あの日輪は幻日か
「──……じゃからぁ。何度も言っておろうが。酔い覚ましにふらついとった所を襲われたんじゃ。無論相手にせんと逃げようとしたぞ?それを許さんかったんは奴らの方じゃ」
「な、何かやったのだろう。でなければわざわざ貴様を選んで襲うなど有りはしない。何をやった」
「なーんもしとらんわ。じゃが奴は、"妾自身の姿"を見抜いておった。声を掛けて来たんはその為じゃろう」
「なっ!?それは真か!」
「"キチンと目線を合わせて"話し掛けられたもんでの」
「そんな、有り得ない……」
私が先程目を覚ました際、部屋に居たのは私達のみ。その間エニィは街の偵察を、アーバンは新たに私達2人の部屋を3つ程隣にに確保してくれていた。
「大体奴は何者じゃ。コリエタの巫女の話は聞き及んでおったが、あの様に無礼で無粋な輩が巫女とは、笑わせる」
「……実質今のコリエタ国家の最高権力者だ。情報は少ないが、あの様な場所に有りながらあの国家の民の持つ思想はアマレットに近い。しつこさに関してはこのべレンツを取り込んだ数年前の一件が証明済みだ」
コリエタ国王が失墜した訳では無い。長く王家と共にあった神事を執り行う家系。数世代前に生まれた跡取りの娘は、コリエタ大地に根付く大木の意思を聞いたという。
各世代の彼女達は"天照"と名乗り、時折数々の予言を行い、その言葉は全て依木の言葉で有ると民に言い聞かせた。
「あの童女がのう」
「どう見えた」
俄には信じ難いが、だがそれでも彼女達の言葉は当たると言う。
何かの異能でそれを可能にしているだけとも説明が付くが、だが魔力を持ってしてそういった、所謂未来予知に近い事をやってのけるのは不可能だろう。魔力を無限に生成出来るという前提が有る場合のみ可能だが、現状その様な魔術師は私の他にこの世には居ない。
「あんなもんタダの"タコ娘"じゃ」
「テンコ……感情を荒らげたくは無いのだ……」
「ぬしの魔力を使って、また"それが有るとして"仮定した場合、異界とぬしとを繋ぐ事は出来るか?」
「な、なんだって?……テンコよ、私は天照という存在が貴様の目にどう映ったかを聞いているのだ。真面目に答えんか」
「真面目も真面目、大真面目じゃよ阿呆。ぬしの様な力をあのタコ娘から感じ得る事は無かったが、じゃからと言ってあれを"タダの人間で有る"と認める事もせんな、妾は」
「…………」
問いに問いを返す無作法なテンコだが、いつにも増してその表情は何かを思案している物に見える。
異界、異界か……。
「それがどの程度"異なった世界"なのかは置いておくとして、可能だ」
「ぬしも、タコを出せると?」
「魔術師の行う召喚魔法はその理論に即している。あれは、"術者自身が思い描ける限界程度の異なった世界"よりの使い魔召喚の儀だ。貴様だってその一部だ。それより待て、天照はタコを呼び出したのか?」
「タコと言うか、触手と言うか。あと妾の元々住んどった世界は恐らくここじゃぞ」
「そこに関しては、"私が行った召喚の儀"であったから、と言うだけで説明は着く。他の魔術師には不可能だ」
「ククッ、相変わらず不遜な男よ。息災そうで何よりじゃ」
黙れ。
「それで、それがなんだ」
「してぬしよ、それをもし、"魔力を使わずやってのけよ"と言われたらどうじゃ?」
「話を聞いていなかったのか。召喚魔法だと言ったろう、魔力を使わずしてどうしろと言うのか」
「ククッ!そうかそうか。頃合じゃ、解を引けぬしよ」
「な、何を…………」
反芻しろ。この化け狐のこう言った話し方には相変わらず不満は有るが、今はいい。
そもそもは、そう。私がテンコに聞いたのだ、天照はどう見えたのかと。それを受けテンコはこう述べた。
"異界のナニカを召喚し、だが天照自身より魔力を感じ得なかった。加えてその姿は人間には"───。
「あ、有り得ない……」
だと、したら───。
「…………待て…………」
もし、そうだとしたら、天照は───。
「…………まさか」
