貴方と私の形容し難い関けぐぇー
「ああああやめてぇぇ!!服が伸びるってか首が締まるううううう!!!」
おぉ……見事にキマってますねあれは。お労しや死神様。
「さぁ僕達も僕達の出来る事をしよう。周辺警護はバディを組んだ方がいい。西側はラエルノアとコーエン、東側は僕達だ。2時間後にまたここに戻り各々経過を報告してくれ。トールキンとミリアはここに残って有事に備え、南はルィンヘンとバンデム。これでいいかい?」
シーナ君の声がどんどんと遠くなって、暫くした後ティベリオさんがその雄々しく張りのある声で皆に語りかけます。
周辺警護と荷馬車の見張りを一手に受ける事になるかと一時は辟易としてしまいましたが、彼のお陰で助かりました。
皆一様に、その声を聞きシャッキリと与えられた仕事をこなしに掛かります。
うーむ、邪神様にキメられた彼にも見習って欲しい所ですねこれは。
「さぁアビゲイル、僕達も行こう。大丈夫、僕が必ず君を守ってみせるさ」
「あら素敵、期待していますよ、ナイト様」
こうしてクスッとしてしまった私を、この方は一体どう見たでしょうか。
思い出すのです。こうして別の男性の言葉を聞いていると、いつもの私の相棒の事を。もしかしたらそのまま絞め落とされて担がれているかもしれない、どうしようもない彼の事を。
彼は私にこの様な言葉を掛けた事は1度たりとも有りません。というか性格上、私以外にもこんな言葉を発した事は無いでしょう。
……いえまぁそうですね、1度だけ。
そんな事を言ってますね、彼も。
『俺の後ろにいてね。もう今日、血をあげたくないから。痛いし』
でしたっけ。
ふふっ、あぁ懐かしい。もう、遠く昔の様な気がします。そんな彼との記憶が、私の頭をこれでもかと埋め尽くして居るのです。
きっとあの言葉は彼の本心でしょう。それ以外の何物でもないのです。私が力を使えば、その分自分にそのツケが回って来てしまう。彼はそれを嫌がって、そんな言葉を吐いたのです。
あの人のあの言葉に込められているものはきっと、たったそれだけでしか無いのです。
それがおかしくて。
この方の言葉とは全く違っていて。
少し、笑ってしまうのです。
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「そういやあんちゃん旅人なんだろ?ちょっと力貸さねェか?」
「お前これ以上俺を働かせるってのか。4割上乗せ、そうすりゃ話くらいは聞いてやる。力貸すかどうかはそっからだ」
「おめェが真面目に働いてるとこなんてまだこれっぽっちも見てねェぜ。いやどうも今回の台本よ、ケツんとこが締まんねェんでなァ」
「下の世話くらいテメェでやれ」
「んなこた分かってんだ。なんか話を知らねぇか?どこの地方のどんな種族のもんでもいい。男女の話だ」
「おい、冗談よせよ。……えっ、恋愛モノ書いてんの?」
「あたぼうよあんちゃん。愛ってェのは変え難い」
「人は見かけによらないんだね」
「口のきき方に気を付けろよ給料泥棒、ほらそっち持て」
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「ふむ、この辺りにも不審な形跡は無いみたいだね」
「えぇ、そうですね」
見回りを続けるものの、周辺には怪しい影も痕跡も無く、時間だけが刻々と過ぎて行きます。
獣道さえ無いこの辺りの探索は、少し足にきてしまいます。
「まぁ、何も無いからといって油断は禁物だね。さぁもう少し奥を見て回ろう」
これも違いますね。
きっとあの人はこう言います。
『何もねぇ。よし帰るぞアビィ、何か居ても逃げようそうしよう』
と。間違いありません。お仕事嫌いの彼が何かの間違いで見回りを始めたとしても、ものの5分で踵を返すんです。
ふふっ。
「おや?アビゲイル、どうしたんだい?」
また含む様に笑ってしまった所を、ティベリオさんに見つかってしまいました。
「いえ少し。そうですね、同い歳でもここまで違ってしまうのかと思いまして」
「あぁ、ラーゼン君の事かい?」
同じ時間を違う場所で生きた彼らは、果たして何がどう違ってしまったから笑える程に変わってしまったのでしょう。
出会ったものや考えた事、それら遍く一切が、似ても似つかぬ程違ったのでしょうか。
「そういえば、アビゲイルは彼とどういう関係なんだ?見たところ、兄妹や親族にも見えない。まさか夫婦という事も無いとは思うが」
まぁ、当然と言えば当然でしょう。まだ若い私達2人は大体何処に行っても同じ様な事を聞かれてしまいます。これが邪神様程に歳のいった番であれば、そういった疑問も浮かばないとは思いますが。要するに、余生を持て余したにしては諦めが早過ぎるというか。
そういえば邪神様ってお幾つなのでしょうか。
「えぇ、勿論。あの人とは夫婦では有りません。なんと言いますか彼とは、彼とは……」
あぁー、なんでしょう。
"あの日"より共に旅をする事になって、それから寝食を共にし……。契約者と名乗るのは簡単ですが私もそこまでぽんこつな頭をしている訳ではありません。
彼とは…………。
「……ほ、捕虜と主?と申しましょうか?いや、奴隷?」
うん。うん、そうですね。
1番、近い気がします。
……ん?
