父と娘と勇者見習い
神が私を嫌っているの
君だってそう思うでしょう
こんな事が起こっているのに
私の心は泣かないの
私は世界を愛しているの
君は笑うかもしれないね
こんな事が起こっているのに
私はこんなに幸せなの
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『ぼ、僕を弟子にして下さい!』
『アァ?どこの小僧だ。弟子は取らねぇとっとと出て行け』
『勇者になる為に、親方の剣が必要なんです!』
『……金を払えば作ってやるよい』
『じゃ、じゃあその為に、ここで僕を雇って下さい!何でもします!僕は勇者になりたいんだ!』
『どうして勇者になりてぇんだ』
『夢なんです!子度の頃からの夢だったんです!』
『話にならねぇ。荷物纏めてうちに帰んな』
『お願いです!どうしても、勇者になりたいんだ!僕は、この世界の心を動かした、あんな男になりたいんだ!』
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「んん……」
昔の夢を見た。寝ちゃってたのか私は。お昼寝から目覚め、覚醒しきらない頭でも、はっきり思い出せる。あの日からもう3年も経つのね。私より2つ年下の、でも、とっても優しくて強い心を持ったエリスが私のパパに弟子入りしたのはもう、3年も前の事。
勇者信仰者が集うアマレットへ向かう道中、表に飾られたパパの武具に一目惚れしたエリス・レリスタッドは、そうして私達と生活を共にするようになった。
パパも最初はあんな風に言ってたのに、今ではとってもエリスと仲良しなんだから。
「おいエリス!薪割って来いっつったのにそんな所で何してやがる!ぶん殴られてぇのかド阿呆がァ!!」
「ひぃッ!えと、終わったんです薪割り!」
「アァん!?……あれを全部終わらせたのか?」
「終わらせましたしっかりと!」
「フンッ!だったら裏に全部それ運んどけ」
「あ、それももう終わらせちゃいました!」
「ぐぅ……。ケッ、だったらそこで俺の工具でも拭いてやがれ」
「了解っす!」
あはは。流石エリス、仕事が早いね。パパが"こんな風"になる事なんて、エリスが来るまで無かったんだから。
堅物オヤジなんて街の人は言うけど、その実ただの恥ずかしがり屋さんの人見知り。知ってるんだからねパパ。お得意のお客さんの話から聞いて取ったその人の趣味趣向なんかを、夜な夜な帳簿に纏めて書き込んでるって事。で、その成果を見せるために話題振ろうとして。でも照れ屋な誰かさんが邪魔をして。そうして結局話が出来ずに夜な夜な枕を濡らしてる事も。
全部知ってるもん。娘なんだから。
「"それ"は誰のを打ってるの?」
パパとエリスが仕事をしている最中、普段私もお買い物に行ったり洗濯をしたりと忙しい。今日はどちらも終わらせて2人の作業を眺めている。2人の着替えや替えのタオルなんかは幾つ洗っても足りなくて、ちょっと疲れちゃう事も有るけど。2人が汗をかいて作業に励んでる所を見ると、私も頑張んなきゃって思っちゃう。そんな姿は男らしくて、2人ともとっても素敵だと思う。
「こいつァあれだ。半年前だかに来たデュボネのハゲだ。あの、しょっちゅう剣を折ってやってくる。名前は……忘れちまった」
「ルミエールさん?」
「あぁ……そんな名前だったかねあのハゲは」
エリスがいるからでしょ、それ。パパがお客さんの名前を忘れるなんて事無いでしょ。
ママが言ってた通りだよ。『パパは照れ屋で恥ずかしがり屋で格好を付けたがるから』って。
きっと今もエリスの前で、"堅物で寡黙で客の名前も忘れちまうどこか男らしい俺、鍛冶屋店主スミス・キンバリー"という誰の心にも写ってない理想像を崩したくないだけでしょ。
男の人はいつまで経っても子供ってよく聞くけど、パパを見るにその通りなんだろうね。
