燻る正義と狂言回し
「すまねェ2人共。事の顛末は分からねェが何せうちのが迷惑かけてるってェ事だけは手に取る様に分かる」
「いやなんか分からんけどこちらこそごめんだからその顔やめて怖い笑って」
「何度も同じ事を言わせないでシーナ。いい加減降ろしなさい」
「だが団長!この男は、あろうことかこのように麗しい令嬢を奴隷と称し扱う鬼畜なんだ!」
「これ以上オイラの許可無く口を開いた日にゃティベリオ。テメェの首は元あった場所なんて分からねぇ程に吹っ飛んじまうぜ」
「ぐっ……」
「ティベリオさーん、そろそろこの手離してくださーい」
「良かったなアビィ、友達出来たみたいで」
「無視しないでシーナ。分かった。謝るから。お願い。降ろして」
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止まった時間を動かしたルィンヘンの言う所の間男、俺が見る所のアビィの友達、アビィを見る所の悩みの種ことティベ……ティベオ君?は邪神にどやされたものの未だ憮然とした表情でこちらを見据える事をやめようとはしなかった。
この男の事は覚えている。先日の顔合わせの時にいやはやなんと自信に満ち溢れたヘアスタイルだ事でと噴き出してしまったあの彼だ。全方位にその整い過ぎたツラを見せ付けるように前髪を上げたヘアスタイルは、いやまぁしかしそれでいて彼にはよく似合ってしまっている。
同い年だという事でその後なんなら馴れ馴れしいぐらいに仲良くして貰っていたつもりでいたんだけど、いつ何をどう取り違えたのか。
その辺はアビィに聞かない事にはよく分かんない。
「親父ー、そろそろ陽も落ちちまう。少し行った先に川があったから、今夜はそこいらで野営をしようぜー」
世の恐怖を顔全面で表してますみたいな芸を披露し続けている邪神は、我が子から投げかけられたその声を聞き漸くと顔の筋肉を当社比程度に弛緩させた。
「若ェもんが何をどうしようがオイラは止めねェ……。だがよォ、時と場所を考えろティベリオ。そんでテメェは最後にデケェのをやらかしやがった。何処ぞの行儀のなってねェ物種なあんちゃんでさえ、最後の最後まで踏み抜かねェであろう囲いをテメェは破ったんだ」
俺は今バカにされたのだろうが、それどころではない。そろそろ聖天使を降ろしてやらないといい加減俺の鼻っ柱目掛けて予備動作無しの突発性ヘットバットが炸裂する。
いそいそと、それでいて丁寧にルィンヘンを着地させれば、いつか見た卑しい笑顔など何処へやら。少々疲労さえ浮かべた表情のまま、トコトコと溜息混じりに姉の元へと歩を進めるのであった。
「だが、団長……」
俺なんかどやされた段階で穴という穴からデケェの含めもれなく漏らしそうなこの状況であっても、どうやら正義の剣は折れないらしい。一体何と何を組み合わせて打ち続ければここまで強固な剣が出来上がるのか。
ティベオ君の瞳にはまだ燻った炎が行方を彷徨いながらも灯り続けている。
「なんだァ……ナマ言った日にゃテメェ、分かってンだろうなァ……」
こ、こえええええええ!!!
これの何処が劇作家だっつーんだよクソッタレ。アビィまでカタカタしながら俺の側までやって来て震えてんじゃねぇか。
「よぉ、久しく見ねぇ間に寝取られたんだってな」
「シーナ君、ガタガタ震えながらそんな事言っても格好付きませんよ」
「カタカタ震えてるアビィは可愛いよ。なんか壊れたブリキみたいで」
「ありがとうございます、ですが後にしましょう。下手を打てばこちらまで地獄の底へと真っ逆さまです」
「うむ」
全くもってその通りだ。流石は聡明なアビィちゃん。
「見たかティベリオ。コイツらの何処が奴隷と主だ?」
「「ん?」」
邪神が地獄の淵からこちらを見つめている。
そんな気がする。
「な、仲間にしようか」
「シーナ君、お気を確かに」
だが視線を向ける事は出来ない。明確に象られた恐怖が俺達2人の視線を明後日の方に固定したまま動こうとはしないからだ。
俺達がヘタレとかそういうナンセンスな話では無い。
「団長……。そうかもしれないが、だが……」
うむ、何やらティベオ君が葛藤しているのは伝わって来る。だが気を緩めるなよシーナ・ラーゼン。地獄はスグそこ目の前だ。
恐怖する事をやめてはいけな──。
「オォイ!!あんちゃんッ!!!」
「どぉうええええ!!!」
「ぴぃやああああ!!!」
そんな俺達の恐怖なんて屁でもないと言わんばかりに固まった視線を嘶きだけで吸い寄せる邪神。
やべぇマジでなんか漏らしそう。
なに?なんなの?俺らまだなんも悪い事してないよ?