ビジネスパートナー?
……んん?
こういう時の最適解を後で彼と擦り合わせて起きましょう。彼ならなんと答えるでしょうか。
うーむ。
「──なんだって!?では君は彼に奴隷として使われているのかい!?」
「…………ん?」
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「君のような可憐な人を捕虜だって?奴隷だって!?情けなさの先に立つ男だとは思っていたが彼は本当にどうしようもない男じゃないか!」
「ん。あっ、えっ、えとその、1番近い関係としてはそれが最適解かなと思っただけで。本当に捕虜とか奴隷の様に扱われている訳ではなく──」
「アビゲイルっ!君は、君は何も言わなくていい。大丈夫、彼が戻って来たら僕から君を解放するように進言してあげよう。任せてくれ」
「ん。あ、いやその。えとーいや別に私自身今現状何か不満がある訳ではなく──」
「もういい!大丈夫だアビゲイル。君は生まれたその日から、両親の愛と自由を手にしていたんだから。僕がそれを思い出させ、そして彼から解放された暁には僕が君の事を抱き締めてあげよう!」
「ん。えとあのー、いやだからですね、別に私達は──」
「えぇい!もう何も言うな!僕が君を救って守り抜いてみせる!この世全ての悪から、守り抜いてみせる!抱きとめてみせる!これが人の温もりなんだって、こうして何度も思わせてみせる!」
「ぐぇー」
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「あぁーじゃああれはどうだ、ヘレスの先っちょの方にカビネットって所があんだけどよ」
「ホゥ?」
「"曲がり角の女"ってのがいてさ、声を掛けられるんだと。『もし、こちらの道はどこに繋がっていますか?』って。決まって声が掛かんのは男だ」
「……ウーン?」
「見るからに貧弱そうな女に、男共はお節介を焼いちまってね。『僕が案内するよ、さぁ着いてきてご覧』ってなもんで。したら──」
「おいあんちゃん……オチが読めちまったぜ……。オイラは愛の物語を聞かせろっつったんだが」
「おいおい、腹上死だって立派な愛だろ。些かマヌケだが"連れてかれた"奴らは半透明にでもなって一生懸命路地裏で腰振ってるさ」
「ハハァ、分かった。あんちゃんの地元じゃ朝食は決まって"真っ白なパン"だ。違ェか?」
「朝は食わない主義でね」
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な、何がどうなってこうなってしまったんでしょう……。
先程彼、油断が何とかとか仰っていませんでしたっけ。
何ですかこの状況。
私をひしっと抱き締めるティベリオさんと、結局抵抗虚しく抱きしめられっぱなしの私。
うむ、何と言いますか。
the 油断の構え。
「あの、ティベリオさん、そろそろ離して下さい。憂いの無い状況では無いのですから」
強い力で抱き締められ、胸にガッチリとホールドされ呼吸も儘ならない今の状況では、もし何かに襲われても私達2人は五体満足では生きられないでしょう。
「あ、あぁ済まないアビゲイル、取り乱してしまった。……だが、だが僕は許せないんだ。そもそも奴隷なんてものがこの世に制度として根付いている事自体間違っている」
「え、えぇ分かりました。分かりましたから今はお仕事に従事しましょう?ほ、ほら、私を守って頂くのであれば、ね?見回りを、ね?」
「あぁ、勿論だ!さぁ僕の手を取って。君を守るのは僕だ、片時も僕から離れないでくれ」
す、凄いですね。なんと言いますかこう、圧が。
有無を言わさないこの物言い、奴隷制度を許せない正義感。
まっことあっぱれなナイト様です。