「ったく一体どうやりゃこんなに粉々に出来るんだあのハゲは」
「ほんと、凄いですよねこれ。元の形が何だったかわからない……」
「パパが手を抜いて打ったんじゃないの?」
「馬鹿野郎ッ、俺は仕事で手は抜かねぇ!……だがまぁ、あのハゲは何度打っても無くしただ曲がっただ言って難癖付けて新しいの寄越せっつってくっからよう。もしかしたらちーと硬度を測り間違えてっかもしんねぇ。金払いのいい貴重な客だから作ってはやるがよぉ、だからって"殴られて折られた"なんて世迷言、どうやったら吐けるかって話だぜ」
眉をハの字に、面倒そうに作業を続けるパパ。何だか少し可笑しくて、ほんのちょっぴり笑っちゃう。
先月末にやって来たお客さん。帝国デュボネの軍人であるルミエールさんは3年程前から度々うちに注文に来ます。ただそれからというもの、パパの言う通りしょっちゅうここに顔を出しては、また新しく剣を打ってくれと騒ぎ立てる事十数回。パパを怒らせる事は今のとこ無いけどさすがにあれは私も笑っちゃった。
『巨人に殴られて剣が折れた』
なーんて。
あはは、今思い返してもあの時の彼の表情と言ったら。
まるでそれが"本当に起こった事のように"言うんだもの。
いくらなんでも。パパがもし手を抜いていたとしても。
拳一つでここまで粉々になるなんて、ねぇ?
そんなの絵本の世界だもん。
「あぁ、そういえばよ」
「なに?」
作業の手は止めず、パパが口を開く。いつも見てる、いつもの顔。玉のような汗が、刻まれた皺に流れ落ちる。とってもとってもかっこいい、私のパパの大好きな顔。
「裏の森によ、コロッと死んじまいそうなジジイ住んでんだろ。セクリトってジジイ」
もう、そんな風に言っちゃだめよ。
「そいつが畑で取れた野菜を分けてくれるって話でよ。この前酒場でそんな話になったんだ。夜になる前に取りに行って来てくれ」
「はーい」
セクリトさん、知ってます。少し、偏屈なお爺さん。でもとっても優しいお爺さん。昔はこの街に住んでいたようだけど、息子さんが亡くなって程なくして、裏の森の奥深くに居住場所を移したんだとか。パパとも確か、ずっと昔からの知り合い。
でも、パパの話にある通りこの街にはちょくちょく顔を出すみたいで、それはつまるところ"人嫌いだから"ってわけでもないみたい。どうして森に住むようになったのか、いつかお話するのも有りかな。
「エリスも付いていけ」
「あ、了解です!」
「私1人でも大丈夫だよ?」
「どうも仰山くれるみてぇだ。お前1人じゃ持ちきれねぇだろうよ。この辺も物騒になってきた。エリス、お前が守れ」
「了解っす!任せて下さい!勇者ですもん!」
「鍛冶屋見習いだろうがド阿呆」
そう、この辺りも少し、魔物が出るようになった。昔はほとんどいなかったのに。いつからかそんな話を聞くようになった。
そういった確かな世界の"変化"は、今この時の様に少しずつ、水面を揺らす波紋のように広がって、ぶつかって。
そうしてそれらがいい事なのか、悪い事なのかなんて。
私の頭じゃ分からない。
……ううん。分かるよそのくらい。
きっとそれは"悪い事"なの。
みんなはそれを、"悪い事"だって言うんだもの。
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この時パパが。
エリスも行けなんて言わなければ。
エリスはあんな顔をする事は無かったのかもしれない。
それでもその時の私は。
"それで良かったんだ"って。
そんな風に思えてならなかった。
"あぁ、良かった"って。
そう思ったんだよ、エリス。
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「なんだ、スミスが来るんだとばかり思って酒を準備しておったのに」
「ごめんなさいセクリトさん。父は仕事があるみたいで」