「して、ぬしは先にこう言っとらんかったか?──"自身の探知では判別出来ん生き物がおった"、と」
「で、では……」
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「"天照自身が異界の生き物"だと……そう言っているのか……ッ!!」
「少なくとも妾には、のぅ」
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「じゃあ、これからの話をしよう。エニィ、情報を」
「はい、御主人様」
日は傾き、そのまま西に落ちていった。
あれ以降ぬしは頭を抱え"そんな……有り得ない……"と譫言のように呟き、打ちひしがれるままに時間を過ごした。
そんな姿に哀れみを感じそっとそのままにしていた妾達の部屋に現れたのは例の2人。褐色の背の高い男は溜め息を吐きながらぬしを宥め、もう片方はじっと扉の前で佇んでおった。
「先ず、昨晩テンコ様が襲われたのは四番街外れ。どういった理由かまでは分かりかねますがコリエタ国の巫女、天照とその一派で間違い有りません」
「聞いたか?テンコ様じゃと。クククッ、ぬしもあれくらい妾に敬意を払って欲しい所じゃぞ」
「……そんな事が……」
「何があったんだその坊ちゃんは」
「さぁの」
恐らくぬしの頭では、"天照自身が異界の者"だという事実に納得がいっておらんのじゃろう。じゃが厄介な事に、それを証明するだけの材料を集めたのはぬし自身。じゃが全くとその事実を受け止めるだけの器も無い。
プライドが高く、自信過剰。
己より先に真理に到達した者がおり、またその真理を手繰り寄せるだけの解を自身は未だ手にして居ない。
故に、有り得ないと。
「コリエタ兵は四番街を中心に探索を行っており、また自警団も昨晩仲間を殺した犯人を追っていますが、コリエタ兵とは完全に別に動いています」
「街の様子はどうだ」
「町民の多くはそのどちらの事実にも気付いている様子は有りません。恐らくコリエタべレンツ共に、情報の規制を行っていると思われます」
「呑気なもんだ、俺達は"お日様の下"を歩けなくなったのに。天照は今何処に?」
「確証は持てませんが……南の一帯に強固な警備体制を敷いている区画が有りましたので、恐らくは」
「そうか。……どうするよ、坊ちゃん」
「私だって、私だって異界よりの召喚など造作もないが……どうなっている……そもそも術者は誰だ……?」
これまたブツブツと、独り言にしてはデカ過ぎるぞ阿呆。
「ぬしよ、呼ばれておるぞ」
「そもそも異形と人間の交配など可能なのか?いや、だがしか痛たたたたたた!!……な、何をする!耳を引っ張るな馬鹿者!」
「馬鹿は阿呆のぬしじゃ。呼ばれとるんじゃ返事くらいせんか」
「……む?」
まぁ、相変わらずではあるな。
「聞いてたかベイル」
「すまん、全く」
「はぁ、しっかりしてくれよ。……現状コリエタ兵もべレンツ自警団も仲間を殺した連中を探し回ってる。テンコちゃんが狙って襲われたって話が本当だとしたら、此処が割れるのも時間の問題だろう」
「はよう出た方がいいのぅ」
「あんた達が此処に居たのもそもそもは金を稼ごうとしてだったな?都合は付いたのか?」
「いや……全く……」
元来の目的であった"金を無心出来る友人作り"。
カフゥという慈愛に満ちた鳥人族と懇意になり、仕事を貰い金も手に入れた。じゃがあれっぽっちでこれからの旅路を行こうとなると、数日後よりの妾に待つのはカビたパン屑と地べたで出来た敷布団。
やっとられんな。多少の我慢はするにしろ、そんな地獄に耐えられるだけの忍耐力はこの妾も、そして恐らく温室育ちのお坊ちゃんも持ち合わせておらんじゃろう。
「多少なりなら俺も無心出来るが、財の多くを俺は土地に変えるからな。アテにすんなよ」
「い、要らん世話だ!」
「…………」
おぉおぉ、"割に"感情豊かじゃのぅ。
主人の好意を無下にした憎き魔術師へ、視線を出来るだけ鋭利に研ぎ、何とかして殺意の波動を届けようと躍起になっておる。
