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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
路傍の欠片-The game is afoot-
106/346

胎児はきっと、夢を見ていた



夢を見る。

これはもう、何度目か。

何度の夜を、越えたのか。


決まって"ワタシ"は、夢を見る。


『アァ スクエナイ スクエナイ』

『アァ イラナカッタ イラナカッタ』


とても、辛そうな顔をしていた。

今朝の朝餉で、嫌いなモノでも口にしたのか。

それともものの数分前に、自分の足でも千切られたのか。


『アァ トメラレナイ トメラレナイ』

『アァ アイセナイ アイセナイ』


かと思うと、転げ周りながら笑う。

昨晩聞いた寓話でも、思い出したかの様に。

それとも無力を悟ったままに、壊れてしまったかの様に。


『ワタシハ アナタヲ トメラレナイ』

『ワタシハ アナタヲ アイセナイ』


そうして目を閉じる。

それが、歯車を噛み損なったブリキに見えた。

どうしても、心地好さそうには見えなかった。


『"ワタシモ アナタモ イキラレナイ"』


必ず最後に、そう聞こえる。

加えて必ずその声は。



"ワタシ"の知らない声だった。



▲▼▲▼▲▼▲▼




『……ひでぇなここは、死臭がするぞ』


幸福を、手にする事を恐怖した。いつも考えてしまう。

そうなってしまった時いつかこれを、失う時が来るのでは無いかと。

だが不幸に溺れ、事実を捻じ曲げ自惚れるつもりは無かった。

そんな私からすると、私の人生は遍く幸運に見舞われたモノだったであろう。

私の人生は、16と少しを過ぎた辺りで終わりを迎えた。

私という人間はあの日、呆気無く終わってしまったのだ。


『あぁ、人型がいいな、連れて回りやすい。それと、目が潰れて無い奴にしてくれ』


幸福を手にしないまま、幸運な事に私は死んだ。

鎖に繋がれ、ボロ布を羽織い。

糞尿を啜い、情けなくも死を受け止めきれない死者の叫声を聞き続けるだけの死後の世界。どうしてか呼吸の仕方を忘れない、浅ましい自分が可笑しかった。


『男だろうが女だろうが構わねぇが…………あぁ、良さそうなのがいるじゃねぇか』


檻の向こうに、生者が見えた。

呼吸をして、意志を持って、言葉を発して。

その時私はきっと、恐怖したのだ。遍く死後の世界において、生者が存在してはいけないそんな世界で、彼は死者と二言三言問答を重ねては、つまらなそうに佇んでいた。


『なぁ、お前には俺がどう見える?』

『……生者。貴方は、生きている』

『……へぇ。さっきの奴は希望だっつったぜ』

『死者は、希望を持たない』

『生きようとは、思わないか?』

『私はきっと、幸運だった。幸運を着込み、幸福を手にせず死んだ私は、生者の世界に未練は無い』

『……お前だ』


そうして愉快そうに笑う。

生者は続けて死者に告げる。


『お前を探してたんだ。お前の目が、俺には必要なんだよ』

『死者は生者に関与出来ない』

『お前、名前はあるか?』

『…………名前?』

『そうだ。生者の世界でお前は、なんて呼ばれてたんだ』


……私の、名前。

生きている時の、私の、名前は──。


『私は誰にも、呼ばれた事は……』

『じゃあきっとお前はまだ、生まれてさえ居なかったのさ。そうだろ、"エニィ"』

『……エニィ?』

『あぁそうさエニィ。お前は今日、漸くこの世に生まれたんだ。俺の替えのきく、モノとしての生を手にしたんだ』

『私が、生まれていなかった……?』

『お前だけだ、エニィ』


差し伸べられた手は、乱暴に私の左手を掴んだ。

その時漸く私は、私自身が、"生者に関与出来ない死者では無かった事"を自覚した。


『お前だけが、俺を正しく見積もった。エニィ、お前の目が、俺の人生には必要なんだ。そうだ、今の俺はまだ、"ただ生きている"だけなのさ。キッカケを掴んだ俺に、欠けているのはお前の目だ』

『私の……目……』

『俺のつまらない人生を、エニィ。お前が変えるんだ』


私が、変える。

生者……彼を、彼の人生を。


『ヴィクト・アーバンだ。ヴィッキーでいい』

『私は……私には……』

『生きるってのは、認識をされるって事だ。エニィ。お前は漸く、俺に"エニィ"として認識された。今日までのお前は誰にも認識されず、関与出来ず。居なかったんだよ、お前なんて』

『私は、居なかった……』


では私の記憶にある、あの16年間は。

忌み子として捨てられ、泥を舐めながら日を浴びた、あの16年間は──。



『んなもんは、最初っから存在しねぇ』

『存在……しない……?』

『あぁ』



▲▼▲▼▲▼▲▼



「夢でも見てたのさ、母ちゃんの腹ん中ででもよ」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「其の方には、愛が足りない」


