お前、天使だったのか
「親父!旦那!ただいま戻りやした!」
ここまでに辿り着いた所要時間といえば1時間くらいだったように思うが、ものの10分足らずでグルゴ君が帰ってきた。
犬とは言うがやはりこいつも邪神の子。俺なんかの尺度で測るもんじゃない。いよいよもって人外だらけの集団めいてきたな。
まぁ団長が邪神だもん。仕方ないよね。
「オゥ、誰が来る」
「トールキン、バンデム、マットの3人でさぁ」
分かる、分かるぞ。邪神の子の中でも身体がバカでけぇあいつらだな。目付きも悪けりゃ素行も悪そうな裏方連中の癖に、バンデムだかマットだかどっちかは医学にも精通してるだとかなんとか飯の最中に聞いた気がする。
で、恐らくとあれも人間じゃない。多分ゴリラの生まれ変わり。間違いない。
まぁほら団長が邪神だもん。仕方ないよね。
「悪くねェ。さぁテメェも手伝え」
「アイアイサー」
グルゴ君が敵影無しと判断したものの、安全では無い事も同時に口にしたと言っていい。
であれば確かに適任かもしれない。
鉄火場に佇む白衣のゴリラとはしかし字面だけで違和感だらけである。
「ねぇシーナ。貴方に吉報よ」
「あ?」
遠目にゴリラ三人衆(一部医者)が見えて来た頃、耳朶を打ったのは余程場違いに澄んだハイトーン。
誰の物かも何処からの物かも瞬時に理解したが。如何せん"どうしてここに?"ってところが拭い切れずにそのまま首を捻ってしまう。
「貴方結局サボっているじゃない」
「いや、なんでお前ここにいんの?」
朝見た時よりも少しスカートの裾がヨレているが、相変わらず歳不相応に落ち着き払った黒エルフは俺に少しずつ歩み寄る。
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「何故と問われても、"移動してきたから"と言う他に答えは無いわ。……果たしてこの問答は必要かしら」
「必要かどうかは置いといてお前トロくせえんだろ?」
「早くて持続力の無い男性よりはマシだと思わない?」
「さぁ?その辺はアビィから聞くといい」
「こんな年端もいかない娘に話題くらい選びなさい」
「おまいう」
「乗ってきたのよ、グルゴに」
「やだ何この子イヤらしい。俺でも時と場所くらい選ぶんだけど。なに?グルゴ君が堪え性無いとしてそれがどうしてお前がここに居る事に直結するわけ?」
「シーナは真面目に相手をするのが馬鹿らしくなるわね」
「さいで」
「ところで」
「あん?まだ赤裸々にグルゴ君の早漏話を続けるのか?可哀想にグルゴ君、マジで帰ったらアクセサリー作ってやろう」
「アビゲイルが寝取られたわ」
「まぁでも今日肉が出るって決まったわけでもねぇからなぁ……どうし───」
「は?」
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「おいあんちゃん!いい加減にしねぇとどついちまうぞ!ここいらはもうオイラ達でやるから周辺警護をやってくれ!サボるならバレねぇようにやれってんだ!……おい!聞こえてんのか!?」
「聞こえていないでしょうね。彼は今思考の海で溺れている事でしょう。くすくす、やはりグルゴと共にここにやって来たのは正解ね。シーナのこんな顔が見られるんだもの」
「お?オメェも来てたのか、いやはやご執心だなァ」
落ち着いて考えてしまえば有り得ない話だ。兼ねてより俺の女遊びを不潔と袈裟で切り捨てる高貴且つ清廉なアビゲイル・ウィットビーが、俺が目を離したからと言ってホイホイ男にケツを振るだなんて。本来俺達は、誤契約と言い換えても誤りの無い、イレギュラー過ぎる事態を越えて運命共同体となってしまった身。だが今や2人はその名の通りの運命共同体。飯や寝床はなんのその、大体の事は2人揃ってこなす事が慣例となっている。麗若き男女の情念はとどまる所を知らず、今や表立った血液補給だけの関係とは言い難い。いつしか2人の間には、信頼とか絆とか口にするのも馬鹿らしいそんな概念めいたモノさえも感じられる間柄になった。そうして俺は、初めて人と旅をして"居心地の良さ"なんてものを感じたんだ。そんなもの必要無くても生きていけたんだろうが、アビィには感謝している。口になんか、出さないけど。
「団長、勘違いはよしてちょうだい。私は彼に嫌がらせをしに遥々ここまでやって来たのよ?」
「ガキの頃ってのは上手く感情を表すことなんて出来ねぇ。オイラもそうだった。まだおめェくれェの歳の頃、あいつァ花屋の娘だった。売り物の花なんかよりも咲き誇って見えたそいつァ──」
「その話もう聞き飽きたわ」
だが考えてもみろ、俺達の旅の中には確かに欠けているモノがある。それはアビィくらいの歳の頃の女には時に儚く、時に夢の様に見える代物で。あいつの今までの生活を鑑みてもそうだろう。"選択の自由意志"。これが俺達の旅の中で唯一圧倒的に欠けている。あいつが選択できる範囲は限られたものでしか無く、あいつの心の真の在り処は知らないが、自らを抑制し、抑圧し、そうしたモノの中で"俺との生活"という選ばざるを得なかったモノを偶像的に、盲目的に特別視しているだけなのかもしれない。だとすれば、確かにアビゲイル・ウィットビーの今回の奇行とも言える行いは時間の問題だったと言えるだろう。いやだが待て、だがあのアビィだぞ?あの日俺が"切った"あのアビゲイルだぞ?有り得るのか?俺から与えられる快楽に身動き取れずに溺れたあのアビゲイル・ウィットビーだぞ?なんだ?イッタイ何が起きているんだ?
