狐の始祖
知恵有る獣は遠くで死んで
知恵無き獣はその場で死んで
巫山戯た様に命を壊し
巫山戯た様に命を作る
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「んー!それにしても何じゃここは。息苦しい場所じゃのう、窓は無いのか窓は。換気を怠るとおなごに嫌われるぞ……おい、聞いておるのか阿呆よ。何じゃそのマヌケな面は。見るに耐えんぞ、ぴしゃっとせんか」
「なんじゃ?死んでおるのか?おーい聞こえておるかー?ううむ…………あーむ!」
───ハッ!!!
「何をする貴様!耳を噛むな!」
「聞こえておったんなら返事をせんかい。妾の美貌に呆気に取られてそのまま昇天したのかと思うたではないか」
「貴様、一体何者だ!」
成功、なのだろうか。
私が行った、私だけが知る召喚行為。その先にある解は私であっても知る由もない。だが私が齎した物が、従来の召喚行為では無かった事は目の前の少女を見れば明らかだ。
そもそもの召喚行為において、呼び出されるのは各属性を帯びた異界の精霊。小型で半透明、形は様々。この辺りは召喚者本人の魔力等によって変わってくる。
ただ、それとこれとは明らかに違う。
少女の見た目をしている。10に届くかどうかの少女。
そして頭に生えた、狐の様な耳。腰から伸びる3本の尾。
私達の住む帝都より南には犬耳や猫耳の生えた種族がいるが、狐なんて居ただろうか。また、いたとしても、何故それを私は召喚した?
「もう一度問うぞ。貴様は何者だ」
「妾は狐。狐の始祖よ」
然も当然とでも言いたげに、伸びをしながらそう宣った少女は本を積み上げている私の机に腰掛ける。紅蓮の尾が、煌めきながら揺れている。
狐の始祖。少女は確かにそう言った。
「精霊の類か?」
「そう見えるのか?妾は元々この世界の住人よ」
「何?……狐の種族など聞いた事も無い、真実を話せ」
「だから話しておるではないか。もう随分昔になるんじゃろうかのぅ……」
「いつの時代の話だ」
「はてそう言われても……」
首を傾げながら、狐の瞳は虚空を彷徨う。
落ち着き払ったこの少女は、ただどうしようも無くこの場では異質であり、その一挙手一投足は私の神経を逆撫でる。
「ううむそうじゃな。ぬしよ、妾にも1つ聞かせてくれ」
「質問しているのは私だ!」
「その質問に答える為に、ぬしに質問する必要があると言っておるのじゃ」
不愉快だ。この様な話し方は。
だが、今この少女と醜く口争って、利がある様には到底思えない。
……我慢、するのだ。
「なんだ」
ゆらゆらと尾を揺らしながら、狐は口を開く。
それは、思いもよらぬ言葉だった。
「あやつ、"カーリアン"はいつ死んだ?」
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マシュー・カーリアンはこの世界における魔術師の始祖とされる。
もう、数百年も昔の話だ。
もちろん文献や伝承でしか知らないが、この世界の住人ならば誰もが1度は彼の名を耳にした事があるだろう。後の勇者との大戦で胸を穿かれ死に伏したが、大戦後も魔術師は滅びなかった。
勇者は呪いをかけられた。
大魔導士が命からがら最後の力を振り絞ってかけたものか、それとも前もって仕込まれていた物かは定かでは無い。だが大魔導士を討った直後、国に凱旋する道中勇者は虚しく力尽きてしまった。
そして現在、世界は大きく4つに分かている。
かつて、勇者に滅されたマシュー・カーリアン。彼の死後も魔術師は世界に数多く現れ、勇者信仰者はそれ自体を呪いと呼び、魔術師達は神の恵と呼んだ。
そうして増えに増えた魔術師達によって組織された極西に大陸を持つタンカレー。
種族は様々で、勇者信仰者でなければ入国は可能。
前述したように魔術には先天的なものと後天的なものがある。それこそ数百年前は全て後天的に、突如として無作為に授けられたものだっただろうが、今となっては魔術師同士、または魔術師と他種族との混血である事が、魔術を扱えるか否かを左右している。
しかし、何の因果か。かつての勇者が聞けば涙ぐんでしまう事だろうが、現在に至ってはそれも少々話が違う。
様々な土地に気紛れに現れる聖属性の魔術師を受け入れると同時に現在タンカレーは、魔術師の血統に無い者をも自国へ招き入れ、素養を見出し、魔術師の養成に励んでいる。
私の仮定とは違う、彼の地に根付いた方針によってそれを行い、それは現に成功している。
と言った様な例も有る為、基本的には間口を広く、という方針。
次に、過去大魔道士を討った勇者を信仰し、彼を神と崇め、大魔導士を悪と見なすアマレット。
位置としては南南西に、季節無くいつも白銀に覆われている国。大陸の大きさはタンカレーの半分にも満たないが、彼らの思想や理念、洗脳染みた信仰は狂信者を生み出し続けている。
他国家から民を拉致し、それを贄として勇者再臨を行っているんだとか。大層馬鹿げた話だが、彼等であればやりかねない。
そこまで狂った国家がなぜ私が属しているデュボネやアインベッカーに滅ぼされないかといえば、全ては各国の位置関係に解がある。
同時にデュボネの話にもなるが私達が位置するのは東。彼の地まで出兵するとなればかなり長い海路を選択せねばならない。その航海の道中待ち受けるのは、海の魔物の住む海域。それを耐えうるだけの戦艦を、アインベッカーから買い付ける事が出来ないのだ。