「アァ。アンタの口からきちんと説明してやってくれ。コイツも飲み込もうとはしてんだ。こんな行儀の悪いバカでも、オイラの子なんだ。躾に一役買ってくれてもいいだろう。なに、あんちゃんはまだなんにも働いてねェんだからよォ」
瓦礫をせっせと片してた俺の事見えなかったのお前。
結構額に汗して頑張ってたよ?ん?
「……あんちゃん。頼む、アンタの喋りは嫌いじゃあねェが、今はやめてくれ。……さもねェと……」
なんださもねぇと俺の首がぱーんでびしゃーんな訳かオーケー分かったクールにいこうぜ俺が悪かった。
「分かったからその顔やめろ。うちのがぴゃーぴゃー言っちゃうだろ」
「ヌッ!あぁ、嬢ちゃん悪ィな。アンタをどやしてる訳じゃあねェからよォ」
「もももも勿論分かっているでござるですのよ」
ほほぅ、アビィは追い詰めるとこうなるのか。表情こそいつもの様に仄暗さを纏っているが依然カタカタが止められないらしい。
なるほど可愛い。
だがまぁこのままだと可哀想だし何より俺が漏らす。
「分かった。ティベオ君、あんたはどーも色々勘違いしてるみたいだからよ。キチンと説明してやる」
愛しき相棒のために。
俺の名誉と膀胱とケツの為に。
少しずつだが言葉を流そう。
そう……だな。
まぁ、こういうのでどうだろうね。
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「勘違い?」
「あぁそうさ、勘違いだ。俺達の関係を俺達2人に聞いたアンタに、俺達2人はなんと答えた?」
「捕虜の様な。ないしは奴隷と主人の様な関係だ、と」
「おう、それ自体は正解だ。だがよ、ティベオ。オメェはこう思ったはずた」
「"あぁ哀れなりアビゲイル。年端もいかない君は、あろうことか死神の毒牙にかかり、これからの長き人生を奴隷として生きる事を余儀なくされている!"」
「"許すまじ悪しき死神。僕の正義の剣を持って、今君に自由と希望の翼を授けよう!"」
「"僕の正義の炎は、死神の邪を焼き払う事を望んでいるのだッ!"」
「的な」
「あ、あぁ。だがそれが一体どうしたというんだ」
「そこよそこ。勘違いしてんのはその辺だ、逆なんだよ」
「逆?」
「あぁ。奴隷は俺だ」
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まるで何処かの役者のような、そんな間であり、声であり。
自らを奴隷と声を張ったシーナ君はゆっくりといつものルーティーンへ。
煙を咥え、火を灯し、深く吸い、吐き出して。
見慣れ過ぎたそんな光景でさえも、今やこの場に於いてのそれは神聖なようにも、特別なようにも見えてきます。
これがシーナ君の言った、"人を騙す時"という事でしょうかでしょうか。
標的となったのは、今や先程とは打って変わって狼狽の表情を隠す事の無いティベリオさん。
一度下げた音、身振りと次いだ張りのある声で締め上げすぐさま空気を掴む。そうして締め上げられた空気はゆっくりと息を吹き返し、場に残るのは死神の燻らす一筋の煙。
緊張と緩和を持って、邪神様なぞなんのその。なるほど効果的ですねこれは。
ですがこの場合先程の彼の言葉が"全くの嘘"という訳では無い事も関係しているでしょう。
私達の関係、確かにシーナ君の言う通り彼が奴隷で私が主人と置いた場合はその在り方に準拠した正しい関係性だと言えます。
ですが彼は、そんな風に自分を捉えている節はありません。
……そうですねきっと──。
「俺達は故あって何ヶ月か前から旅を共にすることになった。理由は単純、アビゲイルは俺がいなけりゃ生きることさえ儘ならなくなっちまったからだ。さぁ置き換えろ。主人ってのは奴隷がいねぇと成立しねぇだろ?要するにそういう事だ。ほら──」
ビンゴですね。
この人は"こういう"物の言い方を好むのです。
「"導火線が見えねぇか?"」
