纏わる煙
「そういやアビィって戦えるの?」
「えぇまぁ。戦えと言われればそれなりには」
「それ使って?」
「えぇ」
旅に一緒になった時から気になっていた。彼女の腰に刺した、銃身の長いマスケット。アインベッカーのそれとは一目で違うと分かる。恐らく吸血鬼特有の物。木目に銀の装飾が施してあり、模様も見た事は無い。
「ですが、あまりこれを使い過ぎるとなると」
「火薬代がかかる?」
商国唯一のお家芸というかなんというか。見た事も撃った事もあるが、その火力は凄まじく。あまり詳しくはないが多くの種類があり、城や戦艦を落とすような物まであるらしく。お国柄そこまで好戦的では無いのだが、いやまぁそれも外交面での話だが。攻め込まれれば容赦無くその圧倒的火力で返り討ちに。アホほど金がかかるらしいが多くの物資を産出するアインベッカーならではの強みだろう。
初めて見るとその光景は魔術のようにも見える。
「いえ、これには火薬を詰めることはありません」
「弾撃てないじゃん」
「えぇ、弾は撃ちません」
「何撃つの?」
「"私達の血"です」
あぁー……。
「それが吸血鬼の」
「能力のひとつですね」
人狼が出るという森に向かう道中。
済んだ声の吸血鬼はホルスターからマスケットを抜く。銃身を擦るその指は、きっと指輪がよく映えるだろう。白く、青白く、伸びている。
「イメージします。私達の血を、血に流れる私達だけが知る、ここでは魔力と表現しましょう。それが、このマスケットに流れていく様子を。集中し、イメージします。そうして込められた私の魔力、撃ち出すそれは血のような色で、鉛のように硬いのです」
「あー……それ効率いいか?」
だったら血を、魔力を使わない分、アインベッカー産の方がいいんじゃなかろうか。
「そうですね。例えば私はシーナ君の血を飲む事が出来ますが」
いっつも美味しそうに飲んでるよね。あれそこそこ痛いんだからね。
「えぇ。何故でしょうね、とても美味しいんですよシーナ君の血は。そうして取り込んだ血を私に流れる血と同様のものに体内で変化させることが出来ます。何故出来るかなど、私達が吸血鬼だからという以外に理由はありません。魔術師が魔術を使用する様に私達もそう、という事です」
ふむ。
「ですが私達吸血鬼の血は。もとい吸血鬼の血液中を流れる魔力は、他種族に馴染む事はありません。混ざり合う事も無く、取り込んだ相手の体内に異常を齎す様働き掛けるのです」
病の元をそのまま詰めて撃ち込むような、そんな感じ?
「えぇ、そんな認識で構いません。恐らくは個体数の少なかった私達吸血鬼が長きを掛けて身に付けた能力なのでしょう。取り込まれそうになった相手を、殺す為に」
便利な能力もあったもんだ。
世界に存在する種族は様々で、果たしてどうやってそれらが生まれたのか俺は知らない。だがその全ての種族に特色が有り、魔術に似た能力を使いこなす。
アビィのこれも、その一端。
はてしかしだ。
「それさ、例えば俺がアビィの舌とか唇に噛み付いてさ?そっから血が出るとすんじゃん?」
「なんて事するんですか」
「例えばだよ睨むなよ。でそれを俺が飲んじゃったら俺も死ぬの?俺危なくない?」
意図せず血を飲んでしまうこともあるだろう。唇の端が切れていたりとかでペロッとゴクッとやっちゃって。それで死ぬんじゃあたまったもんじゃない。
「あぁ、それなら心配には及びません」
「なんで?」
「私達の唾液を飲む事で起こるシーナ君の体内での血液生成の話はしましたよね?」
ほぼ覚えてないが、確かいっぱい飲まれてもわりと元気なままでいられるよというあれか。
「そうそれです。それとは別に私の唾液を飲む事でシーナ君の身体にある変化が起こりまして。以前も説明した近しい存在云々という。詳しい説明聞きます?」
「長くなる?」
「結構」
「じゃまたの機会に」
死なないのなら、構わない。
「はい、ですのでご心配無く」
「ふむ。じゃあまぁ話戻すけど、アビィも頑張ってね」
「いっぱい撃って、いっぱい飲みます」
「やっぱあんまやんなくていいや」
「あら素敵、片眼のナイト様」
頑張って貰ったせいで俺が貧血起こすくらいなら、じっとしてくれてた方が建設的だ。ほんとに噛まれると痛いんだよ。
よしじゃあ、作戦会議でもしましょうかね。