我が国の生産力は、嘆かわしい事に4大国の中でも取り分け低い。
元々はアインベッカーからの流れ者や奴隷達が手を組み、先住民達を弾圧。後に独立国家として組織し、今に至る。勿論それも、数百年以上前の話にはなるが。
だがどうだろう今の現状は。前述した通り生産力も取るに足らない、武具もアインベッカーからの輸入品。声高に世界制覇などと下らない妄言を口にし、その実行われているのは未だに大陸に根付く先住民達の統制だ。人口もさほど多く無く、先住民達との小競り合いの多さ故に国民は疲弊しきっている。
にも関わらず私が仕えるこの国の王は、毎夜の様に語るのだ。
成し遂げるべきは世界制覇。その日もそう遠くはない、と。
哀れだ。
こんな国早く滅びてしまえと思うが、各国の情勢を鑑みるにまだその時は遠くなるだろう。
アマレットはタンカレーに対してのみ剣を振るい、タンカレーもそれに応じて魔術を唱える。端的に言えばお互い別の国家に気を配る程余裕が無いのだ。
また陸続きに我が国と隣接するアインベッカーは、我らをただの商売相手としてしか見ていない。軍が使う武具をこちらが買取り、また人材の派遣も向こうの傭兵団に一部頼り。その代わり我が国の先住民達を奴隷として向こうに売り渡す。私達もアインベッカーを必要とし、アインベッカーも同じ様に私達からの奴隷を必要としている。
そのままアインベッカーの話になるが、他国家に対しての敵意は無い。元々は北の鉱山地帯出身者の多い地域になるが、そこで商売を始めた商人達が彼の国の先駆者となる。国内には多くの種族が入り乱れ、多くの身分も存在する。
富豪が国を動かし、傭兵団を立ち上げ他国への圧力とし、また、多くの奴隷を他国から買い付け、国を回している。他国への侵略を行うことは無い。だが攻められれば容赦はせず、彼ら自慢の火薬を使った武器で圧倒する。武でいえば私達なぞ比ぶべくもないだろうが、金のなる木はへし折らない方が自分達のためだ。中々どうして商売人の作った国家らしい処世術だ。現在は大き過ぎる大陸を4人の為政者で割って統治し、首都は北。
他にも多数上記した各国家とは別思想を持っている諸国もあるが基本的には中立に立ち、争い事を好む事は無い。
そもそも攻め入っても得られる物の方が少なく、我が国王含め各国もあまり気に留めているという話は無い。
それを踏まえた上で現状の話に戻るが、要するにどこも余裕が無く、また関心が無いのである。
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「彼が死んだのはもう、数百年前の話だ」
知っている事をそのまま口にする。
煙と血の匂いに満ちた地下室の扉を開ける。地下特有の淀んだ空気ではあるが、ここに満ちたものよりは幾分かマシだ。
新鮮な、だが澄んでいるとは言い難い空気を取り入れ、幾許かして扉を閉める。
狐が口を開いたのは、私が扉を閉めたのとほぼ同時だった。
「では妾が死んだのもそれぐらい前の話じゃな」
嘘を付く理由は無いが、本当の事だとも思えない。それ程に、狐の話など聞いた事もないのだ。
瑣末だと捨てられる程の事情では無いが、今はまだ聞きたい事が有る。
「貴様は魔術を使えるのか?全くそうは見えんのだが」
全属性を用いて行った召喚の儀式。
私が欲したのは魔力の貯蔵庫であり、またその貯蔵した魔力を私自身の魔力に還元する為のナニカ。それらを担う為のモノ。
勿論それがどういったものであるかは私も分からないが、少なくともそれは、魔力を帯びていてもいいはずなのだ。
だがどうだろうこの狐の少女は。かつてこの世界に居たと語る狐からは、何の魔力も感じない。
私は失敗したのだろうか。いや、私が失敗するなど有り得ない。
「ハァ?魔術師は魔術師を見分けられるんじゃろう?ぬしがそう思わんのならそうなんじゃろ」
──そう、か。
認めたくは無いが、失敗だ。
無力を嘆く。
私では、"何か"を起こせなかったのか。
私の解は、誤った物を導いたのだ。
無力を、恥じる。
「じゃが、似たような事なら出来るぞ」
「…………何だって?」
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「耳の遠い奴じゃのう。その長ったらしい髪を切ってみてはどうじゃ」
「もう一度聞かせろ、今貴様は何と言ったんだ」
「じゃからぁ、めんどくさいのう。魔力は無いが似た様な事なら出来ると言ったのじゃ」
片手をヒラヒラと心底面倒そうに振りながら答える狐の振る舞いのなんと腹立たしい……いや待て、今はそれどころではない。
似た様な事?
「一体それは何だ、直ちに教えろ」
「ハァー……ぬしはなんかこう必要以上に上から目線で鬱陶しいのう。友達少ないんじゃないかえ?」
……黙れ。
「ハァ、まだ出て来たばかりじゃと言うに……」
もう一度、大きな溜め息。憎たらしいまでのその仰々しさは、私の心を必要以上に掻き立てる。
「……まぁ言うより見せた方が早いな。瞬きせずによく見ておれ」
「なっ──」
──狐の言う通り、瞬きはしなかった。
だが、本当に何が起こったのか分からない。
"私"が、"私"の前に立っている。
私と全く同じ様な、魔力を帯びて。
「これが妾達狐の能力じゃ」
私の前の私は、私に向かってそう告げた。