「あぁ、本当に壮観だわ。この男、こうしていると見ていて飽きないわね。表情のよく変わること」
「ルィンヘン、悦に入ってるとこ悪ィがあんちゃん連れて周り見回ってくれ。邪魔でしょうがねェよったく……」
「ええ、分かったわ」
「それと早めに元に戻してやれよ。確かに面白え顔にはなってるがこいつにゃ期待してんだ。死なれちゃ困る」
「勿論よ。こんなに面白いものを手放すなんて有り得ないわ。さぁシーナ、行くわよ」
何処に行く。なんだ、どうして俺を引っ張るんだこのちっこいの。そうだこいつだ。毎日毎日飽きもせず俺の胯座に座り込んでは嬉々として俺とお喋りを始めるこの少女だ。こいつとのお喋りは確かに悪くない。頭も良く、廻り方にも品がある。更に言えばシャレのセンスも効いていて、悪い所といえばあまり俺の振ったボケに乗ってくれない所だ。だがこの少女の口から奏でられる音は嘘を嫌う。第3戦目くらいで聞いて取れた。根付いた膨大な知識や潔白である事に誇りを持っているのだろうか。故に俺のボケには乗ってこない。だがだからこそ、そこの辺りをコロコロしてしまえば余りにも体躯と似合わない程膨大な知識量を盾にするこいつであっても説き伏せる事は可能と相成るわけで。要するに毎度毎度俺が勝ってる。うん、間違いない。はて、俺は今何と言ったか。そう、そうだ。この少女は嘘を吐かない。姓の無いこのルィンヘンと名乗る黒エルフは一度だって俺に嘘を吐いた事は無い。だとすると、なんだ。だとするとそう、アビゲイル・ウィットビー寝取られの巻という一見鼻で笑ってしまいそうなこの小咄はどんどんと真実味を帯びていく。なんだ。何が起きている。俺の知らない場所で。俺の知らない時に。俺の女は寝取られたのか?いや待て、果たしてアビゲイルは俺の女なのか?彼女にその自覚はあるのか?いつから?何をきっかけに?