折角イカした紳士からの仕事の依頼だ。
スマートにこなそうぜ、相棒。
▲▼▲▼▲▼▲▼
「あれか」
「ですね」
森に入っていくらか時間が経ちました。私がいた森では見た事の無い草木も生えています。
立ち並ぶ木々に少しの整備された跡のある道。脇に逸れ、ペケーノさんに頂いた地図と照らし合わせながら。そうすればそれは目の前に現れます。
ぽっかりと、崖に空いた洞穴が見えます。恐らくこれが人狼の住処なのでしょう。あまり深くなく、大きさもそこまででは無いですね。ペケーノさんのお話だとここに居着いてから数世代という訳ではないのでしょうし、多くて3、4匹だろうというシーナ君の見立てです。
洞穴には、獣なのかそれとも人か。乱暴に食いちぎられた血肉が散乱しています。あまり、気持ちの良いものではありません。
「しっかし、家主がいないんじゃどうしようもねぇな」
「そうですねぇ」
彼は表情を変えること無く、ですが眉を困った様にくねらせて、いつものように煙を吸います。あまりにもその声色が変化しないので、こちらまで気が抜けてしまいます。
「このまま帰っちゃダメだよねぇ」
「そうですねぇ」
しっかりと首を落とし、ペケーノさんの元までそれを持っていかないと、報酬は頂けません。そういう、契約です。
風が吹いています。私達の背中側から吹いているおかげで、血肉の匂いは消えました。
初めて見た、草木達の香り。
───その中に。
「……あぁ良かった、日暮れ前には家に帰る子で」
獣の匂いが混じります。
「そうですねぇ」
まだ、私達は振り返りません。
シーナ君に事前に聞きましたが、人狼は必ずと言っていいほど単独行動をしないそうです。
恐らく相手は、私達よりも多く。
そして恐らくこうして私達が存在を認識した時には既に、私達を捕食する準備をしているはずです。
だから、慌てなくても大丈夫だと。
こっちがその気になる前に、必ず姿を現すからと。
「よーく音を聞いといてね」
と。
耳を、済ませます。
風によって擦れ合う草木は、乾いた音を奏でます。
カサカサと、カサカサと。
あぁ、先程頂いた紅茶の香りもしますね。
渋みのある、深い香り。
───カサカサと。
ゆっくりと、ホルスターに挿したマスケットに魔力を込めます。少しずつ、イメージ。
私の、私達の血を、落とし込む。
大丈夫。落ち着いています。
───カサカサと。
「あ」
「聞こえた?」
「えぇ」
ハッキリと。
私達の左右から。
風を切る音が聞いて取れます。
──────刹那。
「ヴヴヴルルルゥ…………」
囲んでいますね、私たちを。
獣の声が聞こえます。
「ヴヴヴァアアアアアッッ!!!」
四方から、4体の獣が跳ねるように姿を現します。
あまり、好きな声ではないですね。
引き金を弾きましょう。
ご機嫌、狼さん。
▲▼▲▼▲▼▲▼
「フゥー!器用なもんだなおい!」
「お互い様ですよ」
2人同時に前方から襲い掛かってきた人狼に逆に突っ込んで行き、私の弾は左前方の人狼の頭を。シーナ君の大鎌は右前方から飛び掛ってきた人狼の頭を落としています。
シーナ君曰く"避けるより突っ込んだ方が楽"との事でこれも事前に打ち合わせ済み。そのまま身体を反転させ、残りの2体と対峙します。
しかし、どっちが器用なものですかね。
あまり見てはいなかったのですがあの大鎌で本当に殺すのですから。次はしっかり見ておきましょう。
「ヴガァ!!」
シーナ君の方に余所見していたせいもあり、片方の狼の足が地面を抉るように蹴り出され、私との距離を詰めてきます。
甘いですね。舐めてもらっては困りますよ。
左手に持ち替えたマスケットを、狼の頭へ。狙いを定め、引き金を──。
「あら?」
ですが間合いを詰められる前に放たれた私の弾丸は仕留めるべき対象を見失い、そのまま虚空に散り行きます。
狼はどこへ。
「アビィーうしろー」
気の抜けた彼の声。
咄嗟の思いで身体を横に倒し、今まで私の首があった位置に突き立てられた狼の爪を躱します。
お洋服が汚れました。
しかしどうして後ろに回られたのでしょう。
「──んっ!ゴホッ!」
考える間もなくそのまま乱暴に狼の足が私の身体を蹴り上げます。痛いです。
「グァッ!」
「!!」
