だって天使がそう言ったから
「おい団長さんよ」
「ア、アァ……皆まで言うな。そのォなんだ……ありゃウチの責任だ」
「何処の誰が"行儀がなってねぇ"ってぇ?」
「返す言葉もねぇたァこの事だ。まぁ、すまねェ……」
「気にすんな。……だから言ったろ?何処にでもいるもんさ、"ああいう"手合は」
「全くだぜ。……ったく、どうすんだよい?」
「いや、俺に聞くなよ……」
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「さぁ、ラーゼン君!いや、もはや君に敬意など評すものか!貴様の様な男には、もはや敬意などは必要無い!シーナ・ラーゼン!アビゲイル・ウィットビーを奴隷として扱う貴様には、目も当てられない程の敗北がお似合いだ!」
「あのーいや違うんですよシーナ君。色々と訳がありましてね……」
「死神とはよく言ったものだ!聖者の為に出来上がったこの世界には、何処を見回しても貴様の居場所など有りはしない!シーナ・ラーゼン!成敗してくれる!」
「あぁ、ティベリオさん。ちょっと黙っててください……」
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結局と何を考えていたのかさっぱり忘れていたが、聖天使ルィンヘンちゃんを抱え上げ森をひとしきりうろちょろし半刻もしないうちに帰ってきた。邪神とその部下幾人かが綺麗に片付けられた現場を前に何処から持ってきたのか思い思いに水を煽っていた。
どうやらまだ後続は到着していない様子。
部下のゴリラから俺達2人も水を分けてもらい一気に飲み下す。邪神はその様をロクに働いてもいないクセに一丁前にどーのこーのと揶揄したが余程喉が乾いていたんだろう。喉から腹に落ちるまで、冷えたそれが流れていく様は気持ち良かった。
作業中もグルゴ君は四方に注意を向けていたそうだが、やはり何かそれらしき影を見るまでには至らなかったようで。
出て来てくれれば倒しようもあるってなもんだけど、鎌を振るう相手がいないんじゃやりようがない。まぁ出ないに越した事も無いんだけどさ。
考え事をしていたせいか俺やルィンヘンも森の変化、グルゴ君の言う所の視線って奴を感じる事は出来なかった。
だがまぁこんな現場の近くに"何にもいない"って事自体、違和感を覚えざるを得ないんだけど。
「オイラは専門じゃあねェんだがよォ、ああいうのは大体死後どんくらいで湧くもんなんだ?所謂、ワイトだとかアンデットだとかは」
そう、そういう変なヤツらが居た痕跡が、ここには無い。
「俺も別にオバケの専門家をやってるつもりはねぇよ。だがまぁ大体は2日もしないうちに、んでもってこの辺に"そーゆー感じ"は残ってていい筈なんだけどねぇ」
こういった感覚的な事は言葉にするのが中々難しい。だが多分、"視線"とか"意思や神"とか、そういう物。勿論ワイトやアンデットには五感を刺激する実体があるが、奴らは必ず痕跡を遺す。
それが、生者の叫びなのか。
それとも死者の産声なのか。
その辺はてんで分からない。
地方によっても捉え方はそれぞれだし。だけどまぁ共通認識としてどこのみんなも言ってんのは、"気持ち悪いから倒さなきゃ"ってゆー。
「そいつらとは?」
「しょっちゅうじゃねぇけどな。それでもまぁこんな事してフラフラしてっと誘いを受ける事はある」
「どの程度のもんだ?」
それもまちまちな印象ではあるけれど。
まぁでも強いて言うならそうだな。
「生きてる時よりは動く」
「ハハァ、厄介なもんだ」
そうそう。
もう死んでっからね。"要らないもの"が無くなってる。あんなのを操る魔法なんてこの世にあったら大変だろうね。
勝ち目なんてありゃしない。
そう言えばあの辺の奴らにアビィの銃は効くのだろうか。確かアレ、病を撃ち込むだか何だか言ってたような。狼には効いたみたいだけど、そもそも死んでる奴には……。うーん。
…………ん。アビィが、なんだって?
…………なんか忘れてないか俺。
んん?