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「いいわシーナ。ヒントは──」
「なんだ?」
「ヒントは、金髪」
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金髪。俺の髪は灰色で、アビィの髪はダークブルー。ちなみにこの少女の髪色はダークパープル。そう、その辺りもこれと相棒は近しい存在。肌の色こそ真逆な程に違うが光彩の感じられない仄暗い目付きや余り感情の出ない表情等、一部を切り取ってしまえば姉妹と言っても疑う余地は無いと言っていい。だからこそと言えばいいのか。この少女の事をどうしても気にかけてしまう自分を否定出来ない。俺は、アビィの幼少期を知らない。どんな親に産み落とされ、どんな思想に心動かされ、どんな物と出会って、どんな物を愛したのかさえも。だからこそ今ここにいるぷちアビィことルィンヘンの暴政と言っていい現状を、打破しようと本気で思うに至らないのだ。待て、それだと俺は少女性愛者の気がある様に聞こえてしまう。それは決して無い。俺のこれはきっと父性に近い。間違いない。大体入れようにも少女には入らないじゃないか。俺のがデカイとかではなく少女のサイズでは俺を受け止める事はどうあっても出来ないはずだ。そう、昔こんな話を聞いたことがある。小太りのマッシュヘアーの男だ。その男が俺に言った。俺はトンボを愛していると。ビュンビュンポンピングしながら秋に飛び回るあの虫のトンボだ。俺はトンボを愛しているが、トンボと性交したとして、俺は彼女を壊してしまう、と。なんという話を聞かされているんだ俺はとその時暫く放心したもんだが、確かに彼の言う事にも一理ある。トンボを少女に置き換えれば今の状況と何ら変わりない。ん、俺は何を考えていたんだったか。トンボ……違うだから少女性愛者がどうとか。……あぁそう確かそれだ。だから今尚俺を引っ張って森をスイスイ進んで行くこの少女を愛しても、俺は彼女を壊してしまうのだ。故に、彼女を愛する事は出来ない。心と体両方を満足させなければ愛と言わない。俺が彼女に向けているのは愛ではない。その他のもっとこう……。あぁあの話、あの話に近いぞ。これも人から聞いた話だが、画家だったか。彼は天使という存在を崇拝し、彼女達のみを自身の手で描き続け生計を建てていた。天使とはその男が述べるには神そのものだと言っていいそうで、彼のの故郷にはそういった言い伝えがあったらしい。母の読む絵本に出てきた翼の生えたブロンドヘアーの少女に心奪われた少年は、それからというもの何かに取り憑かれたように天使の絵を描き続けたそうな。彼の絵を見せてもらったが、確かに柔らかな笑顔を携えた包容力の有りそうな少女だった。鳥にああいった知り合いが居ないこともないが、確かにそれとは圧倒的に違う神々しさなんかを、その絵の少女からは感じ取る事が出来た。そう、神々しさと包容力。……包容力、か。つまるところそれはあるがままをあるがままと受け止める度量だと言っていいだろう。現状を現状として否定しないそれは、とても深い器であると言っていいだろう。……いやだが待て、果たして本当にそうだろうか。本当に、それを包容力と評していいのだろうか。否、有り得ない。包容力とは導く事と同義である。仮に包容力の有る人物が居たとして。うだつの上がらない取るにも足らない存在を、許容し、受諾し、先導する。その一連こそが包容の真なる在り処では無いのだろうか。だからこそ、そんな事を易々とやってのける存在に心奪われ、彼は描き続けたのではないだろうか。神々しく包容力のある、天使の絵を。
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「大丈夫?」
「あぁ…待ってくれ。答えはスグそこ目の前だ」
「そ」
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落ち着けシーナ・ラーゼン。
思考を止めるな。頭を廻せ。
ふと、未だ歩みを止めることのない少女に目を奪われた。未だ俺の手を引き、何処へともなく歩を進める少女に目を奪われた。
先程までの考えを思い出せ。ゆっくりでいい。大丈夫だ。
許容し、受諾し、先導する。
大丈夫、覚えている。思考の廻りはいつも通りだ。
であれば、今告げた様に答えが出るのも時間の問題。俺は何も間違いを犯す事無く、最適解を導き出せる。
───待て、そうだ。この少女、何と言った。
『ヒントは、金髪』
それはまるで頭蓋に直接落雷を受けた程の衝撃、衝撃。思わず立ち眩んでしまう程の、衝撃。そうだ。ルィンヘンは俺に最適解を手繰り寄せるための道標を示したのだ。
金髪、ブロンド……。そう、だから天使だ。待て待て俺は今なんと言った?…………天使?いや、金髪、じゃなくて。……道標!そう、道標だ!ルィンヘンという背中を向けたままに俺の答えを待ち続ける少女は、そう言って俺に道標を示したのだ!
そうだ、どんどんと湧いてくる。知恵の泉が、知識の泉が俺に語りかけてくる。シーナ・ラーゼン、答えはもう手の届く場所に沈んでいるのよ、と。
ルィンヘン。全てはこの少女が握っていると言っていい。道標を示し先導したこの少女が……。
先導……後は、受諾、許容。
それも、この少女は……その2つもこの少女は……。
"ここでこうしている事"で既にその部分の証明を終えているではないか……!!
グルゴ君のちんこの誘いを受諾したのは誰だ!
グルゴ君のちんこを自らに許容したのは誰だ!
道標………金髪………受諾………許容………。
──ハッ!
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「お、お前……天使だったのか?」
「面白い所に着地したわね」




