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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
それぞれの足跡3
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新王と妹


「どこに行くのじゃ?」


爺が運んできたソーセージにかぶりつきながら問い掛けてくる、どこぞの王の成れの果て。


「お前に伝える必要は無い」

全くもって無い。

「妾を置いて行くというのか」

「当たり前だ」


狐など連れて歩こうものなら衛兵共に吊るし上げられ一家諸共処断される。アマレット程他種族との軋轢は無いが、それでもこの国の実権を握っているのは人間であり、現在のデュボネの情勢上他種族との交流を良しとする風潮は無い。


「カァー甲斐性が無いのうぬしは。女にモテんタイプじゃな」

「黙れ。それと今日来客の予定は無いので家の中だけであれば動いていい。寧ろこの部屋をこれ以上荒らす事は許さん。さっさと出ていけ」


テンコの事は既に給仕達には伝えてある。

皆一様に、自分の事のように喜んでくれた。本当に、私を、レゾンデートルを良く理解してくれている。私が"研究"を終えたという事は、"この家を捨てる見通しが立った"という事なのだが。


それでも彼らは喜んでくれた。


彼らの思いに報いたいとは思う。だが私がいつまでもこの場に居たままでは、レヴナントの土地を手中に収める事は不可能なのだ。

研究に勤しむ最中、何度も何度も苦悩した。

レゾンデートルとレヴナントを天秤に掛け、揺れ動くそれに何度も何度も問い掛け続けた。

答えを出せずにいた私の肩を叩いたのは爺だった。



▲▼▲▼▲▼▲▼



『まだ小さかった旦那様がレゾンデートルの名を貰った日、大旦那様が仰いました』


『我が子はこのままでは濁り続ける。名誉有る両家の間で揺れ動き、成し遂げるべき思いさえも見通せぬまま死んでいく。そんな事になってしまった時彼らに、レヴナントに私は如何にして釈明せねばならないだろう』


『故に、我が子はこの家を捨てねばならぬ。それがレヴナントに手向けられる唯一の我々の贖罪であり、同時にそれが、初めて実りを得たレヴナントの研究の成果なのだ』


『必ず、我が子なら成し得てくれる。我々の贖罪も、彼らの研究も、両家の息子たるベイルなら必ず、と』


『……ですので旦那様。天秤の受け皿に、私達を勘定する必要はございません。私達レゾンデートルの人間は皆、旦那様の傾けた側に立たせて頂くだけなのですから』



▲▼▲▼▲▼▲▼



彼らに足を向けられない。本当に、頭が上がらない。

爺の言葉を、義父の言葉を受け、レゾンデートルを捨てる覚悟が出来た。彼の語った贖罪とは、彼の語った研究の成果とはその実何の事なのかは分からない。

ただ、それを成さねば、私に関わった全ての者に申し訳が立たない。

何とか両方を担いたいが、私の身体はひとつなのだ。こればかりはどうしようもないと理解している。だがそれでも、そんな当たり前の事実に嫌気が差してくる。


「このような空気の淀んだ場所、頼まれた所で長くおり続ける事も無いわい」

「帰りは夜になるだろう。それまでに、給仕の者達に旅の準備をさせておく。一応挨拶だけはしておけ」


皆私の家族、そして貴様は今後私の半身として生きる事になるのだ。無礼は許さん。


「あぁ分かった分かった。して出発はいつになるのじゃ?」

「3日程、だろうか。なんにせよ深夜、人の目を盗んで出立する事に変わりはない」

「闇夜の景色から旅が始まるのか。陰気臭いぬしにはぴったりじゃの」

「黙れ。それと……くっ……」

「なんじゃ?腹でも壊したか?」


テンコとの旅路。

別段不自由は無いと今のところは思う。荒らされる部屋も無ければ、飲み干される酒もそこには無い。

だがどうしても、特に出発した直後、デュボネ領内を動く際は、まっこと不本意だがこれと同化する必要がある。


「なんでもない。では」

「おーなんかお土産買ってくるんじゃぞー」



あぁ。不本意だ。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「お兄様、見て下さい!なんて可愛らしいティースプーンでしょう!」

「あ、あぁ。そうだな」


カナート家にリズを迎えに行き、街に着いてしばらく経った。両家の家臣は私達の後方、ギリギリ番えた矢が届く範囲に位置している。私としてはどうでもいいのだがリズがどうしても家臣の同行を嫌がる。