「──オォイ!こっちだー!さっさと通るぞ!足を止めるなァ!」
邪神の声でハッとして顔を上げる。土煙を巻き上げながら拙速拙速また拙速と、向こうに見えるは荷馬車の大所帯。
思ったよりも早かったな、と。煙を口に含もうとした瞬間だった。顔を少しずつ前に向け、瞳にも力を入れずそのままに。
──ただ流れのままに視界に現れた聖天使が。
──酷く歪んでほくそ笑んでいる様に見えたのだった。
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荷馬車と共に今までの何倍もの早さで移動をしてきた後続部隊。何人もの大人が声を上げ、自らや皆を鼓舞し。はたまた周囲に蔓延っている可能性の拭えない脅威に対しての威嚇も孕まった騒音は、彼の煙と共に溶けて消えてしまったのでしょうか。
緊迫しております。
幾人もの、数多もの感情が格子状に連なって、甘晴れた今日という日の首を締め上げているのです。
「どうして止めるんだアビゲイル!大丈夫、私は貴女を救ってみせる!」
幾人もの"それ"の。数多もの"それ"の。
その一部分、いえ。最早この時間をこのように縊り殺した張本人であるティベリオさんは、にも関わらず全くの無自覚で握った縄の手を緩める事をやめません。
「ですからあの、何度も言うようにですね。私とシーナ君は懇意に有るのです。ただ如何せん、私達は説明するにも中々ややこしい関係上先程の様な言葉を選んだだけでその実──」
「もういいアビゲイル!悲しみは何も産まないんだ!凍った心は溶かさなければならないんだそうこのようにしてッ!!」
「ぐぇー」
もーっ!!
話が進みませんよーっ!!
「しかし何がどうしてこうなんのかね」
縊り殺されていたのは果たして何処の誰だったのか。縄の弛みの生じた少々お間抜けな空間に響いたのは、少し懐かしささえ感じられる水流の音。
「えぇ本当に。いい加減降ろしなさい」
そんな彼は、果たして何がどうしてそうなったのか。小さき有識者を腕に抱え上げ、少々微笑むようにしてこちらの喧騒を眺めます。
いつからか姿が見えなくなっていたルィンヘンちゃんはこんな所に居たのですね。皆一様に『そのうちふらっと帰ってくる』と仰ってましたがあんな場所であんな姿で登場するとは思ってもいなかったでしょう。姉のラエルノアさんは少々呆気に取られていた風ではありますが無事が確認出来た以上、この場で身動きする事は愚策と踏んだのか、肩を竦めながら傍観を決め込むことを選びました。
「ちなみに聞きますがシーナ君。何がどうしてそうなっているのですか」
「聖天使を前にして頭が高いにも程が有るぞアビィ」
くっ。どうやら相棒が仕事のストレスで前後不覚に陥っています。ピンチです。場の沈静を図るには彼との協力が必要不可欠なのに。
……というかほんと何やってるんですか貴方。
なんとかかんとかティベリオさんを引っぺがし、なんとかかんとか訴えかける様に。手遅れになりそうな相棒の目を醒ますべく声を張り上げます。
「お願いですからシーナ君からも何か言ってあげてください!」
次いで声を上げたのはいつの間にやら固く私の右手を握っている御仁。
「アビゲイルは人の善性を信じ過ぎている。ここまで清廉な令嬢を持ってして、シーナ・ラーゼンという男はその下劣で醜悪な生き様を恥じる事は無いのかもしれない……」
ひゃあああお願いですシーナ君怒らないで下さいよ!ここで騒ぎなんて起こしたら私達結構先まで文無しになっちゃうかも知れないんですから!
「……だが、アビゲイルはそれでも貴様に賭けている。であれば、私は彼女の、彼女自身の善性を信じてやりたい」
…………ん!?
何故かは分かりませんがいい流れな気がしますよこれは!
そうそう!そうですティベリオさん!
「なればこそ問おう。シーナ・ラーゼン。君にとってこの女性、アビゲイルとは……果たしていかな女性たるやッ!!」
ナンカキマシタ!!
ココですよシーナ君!返答如何によってはこの件まるっと治められそうな気がしますよ!
さぁ!さぁさぁ!!
言っちゃって下さいお喋り大好きシーナ君!!!
「え?えーと……んー?」
1秒が1時間に。
10秒が1日にさえ感じる、そんな長い、長い静寂と。
ひとしきり首を捻る死神は、なにやらぽしょぽしょと耳元に口を寄せる聖天使の小さき導きに、天啓でも得た様に。
これ納得と言った表情を見せ。
そうして言葉を流すのでした。
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「1番近いのは奴隷かな!」
「やはりか!成敗してくれるゥッ!」
「あぁー!シーナ君のバカァ!」
「えぇ、シーナはバカだけどとても愉快だわ」
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音は交差し、交錯し。
遂に刃は交じり────。
「いい加減にしねぇかテメェらァッッ!!!!」
────合う事はなく。
「ティベリオッ!テメェ人のモンに唾付けんのがどういう事だか分かってんのかァッ!!!!」
邪神様の一喝によって。
世界は訥々と元の姿を取り戻すのでありました。