「え、と。それだと急な有事に対応出来ないのでは無いでしょうか。使える手は多い方がいい。2本よりも、4本の方が──」
「なに!?"使う"!?僕が君を使うだなんて!あぁアビゲイル……君の心は氷のようだ……。でもきっと溶かしてみせる。こうして抱き締めて、僕が君の心を溶かしてみせる!!」
「ぐぇー」
誰か、助けて下さい。
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「じゃあよォ、体験談的なのは無ェのか」
「注文多いなぁお前……。体験談……愛的なやつの?」
「そう、ソレ的なやつのだ」
「行きずり後腐れ無しがモットーの俺に何を語れと」
「嬢ちゃんがいるだろうよ」
「あぁー……まぁー……」
「なっ、イイじゃねぇかちょっち聞かせろ。余程不真面目なあんちゃんだが、あの嬢ちゃんとの馴れ初めってんなら少しは退屈が和らぐかもしんねェ」
「あぁーあーやってらんねぇ仕事しねぇ俺不真面目だからふぁっくふぁーく」
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結局あの後手を握られたまま2度3度ぐぇーを繰り返し、敵影無しと判断した私達、ティベリオさんの壮大な世界総救済の展望を熱く語られながら帰路につきました。
果たして何故このお方はここまで壮大な夢を持っていながら舞台役者として生きる事を選んだのでしょう。
謎は尽きないばかりです。
「みんな、どうだった?」
「あたしらの方にも何も無かった。トールキンやコーエン、ルィンヘン達も同じだ」
「そうか、僕達の方にもおかしな所は無かった。何かあれば団長達の方という事か。よし、彼らの帰還に備え皆いつも通りに過ごそう。だが戦えるものは皆武器を近くに置く事、分かったね?」
テキパキと皆を纏め上げる彼の言葉を受け、団員の皆様は少しずついつもの姿を取り戻していきます。
ですが──。
「で、ティベリオ」
まぁ、気になりますよね。声を掛けたのはラエルノアさん。訝しげに、首を捻りながら私とティベリオさんの間一点を見つめて腕を組んだまま動こうとはしません。
「どうした、ラエルノア」
「あんた"それ"、何やってんの?人のもんに唾付ける暇があったら団長の所行って手伝って来なよ」
そう。見ようによってはまさに今そういう状況なのです。
ティベリオさんはあの時から今もこうして私の右手を離そうとはしてくれません。
こんなに長い間人間に触れられる事は彼以外には初めてで。私の手汗なぞ気にも留めず、彼は固く私の手を握り続けます。
「あぁラエルノア……。違うんだ彼女は──いや、この話は彼が帰って来てからでいいだろう。あまり声を大にして話す事でもない」
捕虜兼奴隷(仮)の私の気持ちを慮って、ティベリオさんはそのまま私に慈愛の篭った表情を作り2、3劇団員達と言葉を交わします。先程とは違い、心做しか私を握る手にも少しの余裕が感じられる程にはそれは緩まって居ますが、やはり片時も私を離してはくれないご様子。
アビゲイル・ウィットビー、今ここに真の捕虜と相成っている訳で。
これ、彼が見たらなんと言うでしょう。
"ああいった思想"の元にこの世界を生きる彼ならば、恐らく自分の物を横取りされるのは大嫌いでしょう。
むむむ……如何せん面倒事になる事は間違いないでしょうね。
「──あら?」
未だ固く握られたままの右手では無く、今度は左。柔らかい絹のようなそれに手を引かれる感覚。抗うこと無く目を向ければ。
そこには何処ぞの相棒と毎日の様に舌戦を繰り広げる小さき有識者の姿がありました。
そんな彼女はゆっくりと私に瞳を向け、小さく澄んだハイトーンで持って私の心に言葉を落とすのです。