転げた位置に、今度は上です。枝から落ちてくるもう一体が私に降ってきます。恐らくこれが初めに私に突っ込んできた方でしょう。そのまま弾丸を飛び上がって避け、その隙にもう一体が背後を取る。成程上手くやるものですね。
──ですが。
避けるより突っ込んだ方が、です。
彼の教え通り逃げません。
そのまま仰向けに寝転がり間抜けに落ちてくる狼の頭を狙います。
「その位置なら外しません」
「ギュアアッ」
放った弾丸は開いた口の中へ。喉を貫通したでしょうか。あぁもう。降ってくる死体を避けはしましたが返り血がががががが。うぅ。臭いますねこれは……。
「やーいアビィ泥だらけー」
どこからか、からからと笑う彼の声。
「シーナ君も働いて下さいよ!」
起き上がると彼が遠くで笑っています。血塗れた鎌を担ぎながら。後でいっぱい血を吸いますからね、覚えておいてくださいよ。
ありったけの力で睨みつけ、ぶつける様に彼に声を投げつけます。
「宿に帰ったら容赦しま──」
言葉はそこで途切れます。
背後の息遣いは、荒々しく、生臭く。
そうでした。残り一体。
私を蹴り飛ばした狼は。
………………あれ、シーナく──。
「ひゃあああ!!」
ビシャッと。
振り向こうと思った矢先、私の身体を滴る血。
気持ち悪さに震えてしまいました。
これは一体。
誰の血ですか。
「アビィのじゃないよ」
血に塗れた私の身体を洗い流すように。
背後から、彼の声。
「肩透かしだ、女好きしかいねぇんだもん」
そんな事を呟きながら、血濡れたままの私を撫でてくれます。そのままの、獣臭さを纏ったままの私を抱き締めて。
彼はいつ、私の背後に回ったのでしょう。
「不潔です、ってね。お疲れ様アビィ」
お仕事、終了です。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「恨みますからね」
「ばっか、見てなかったの?俺の方に全然来なかったんだもん」
「それでも殿方なんですから助けてくださるのが普通です」
「あー無理無理すばしっこいから追いつかない」
嘘ですね。
最後の1体に背後を取られた時、シーナ君は私の視線の先にいたはずです。ですが瞬く間もない内に、彼は狼の背後を取り首を落としました。
魔術でも使ったか。
速過ぎて、見えなかったか。
「しっかし汚れたなぁ」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「躾のなってねぇワンコだったなぁー」
「ちょっと首筋お借りしますね」
「いってえええええ!!!」
ふん。ご馳走様です。
▲▼▲▼▲▼▲▼
「…………はぁ、アビィ止まれ」
そろそろ森を抜けるでしょうか。紐に括った狼の首を地面に置きシーナ君は振り返り、森の奥を眺めます。ぼんやりと、少し、面倒くさそうな面持ちで。
「どうかしました?忘れ物ですか?」
「そんなとこ。俺の後ろに居てね、もう今日は血あげたくないから」
痛いし、と。
そうやって、森を見据えたまま零したその声は。
「──……オ前ガコろシタ?」
先程私たちが相対したものよりも大きな狼の声によって、掻き消されてしまいます。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「あぁ?喋れんのお前」
「おマエガ殺シタ?」
「仕事だからね」
「おマエガ、コロシた」
「おう。俺が、殺した」
私達の跡をつけていたのでしょうか、この人狼。
ゆっくりと大きな身体を揺らしながら近付いてきます。焦げ茶の毛に覆われ、先程の者よりもひと回り大きな体付き。瞳は真っ黒で。剥き出した牙は、この森に生い茂る大木をも易々と噛み砕くことでしょう。
何より今は首だけになって地面に転げている物と圧倒的に違う、言葉を使った意思伝達。
先の千切れたその耳にも、シーナ君の言葉は届いているようです。
からからと笑う片眼に向けて、何も孕んでいないような声色で、少しづつ、言葉を零します。
「何故、コロシタ?」
呼吸は落ち着いています。
念の為、私も魔力を込めておきましょう。先程頂いた新鮮な血を、還元し、イメージし、代々受け継がれてきたこのマスケットに落とし込む。
「アビィ」
「はい」
「お喋りは、邪魔しちゃダメだよ」
「ですが」
