誰が認識するのだろうか
──そうして初めて考えた。
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「ふんっ!どうしようもない宿だな!貴様らの様な品の無い連中にはうってつけか、ふんっ!」
「何をカリカリしてやがる。住めば都って言葉を知らないのか?」
「清廉潔白を信条にする私は、虚構などという濾過作用を必要としない」
「御主人様、やはりこの男……」
「貴族育ちの坊ちゃんなんだ。いつか会ったでっぷり町長と比べりゃマシな方じゃねぇか」
「は、はぁ……」
「ふんっ!……それと、アーバンと言ったな……貴様……」
「なんだ?」
叫声を上げ、それを聞いた街の人間が辿り着く前には宿に到着した様に思う。四方へ向け探知を行ったが、恐らく私達の姿を目にした者はいない筈だ。
だが。
しかしこれは、厄介な事になってしまった。
「貴様……"何故アインベッカー人などと嘯いた"」
「要領を得んな。何が言いたい」
「……貴様から、私は魔力を感じ取った。属性は水、私の魔力探知に誤りは無い」
「……へぇ?……いやな、俺もうっすら"そんな気はしたんだ"。だがまさか、帝国三家貴族足るあんたから、って事も無いと思ってたんだが。ははっ!こりゃまた面白い事になってきた!」
「くそっ!」
私がこの男の魔を感じ取ったと言う事は、この男も私の魔を感じ取ったと言う事と同義となる。
簡素な一人部屋、ベッドに腰掛けグラスを回すこの男は、魔法使いに他ならない。
「出自に偽りは無いぜ。お察しの通り、いや、"見ての通り"と言うべきか。俺は魔法使い、属性もあんたの言い当てた通りだ。しかし驚いた、生まれが良いと魔力を使用していない相手の属性まで分かっちまうもんなのか?」
「……知らん」
「おいおいそいつぁねぇだろ?俺達は協力者だ、共有しといて損の無い事は共有しといた方がいい。エニィ、彼の分のグラスを」
「畏まりました」
目を閉じアーバンの傍らに控えていたエニィと言う女性は、言葉を受け棚からグラスを取り出し彼に手渡した。
先程口を覆っていた布を外し、表情は伺えるものの主人の様に弛緩しきっている様子は無く、未だこちらへの敵意を隠そうとはしない。
「口に合うといいが……。だからそんな顔すんなって、ったく。肝っ玉の小せぇ坊ちゃんだな。おい、一口飲んでやれ」
「……い、いらん!」
グラスにたっぷりと注がれた赤ワイン、信頼もしていなければ信用も出来ない男の差し出したそれを煽るのは憚られたが、何よりこの男の態度が気に食わない。
思い切って嚥下し、その後すぐさま広がる芳醇な香りを堪能する。
「ん、良かった良かった。……さて、レゾンデートル」
「待て」
「あん?」
「何処で誰が聞いているか分からない。ベイルと呼べ」
「お願いをするにしちゃあ腰が高いが……まぁ確かにそうだ。では改めて、ベイル」
グラスの中身を煽り、手近な椅子に腰掛ける。
アーバンは漸く一口目を口にし、再びグラスを回しながら口を開いた。
「あんたの置かれている状況と、それと、あんたが家を捨ててまで叶えたいという大願とやら、聞かせて貰おうか。勿論、口外はしない。と、これはそうだな、俺にも少なからず存在する商売相手へのリスペクトだと思ってくれ」
「まだ貴様を信頼している訳では無い」
「だが、あんたには時間が無い。ベイル、俺を信頼しろなんて言わねぇよ。だが、どちらに利が有るのか、見誤っている暇もねぇ訳だ」
「…………」
私は本当に、この者達に祖国奪還という願いを告げていいのであろうか。
「独り言を口にするといい。今晩の酒が口に合ったあんたは、デュボネ人らしく大願を口にするのさ。俺の肴になろうがそうじゃなかろうが、あんたのそれはただの独り言さ」
「……うむぅ……」
この男の言葉には、1つだって私に不利益を被る様な物は無い。だがだからこそこの男を信頼出来ずにいる。
そこな辺りの解答を、だがこの男は既に口にしている。
「愉快な人生と言ったな」
「あぁ。そしてそれは、俺一人では叶える事が出来ない。今のあんたと一緒さ」
「……」
「俺はな、ベイル。手にしたんだよ。そのキッカケを」
「どう言う意味だ」
もう一口煽り、言葉を待つ。
彼の側で目を閉じるエニィもまた、彼の言葉を待っているように見えた。
「俺は"これ"を自覚した時、キッカケを手にしたと思ったんだ。何処ぞの極悪人が無作為に散らかした"種"が、どうやら俺の母親の腹にまで飛び散っていたらしい。15を過ぎた辺りで、俺はそれを知った。──"独りでに終わる"」
彼が回す様に傾けるグラスの中身は、言葉と共にその揺れとは逆に向けて回転を始める。
今のがこの男の詠唱、そして、具現化した魔術。
「"水脈"を読む事が出来たその日から、俺は少しずつ変わっていった。これはキッカケなんだって、日に日に強く思う様になった」
「なんのだ」
「"認識を得るキッカケ"さ」
個は世界の影響を受けない。前提をそこに置いたとして、だ。
個であるヴィクト・アーバンは、世界に影響を及ぼすキッカケを得た。簡単にそれを力と言い換えていいだろう。
力を得た個は、例によって世界の影響を受けず。だが反対に世界に影響を及ぼし続ける。
そうして彼は世界から、"認識されるキッカケ"を得る。
何故ならば世界は、個に影響された事を"存在し続ける事で"証明しているから。
「流石だなベイル。似た様な話をコレにした事が有るが、まぁ生まれも育ちも違うからな。コレには少し、難しかったらしい」
「努力致します……」
「要らねぇよ。……でだ、折角世界から認識されるんだったら、"ツマンネェ"なんて思われんのは癪だ。何よりそこには多大なストレスがかかる」
「故に、という事か」
「おう。さぁ、俺の話は以上だ」
この男の話に則るのであれば、私という個もまた、世界へ少なからず影響を及ぼし。その足跡を、その事実を無きものにしてしまう事が酷く、酷く短慮な行動に思えてしまう。
私がいくら姿を変えようとも、いくら人目を憚って行動しようとも、個を抱える器の上では確かに無意味なのかもしれない。
ならば私の存在を受け止め変化していった世界そのものを誇り、その事実全てを背負っていつの日か、実父母の大地を踏みしめねばならないのではないだろうか。
そんな風に、思えてしまうのだ。
少なくとも今、この時は。
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「そんな、気がする」
信頼はしない。
「なんだって?酔っちまったか?」
だがこの男の述べる言葉には。
「私は、実父母の大地へ向け旅を──」
ヴィクト・アーバン。
不思議な男だ。
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──では、私の人生を。