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「アビゲイルは大変ね」
「至極」
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それからというもの、なんとかティベリオさんとの繋がりを説得に次ぐ説得で切り離し、先遣隊の帰りを待ちます。
暫くして前方に人影有りとの一報。周りの皆様に倣ってマスケットを抜きます。ですが、血は込めません。一応形だけです。
「あれはー……おい、武器を下げろ!グルゴだ!武装を解除してくれ!」
響いたのはトールキン殿の野太いお声。先程周辺警護に当たった面々が先頭に立ち各々武器を構えていましたがその声と共にパラパラと武器を仕舞います。
あら、そういえばルィンヘンちゃんは何処に行ったのでしょう。
「大道具班、何人かこっちに来てくれ!おぉトールキン丁度いい、オメェもこっちだ。あと何人か俺と来てくれ。このままじゃ荷馬車が邪魔で通れねぇ。ここに立ち止まってても埒が明かない。俺達は先に行くがそっち側も準備が整い次第出発してくれ!」
到着するなり早口で捲し立てたグルゴさんはそのままミリアさんの持ってきた水を1杯飲み干してまたすぐに尻尾を翻すが如く回れ右して彼方へ消えていきました。
恐ろしい程足が速いですね。瞬間的なものだとどっちが上か分かりませんが、持続力を考えればシーナ君よりすばしっこいでしょう。
一応、彼が水を飲んでいる最中に向こうの相棒が少し気がかりになり問うてみれば。
「あぁ、片目の旦那かい?なに、今も親父にどやされながら仕事サボってるだろうよ」
だそうで。
目に浮かびますねぇー。
「さて、グルゴの言う通り出発しよう。進みながら点呼するから皆持ち場へ戻ってくれ。トールキン、借りれるかい?」
「あぁ。俺とそうだな……バンデムとマットで行こう」
名を告げられればどこからともなくやって来るバンデムさんとマットさん。少しの荷物と共に私達を置き去りにしてこれまた早々にこの場を後にします。
……しかし、特に裏方さんの方達の身体付きが尋常ではないですね。シーナ君の2倍3倍は当たり前の体躯と言いますか。そのまま彼ら、邪神部隊の一員だと言われれば疑う事無くシーナ君は尻尾を巻くでしょう。
「さぁ出発だ!ラエルノア、点呼を頼む。団長達にもし何かあってもいけない。出来るだけ拙速を心掛けてくれ」
リーダーシップの塊とはこの様な方の事を言うのでしょうか。
人の事を動かしたいのならば声や表情を意識した方がいいとは、シーナ君が旅の道中で語ってくれた小咄です。人々は無意識に彼の者から発せられる音の高低を、自信や信頼の度合いとして受け取るそうで。更にはそれは視覚から登る情報と絡ませればより一層真実味を帯びる事が可能になるものだとも。
まさにティベリオさんの、シーナ君の言う所の音の高低と表情作りは圧巻です。
伊達に大人気移動劇団ちぇりーぶろっさむの看板役者として名を馳せている訳では無いですね。
現に彼の言葉を待ち、聴き、行動するというルーティーンはこの劇団に置いて当然の如く出来上がった物と見て取れます。
ちなみにリーダーシップなんて堅苦しく重苦しい物とは無縁の貴方にそんな技能いつ必要になるのですかと問うた時の彼の者の回答をば。
『人を騙す時』
以上回答終了。
さも当たり前の様に間髪入れずに答える正直者の彼の者は今も嫌々邪神様の圧力に押し潰されながら頑張っている事でしょう。
SAN値の摩耗は計り知れませんが。
▲▼▲▼▲▼▲▼
「いいよい、おめェが話す気無ェなら嬢ちゃんから聞くだけだ」
「"曲がり角に"気を付けな。"干からびちまう"からよ」
「言ってろ。まぁ、なんか思い出したらでいい、頼むぜ」
「アイアイサー」