『わたくしとお兄様の街歩きの時間を邪魔すれば死刑』


そう言い放ったのはもう何年前の事になるだろうか。両家の家臣ともそれでもなんとか彼女の許しを得ようと打診し続け、最大限の妥協点がこの距離感になる。


リズはとても聡明で、慈愛の心を持ったよく出来た妹ではあるのだが、私が絡む事柄に関してだけ恐ろしいまでに閉鎖的且つ自己中心的な意見を口にする。さながらそれは、民に圧政を強いる暴君のようであり、それ程までに彼女に慕われている私を皆一様に哀れみ同情してみせる。

正直な所窮屈で無いと言えば嘘になるだろう。だが、事家臣の同行の件ではリズと同意見だ。勿論私達に着いてくれば死刑などという暴君の知性は持ち合わせてはいない。ただ単に私達に護衛が必要無いのだ。


レゾンデートルとカナートは表立って戦場で軍を率いて馬を走らせる事こそ数少ないが、戦に必要な知識、家を守るだけの戦闘技術はその辺りの軍人よりも叩き込まれている。現に私もリズも外出時は必ず帯刀し、付け加えて言ってしまえば、勿論そんな事はしないが私は魔法使いなのだ。誰も到達する事の無かったであろう位置まで辿り着いた、ベイル・レヴナントという賢き魔法使いなのだ。街1つ潰せと言われれば、指1本で成し得てみせるだけの実力はある。


「そういえばお兄様がお使いのティーカップはそろそろ茶渋が染み付き出す頃ですわね。新しい物を買っておきましょう。勿論わたくしとペアの物を、です。うふふ」

「あ、あぁ……」


愛すべき2人に必要な事とは尊敬の念と深き理解だと私は考える。そのどちらか一方でも欠けてしまえば恋慕という不安定な感情に基づくこの事柄はバランスを失い瓦解してしまう。


リズはともかく私は彼女を尊敬している。女の身で有りながら周囲の権力者を圧倒する頭脳と手腕。女という生まれながらにして背負い込んだハンディキャップをものともしないカナート仕込みの剣捌き。周囲が息を呑み、見惚れてしまうだけの容姿。口を開けば民をみるみる引き込んでしまうそのカリスマ性。生まれに胡座をかく姿なんて私は1度も見た事が無い。

どこをとっても完璧である。それだけの物を持ってしても決して怠けることなく、自らを更なる高みへ登らせんとする強き精神。


私だって、ろくな職を持たずダラダラとその日暮らしに生き、宿す理念も持たぬまま死んでいくような低俗な人種では無い。では無いが、彼女と比べると魔法関連以外では劣っていると思わざるを得ない。劣等感を抱く訳では無く、ただ単にそう思ってしまうのだ。

にも関わらず彼女は度々こう口にする。


『わたくしはお兄様のお陰でこうして生を謳歌するのです』


私は内政以外彼女に何かを与えたつもりは無いのだが、本当に何度も何度もその言葉を口にしては、私を羨望と敬愛を孕んだ眼差しで見つめてくるのだ。私が尊敬しているように、彼女なりに私にも尊敬の念を感じていてくれてるのだろう。悪い気はしない。否定する気も毛頭ない。そうしてその感情が愛という不安定な感情に直結しているのならばそれもまた已む無しという物だろう。


だが果たして。


私の考える尊敬の念とは別の、愛を愛たる物へ昇華させる深き理解という点。私も恋多き人間では無かった。故に一概に否定は出来ない。明確な答えのあるようなものでも無い。感情に起因する事柄とは、どうしたって明確な答えは弾き出せないのだ。


──だが果たして。


茶渋の染み込む頃合まで把握されているというのは、深き理解の範疇という事になるのだろうか。

私にはそれが分からない。


「お兄様、こちらとこちら、どちらがお好みですか?」

「…………右」

「えぇそうでしょうとも。きっとそのようにお答えになられると思っておりました。うふふ、では、暫しお待ちくださいな、お会計して参りますので」


では何故問うたのだろうか。



───私にはそれが、分からない。




▲▼▲▼▲▼▲▼



「ベイル!遅かったではないか、待ちくたびれたぞ!」

「あぁ、すまんな」

「いい構わん。貴様の遅刻癖などもう慣れたものよ。何年の付き合いだと思っておるのだ。さぁ、駆けつけ一杯!」

「お兄様、果実酒でよろしかったですわね?」

「あぁ。では、今回は何に?」

「決まっておろう!我ら次世代を担う者達の栄光の未来を願って、乾杯!!」

「「乾杯」」



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