もし襲われたら、先程のものよりも大型なこの人狼であれば、きっとシーナ君も苦戦するはずです。
「でも、ダメだ」
「わかり、ました」
マスケットをホルスターへ。
ですが未だシーナ君は大鎌を引き摺る様な形で手にしています。
「ナゼ、コロシタ?」
再び、同じ事を問いかけます。
私とシーナ君とを交互に見つめ、忙しなく動いたその瞳はやはりシーナ君に固定されたまま動かなくなりました。
「さっきも言ったろ?仕事だからさ。お前らのせいで迷惑してる奴らがいる。だから、ね」
「どウしテ、奪ウ?」
「何を?」
シーナ君は、どんな表情なのでしょうか。
声色はいつもの様に。
身体も弛緩し、緊張している様子はありません。
「全テヲ、ウバウ。ワレらノ…………オ、お、スベてヲ……」
身震いする人狼。
指先にありったけ力を込め、伸びた爪先は何かを掴むように宙を彷徨います。掠め取ろうとする物は、彼の掌には残りません。
「なに、俺の事嫌いなの?」
何を聞いているんでしょうこの人は。
「ア…………アァ……ッ!!奪ウ、我ラヲ、コロす…………お、オ前は……っ、っ、人ハ………!!!」
「ははっ!そこんところはお互い様じゃねぇの!」
醜く口を開き、牙を剥き、首を搔き毟るように自らのそれに爪を立て。ガリガリと。毛を毟り。ザリザリと。爪を刺し。
駄目です。これ以上は、見ていられません。
話によればここ1、2年で居着いたとされる彼ら。きっとここに来る前にどこかの森で暮らし、他種族によって本来の住処を追われたのでしょう。そうしてここに流れ着き、たった5体で生き抜いて。
命からがら逃げてきた彼らを、私達は殺したのです。
彼らから、奪ってしまったのです。
「シーナ君」
彼の背中をつつきます。もうこれ以上、人狼の言葉を聞いていたくはありません。何かを殺して何かが生きる事に、疑念を抱いてはいけないのです。そんな事をすれば私の銃口は、きっと私を守ってはくれないでしょう。そうして放たれた弾丸は、私の心に穴を開けるのです。どうやっても修復出来ないそれを、ぽっかりと。
───それに彼らの境遇はまるで。
ですが、つついた彼は、振り返ってはくれませんでした。
旅を始めてから、彼に無視された事は初めてです。どんな時だろうと私が声を掛け、彼をつつけば、どうしたの?と。きょとんとしながら私の話を聞いてくれました。
そうしてお話をして。
笑って。
頭を撫でてもらって。
私を楽しませてくれます。
ですが今の彼は、振り向こうとはしてくれません。
少し、胸の奥が痛みます。
──これは、少し嫌です。
「俺はお前の事憎くないよ。嫌いじゃない、別に」
彼は振り返らず、きっとその瞳は狼が向けるものと絡み合っている事でしょう。
狼は、苦しそうに悶えながら、片眼の真意を探ります。
「ドウしテ…………ウゥ、どうシテ奪ウ」
「どうかなぁ。他の奴らは知らねぇけど」
気だるそうに両腕を降ろした狼。
呼吸は、乱れません。
大鎌を持ったまま、大きく左右に腕を広げ。
「お前の事、嫌いじゃないよ。いやほんと。でもさ」
──片眼の言葉は水のようで。
──無機質な、水のようで。
「俺の世界には必要無い」
「ただそれだけ」
からからと、彼の笑い声。
「ア……アァ……?」
「喋れんのに、廻す頭は持ってねぇのか。可哀想に。あー例えばほら、この鎌がさ、お前の首を落とすとするだろ?」
「ガァ…………?ァアアアアアッッ!!!!」
その言葉を、敵意と取ったのでしょう。
大地を踏み飛ばし、一気に間合いを詰め、シーナ君に牙を向きます。
大木を噛み砕くような、あの牙で。
「でもさ」
「──ァ?」
───私にもよく見えませんでした。
ですが次いで映っていたものは、人狼の首の後ろにしゃがみこむ様に座り込むシーナ君の姿。刃は狼の首を下から抉るような形で。
そうして彼は、狼の耳元で言うのです。
語り部を担う詩人の様に。
冥府へ誘う死人の様に。
揺蕩う煙は、振り払ってももう遅い。
向こうの意志なぞ介す事無く。
四肢を囲い、四肢を覆い。
絡めたままに、離さない。
「でも」
引き込み、刃を、少しずつ。
狼の首を刈り取りながら。
「お前が死んでも、俺の世界は変わらない」
その時の、彼の表情。
私は漸く知るのです。
「"居なかったんだよ、お前なんて"」
これがきっと、シーナ・ラーゼン。




