許す様なものでは無かったのです。


「でも、貴方が語る言葉には。アビゲイルが口にする鄙劣で浅ましい言葉には、気色悪くて反吐が出てしまいそうなの」

「……どうして、そんな事を──」


未だ私の視線を掴んだ少女は、そのまま私の胸を抉ってしまう様に。それでも品の良い彼女の笑みは、この場に於いては不釣り合いで。


「たくさん、殺したのね。でも、アビゲイル──」

「……え?」


ひとしきり私を弄ぶ様に言葉を零した少女はまた、私に寄りかかるようにして身体を預けます。

ですがその少女の身体を抱きとめる事が、そんな言葉を突然零した少女を受け入れる事が、今の私には出来ないのです。



「貴方、"返り血を浴びなかった"のね」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「元来私達は狩猟の民。噎せ返る様なそれであったとしても、鼻腔を擽る様なそれであったとしても。私達は嗅ぎ分ける事が出来る」


「生まれも、思想も、親の顔も、シーナとの馴れ初めも知らないわ。でも、貴方が。アビゲイルが多くの血を流した事は分かる」


「貴女のでは無く、"他人の血"を」


「きっとそれは、シーナが今まで浴びて、流したモノとは違っているの」


「呆気無く消えていった様々な命は、アビゲイルが奪った様々な命は。貴方の"瞳"を曇らせた」


「貴方はそれに気付くこと無く。思い上がって、付け上がって」


「自らをもそんな、"儚い物の一部"であると語っているの」


「気色の悪い、話でしょう?」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「私は、私は確かに清廉でも無ければ、善である事もありません。ですがそうしなければ私は、自らの命を保つ事さえ出来なかったのです。そんな私にもあの人は、様々な事を教えてくれました」


そうして2人は、結ばれた。

これは、紛れも無い事実。あの人の口から態々聞かなくても、私達の間を揺蕩うそれは、彼の吐く煙にも似たそれは。

私を生かす印になった。


「同じく善とは程遠いあの人は、私の生き方を否定しなかった。だから、私達は今も2人、不確かな物に縋る事を肯定するのです」


そう、だってあの人は。

私を"照らしてくれた"から。だから私はあの人に、着いて行こうと決めたんです。


「先程も言ったでしょう、貴方とあの男とでは不釣り合いだと」

「どこがでしょうか。私と彼はあの日より2人、寄り添いあって生きているのです。何も知らないルィンヘンちゃんは、私達の事をそんな風に言う権利なんて無いはずです」


少し、言葉が強かったでしょうか。いいえ、それでも。

私達を否定する様に響くこの音は、誰であろうと不要です。

そんな言葉聞かずとも、私と貴方は一緒なのです。


「だから貴方達2人は、お似合いだと?」

「少なくとも私達はそう思っています。でなければ、私達の旅路は酷く不安定な物になってしまいますから」


だってあの人は言ったじゃないですか。あの時、のぼせた吸血鬼を前に、言ってくれたじゃないですか。

"私の姿"が映っていると、あの時、貴方は。


「そ。貴方がそこまで言うのならこれ以上は何も無いわ。私は貴方と喧嘩をしにきた訳では無いもの、アビゲイル」

「いえ、私も。ルィンヘンちゃんとお話出来る機会を設けたかったですから」


音も無く立ち上がり、振り返って。

あの人とはまるで違うその香りは、ほんの少し心地好くて。

ですが今の私には、ほんの少し心許無くて。

いつからか霧散してしまった少しの眠気も、漸く落ち着く場所を思い出して。


「くすくす。アビゲイル、もう寝なさい。私も寝るわ」

「一緒に寝ますか?」

「いいえ、では、また明日」

「おやすみなさい、ルィンヘンちゃん」


微睡む私を一人残して。

意識を眠気に任せる事に抗わなかった私に向けて。




「貴方の愛は、気色悪いわ」




聞き取る事の出来ない音で。

言葉を残して。




▲▼▲▼▲▼▲▼





「"アビゲイルは大変ね"」






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