あぁ、かったるい。四肢を包む痺れと倦怠感が、重く重く伸し掛る。手足に力を入れようにもまるで今この時だけは、そんな当たり前の事さえも忘れてしまった様に、妾の身体は動かない。


「依木は、其の方への赦しを望んでおられます」


それでもこうして頭だけ。霞んで前も見えん今であっても、こうして頭だけは働いてくれる。

果たしてそれが、有難いやら、迷惑やら。


「天照は、悪に塗れた其の方を救い」


だがどうにも、長う持ちそうに無い。

今も憎き童女の声は、掠れながらにして耳に入る。


「安らかなる平穏を与えましょう」


あぁ、終わる。

終わってしまう。


「す……べ…イ……」


クク、笑けてしまう。

今、妾はきっと──。



▲▼▲▼▲▼▲▼



立場の割に尊大な態度では無い、荘厳な態度と称すべきだろう。

そういった足取りで、天照はだらしなく身体を投げ出すテンコに歩み寄った。

天照にはきっと、この生き物が酷く醜く見えているのだ。

彼女の表情からそれがいとも簡単に見て取れる。

それでも彼女は薄く微笑む事は止めなかった。

一歩、また一歩と歩みを止めず。シャランシャランと身に纏った飾りを鳴らす。

そんな姿に周りを取り巻く兵は息を飲み、また改めて思い出す。


この御方はやはり、依木様の代弁者。

生きとし生けるもの全ての意志を司りし者。


彼女が先刻、こう述べた。"依木の意志を蔑ろにした者へ、天照は愛を与えなければならない"と。

例えばアインベッカー生まれの無神論者共がそれを聞いたとあらば、年若にして気でも違えたかと酒でも飲みながら小一時間は大笑いして肴にした事だろう。

だが彼等は違った。他国家の民から脳ナシと揶揄される、コリエタに生まれた彼等は違ったのだ。

生まれてこの方天照は、民を偽った事は無かった。

災厄は、彼女のお陰でコリエタを素通りする。依木の意志を伝える彼女はきっと、全知を司る存在だと疑わない。

それを証明する様に、彼女の言われるがままに夜の通りで張り込みをしていれば、彼女の言葉の通りにオカシな女が現れた。

世界の意志を司る依木には、この世に生きとし生けるもの全ての事が分かるのだ。

そう、疑わなかった。



彼等も。

そして、天照自身も。



──だから、気付かなかった。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「──!!──っ!!」

「───。────」



えぇい……騒々しい……。

妾は疲れた。妾は死んだ。

憎き天照なるキチガイに、妾はきっと殺されたのじゃ。

呆気ない最期じゃった、心残りはごまんとある。


「お逃げ───!───っ!!」

「──。私は───」


一体誰じゃ。妾の眠りを妨げるのは。


「多分その──。エ──」

「───した。聞こえますか」

「な……貴さ……」


振り絞った言葉はまだ、言葉としての役割を成した物では無かったが。


「御主人様、意識が有ります」

「奴は何処行った」

「申し訳御座いません。殺し切れなかった兵と共に通りを西に走って行った所までは確認出来ましたが、この子を最優先にと」

「あぁ、間違ってねぇ。ずらかるぞ、周辺に何か居るか」

「いえ、此方に向かって来る者は誰も」


言葉を交わしているのは、男女か。二人組。知らん声じゃ。


「お、おい…貴様ら……妾を」

「よう嬢ちゃん、テンコちゃんで間違いねぇな?」

「誰じゃ……ぐっ……」


女に抱えられるままの現状を、身体を捩ってどうにかこうにかしようとも、まだ妾の身体は言う事を聞かん。


「心配するな。ベイルから、君を救えと頼まれたんだ」

「な……なに……?……ぬしは今……」

「喋るな、傷に響くぞ。故あってベイルは宿では転がってるが、俺達は君達の敵じゃない」

「御主人様、誰か来ます。複数です」

「チッ、早いな。さぁ行くぞ」

「ま……待て……」


そうして2人は駆け出した。

確かに気配がある。女の前を走る褐色の男とは別に、複数の生き物。

女に抱えられたまま、高速に過ぎ行く景色を目だけで見回した。

先程童女の周りに陣取っておった数人は、不規則に身体を切り裂かれて死に耐えていた。


「大丈夫、彼ならきちんと生きていますよ」

「…………?」


その声を聞いた妾はきっと、随分と阿呆の様な顔をしておった事じゃろうな。

誰が発した物かも、何処からの物かも見当は付く。



──じゃがそれが、そうじゃな。



「……貴様……"ど、どうやって"…………?」


女は少し妾を見て、微笑んだのだろうか。

口を覆う布でその奥までは見て取れないが。



▲▼▲▼▲▼▲▼



じゃがそれが、この女が発した物だとは信じ難かった。


何故なら今の妾には、この女が。


"生きている人間には、どうしても見えんかったからじゃ"。




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