尚且つ今は移動劇団ちぇりーぶろっさむの皆の目が集う場であり瞬間であり。
「だが、あんたの炎は俺には必要無い。そんなものが無くたって、俺は火を灯す術を知ってっからさ」
言ってしまえば茶番ですねこれは。煙をティベリオさんに向けてピッと伸ばし、余裕綽々と言わんばかりにからからと笑いながら彼は言葉を終えました。
他所のお家の家訓を破りに破るシーナ君は。
しかしどうして"他所のお家の行儀"の中で。
誰が用意したのか、どんな思惑が用意したのか。
"与えられた台本"の中でしっかりと、狂言回しをやってのけます。
この人は元来こういう人です。
なんと言うかまぁ、ルィンヘンちゃんを天使だなんだと言っていた時には過労と言うには程遠い仕事量が祟って頭の中身がとろとろになっちゃいましたと不安に思っていましたが。
お変わりないようですね。ふふっ。
「いやぁなに、役者ってのも悪くねぇ。こんなに大勢で旅をして、こんなに美味い煙は初めてだ」
さてさて。
山場は超えました。
カーテンコールはすぐそこですよ。
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「アビゲイル……今の言葉に偽りは無いのかい?」
「えぇ。ですがティベリオ様、貴方の正義。私が知る限りでは唯一混じり気の無い、格別でそれでいて壮麗な御心でした」
「そう、か。……アビゲイル、ラーゼン君。数々の非礼、謝罪させて欲しい。君達にも君達の事情があった事だろう。それを鑑みる事もせず、僕は僕を押し付けてしまった」
「なに、アビィに友達が増えるのはいい事だぜ」
「ふふ、そうですね」
「僕がこう言うのも可笑しいのかもしれないが、ありがとう」
「分かった分かった。ほら、さっさと野営の準備をしよう。日が暮れる前に諸々終わらせとかねぇと後々厄介被るのは俺達なんだから」
「あぁ、そうだね。……それとその、ラーゼン君。もしかしたらなんだが君も1つ勘違いしているかもしれない」
「あぁん?」
「僕の名前は、ティベリオだ」
「シーナ君はやっぱり役者には向きませんね。役の名前を覚えきらないんですもの」
「ファックだ。最後にケチが付いちまった」
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そんなこんなで幕を閉じた、アビゲイル・ウィットビー寝取られの巻。
壇上から転げ落ちながらのカーテンコールと相成った訳だが、どうにも俺は気分が良い。
それは、こうして寝ずの番を引き受け森を彷徨いてる俺自身が証明している。4時を過ぎているだろうか。
喧騒は無く、今聞こえるのは煙のチリチリ焼ける音。それと若者がせっせとお仕事に従事する音。
「んーけどもう帰ろうそうしよう」
だってなんにも出て来ないんだもの。折角珍しく働いたらこれだ。一時の感情に左右されるのは愚策だな。
"らしさ"とかってのはやっぱり重要だね。ガラにもない事はしない方がいい。間違いない。
今はもう寝静まっている劇団員の元まで南に1kmも無いだろう。
くるりと歩先を翻し、来た道を1歩ずつ戻るガラにもない若者の元に。
"やって来た"。
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「ご苦労な事だ。今更しっかり働いたって、サボった分は返ってこねェぞ」
「今日はいい気分なんだ。"そんな顔"すんなよ、団長」
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向けられている"これ"は、敵意では無い。
疑念とか、多分、そういうヤツ。
1歩ずつ歩み寄る邪神を前に、肩を竦めるしかない俺を。
冷えた世界が締め上げていく。
だが、ソイツは。
これからの"俺達"を苦難のどん底に叩き落とすには、充分過ぎる代物だった。