「まぁ、よいよい。あぁ、君は娘のレイラだったね。久しぶりに見たが、中々どうして君のお母さんによく似ている。美人になった」
「あはは、ありがとうセクリトさん」
へぇー顔見知りだったんだ。
僕も話には聞いた事はあったけど、実際こうして目にするのは初めてだ。
街の北門を東に進むと、広い森に出る。そのまま真っ直ぐ進んでいけばアインベッカーの先っちょの方に入るけど、この鬱蒼とした森を旅路に選ぶ人は少ないだろう。基本的には例外無く、西の海道沿いを進むルートを取る。そもそも道が無いからね、この辺り。
「ふむ?はて……君は誰じゃったか。すまんすまん最近物忘れが酷くてな」
「はいっ!親方の弟子、エリス・レリスタッドです!レイラの護衛で付いてきました!」
そんな森を隠居先に選んだお爺さんに、胸を張り、親方に渡された腰に下げた長剣をこれ見よがしに見せびらかす。
へへ、かっこいいなぁこれ。昼に来て結局これを買わなかったアインベッカーのあのお客さん用の物だから"僕の剣"ってことじゃ無いけど、それでもこうすれば一丁前の勇者に見えない事も無いでしょ、うん。
いや、えと…うん……勇者見習いです。はい。というかただの鍛冶屋の弟子ですハイ。あ、もう仕舞いますねなんかごめんなさい。
「はぁ、あの堅物が弟子を取ったか。そうかそうか」
懐かしむ様に、いそいそと剣を鞘にしまう僕を眺めては、そうやって何度も何度も頷くセクリトさん。もう、いくつになるんだろう。60……は超えてるのかな。撫で付けた様な長い白髪に、裾の長いローブを着たお爺さん。物腰の柔らかなこの人からは、街の人の言う"変わり者"なんて雰囲気はこれっぽっちも汲み取れない。
「親方とは長いんですか?」
「あぁそう。もう何十年も前の話じゃがな。私の息子が以前、世話になったんだ。装備を一式、揃えてもらった。あの男、昔から"あんな風"だったが、鍛冶屋としての腕前は当時から既に飛び抜けておったよ」
へぇ〜、やっぱ親方って凄いんだなぁ。ほら、こんなに鼻高そうにしてるレイラも珍しいよ。
レイラは普段大人しく、大人っぽく、慈愛の表情で持って僕に接してくれるけど、どうやら同世代の知り合いは1人もいないらしい。気付いたのはこの街に来て数ヶ月くらい経ってからだけど、最初は僕とも少し、というかかなり距離があった。
3年かけてやっと、今みたいに表情豊かな姿を見せてくれるようになった。
「──君は」
「エリス、呼ばれてるよ」
「あ、ごめんなさい!なんですか?」
レイラの事を考えていて気付かなかった。
なになに、なんですか?
「"それ"は、君のかい?」
老いて曲がった指が指す先に、腰に下げた剣が有った。少し屈んだ様にするその立ち振る舞いは、年齢相応に堂に入った仕草に見える。
僕のだけど、僕のじゃない、かなこれは。
「いや、違います。最近物騒なんで、親方が店にある物を持たせてくれたんです。へへっ、似合ってますかね、これ」
また鞘から抜き、両手で握って。僕用に打たれた物じゃないから少し長くて重いけど。これを握るとどうしても顔がにやけてしまう。絵本の勇者も、初めはそうだったのかな。
「……そうか、そうか。よく似合っている。そう、あの日の息子も、今の君のような顔をしていた」
「へへ、ありがとうございま──」
口を噤んだのは、剣先越しに、セクリトさんと目が合ったから。
目が合ったセクリトさんの顔が、先程までとは打って変わって。
そんな姿を見た以上、閉口せざるを得なかった。
それは、どこか──あぁそうか。
この瞬間の、この顔は。
確かに間違い無く"変わり者"だ。
「君は、"それ"が好きかね?」
突然"こんな顔"を作って、"こんな声色"で僕に問い掛けて来るんだもん。
「あ、えと……僕、勇者になりたいんです」
それでも、僕の夢を。
僕の言葉で、口にする。
「そうか、そうか」
そうして彼は、また懐かしそうに笑ったんだ。