「まぁ要らねぇってんなら俺も有難いがな」
「ぬしよーそんな強がっとる場合かぇー?」
「ぐっ……だが、これ以上施しを受ける訳にはいかない!」
「じゃが、金が無いのもまた事実と」
「ぐうぅ……っ!」
おぉ、ぐうの音も出らんを体現しておる。
「まぁ金の件は置いておくとして、今日明日中にはここを出よう。タンカレーに向かうんだよな?」
「そうだ」
「て事はここからだと」
「北西だ。そこまで行って、航路を取る」
「金が無くてどうやって中央を走るんだよ」
「で、では南西だ!くそ!」
「くすっ」
「……ハァー?正気かよベイル」
「う、うるさい!!」
お、ブリキは笑いも出来るんか。
まぁ、噴き出したのは何も奴だけでは無い。ぬしを抜いたこの場の全員が何かこう、幼児の戯れ言を聞いておる時の様に優しく微笑んでおる。
それと違う事と言えばそう、その中に呆れ返った様な吐息も混ざっておる所じゃな。
「一々説明してやるよ。いいか?ここから南西の波止場を目指すって事は、"コリエタ本土の土地を踏む"って事さ。それがどれ程リスクのある行為か、まさか分かって無い訳じゃあるめぇよ」
「だが仕方ないでは無いか!それ以外の選択肢など……──えぇいくそ!わ、私は……私はこんな事をしている場合では無いのだ!」
「……くすくす」
「テンコちゃんも気苦労耐えないだろう」
「なに、可愛いモンよ。童の相手など」
「いいコンビだ」
「そうじゃろうそうじゃろう」
「黙れッ!!」
取り乱すベイルを宥め、何かを諭す様にアーバンは語り掛ける。
ふむ。じゃが確かに八方塞がりな状況では有る。
いやなに、無論"活路は有るには有る"んじゃが……。
うーん、じゃが"これ"を愛しのぬしが認めるとは、妾には到底思えんでなぁ。
「俺達はもう少しべレンツでやる事が有るから、一度東に行って収穫祭の人混みに乗じて戻ってくるつもりだ。でだ、ベイル。1つ提案が有る」
「なんだ!」
「エニィ、地図を」
「畏まりました」
言葉を受け、地図を机に広げるブリキ。
万年筆を取り出したアーバンは、その地図の中心にある大陸の南東部を丸で囲う。
「俺達が今いるベレンツはここ。それから西に、このルートを通ればさっきベイルの言ってた波止場に辿り着くが……」
中央の、その多くをアインベッカーが所有している大陸下部。西に向けべレンツよりスーっとラインを引き、例の波止場でそれを止め、だが走らせたそのラインにデカデカとバツ印を書き込む。
「コリエタを通るってのは現状有り得ない。あんた達が死地に赴く度胸と蛮勇を持ち合わせてるってんなら話は別だが」
「フンッ!」
腕を組み、鼻息を荒らげながらそっぽを向くベイルに呆れながら、中央大陸の各沿岸部に印を新たに書き込む。先の南西部の波止場に加え、南に2つ、北に2つ。計5つのポイントは、何れも先日ぬしに説明を受けたタンカレー行きの船の出ている波止場じゃ。
「北西へ向かうには距離があり過ぎる。南は無論、何処も有り得ない。東端のここからじゃどうしてもコリエタの息のかかった地域を通らなきゃならない」
各ルートにべレンツより線を走らせてはその全てに律儀にバツ印を。残った波止場は、ここより北。
「ベイル、残されたのは……ここだ」
「だがここは確か……廃道が……」
べレンツより、真っ直ぐ北へ。
東の海岸沿いよりもやや内陸に走るその線は、妾達2人に残された最後のルート。
「思い出せベイル。コリエタ兵ってのはそれ自体を名乗った時点で"脳ナシ"なんだぜ」
万年筆を胸ポケットに仕舞い、アーバンはベイルと妾を交互に眺める。
やや愉快そうに見えるその表情は、自身に溢れ。
ぬしとは対象的なその図太い神経は、きっと"いつかのぬし"の糧となるじゃろう。
ベイル・レゾンデートルは、そうして少しずつ変化する。
「裏をかくなら、これっきゃねぇんだ」
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「ベイル、"メイベルリアを走れ"」




