醜き生
「慈愛に満ちとる割に……嫌に酷な事をするんじゃの。あぁ、憎い。憎いのぅ、貴様のそのツラ。どうにか歪められんもんか」
「其の方は、抗う事などありません。其の方は唯、受け入れるだけで良いのです」
「貴様の責め苦に耐え抜いた後、妾は愛とやらを知るのか」
微笑みを携えた童女は、その姿を肯定と見て良いのじゃろう。胸を押さえ、瞳を閉じて。
そこで奴の身に付けた神妙そうな飾りが、これまた神妙そうにシャン、と鳴り。
「えぇい、"気色悪い"!」
そうしてまた、"コレ"じゃ。
「天照には、不思議でならない。どうして斯様に其の方は、依木の意志に背くのでしょうか」
「貴様の言うそれはアレか、"気色の悪い、タコみたいな生き物"の事を言うとるんかっ、くそッ!」
言い終わるや否や、まだ妾のセリフは終わっとらんぞ痴れ者め。
童女の背中、突如して現れたポッカリと円形に広がる闇の奥。決して夜に溶けようとはしないその空間から、何本もの触手がこちらへ襲い掛かる。ひとつひとつに別の意思を感じるそれらは秩序無くまた無遠慮に、妾の身体を絡め取ろうと伸びては縮みを繰り返す。
「この姿じゃと不便じゃな。……っと、こんなもんかの」
「あぁ、醜い」
此奴らと接触する前に変化していた女の姿では、どちらにしろ時間の問題じゃったろう。
妾の姿を経由する事無く、次いで象るはカフゥの姿。
翼の動かし方は習っとらんが、妾で有ればその辺は造作も無い。
ぬしも似た様な事を言っておったが、イメージの増幅、その先に活路は有る。
「目付きはキツいが醜いと言う程では無かろうよ」
「其の方は再び、人の智性を冒涜した。この天照の、依木の目の前での過ちへ、赦しを」
「ククッ!妾の背中が見えんのか?此奴は鳥じゃぞ!!」
夜空を無尽に飛び回る鳥をイメージし、踏み出した前足を叩く様にして。
跳躍して、そうして。
然すればきっと──!
「──ほれ見よ!……すまんの!人を待たせとるんじゃ!」
妾の身体は風に乗った。頭上を吹き抜ける様にして流れる風に身を任せ、いやはや、いいのうこれは。
ククク!眼下の連中の顔ときたら、堪らんのぅ!
「どうした巫女の!酷く醜い顔になっておるぞ!」
翼をはためかせ、イメージを続けながら。
奴らの5m程上空から言葉を浴びせる。
「……さて、と。月があっちじゃからぬしのトイレは──」
この程度では言い足りんが、まぁ長居は無用じゃ。
身体を翻し、目的地を目指し、視界を向け。
「───────」
「……?なんじ──ッ!!!」
そうして、妾の身体は。
何事かを発した童女の声と共に。
呆気なく地面に叩き落とされた。
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「──で、4番街で間違いないんだな?」
「あぁ。私の探知に狂いは無い、大通りから西の小路へ進んでくれ。三本目だ」
「あいよ」
やや霞んで見えるが、だが確かにそこの辺りから奴の気配を感じ取れる。間違いない、この弾けるような忌々しさは憎きテンコの物だ。
──だが。
「……1人では無い。10数人の男と……なんだ?残る"これ"は何の気配だ?」
「……エニィ、"飲んでおけ"。どうしたベイル、何が見える」
「畏まりました」
人間の物とは違う。これはつまり、"人型をした生き物"とは違って見える。
「だが、確かに見える……何かいるぞ。何かの種族という訳では無い……これは。これは……」
大方の知識を有しているこの聡明な私ではあるが、分からない。種族の判明が付かないのでは無い。
ただそこに、"見た事の無い物が有る"事実だけは確かに感じ取れる。
テ、テンコ……。
何に巻き込まれている……?
「……………………」
「おい、何がいるって?」
「………わ…………く…」
「あ?なんだって?」
奴が何処をどうほっつき歩き、どう油を売りまいて過ごしていたかは分からない。だが今テンコの目の前に、"異形"と形容しても相違無い程の厄介が立ちはだかっている可能性を否定するだけの材料は手元には無い。
「……や、やっぱり私も行く」
「お、おいおい冗談だろ?何の為の俺達だよ、ここで仮眠でも取ってろ。10分そこいらでそのテンコちゃんとやらを連れて戻るから」
「し、しかし……」
死なれては困る。
今奴が死んでしまっては、私のこれからの旅路は間違い無く不安定な物になってしまう。今既に不安定極まった物で有るのにも関わらず、それ以上に、だ。
「……いや、やっぱり行く!貴様達では心許ない!」
「誰かに見られたらどうするつもりだよ……」
「知らん!なんとかしろ!」
「……ダメだこいつ……」
ゆ、ゆゆ由々しき事態だこれはきききっと。
どど、どうすればいいのだろうか。
……いや、落ち着け。
落ち着けベイル・レゾンデートル。
私は賢きベイル・レヴナント。
例えテンコが今苦境に見舞われていようとも、私は天才、天才魔術師たる事実はゆゆゆ揺るがないのだ。
そ、そうだ。
そうだそうだよしいいぞベイル負けるなベイルうむ。
「うむ……。行くぞ馬鹿者共よ!黙って私に着いてくるのだ!」
「はぁ…………。おい、エニィ」
「畏まりました」
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気配探知を続けながら部屋の扉に手を掛けた私は。
「おい貴様達、早──グハアアッ!!!」
「……あぁー。すまんな、手荒なマネをして。だが、ここで待ってろ。必ず連れて戻ってくる」
人知れず"背後に忍び寄っていた"エニィに短刀の柄で頭を殴打され。
「なっ、き……きさ……」
「さぁエニィ、死んでもその子を連れて来い」
「仰せのままに」
そこまでを聞いて、意識を手放した。
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だが今。
どうして私は。
───"エニィの気配を探知出来なかったのだろうか"。




